薩摩焼400年の物語と文化資産としての美山の未来

丸山 有子

1. 基本データと歴史的背景
鹿児島県日置市東市来町美山地区(図1)で受け継がれてきた薩摩焼は、日本の陶磁器文化を考える上で重要な事例である。高度な工芸技術のみならず、戦争の結末としての陶工の連行、藩の庇護と世界的成功、近代の苦難と記憶の継承が複層的に関わるためである。

1-1. 薩摩焼の起源
薩摩焼の起源は、豊臣秀吉による朝鮮出兵の際に、島津義弘(1)が朝鮮半島から陶工を連れ帰ったことに始まる(2)。技術導入の歴史として語られる一方、戦争による強制移住でもあった。苗代川(3)に集住した陶工たちは、故郷に思いを馳せながらも、薩摩の土や環境に適応しつつ試行錯誤を重ねた。
1-2. 藩による庇護と功罪
薩摩藩は陶工たちを手厚く保護し、土地や特権を与えた。一方で彼らを集住させ、朝鮮姓や朝鮮風俗の維持を強いた(図2)。背景には技術の秘匿に加え、異国人支配の誇示や密貿易の通訳としての利用などの意図があったと推測されている (4)。この政策により彼らは数百年間〈苗代川の朝鮮人〉であり続け、結果として李朝由来の作陶技術 (図3)が長く純粋培養された。
1-3. 二つの系統
薩摩焼には、高級工芸品として評価されてきた白薩摩と、日常の器として展開してきた黒薩摩の二系統がある(図4)。両者の対比は、薩摩焼が鑑賞性と実用性の双方を担いながら発展してきたことを示す。
1-4. 「SATSUMA」の栄光
19世紀、藩主・島津斉彬(5)は、薩摩焼の新しい装飾技法や欧州の嗜好を研究し薩摩焼を輸出品へ育てる改良を進めた。その結果、1867年のパリ万国博覧会(6)に出品した薩摩焼は絶賛され、「SATSUMA」と呼称され、ジャポニスムの潮流に乗って世界へ広まった。これは外貨獲得のみならず、日本の文明の高さを西欧に示す役割も担った。
1-5. 近代の苦難:苗代川から美山へ
廃藩置県により陶工たちの立場は一転した。藩の庇護を失った経済的困窮に加え、日韓併合後は苗代川出身であることが差別の対象となり、家業を捨てる者も少なくない苦難の時代を経験した。地名も苗代川から美山へと改められたが、こうした変動の中でも一部の家系は技術と記憶の継承を続け(8)、現在の美山に単なる焼き物産地以上の歴史的厚みを残した。街の入り口に立つ美山の案内塔(図5a)にはハングルが併記され、朝鮮由来の歴史をもつ窯業の里として来訪者を迎えている。

2. 評価できる点

2-1. 歴史的苦難の文化的継承
朝鮮陶工に由来する歴史を長く地域文化の内部に受け継ぎ、技法の継承にとどまらず、苦難の歴史を地域の記憶として守り伝えてきた。日韓友好の炎(図5b)は、その記憶を現在へ接続するものである(9)。過去の苦難を美化せず、歴史を消去せず、現在の文化的価値の一部として位置づけている点が高く評価できる。
2-2. 伝統と現代性を結ぶ試み
伝統的な形と絵柄は美術品としての価値が高いものの、現代のニーズには合致しづらい。そのため、絵柄を排し無地や幾何学柄のシンプルなデザインの作品(図6)が生みだされている。形のシンプルさは、白薩摩特有の象牙色の肌と貫入の美しさをさらに際立たせ、伝統と現代性が違和感なく融合している。伝統を保存の対象とせず、大胆に更新しながら継承する姿勢は、現代の地域工芸にとって重要な方向性を示している。
2-3. 美山CRAFT WEEKとMIYAMA Biennale
近年の美山は、かつての「陶工村」から木工・ガラス・染織なども含む多様な作り手が集う〈クラフトの町〉へと変貌した。秋の美山CRAFT WEEK(10)(図7)は、来訪者が里山を歩きながら工房を訪ね、作品や制作現場に触れ、作り手との対話も楽しむ「文化の営みに入り込む」体験を提供する。手捻りやろくろ体験、歴史展示、韓国との交流紹介も組み込まれ、販売機会にとどまらず地域文化への理解を深める場として機能する。玉山神社から子供神輿の巡行が行われ、地元の子どもたちが地域の歴史や産業に触れる機会となっている。
2026年春には、現代アートの芸術祭「MIYAMA Biennale」(11)が本格始動した。窯元やギャラリーをはじめ店舗や自然空間など地区内のさまざまな場所に作品(図8)を展示し、地域全体を「まるごと美術館」として巡る芸術祭で、第1回は県内外25名ほどの作家が参加した。
伝統工芸品の鑑賞・対話・歴史理解・教育に加え、現代アートへの展開が同じ地域空間の中で結びつく点は、美山を文化資産として評価する際の大きな特徴である。

3. 他事例との比較から見える特質

3-1. 他の焼き物の里との比較:歴史の「光と影」の物語化
他藩へ連行された朝鮮人陶工の多くが早期に帰化・日本人化したのに対し、美山では前述のごとく、数百年にわたり朝鮮姓や風習が堅持された。沈壽官窯のように今なお朝鮮名を冠した窯元が存続するのは稀有な歴史的特質である。この過酷な経緯は、司馬遼太郎の小説 (12)や近年のドキュメンタリー映画 (13)を通じて広く知られ、〈薩摩焼〉というブランドに深みを与える〈物語〉として機能している。
3-2. 有田焼との比較:「産地性」へのこだわり
有田焼にも、新しいニーズに応えるブランド「2016/」がある(14)。海外デザイナーを起用し、無国籍的で日本の風情を持ち込まないデザインによって世界の食卓へ挑戦した。一方、美山の「CHIN JUKAN POTTERY」ブランド(15)は、「2016/」同様、シンプルな現代的デザインではあるが、薩摩焼特有の肌合いや風情を失わず、「産地性」にこだわっているようだ(16)。自らの歴史とルーツを問い続けてきた美山ならではの、アイデンティティを根幹に据えたブランド構築であると言える。
3-3. 陶器市・海外事例との比較:小規模さを逆手に取った距離感
美山CRAFT WEEKは美山窯元祭りを前身とするが、大規模な有田陶器市や益子陶器市に対し、あえて規模の拡大を追わず、作家と来訪者が直接対話できる「小規模な文化の営み」を特徴とする。この「地域生活文化との融合」の濃さは、世界で初めて「World Craft Region」に認定されたデンマーク・ボーンホルム島のクラフトウィーク(17)とも共通する性格である。

4. 今後の展望と課題
薩摩焼が、持続可能な文化資産であり続けるために、以下の三点を提案する。

4-1. 滞在型環境の整備とブランディングの強化
宿泊施設やアクセスの課題を解消して「滞在型観光」を可能にし、地域経済と文化活動の持続可能性を高める必要がある。また多言語発信や映像コンテンツの充実により、「美山=伝統を更新し続けるクラフトヴィレッジ」というブランドイメージを世界へ発信することが望まれる。
4-2. 東アジアの文化交流のシンボルへ
朝鮮ルーツを活かし、アジア圏の工芸学生の受け入れや国際ワークショップ等を通じて、東アジアの友好と文化交流のシンボルへ発展できる可能性がある。歴史の痛みを真摯に見つめ、それを敬意と誇りに変えて発信する姿勢は、異文化共生の意識を高めることにも役立つと考えられる。
4-3. 社会包摂と教育の場としての深化
美山小学校の窯元見学(18)や美山陶遊館(19)での陶芸教室など、地域の子どもたちが工芸に触れる教育活動を続けることは、担い手育成だけでなく地域文化への理解を内側から支える上でも重要である。また美山中心部の児童養護施設「友愛学園」(20)には約40名の子どもが暮らし、美山の小学生の約半数を占める。多様な背景をもつ子どもたちが、歴史的に〈外から来た者〉が築いたこの町の本物の文化に触れることは、〈新しいふるさと〉に誇りを持つきっかけとなるのではないか。これは地域による〈社会的包摂の文化的実践〉のモデルケースとなり得ると考えられる。

5. まとめ
薩摩焼の400年は、異国の技術と薩摩の美意識が政治的翻弄や差別の歴史を乗り越えて融合してきた、光と影の物語である。現代の美山はその重層的な歴史を引き受け、伝統技術を現代的なデザインや多様なクラフトへ進化させ、独自の文化資産価値を創り出している。美山の未来は「古いものをただ保存する」のではなく、かつて陶工たちが新しい美を創出したように、多様な感性を柔軟に受け入れ、次世代を育て「伝統を更新し続ける」ことで開かれる。歴史・物語・教育・福祉を統合する場となったとき、美山は単なる工芸の里を超えた「生きた文化遺産」となるだろう。

  • 676183_1 図1:地区内のあちこちにある陶郷美山の案内図(2025年9月12日 筆者撮影)
  • 資料2_544267_1 図2 薩藩勝景百図(さっぱんしょうけいひゃくず) 四陸路 第68景 苗代川
    苗代川の薩摩焼製造風景を描いたもの。朝鮮の風俗が保たれていることが見て取れる。
    薩藩勝景百図とは、江戸時代に作られた薩摩藩(現在の鹿児島県)の名所・景勝地を描いた図会(絵入り地誌)であり、東京大学史料編纂所が所蔵している。:許諾済み
  • 資料3_544269_1 図3 沈壽官窯の登り窯(2026年9月12日 筆者撮影)
    登り窯は、朝鮮陶工たちによって日本に導入されたものである。斜面に沿って複数の焼成室を階段状に連ねた構造で、炎と熱が上へ抜けながら各室に行き渡るよう工夫されている。薪をくべて長時間高温を保ち、部屋ごとの温度差を使い分けることで、焼き上がりに多様な表情が生まれる。写真は沈壽官窯で150年前から現在も稼働中の登り窯である。:許諾済み
  • 資料4_544270_1 図4
    A:白薩摩 
    クリーム色〜象牙色の明るい地肌に、細かな貫入(ひび模様)を伴う、柔らかく上品な印象をあたえる陶器である。地の上には花鳥・人物・風俗・山水などの細密な絵付けが施され、金彩がアクセントとして華やかさを引き立てている。明治時代、欧米で贅沢な装飾品として人気があり高く評価されていた。

    写真は、《第十二代沈壽官作 錦手秋草文水注》、19世紀の作品である。 鹿児島県歴史・美術センター黎明館 玉里島津家資料 (2025年11月26日筆者撮影):許諾済み
    B:黒薩摩 
    鉄分を多く含む土を用いた濃い茶褐色〜黒色の素地が特徴で、落ち着いた佇まいの陶器である。装飾は最小限、あるいはほとんど施されない。機能性や使い心地を大切にし、日常の器としても多く用いられてきた。

    写真は、荒木陶窯の黒茶家(くろじょか)(荒木陶窯のホームページ http://shop.arakitoyo.com より):許諾済み
  • 676183_5 図5:
    左  美山地区入り口に立つ案内表示塔
    ハングル文字がみられ、ルーツを明らかにしている。(2026年4月29日筆者撮影)

    右  日韓友好の炎
    平成10年の薩摩焼四百年祭にて美山陶 工の祖国・韓国南原市で採火され、この地に運ば れた火を今も灯し続けている。(2025年9月12日筆者撮影)
  • 資料6_544355_1 図6 新しい薩摩焼

    A〜C:荒木陶窯のホームページhttp://shop.arakitoyo.comよりの転載(許諾済み)
    A:苗代川白彫文壺  B:文マグカップ  C:波紋丸皿  
    苗代川焼・朴家第十五代 荒木秀樹氏は、絵付けなしの彫文や波紋など、形で見せる新しい表現に挑戦し続けている。

    D〜F: CHIN JUKAN POTTERYのインスタグラム (https://www.instagram.com/chinjukanpotterycafe/)より転載(許諾済み)
    Chin Jukan Pottery Caféの店内の様子と展示作品
    このCafeでは、Chin Jukan Potteryの食器で食事やお茶を楽しむことができる。
  • 資料7_544357_1 図7 美山CRAFT WEEK2025

    A:B: 街中を徒歩で巡り、野外テントの販売所で作品を見る観光客 日置市観光協会ホームページ(https://hiokishi-kankou.com/)より:許諾済み
    C: 美山の竹林の中の散歩道(2025年10月31日筆者撮影)
    D: ガラス工房ウェルハンズの井手江里子さんの作業風景を見学(2025年10月31日筆者撮影):許諾済み
    E:絵付け体験  日置市観光協会ホームページ(https://hiokishi-kankou.com/)より:許諾済み
    F:子供神輿  日置市観光協会ホームページ(https://hiokishi-kankou.com/)より:許諾済み
  • 資料8_544359_1 図8:第1回 MIYAMA Biennale 「1・目覚めの景色」で展示されたインスタレーション

    A: 町中に立てられたのぼり旗
    BとE: 大寺 聡氏の軽石アート (B:2026年4月29日筆者撮影 E:ビエンナーレ事務局より提供):許諾済み
    CとF: 玉田多紀氏のダンボールアート(C:2026年4月29日筆者撮影 F:ビエンナーレ事務局より提供):許諾済み
    DとG: イトウタカシ氏による《愛為楽風寺(オナラプー寺)》(ビエンナーレ事務局より提供):許諾済み

参考文献

〈註〉
(1) 島津義弘(1535–1619) 島津氏第17代当主で、豊臣秀吉の朝鮮出兵(文禄・慶長の役)に出兵。帰還の際に朝鮮半島の陶工を連れて戻り、薩摩焼の出発点となった。
(2) 従軍していた九州の各藩や長州の大名も、島津氏同様、朝鮮より陶工を連れて戻り、それぞれの領内で窯を築かせた。その結果として、薩摩焼の他、萩焼、有田焼、上野焼、高取焼などが発生したので、この両戦役は一名「焼き物戦争」と呼ばれる。(飯田正毅 『薩摩の伝統工芸』 春苑堂書店、1995年、164頁)
(3) 苗代川(なえしろがわ) 現在の日置市東市来町美山にあたる旧地名で、朝鮮陶工が集住した集落。1956年に美山と改称された。
(4) 井上和枝 「薩摩藩の「朝鮮風俗」維持政策と日本化」、久留島浩・須田 努・趙景達編 『薩摩・朝鮮陶工村の四百年』 岩波書店、2014年、204-212頁
(5) 島津斉彬(1809–1858) 薩摩藩第11代藩主。集成館事業を興し、薩摩焼を含む殖産興業と輸出振興を進めた。
(6) 1867年パリ万国博覧会  薩摩藩は幕府とは別に「日本薩摩琉球国太守政府」の名で独自に出品し、薩摩焼が高い評価を得た。
(8) 朝鮮出兵の際に連れ帰られた朝鮮人陶工の子孫であることを明らかにしている窯元に、沈壽官窯と荒木陶窯がある。沈壽官窯の祖は沈当吉であり、現当主は第15代沈壽官、荒木陶窯の祖は朴平意であり、現当主は荒木秀樹氏であり、朴家15代である。
(9) 日韓友好の炎 1998年の薩摩焼四百年祭では、美山陶工の祖国・韓国南原市で採火され、美山まで運ばれた火を共同登り窯「四百年窯」に点火するとセレモニーが行われたが、その火を今も灯し続けている。(2025年9月12日筆者撮影)
(10) 美山CRAFT WEEK 美山窯元祭りを前身とする工芸イベント。2025年は10月30日から11月3日まで、地区内の窯元・工房等が参加して開催された。
(11) MIYAMA Biennale  美山を舞台に、2025年のプロローグ展「0・始まりの景色」を経て、2026年から本格始動した、窯元やギャラリー、工房などをそのまま会場にして地域一帯を巡りながら作品に触れる形式のアートフェスティバルである。県内外の画家、陶芸作家、現代美術作家など約25人が参加して、2026年4月25日から5月6日にかけて第1回「1(イチ)・目覚めの景色」が12日間の日程で開催された。2022年10月にオープンした美山の複合施設cocoNotsu(ここのつ)が拠点になっている。
(12) 司馬遼太郎 『故郷忘じがたく候』 文藝春秋、1968年。
(13) 朝鮮陶工の子孫を追ったドキュメンタリー映画『ちゃわんやのはなし―四百年の旅人―』(2024年公開)。
(14) 「2016/」  有田焼創業400年(2016年)を記念して立ち上げられた新ブランドで、日本人デザイナーの柳原照弘氏が指揮し、海外デザイナーが数カ月間有田に滞在して窯元と共同で制作した。従来の有田焼のイメージを脱却し、ミニマルなライン・機能美を重視したシンプルでモダンな器を打ち出した。伝統工芸と海外デザインとの協業という先駆的な事例である。
(15) 「CHIN JUKAN POTTERY」  400年以上の歴史を持つ薩摩焼の名窯「沈壽官窯」と、家具製作や内装などをメインに生活に寄り添うプロダクトを生み出す「ランドスケーププロダクツ」が2008年から共同で制作している薩摩焼のシリーズである。ソウルを拠点とする陶芸家・デザイナー金恵貞氏(キム・ヘジョン)がデザインを担当した。PLAIN、 SIMPLE、USEFULのphylosophyに違わない現代的なデザインで洋風の食事にも違和感なくなじむが、肌は薩摩焼の特徴的な象牙色が基本で美しい貫入がある.なにかしら東洋的な風情を感じられる作りとなっている.
(16) 岡本仁編 『ぼくの鹿児島案内』 ランドスケーププロダクツ、2012年
(17) Bornholm Craft Weeks  デンマーク・ボーンホルム島で毎年秋に開催される約10日間の工芸祭。同島は2017年に世界で初めて「World Craft Region」に認定された。
(18) 美山小学校ブログより
(19) 美山陶遊館  薩摩焼の伝統技術を見て・触れて・体験できる、入館無料のレクリエーション施設である。体験メニューは、ろくろ体験、手びねり体験、絵付け体験、薩摩ボタン絵付け体験がある。
(20) 友愛学園  美山にある児童養護施設で、社会福祉法人友愛会が運営しており、保護者のいない児童や虐待を受けた児童など、家庭で養育できない子どもたちを養育する施設である。現在の児童定員は40名、職員数24名で、「最大限の愛を子どもたちに」を養護方針の柱に掲げ、地域と共生しながら子どもたちの自立支援に取り組んでいる。

〈参考文献〉
・久留島浩・須田 努・趙景達編 『薩摩・朝鮮陶工村の四百年』 岩波書店、2014年
・飯田正毅 『薩摩の伝統工芸』 春苑堂書店、1995年
・麓 純雄 『鹿児島県の歴史入門』 南方新社、2020年
・『華麗なる薩摩焼―万国博覧会時代のきらめきー』 明治維新150周年記念黎明館特別展「華麗なる薩摩焼」実行委員会
・十五代沈壽官 『沈家伝世品収蔵庫 Chin Jukan Museum』 株式会社美術出版社、2013年


〈参考ウェブサイト〉
・CHIN JUKAN POTTERY 公式サイト(https://chinjukanpottery.com/)
・Destination Bornholm「Bornholm Craft Weeks」(https://bornholm.info/en/bornholm-craft-weeks/)
・2016/ (https://www.2016arita.jp/)
・沈壽官窯「沈家のあゆみ」(http://www.chin-jukan.co.jp/history.html)
・日置市観光協会 (https://hiokishi-kankou.com)
・美山小学校ブログ (https://miyamasho05hioki.blogspot.com)
・荒木陶窯  (https://shop.arakitoyo.com)

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