
日常空間に溶け込む小倉城天守閣の景観と空間デザイン
はじめに
1837年に焼失した小倉城天守閣は1959年、市民の熱望によって再建された。北九州市の街中にあり、日常空間に溶け込む小倉城天守閣の景観と空間デザインについて、文化資産としての価値を考察する。
1.基本データ
1-1.小倉城天守閣(写真1)
所在:福岡県北九州市小倉北区城内2-1
築城:1569年(1837年焼失。1959年復興天守として再建)
復興前高さ:23.0m
復興後高さ:28.7m(全国6位)
床面積:約678㎡(全国4位)
指定管理者:TEAM城下町小倉共同事業者
1-2.勝山公園
小倉城天守閣は勝山公園(22.0ha)にあり、同公園内には小倉城庭園や北九州市役所(15階建)等がある(図)。公園の北には堀を挟んでリバーウォーク北九州(14階建の大型複合商業施設)もあり、天守閣は高い建物や樹木に囲まれている。
2.小倉城の歴史的背景
小倉城は毛利元就が1569年に小倉津に平城を構えたことに始まった。時代を経て中津から小倉に拠点を移した当主の細川忠興が全国でも珍しい「唐造り(1)」の天守閣と周囲8kmの広大な総構えを築き、小倉城は名城と讃えられた。1837年に焼失した天守閣は1959年に元々なかった「破風」と呼ばれる大きな三角屋根を取り付けられ(写真2)、復興天守として再建された。
3.評価できる点 -小倉城天守閣へ至る景観デザイン-
小倉城天守閣は北九州市の最大河川である紫川河口部西岸に築かれた。商店街や大型商業施設が立ち並ぶ、街中にある天守閣は周囲の樹木や高い建築物に遮られ、歩行中に見えていた天守閣の姿はすぐに何かに隠れて見えなくなる。
しかし、紫川東岸の商業地区にあるデパートの新館と本館の間には天守閣の見える快適な空間があり、「オープンモールお城通り」と呼ばれるその通りは(写真3)(図)「第1回北九州市都市景観賞」を受賞した(2)。そこから鴎外橋(図)まで進むと視界がパノラマ的にひらかれ、大きく広がる紫川とくつろぎのある紫川親水空間を目にすることができる(3)。川の風景を活かして安全な川をつくることを目的とした「紫川マイタウン・マイリバー整備事業」によって(4)、この辺り一帯にはくつろげる歩行者空間が点在する。快適な環境形成について当時の北九州市長末吉興一は、「ただ歩くだけでも楽しい文化の香りのする街づくりを行っていく」と述べ(5)、都市景観を向上させた「紫川マイタウン・マイリバー整備地区」は平成19年度都市景観大賞「美しいまちなみ大賞」を受賞した(6)。
歩行者空間の魅力についてJ.J.フルーインは、「急にヴィスタの変化があったりパノラマ的な視界が開けたり、といった驚きのある機会も効果的」と述べ(7)、河川のくつろぎについて熊沢傅三は、「都市空間における”くつろぎ”を創出するために、(中略)何よりも欲しいのは水辺および清冽な川の流れである」と述べている(8)。平成29年度の「小倉城周辺エリア魅力向上について」の満足度調査では「緑地・水辺」や「史跡」への満足度が高く(9)、デパートの間の狭い空間からパノラマ的に広がる水辺空間への視点の変化は魅力的でくつろぎのある景観デザインとして評価できる。
鴎外橋をそのまま天守閣へ向かって渡れば小倉城庭園(図)に突きあたる。そこから天守閣へ向かうには、左手の北九州市役所前か右手のリバーウォーク北九州側(図)から回り込む必要があり、どちらから進んでも天守閣はいったん見えなくなる。そして視界を遮る樹木を抜ければ野面積の高く積まれた石垣の上に圧倒的な存在感を放つ、白壁の美しい天守閣が眼前に現れる(写真4)。
天守閣西側の大通りからは樹木に遮られた天守閣の一部しか見えないが、南側からは天守閣と近代的な建築物が同時に見える(写真5)。そのまま進むと天守閣は樹木に隠れていったん見えなくなるが、さらに進むと樹木の陰からそびえ立つ天守閣が現れる。自然と人工物の中で天守閣が見え隠れする一連の流れは魅力的でインパクトのあるシークエンスデザインとして評価できる。
4.大阪城天守閣と比較した特筆すべき点
4-1
大阪城天守閣は都心にあるためアクセスしやすく、連日多くの観光客で溢れかえっている(10)。しかし、入場者数が大阪城の十分の一程度しかない小倉城天守閣の周囲は普段から人影が少なく(11)、また小倉城天守閣と市役所の間に延びる「小倉城歴史の道」は車両侵入禁止区域であるため車の騒音も届かない(写真6)。周囲の大型商業施設まで徒歩数分しか離れていないにも関わらず、車の騒音や人の喧騒から切り離された小倉城天守閣前の空間は、歴史情緒ある天守閣をゆったりと楽しむことのできる空間デザインとして特筆すべき点である。
4-2
大阪城天守閣は約100haと広大な敷地を持つ大阪城公園にあるが、遠くからでも建築物や樹木に遮られずに眺めることもできる。しかし大阪城公園の外から天守閣までの距離は遠く、大阪城天守閣と生活空間は切り離された空間にある。対して市役所が隣接し、すぐそばにリバーウォーク北九州がある小倉城天守閣前の通りは観光とまったく関係のない人々の通行路にもなっている。
小倉城天守閣と人の暮らす町の近さについて出口隆は、「多くの城下町に比べると、街道や街道筋の町と城郭、それも天守閣の間が近いと思われる」と述べており(12)、迫力ある野面積の石垣の上にそびえ立つ天守閣をちらりとも見ずに通り過ぎる人々が多いのは、歴史的な背景を持つ小倉城天守閣の前を通る非日常な空間が地域住民にとって慣れ親しんだ日常空間となっているからだと考える。小倉城天守閣前の空間は、非日常と日常空間が同居する特異な空間デザインとして特筆すべき点である。
5.今後の展望について
小倉城天守閣周辺では年間を通じて多くのイベントが開催されるが、その際、天守閣をアピールする案内をほぼ見かけない。2024年11月、大芝生広場(図)では遠方からの人も訪れる「第2回パルクール世界選手権」が開催されたが、会場内で天守閣に関する案内は見つからなかった。2023年度の「市政モニターアンケート」では、魅力ある小倉城天守閣に関するマスコミへの広報活動強化を望む市民の声が紹介されている(13)。新幹線の停車する小倉駅から徒歩15分の距離にあり、遠方からもアクセスしやすい天守閣に対するPR不足感は否めない。
天守閣周辺では数年前から「小倉城竹あかり」が始まり、2024年11月には光あふれる「クリスマスマーケット」が(写真7)、そして同年12月には天守閣をスクリーンとしたプロジェクションマッピングが開催され、現在も魅力的な景観を高める努力が継続されている。
佐々木葉が「安全、安心、快適、便利とともに、美しい、あるいは魅力的な景観は地域の生き残りに欠かせない」と述べているように(14)、年々進化する小倉城天守閣周辺の美しい景観は地域の生き残りに欠かせないものであると考える。
歴史情緒ある景観の魅力をより積極的にアピールし、水辺の緑豊かな美しい河川景観を持つ北九州市の更なる発展に期待したい。
6.まとめ
小倉城天守閣へ至る景観は、街中にありながらも周辺の緑と水辺空間によって魅力的でくつろぎのある景観デザインとなっており、また天守閣の風情ある空間は、地域住民に親しまれる空間デザインとなっている。
日常空間に溶け込む天守閣の美しく魅力的な景観は、価値ある文化資産として評価できる。
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写真1:小倉城天守閣(2025年1月26日筆者撮影)
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図:勝山公園園内マップ
①小倉城天守閣 ③小倉城庭園 ⑤紫川親水広場 ⑧大芝生広場 ⑯鷗外橋
出典:北九州市のシンボル公園:勝山公園 - 21世紀の都心のオアシス空間、https://jokamachi.jp/katsuyama-park-map/#008 -
写真2:再建前の小倉城天守閣の模型。最上階以外に破風はない。
撮影場所:小倉城天守閣2階(2025年1月26日筆者撮影) -
写真3:オープンモールお城通りから見る小倉城天守閣(2025年1月26日筆者撮影)
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写真4:北九州市役所前を抜けると現れる小倉城天守閣(2025年1月26日筆者撮影)
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写真5:南側から見た小倉城天守閣(2025年1月26日筆者撮影)
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写真6:小倉城天守閣と市役所の間に延びる「小倉城歴史の道」(2025年1月26日筆者撮影)
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写真7:クリスマスマーケット(紫川親水広場周辺)。中央奥に白くライトアップされた小倉城天守閣が見える(2024年12月2日筆者撮影)
参考文献
参考文献
註
(1) 参考文献【8】四階と五階の間に屋根のひさしがなく五階が四階よりも大きくなっている。
(2) 参考文献【9】美しいまちづくりを形成していくことを目指し、景観づくりについての関心を高めるために1999年度にスタートした。
(3) 参考文献【10】リバーウォーク北九州の東側に市民の憩いの場となる再整備を行った親水広場。
(4) 参考文献【11】事業期間:1990年度から2014年度まで(河川事業は継続中)
(5) 参考文献【12】p4より引用。
(6) 参考文献【13】美しいまちなみを創り、育てるために、行政と民間が協力し、ハードとソフトを含めた総合的な取り組みが行われている地区を全国から募集し、その中でも特に優れた地区について表彰する。
審査委員長総評より抜粋:「かつて人を寄せ付けい垂直護岸の岸辺に公園、プロムナードなどの公共施設だけでなく再開発事業などにより、川に顔を向けたオープンカフェ、レストランなどの賑わいが演出された(中略)古建築群が保存と維持をこえて市民の日常生活のなかにとけ込み、中心市街地の立役者として立派に生きている点が高く評価された」
(7)参考文献【14】 p125より引用。
(8)参考文献【15】 p130より引用。
(9)参考文献【16】 P13 問11の「小倉城周辺エリア」を訪れての満足度についての回答で『満足意見』が多いのは、「周辺環境(緑地・水辺など)」が74.8%、「周辺環境(史跡)」が66.9%、「交通の利便性」が58.3%となっている。
P24 問15の「小倉城周辺エリア」の良い点や満足な点等についての主な回答より抜粋:「北九州は小倉に小倉城という城があるのはやはり魅力」、「紫川や小倉城の堀などとの水辺と観光施設との調和がとても良い。まさに最高の周辺観光地である」、「風でゆらぎ光が反射する水面は魅力を持っている」。
(10) 参考文献【17】2023年の大阪城入場者数約240万人。
(11) 参考文献【18】2023年の小倉城入場者数約23万人。
(12) 参考文献【19】 p11より引用。
(13) 参考文献【20】 p25より引用。 問12「北九州市の観光振興に関するご意見等ございましたらご記入ください」に対する主な意見として、「小倉城は、住民にとっても他の地域の方々にとってもアクセスしやすく魅力的なのでもっと周辺の施設を充実させてマスコミに積極的に取り上げてもらうなど広報活動を強化した方が良い」と紹介されている。
(14) 参考文献【21】p89より引用。
参考文献
【1】北九州市立自然史・歴史博物館『小倉城と城下町』有限会社、2020年
【2】北九州市立自然史・歴史博物館研究『北九州市立自然史・歴史博物館研究報告B類歴史第19号』青雲印刷、2022年
【3】歴史ブログ 小倉城ものがたり 、小倉城公式ホームページ、
https://kokuracastle-story.com/2022/02/story57/ (2025年1月13日閲覧)
【4】歴史ブログ 小倉城ものがたり 、小倉城公式ホームページ、
https://kokuracastle-story.com/2021/09/story45/ (2025年1月18日閲覧)
【5】小倉城公式ホームページ、https://kokura-castle.jp/ (2025年1月13日閲覧)
【6】北九州市のシンボル公園:勝山公園 - 21世紀の都心のオアシス空間、
https://jokamachi.jp/katsuyama-park/ (2025年1月13日閲覧)
【7】小倉城の歴史、小倉城公式ホームページ、
https://kokura-castle.jp/history/ (2025年1月13日閲覧)
【8】橋田光太郎、2013年、「小倉城とその周辺地域の景観の系譜」、『2013年度日本地理学会春季学術大会 』、44-45、
https://www.jstage.jst.go.jp/article/ajg/2013s/0/2013s_58/_article/-char/ja (2025年1月13日閲覧)
【9】「第1回北九州市都市景観賞」、北九州市公式ホームページ、
https://www.city.kitakyushu.lg.jp/contents/30100068.html (2025年1月18日閲覧)
【10】「紫川親水広場の再整備」、北九州市公式ホームページ、
https://www.city.kitakyushu.lg.jp/contents/05101139.html (2025年1月18日閲覧)
【11】「紫川マイタウン・マイリバー整備事業」、北九州市公式ホームページ、
https://www.city.kitakyushu.lg.jp/contents/924_00542.html (2025年1月18日閲覧)
【12】末吉興一、1991、「紫川マイタウン・マイリバー整備計画」、『 RIVER FRONT 』 Vol.10、 公益財団法人リバーフロント研究所、
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【13】国土交通省「平成19年度 都市景観大賞『美しいまちなみ賞』受賞地区の概要」、
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【14】J.J.フルーイン、『歩行者の空間』長島正充訳、鹿島研究所出版会、1974年
【15】熊沢傅三『景観デザインと色彩』技報堂出版、2002年
【16】北九州市、2021、『成29年度第8回市政モニターアンケート 小倉城周辺エリア魅力向上について』 、
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【17】「全国のお城の入城者数(入場者数・観光客数)調査レポート【2024年版】」、攻城団合同会社、https://corporate.kojodan.jp/archives/6707 (2025年1月19日閲覧)
【18】小倉城【公式】Kokura Castle (投稿日2024年2月28日) 、
https://x.com/kokura_castle/status/1762675546843226496 (2025年1月19日閲覧)
【19】出口隆『地図で見る近代の小倉室町と城内』、北九州市芸術文化振興財団、2010年
【20】北九州市、2023、『令和4年度 第3回市政モニターアンケート 北九州市の観光振興について』 、
chrome-extension://efaidnbmnnnibpcajpcglclefindmkaj/https://www.city.kitakyushu.lg.jp/files/000997364.pdf (2025年1月21日閲覧)
【21】佐々木葉、2005、『現代の景観の目的と処方』、景観・デザイン研究講演集no.1、p89、
chrome-extension://efaidnbmnnnibpcajpcglclefindmkaj/https://www.jsce.or.jp/library/open/proc/maglist2/00897/2005/pdf/B64C.pdf (2025年1月22日閲覧)
【22】市川喜男『川が変えたまち 紫川マイタウン・マイリバー』、北九州市芸術文化振興財団、2008年
【23】佐々木葉『ゼロから学ぶ土木の基本 景観とデザイン』内山久雄監修、オーム社、2015年
【24】大阪城天守閣、https://www.osakacastle.net/ (2025年1月13日閲覧)
【25】2024(令和6)年11月、北九州市勝山公園で「パルクール世界選手権」開催! - 北九州市、北九州市公式ホームページ、
https://www.city.kitakyushu.lg.jp/contents/k083_00003.html (2025年1月29日閲覧)
【26】小倉城 竹あかり | 竹害を竹財に!地域を元気に地域を創る。
https://kokurajotakeakari.com/ (2025年1月29日閲覧)
【27】小倉クリスマスマーケット2024 | 公式WEBサイト、
https://kitakyushu-christmasmarket.jp/ (2025年1月29日閲覧)
【28】12月14日(土)~ 「小倉城ドラマッピング」開催 北九州や小倉城の歴史を掘り起こる「映像劇」を演出、小倉城 公式ホームページ、
https://kokura-castle.jp/dramapping/ (2025年1月29日閲覧)