「津軽・こぎん刺しからみる手仕事の継承」

酒井 勝伸

1.はじめに
こぎん刺しとは、青森県津軽地方に伝わる刺し子の一種である。本稿では、こぎん刺しの成り立ちから現代までの継承過程と新たな活用の事例を踏まえ、現代における手仕事の継承の可能性と課題について考察する。

2.こぎん刺しについて
2-1.こぎん刺しの特徴
こぎん刺しは江戸時代に津軽地方、特に弘前の女性を中心に発展した保温と補強のために麻布に木綿の糸を用いた刺し子である。(1)特徴としては、経糸に対して拾う緯糸の本数を奇数にする奇数律という点、模様の最小単位となる基礎模様「モドコ」を組み合わせ、幾何学模様を作り上げる点、「東こぎん」、「西こぎん」、「三縞こぎん」と地域に追って特色がある点が挙げられる。(2)特に経糸を奇数律で刺す方法は、きめ細かな模様展開が可能であるため、多様な模様が生まれた理由とされている。(3)

2-2,こぎん刺し誕生の背景と歴史上の記録
こぎん刺しがこの地域で生まれた背景として、寒冷地であるため綿花が育ちにくく、衣服に用いることのできた素材は麻が主であったという点。気候の影響で農作物が凶作になることが多く、衣よりも食が優先され衣服の補修を繰り返していた点。当時の藩政により衣服の贅沢品が禁じられ、麻に代替するものがなかった点の3つが挙げられる。(1)
歴史上の記録としては、1785年の菅江真澄『遊覧記』、1788年の日良野貞彦『奥民図彙』が挙げられ、特に『奥民図彙』では絵入りで記録されており、(4)この頃には既にこぎん刺しに通ずる文様が存在していたことがわかる。
以上のことから厳しい環境下の中でも、保温・補強という機能性を維持しながら、多くの幾何学模様を生み出すデザイン性を両立した。これはその後の津軽地域においてこぎん刺しが発展することにつながっていったと考えられる。

3.こぎん刺しとカンタ刺繡の継承の比較
3-1.こぎん刺しの継承過程について
上述の通り江戸時代から見られるこぎん刺しは、明治時代に入ると、衣服に対する統制が緩和され、綿糸を使用することができるようになる。綿糸は麻糸と比べ保温性・利便性に優れるだけではなく、この時期に藍染にこぎん刺しを施すようになり、デザイン性の観点でも発展がみられるのである。しかし、1891年に東北本線が開通したことで交通網が発展したことで、木綿の衣類が流通し布地を埋める必要性がなくなり、徐々に衰退していくのである。(1)
その後、こぎん刺しが再興する契機となった人物として柳宗悦がいる。柳宗悦は日本民藝運動の中心人物であり、著書にてこぎん刺しを高く評価している。(5)この民藝運動の影響を受け、弘前こぎん研究所の初代所長である横島直道らの尽力により、一度は衰退したこぎん刺しが調査・研究・収集されていくのである。(6)そして戦後には、津軽地方の産業衰退が懸念されたことから、こぎん刺しの商品化が進み、ブームの波はあるものの現代にまで継承されているのである。

3-2.カンタ刺繍の継承過程について
こぎん刺しの継承過程を考察するうえで、ベンガル地方に伝わるカンタに注目する。カンタは元々女性たちが家族のために施した刺し子の刺繍布で、古くなったサリーなどの木綿布を4、5枚重ね、全面を平縫いし、布を丈夫にしたものである。(7)この頃カンタは美術的な価値のあるものとしては認識されておらず、古布を用いた日用品として考えられていた。
しかし1947年の植民地支配からの分離独立等により、担い手が減少したことでカンタは衰退の一途をたどってしまう。カンタが改めて評価される契機として、知識人のトファイル・アフメッドなどによって日用品から民俗芸術して位置づけられたことが挙げられる。これによりカンタが価値を持つものとして認識されていくのである。この動きによって、カンタの商品化が進んでいくが、その商品化にあたって力を発揮したのがNGOであった。当時この地域は独立戦争により支援が必要とされたことで、NGOが貧困女性を救うために収入を得る商品としてノクシ・カンタが生産されたのである。(7)ノクシ・カンタは従来のカンタとは異なり、作り手の独自性はなく、市場のニーズに沿ってデザイナーがデザインした通りに制作する商品として、刺繍の技術が継承されている。

3-3.類似点と相違点について
こぎん刺しとカンタの継承について比較する。(図1)類似点として、継承の大きな流れが挙げられる。どちらも元々は家族のための日用品として使用され、修復・再利用というモノを大切に扱うという考えを持っている。その後、社会的な要因により衰退の時期を迎える。しかし有識者により価値が見直され、再興した結果、経済的な価値にも注目され、従来の家族内で用いるという範囲を超え、商品として販売されるようになっている。
相違点としては、有識者による価値の見直しから商品化に向けた流れである。こぎん刺しは、柳宗悦の勧めからこぎん研究所が主となり調査・収集そして商品化という流れを汲んだため、こぎん刺しの歴史を踏まえた継承がなされている。一方でカンタについては、有識者の提言はあったもののNGOは支援の一環としてカンタを利益を上げる道具として用いた。その利益を生むためのストーリーとして後発的に歴史を取り入れたのである。(7)この違いにより、担い手自身の制作における主体性の有無だけではなく後述のような拡がりが、こぎん刺しに見られると考えられる。

4.こぎん刺しの拡がり
4-1.こぎん刺しとのコラボレーション
現代では、従来の目的での使われ方はされなくなったが、コースターや財布など日用品として販売されている。特筆すべきなのは多くの日用品が作られる中で、こぎん刺し単体に留まらず、他ブランドや海外の民族衣装とのコラボレーションなど多岐に渡る点である。(8)(図2)これらのコラボレーションは文様などの魅力もあるが、こぎん刺しの歴史と企業のブランドコンセプトが合致したことで生まれたと考えられる。

4-2.こぎん刺しを学ぶ
こぎん刺しは、弘前市内の公共施設内(図2)だけではなく、各地の美術館の企画展でも取り上げられている(9)。また2025年にはユニクロと連携しロンドンで展示会を開催しており、海外からも関心を集めている。(10)技術的な面では、各地で講座が開講されており、現代でも支持されていることがわかる。(11)さらに千葉県立九十九里高校の家庭科では、こぎん刺しを扱っており学校教育の一環としても実践されている。(12)これらの事例から地域や年齢層を問わず、認知・学習の機会があることは、歴史から丁寧に継承されてきたことで、こぎん刺しを学ぶ価値が高いということを示していると考える。

4-3.こぎん刺しと街
近年こぎん刺しは、刺し子としてだけではなく、弘前市内の街中でモドコを見ることができる。(図3)これは地域住民においてこぎん刺し(モドコ)がシンボリックな存在であることだと考える。衣類が大切にされてきたこと、つまりモノを大切に長く使い続けることが、この地域の大切にしてきた信念であり、その象徴としてこぎん刺しがあると考えられる。

以上3点の事例より、こぎん刺しが技術と歴史が並行して継承されたからこそ、共感が生まれ現代まで継承されていると考えられる。

5.今後の展望
上述の通り、こぎん刺しは刺し子としてだけではなく、街づくりにおいても地域にとって重要な役割を担っている。一方でインタビュー記録(表1)からわかる通り、身近に手芸をする人がいても、「こぎん刺し」として認識することが地域出身者でも困難であることがわかる。地域に溶け込んでいるからこそ、当たり前になってしまったことで、認識されにくくなっている現状を踏まえると、改めて若年層を巻き込んだ継承が必要であると考える。(13)

6.まとめ
こぎん刺しは一時的な衰退を迎えた後、有識者による価値の再考から商業化に至るが、歴史を大切に扱ってきたからこそ、現代のような拡大が見受けられると示唆される。時代が変わる過程で用途も変わっていくが、歴史が軸となることで、こぎん刺しそのものは変わらずにいることができる。これは伝統的な技術のみならず、街づくりなど他の領域においても同様である。(14)一方で現代の継承において歴史に関心を持つことが、後の世代にとってどのような意義・価値があるのかを同時に伝えていく必要があると考えられる。

  • 532342_1 図1:継承過程の比較
  • 図2:非掲載
  • 図2:非掲載
  • 662325_4 図3:街中のこぎん刺し文様
  • 662325_5 表1:インタビュー記録
  • 662325_6 別紙:対象者がキットを用いて刺すこぎん刺し

参考文献

*註
(註1)青木あすみ(2015)「こぎん刺しの美の特性と今後にむけて」文化学園大学紀要.服装学・造形学研究46,p.13-23

(註2)有限会社弘前こぎん研究所 津軽こぎん刺しについて https://tsugaru-kogin.jp/about-kogin (2026/6/25閲覧)

(註3)弘前こぎん研究所(2013)『増補改訂版 津軽こぎん刺し 技法と図案集』,株式会社誠文堂新光社,p,172

(註4)前掲書(3)p,167

(註5)「ごく娘の時から習ひ始めるといひますが、随分手のかかる仕事で、刺子としては之ほど念入のものは他にありません。」と記されている。
日本民芸教会編集(1972)『手仕事の日本 新装・柳宗悦選集2』,有限会社上野印刷所,p.116-117

(註6)前掲書(3)p,186-190

(註7)五十嵐理奈(2010)「カンタ刺繍にみる文化とグローバル化商品の生産 --文化を継承するNGO」, 京都大学地域研究統合情報センター,地域研究10巻2号,p.224-244

(註8)青森県西目屋村 道の駅「津軽白神」公式サイト アウトドア用品モンベルコーナー https://www.tsugaru-shirakami.com/guide/montbell.html (2026/6/26閲覧)

(註9)サントリー美術館 企画展「まだまだざわつく日本美術」でこぎん刺しの展示を行っている。
https://www.suntory.co.jp/sma/exhibition/2025_3/ (2026年6月27日閲覧)

(註10)陸奥新報(2025) 「こぎんの美と歴史、ロンドンでも関心」https://mutsushimpo.com/news/auhj7bsd/ (2026/6/26閲覧)

(註11)NHKカルチャー内で掲載されているものだけで9件開講されている。
NHKカルチャーセンター 講座羂索結果 https://www.nhk-cul.co.jp/nhkcc-webapp/web/WKozaKensakuAc.do?wbKozaKensakuAcJoken.kensakuHoho=10&wbKozaKensakuAcJoken.shishaId=&wbKozaKensakuAcJoken.chuKategoriId=55&wbKozaKensakuAcJoken.daiKategori=%8E%E8%8C%7C%81E%8DH%8C%7C&wbKozaKensakuAcJoken.chuKategori=%8Eh%82%B5%8Eq%81E%82%B1%82%AC%82%F1%8Eh%82%B5 (
2026/6/26閲覧)

(註12)家庭3年・服飾手芸内でこぎん刺しを取り扱っている。
千葉県立九十九里高校 教育課程・シラバス https://cms2.chiba-c.ed.jp/kujukuri-h/89635917d56f653f5c1f7a33294c4202 (2026年6月26日閲覧)

(註13)「地域都市の中心市街地再開発においても、地域の潜在的な価値を活かすことが求められるようになってきた。単に歴史的な文化財を残すことではなく、重要なことは子どもや若者世代にも目を向けて地域に住まう多世代が大切にしている空間、時間を構築する要素を新しい空間づくりの中に埋め込み直していくこと。」と述べられており、街づくりにおいて歴史を残すだけではなく、多世代に共感されるように埋め込むことが重要と述べている。これは街づくりだけではなく、こぎん刺しのような手工芸品にも言えると考えられる。
坂村圭・真野洋介編著(2024)『人生100年時代の都市デザイン 豊かなライフシーンをつくるソーシャルインフラ』,株式会社学芸出版社,p.84-85

(註14)「まちにおいては、風景や人々の営みへの愛着、アイデンティティや信念から今の姿を留めようとする力と、環境の変化や経済的、経年的、政治的な理由からその姿を変えようとする力という、相反する二つの力が随所に働いている」と述べられており、街のみならず手仕事においても同様の事象が考えられる。
山納洋(2019)「歩いて読みとく地域デザイン 普通のまちの見方・活かし方」,株式会社学芸出版社,p.19

*参考文献
・青木あすみ(2015)「こぎん刺しの美の特性と今後にむけて」文化学園大学紀要.服装学・造形学研究46,p.13-23
・五十嵐理奈(2010)「カンタ刺繍にみる文化とグローバル化商品の生産 --文化を継承するNGO」, 京都大学地域研究統合情報センター,地域研究10巻2号,p.224-244
・上羽陽子・山崎朋子 編(2020)『現代手芸考 ものづくりの意味を問い直す』株式会社フィルムアート社
・工藤武四(2023)『こぎん誕生-もめん・からむし・ゆきのはな―』,路上社
・酒井勝伸(2026)「こぎん刺しの継承について」,京都芸術大学芸術教養演習1提出レポート
・坂村圭・真野洋介編著(2024)『人生100年時代の都市デザイン 豊かなライフシーンをつくるソーシャルインフラ』,株式会社学芸出版社
・鈴木真枝 他(2022)『そらとぶこぎん 第6号』,津軽書房
・日本民芸教会編集(1972)『手仕事の日本 新装・柳宗悦選集2』,有限会社上野印刷所,p.116-117
・弘前こぎん研究所(2013)『増補改訂版 津軽こぎん刺し 技法と図案集』,株式会社誠文堂新光社
・実乃莉(2023)『刺し子と暮らす 普段使いの小物に刺すモダンミックススタイル』,株式会社グラフィック社
・森田直(2011)『布の記憶 江戸から昭和-受け継がれる用美』,青幻舎
・山納洋(2019)「歩いて読みとく地域デザイン 普通のまちの見方・活かし方」,株式会社学芸出版社
・[簿冊]「奥民図彙」(210-0027)、国立公文書館デジタルアーカイブ、https://www.digital.archives.go.jp/file/1215120 (2026/6/27閲覧)
・日本民藝教会 民藝とは何か https://www.nihon-mingeikyoukai.jp/about/ (2026/6/27閲覧)

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