
再発見したまちの建築的価値・歴史からの再生 ー埼玉県行田市における足袋蔵の保存・活用にみる内発的まちづくりー
1.はじめに
現代日本の地方衰退の本質は、人口減少以上に、地域固有の歴史的文脈や文化の途絶に伴う住民のアイデンティティ喪失にある。持続可能な地域再生には、外部資本による観光地化ではなく、住民自身が日常の文化資源を再発見し主体的に価値づける「内発的発展」が不可欠である。*1 本稿では、埼玉県行田市の「足袋蔵のまちづくり活動」を対象に、住民主導の文化資産活用が地域社会にもたらす社会学的価値と今後の展望を考察する。
2.行田市における足袋産業の歴史的展開と構造転換 (補足資料1から4)
忍城の城下町として発展した行田市では、江戸中期に始まった足袋製造が近代の軍需を機に工業化し、最盛期には全国シェアの約8割を占める地場産業へと成長した。出荷需要の急増に伴い、各足袋商店は敷地内に工場と足袋蔵を建設していった。足袋蔵の建築様式は時代を映し、明治30年代の和風土蔵から、明治末期の石蔵、大正期の鉄骨レンガ造、昭和期の鉄筋コンクリート造へと素材が多様化し、重層的な都市景観を形成した。*2
戦後の洋装の普及や靴下の量産化により足袋需要は激減し、業態転換や廃業が相次いだ。最盛期に約200社あった足袋商店は現在3社へと激減している。*3 産業の衰退は工場や足袋蔵の遊休化をもたらし、中心市街地の活力低下と歴史的景観の形骸化を招くこととなった。
平成14年(2002)の蔵の解体計画を機に商工会議所や住民有志による保存運動が起こり、NPO法人「ぎょうだ足袋蔵ネットワーク」が設立された。同法人は行政らと連携し、平成16年(2004)に蔵を蕎麦店へ再生する。これに呼応した市も調査を行い、中心市街地に約70棟の蔵が残存することを実証し住民へアピールした。*4 商工会議所、市民、NPOの三者協働による実践は、平成29年(2017)に埼玉県初の「日本遺産」認定へと結実した。*5 これにより、点在する文化財の保存から、地域一体となったストーリー性を伴う観光まちづくりへと発展している。*6
3.行田足袋蔵のまちづくり活動の社会学的評価 (補足資料5,6)
行田市における一連のまちづくり実践は、外部資本や行政のトップダウンに依存しない「住民主導の内発的発展」の典型例として位置づけられる。住民が生活空間に潜在する歴史的意義を再発見し、主体的な価値づけを行うプロセス、およびそれに伴う多様な関係者(行政、大学等の専門家、民間事業者)との協働関係の構築は、社会学的に極めて高く評価できる。*7
具体的に、その実践の先進性は以下の3点に集約される。
(1)歴史的資源の再発見と集合的記憶の再価値化
行田市は足袋生産の衰退により、残された足袋蔵を一時「負の遺産」とみなされる傾向にあった。しかし住民らが建築的価値や歴史を見出し、NPO法人を設立して保存・啓発活動を展開した。この主体的なアプローチにより、蔵を解体するのではなく、「共有資産」として動的に活用する認識が地域に定着した。*8
(2)「サードプレイス」の創出とコミュニティの再構造化
足袋蔵および関連する歴史的建造物の修復・再生は、現代都市における「新たな場(サードプレイス)」の創出として機能している。具体的には、シェアキッチン・ギャラリー「Kate&soi」へのコンバージョンや、インキュベーション施設「牧禎舎」への用途変更といった事例が挙げられる。これらの空間は、単なる商業的消費の場ではなく、住民や多様な来訪者が交錯する「持続的な賑わいと社会的相互行為の拠点」へと変容を遂げている。
(3)客観的評価の獲得と「シビック・プライド」の動的深化
日本遺産への認定という外部評価は、住民に生活空間の再評価を促し「シビック・プライド」を醸成した。さらに、来街者の増加による「価値の認知」は住民に承認の経験をもたらしている。この肯定的評価の還流により、住民の意識は単なるノスタルジーから自己効力感へと昇華された。この心理的自信が、さらなる自律的まちづくりを駆動する内発的な原動力となっている。
4.他事例との比較分析にみる行田の特筆(川越市との対比から)
同じ近世城下町を起源とする埼玉県川越市との比較から行田市の特筆を導く。両市は官民協働を基礎とする点が共通する*9 が、目的と空間展開に差異がある。
(1)川越市における「歴史景観の保存と商業的観光化」 (補足資料7)
川越市は一番街周辺を重要伝統的建造物群保存地区に指定し、厳格な景観保存を最優先してきた。目的は江戸期の風情という非日常空間の構築による観光客誘致である。蔵空間の多くは商業施設化され、外部資本の参入を伴う「観光消費の空間」として機能している。*10
(2)行田市における「産業遺産の利活用と生活景の維持」
これに対し、行田市は、近代の工場や足袋蔵が市街地に点在する。一元的なテーマパーク化ではなく、個別の建築物をカフェや市民の創作拠点(サードプレイス)へ草の根的に転換してきた。川越市が観光地化を追求するのに対し、行田市は産業遺産の持続的継承と内発的利活用を核とする。商業主義に侵されない、日常と歴史が織りなす「生活景」の維持こそが行田市の社会的価値である。
5.行田市の内発的まちづくりにおける構造的課題
住民主導の成功事例とされる行田市であるが持続可能性の確保に向けて4つの構造的課題に直面している。
(1)遊休資産の経年劣化とマッチング・資金的障壁
一部の蔵が利活用される一方、多くは深刻な老朽化に瀕している。所有者の意向と新規利活用者のニーズを媒介するシステムは未途上である。また、構造補強や改修に伴う初期費用の確保は、蔵所有者にとって高い経済的障壁であり、継続的な資金支援が問われている。*11
(2)「関係人口」から「定住人口」への転換と広域連携の必要性
日本遺産認定により関係人口は増えたが、移住・定着には十分繋がっていない。人口減少が進む中、単一自治体のリソースによるコミュニティ維持は困難である。*12 今後は、近隣市町村との広域的なネットワークや協調ガバナンスを形成し、若年層の定住環境を整備することが望まれる。
(3)次世代への継承
初期の活動を牽引した有志の高齢化に伴い、次世代への主体的実践能力の継承が急務となっている。現在、空き家をリノベーションしたシェアキッチンKate&soiの菅井氏による活動など、まちの変革を促す内発的な取り組みが実践され、地域に少しずつ変化が生じている。
また、教育面では小中学校の郷土学習などを通じて地域の歴史的価値を教育課程に制度化した。これにより、若い世代の愛着と誇りを内面化する仕組みが構築され、持続的な地域への愛着醸成に向けた実践が続けられている。*13
(4)課題の共有認識と協働の深化
行政は公金投入に伴う予算と市民全体への公平性の担保を最優先する。そのため、合意形成などに多大な時間を要し、民間からは意思決定の遅滞や規制に対する硬直性として認識されやすい。一方、NPO法人は足袋蔵の老朽化即時対応や、地域起業家の参入意欲といった「時間的緊急性」と「情緒的熱量」を重視する。そのため、両者は摩擦が生じやすい。これらを解決するためには、「官民合流型ワーキンググループの設置」や「人材交流」が望まれる。より現場に近い原風景やコミュニティの場所からまちのリアルな課題を同一の解像度で認識することが、内発的まちづくりにおける協働の望ましいカタチと言える。
6.今後の展望
平成16年(2004)からの足袋蔵まちづくりは成果を結実させ、日本遺産認定や伝統的工芸品指定*14 を獲得し、コミュニティの活性化と文化的賑わいを創出することに成功した。しかし、令和5年(2023)には文化庁から日本遺産への「条件付き認定継続」*15 を受けた。今後は、活動の持続可能性に対する自己変革が求められている。
7.まとめ
行田市の足袋蔵保存・活用実践の核心は、住民が地場産業の記憶や足袋蔵の中に「固有の美」を再発見し、能動的な当事者へと変容して自発的運動を展開した点にある。これが地域の空洞化という「寂しさ」を克服することに繋がった。
同市の活動の価値は、草の根の主体が地域の歴史に根ざした再生を「点」から都市全体の「面」へと拡張・持続させている点にある。再生された空間での対話や相互行為自体が、新たな社会関係資本の形成と地域社会の活性化をもたらしている。
参考文献
【註釈リスト】
*1:京都芸術大学 TR科目 都市デザイン論 筆者試験レポートより抜粋
*2:行田市日本遺産ガイドパンフレット https://www.city.gyoda.lg.jp/material/files/group/45/panfu.pdf
閲覧日:2026年5月14日
*3:令和7年度版統計ぎょうだ https://www.city.gyoda.lg.jp/material/files/group/5/toukeigyoda2026.pdf 閲覧日:2026年5月14日
、NPO法人「ぎょうだ足袋蔵ネットワーク」朽木理事長インタビュー 2026年5月21日
*4:ぶぎんレポートNo.124 2009年7月号 P46
*5:行田市の日本遺産認定を受けて、官民協働で今後のまちづくりについて議論を行うため、平成29年に「行田市日本遺産推進協議会」を設置。半年に1回の頻度で協議を行う。
https://www.city.gyoda.lg.jp/soshiki/shougaigakusyubu/bunkazaihogo/gyomu/rekishi_bunkazai/nihonisan/7599.html 閲覧日:2026年5月14日
*6:『埼玉の文化財 第五十六号』 行田の足袋産業の歴史と足袋蔵を活かしたまちづくり P10-12、日本遺産 「和装文化の足元を支え続ける足袋蔵のまち行田」 構成資産ガイドブック
*7:行田市とものづくり大学との連携協力に関する協定 https://www.iot.ac.jp/exchange/regional/coordination/ 閲覧日:2026年5月14日、
NPO法人ぎょうだ足袋蔵ネットワーク設立趣旨書:歴史的建造物の改修・修復をものづくり大学と協働することを趣旨の一つとしている https://www.tabigura.net/img/npo/npo_setsuritsu.pdf 閲覧日:2026年5月14日
*8:NPO法人ぎょうだ足袋蔵ネットワーク https://www.tabigura.net/npo.html
閲覧日:2026年5月14日
*9:『うつくしの街 川越』 P309-P321 第12章 現代の川越のまちはどのように形成されてきたか(第5章 「町並み保存運動のはじまり」~第14章 「観光地化する川越」)
*10:川越では、「NPO法人 川越蔵の会」 が中心となり保存活動を推進している
https://www.kuranokai.org/hp/ 閲覧日:2026年5月14日
*11:行田市では「ふるさとづくり事業」にて、蔵の改修費用の一部補助を行っている
https://www.city.gyoda.lg.jp/soshiki/kankyokeizaibu/shoko_kanko/gyomu/rikatuyou_1/2878.html 閲覧日:2026年5月14日
*12:行田市基本構想では、地域固有の課題として「人口減少」や「町へのアクセスの不便さ」を挙げている。
https://www.city.gyoda.lg.jp/material/files/group/2/gyoda_concept.pdf
閲覧日:2026年5月14日
*13:日本遺産推進協議会事務局提出資料:足袋蔵教育の普及啓発は一定の評価を受けている。
https://www.city.gyoda.lg.jp/material/files/group/45/03-2houkokuan.pdf 閲覧日:2026年5月14日
*14:経済産業省認定伝統工芸品 行田足袋 https://kougeihin.jp/craft/0300/
閲覧日:2026年5月14日
*15:行田市日本遺産推進協議会 令和5年度第2回会議 添付資料1
https://www.city.gyoda.lg.jp/material/files/group/45/02-1shiryou1.pdf
閲覧日:2026年5月14日
*16:財務省広報誌「ファイナンス」令和7年4月号 路線価でひもとく街の歴史 P68より
https://www.mof.go.jp/public_relations/finance/202504/202504m.pdf
閲覧日:2026年5月14日
*17:行田市HP はちまんマルシェ https://www.city.gyoda.lg.jp/soshiki/kankyokeizaibu/nosei/gyomu/sangyo_shinko/norin_suisan/nogyo/hachimanmarshe.html
閲覧日:2026年1月25日
*18:行田市観光協会HP 花手水week
https://www.gyoda-kankoukyoukai.jp/features/27505
閲覧日:2026年7月4日
【参考文献】
・埼玉県文化財保護協会編集・発行 『埼玉の文化財 第五十六号』、2016年
・行田市日本遺産推進協議会編集・発行 『日本遺産「和装文化に足元を支え続ける足袋蔵のまち行田』 構成資産ガイドブック、2020年
・ぶぎん地域経済研究所編集・発行 『ぶぎんレポート2009年7月号』、2009年
・山野清二郎・松尾鉄城監修、寺島悦恩・小林範子編集 『うつくしの街 川越』、一色出版、2019年
・鈴木信吾著 『日本一わかりやすい地方創生の教科書』、東洋経済新報社、2024年
・広井良典・須藤一麿・福田幸二著『AI×地方創生データで読み解く地方の未来』、東洋経済新報社、2020年
・井口勝文著 『イタリアの小さな町 暮らしと風景―地方は元気になるまちづくり』、水曜社、2021年
・井上健二著 『地域の力が日本を変える』、学芸出版社、2011年
・筧裕介著 『人口減少 × デザイン』、英治出版、2015年
・山崎亮著 『コミュニティデザインの時代』、中公新書、2012年
【取材先】
・NPO法人「ぎょうだ足袋蔵ネットワーク」朽木理事長様 実施日:2026年5月21日
・行田市教育委員会 中島洋一様 実施日:2026年6月11日
・行田市郷土博物館 実施日:2026年6月19日
・シェアキッチン&ギャラリー「kate&soi」オーナー 菅井幸子様 実施日:2026年7月4日






