
北加賀屋クリエイティブ・ビレッジ(KCV)構想にみるアートによる創造的まちづくり ―企業メセナによる創造経済とソーシャルグッドの実現―
はじめに
近年、まちづくりの手段として、アートを活用する所謂「アートプロジェクト」は全国的にみられるようになった。しかし行政が大きく関わる大規模な芸術祭*1を除き、地域主体のアートプロジェクトで持続するものは多くはない。その理由としては主に財政面や運用面の問題などがあるが、持続可能とする一つの手段として、企業のメセナ活動があげられる。オーストラリアの経済学者ジェイソン・ポッツは、創造経済の観点から「芸術文化に対する投資は、企業による研究開発への投資と同様」とし、芸術文化の投資が経済成長の源泉だとしている*2。本稿では、大阪市の北加賀屋で約20年継続している、地元企業による創造的なまちづくりである「北加賀屋クリエイティブ・ビレッジ構想(以降KCV構想)*3[図1、2]」を取り上げ、アートによる創造経済とソーシャルグッドの実現、および企業メセナの重要性について考察する。
1 基本データと歴史的背景
大阪市住之江区にある北加賀屋は、江戸時代の新田開発により開かれた地域だ。大正から昭和初期まで木津川沿いの造船業で栄え、かつては「東洋のマンチェスター」と呼ばれた地域だが、やがて造船業の撤退により高齢化や人口減が進み、空き地や空き家が増加していった。その北加賀屋のまちを、地元の不動産会社である千島土地*4が、遊休不動産をアートで再生し、創造性あふれるまちに変えていく活動がKCV構想である。KCV構想の対象範囲は地下鉄北加賀屋駅より西北側で、現在は約40点のウォールアートや約50箇所のクリエィティブスペースがあり[図3、4]、およそ150名のアーティストやクリエイターがこのまちを拠点として活動している。
1988年、名村造船所*5大阪工場の佐賀県移転に伴い、およそ4万2千㎡の土地が建物ごと千島土地に返還された。造船所のドックは特殊な設備のためそのまま流用することが難しく、どう活用すべきかが問題になっていた。そんななか、2004年に当時の千島土地の専務芝川能一*6氏が、アートプロデューサーである小原啓渡*7氏と出会い、造船所跡地をアート活動によるまちづくりの拠点とするアドバイスを受け、アートイベント「NAMURA ART MEETING*8[図2]」を開催した。2005年には造船所跡地を改装し、活動拠点となる「クリエィティブセンター大阪(CCO)」を開設した。当初はCCO敷地内だけで音楽や演劇などの活動を行っていたため、なかなか地域住民へは浸透しなかったが、2009年より活動を北加賀屋エリア全体に広げるKCV構想が始まることで、創造的まちづくりとして地域住民に認知されていった。この活動が評価され、千島土地はメセナアワード2011で大賞を受賞。同年、営利企業である千島土地が継続的に芸術・文化活動を行うのには限界があることから千島財団*9が設立され、千島土地と連携しながら活動を続けている。
2 評価できる点
KCV構想は、「まちづくりにアートを利用する」のではなく「アートのまちをつくる」ことをモットーとしている。この点について、〈関係人口の広がり〉と〈人を中心としたまちづくり〉の観点から評価する。
2-1 関係人口の広がり
KCV構想の関係人口の広がりは、2004年にNAMURA ART MEETINGを開催し、2005年にCCOを開設してアート関係者と繋がりができたところから始まり、そのアート関係者らの情報発信や口コミでさらに他のアーティストやクリエイターが北加賀屋に集まるようになった[図5①②]。当初はまちの変化に戸惑いもあった地元住民は、2007年名村造船所跡地が経済産業省の近代化産業遺産群*10に認定されたことを機に、徐々にまちづくりの理念に共感し、アート関係者との交流も深まり、まち全体でのコミュニティが形成されていった[図5③]。そしてアートのまちとして北加賀屋の認知度があがり、2014年にKCV構想の不動産情報サイト*11が開設される亊で、新規住民の入居も始まり[図5④]、さらに住之江区がリードすることで、地元自治会や地元企業との連携が一層強くなり、関係人口はどんどん広がっている[図5⑤]。
2-2 人を中心としたまちづくり
KCV構想は、当初は北加賀屋に点在する空き家を最低限の修繕のみの状態で、原状回復義務なくDIYできる形でアーティストやクリエイターに貸し出すことから始まった。やがて空き家の再生だけでなく、倉庫跡地を見学可能な巨大アート倉庫「MASK*12[図2]」へ転用したり、空き地をアート×農の「みんなのうえん*13[図2]」へ転用したり、より地域住民に開かれたアート拠点を開設していった。さらに地域外住民も活用できるコミュニティスペース「千鳥文化*14[図2]」や、アーティストが部屋をデザインした賃貸アパート「APartMENT*15[図2]」、毎年行われる食・農・アートのお祭り「すみのえアート・ビート*16[図1]」の開催など、アートの裾野を広げ、人を中心とした創造的なまちづくりが実践されている。
3 企業メセナとしての特質
地元企業によるまちづくりの事例として、大阪市此花区での活動を取り上げて比較する。本活動の対象範囲は阪神なんば線千鳥橋駅より南側、梅香・四貫島地区といわれる範囲で、以前は30ほどのアート活動拠点が稼働していたが*17、現在まで継続されているものはほとんどなく、当時とは別の文脈で始まったアート活動*18、*19が行われている。
本活動は、地元の不動産会社である政岡土地*20が、高齢化・空洞化が進み、空き家が増えつつある此花区の状況に事業の危機感を抱き、2008年に「夢を持った若者を応援する街、梅香・四貫島」をテーマに、アートイベント「このはな咲かせましょう」を開催したことから始まった。この開催を機に、本プロジェクトは「此花アーツファーム」の名称を掲げ、政岡土地は所有する空き家や空き地を原状回復義務なしで積極的にアーティスト達へ提供しはじめ、本地区へのアーティスト達の入居が始まった。その後アーティスト達が一定期間滞在する拠点である「モトタバコヤ」等を中心に、関係人口や活動拠点が拡大していったが、2011年以降は当初の立ち上げメンバーが去り、2013年に政岡土地が方針を変更し直接の関わりをやめたことで、「此花アーツファーム」としての活動は終了し、以降はアーティスト達が自立的に運営・企画する体制に変わっている*17。母体企業の方針変更とかじ取りの不在により、現時点では以前のような活気は見受けられない。企業のメセナ活動継続の難しさを感じさせる事例である。
KCV構想の場合は、母体である千島土地が企業メセナとしての明確なビジョンを持ち、実際に文化芸術活動への投資で社会寄与するとともに、自社ビジネスにも繋げている点が特質点だ。活動はあくまでアーティストやクリエイターの自走であるが、千島土地がハード面、千島財団がソフト面を担い、大局をきちんと抑えて企画や助成を行う亊で、活動の「プラットフォーム」となっている。アーティスト達はこのプラットフォーム上にいる亊で強い安心感を持ち、創作活動と地域交流に注力することができる。
創造的なまちが作られることで、関係人口は増え、賃料収入も増加する*21。地域住民は自分たちのまちの魅力を再発見し、シビックプライドが醸成される。アートへの投資が結果的に自社ビジネスへもリターンされ、まちも活性化する。企業メセナとして評価される事例である。
4 今後の展望
KCV構想をより持続的にするためには、千島土地単体での活動だけでなく、行政や協賛企業からの費用的な支援はもちろんだが、例えば大阪市内の他のアートプロジェクトと連携し、より大きな枠組みとして費用面やリソース面で補完し合うのも有効だ。ただし、芸術文化への投資による創造経済は、活動する側だけでなく受容する側、つまり我々の意識改革も必要だ。双方向で価値を認め合い、活動が持続することで、長い目でみて「売り手よし」「買い手よし」「世間よし」の「三方よし*22」が成り立つのである。
5 まとめ
KCV構想による創造的なまちづくりにより、北加賀屋がアートのまちとして活性化し、シビックプライドが醸成されてきたことを考察してきた。まちづくりには企業メセナが重要な役割を持つ亊、そして企業メセナが創造経済につながる亊、つまり芸術文化と経済は二律背反ではない亊を、経済社会を構成する企業の経営者たちはもちろん、私たち一人ひとりも改めて認識することで、ソーシャルグッドは実現されるのである。
参考文献
【註】
*1:新潟県の大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ(2000年開始)や、岡山県・香川県の瀬戸内国際芸術祭(2010年開始)など。
*2:参考文献[10]より引用。
*3:北加賀屋クリエイティブ・ビレッジ(KCV)構想。産業構造の変化に伴う、造船所の移転等により返還された土地・建物を、アート関係者に提供することで、北加賀屋を芸術文化の集積する創造的エリアへと変えていく取り組み。2011年に公益社団法人企業メセナ協議会「メセナアワード2011」にて「メセナ大賞」受賞。
*4:千島土地株式会社。大阪市住之江区にある1912年設立の不動産会社。大阪市住之江区・大正区を中心に約33万坪の土地と66棟の建物を所有。北加賀屋では全体のおよそ2/3の土地を保有している。地域発展を考慮した土地活用をモットーに、2008年に地域創生・社会貢献事業部を、2011年におおさか創造千島財団を設立し、アート活動を通じたまちづくりにも取り組んでいる。
*5:株式会社名村造船所。大阪市西区に本社をおく、タンカーなどの船舶製造を主要事業とする会社。1911年創業。
*6:芝川能一(しばかわよしかず)。現在は千島土地株式会社の代表取締役名誉会長。
*7:小原啓渡(こはらけいと)。1999年「アートコンプレックス1928」を立ち上げ、北加賀屋の造船所跡地をアートスペース「クリエィティブセンター大阪」に再生するなど、アートを切り口に新しい価値観を社会に提案することをテーマとした、文化芸術環境の整備に関わる活動を続けている。
*8:NAMURA ART MEETING '04-'34。2004年から2034年までの30年を芸術のひと連なりの現場ととらえ、芸術活動と隣り合う社会や個人が出来事を共有しつつ未来を創造するという、現在進行形の実験プロジェクト。初回のミーティングは2004年9月24日~26日まで36時間連続で実施した。
*9:一般財団法人おおさか創造千島財団。大阪で行われる芸術・文化活動の支援と、創造活動拠点の提供を通じて、創造的かつ文化的に多様な地域社会の創出を目指し、2011年に設立。
*10:近代化産業遺産群。2007年に経済産業省が、日本全国各地にある我が国の産業近代化の過程を物語る存在を33のストーリーに整理・編集し、約450カ所が「近代化産業遺産群33」として認定された。
*11:北加賀屋つくる不動産。大阪・北加賀屋エリアで主にアーティストやクリエイター向けの物件情報と、その周辺で活躍する人や街並みを紹介している。
*12:MASK [MEGA ART STORAGE KITAKAGAYA]。アーティストが発表した大型作品は会期終了後の保管場所の確保が難しく、解体や破棄を余儀なくされている。そのため、鋼材加工工場・倉庫として使われていた約1,000㎡の建物をそのまま活用し、それらの大型アート作品を無償で保管・展示するスペースとして再生したアートスペース。保管作品を一般公開する入場無料の展覧会「Open Storage」を2014年より毎年開催し、一般的に再展示が難しいとされる大型作品を複数回鑑賞できる機会を提供している。参加作家は、宇治野宗輝、金氏徹平、久保田弘成、名和晃平、持田敦子、やなぎみわ、ヤノベケンジ。
*13:みんなのうえん。「街の中にみんなが集まる農園をつくる」というコンセプトで、空き地を農地に再生。2012年よりスタート。
*14:千鳥文化。築約60年の文化住宅をリノベーションし、食堂、バー、商店、ギャラリー等を含む文化複合施設として2017年にオープンした。
*15:APartMENT。旧社宅をリノベーションした「アートを内包する」集合住宅。8組のアーティスト・クリエイターがプロデュースを手掛けたユニークな部屋や、入居者が自由にリノベーションできる部屋がある。
*16:すみのえアート・ビート。近代化産業遺産群に認定された「名村造船所大阪工場跡地」を拠点に、毎年開催される食と農とアートのお祭り。住之江区やNPO法人などとともに組織された、「すみのえアート・ビート実行委員会」の主催で行われる。オランダ人アーティスト、フロレンタイン・ホフマン氏による高さ9m50cmの巨大なアート作品「ラバー・ダック」の展示や、演劇の上演、アーティストの作品展覧会、キッチンカーでの販売など、子どもから大人まで楽しめるイベントとなっている。
*17:参考文献[19]李ロウン『工業衰退地とその近傍における文化芸術活動を起点とした地域再生に関する研究』大阪大学大学院工学研究科 博士学位論文、2017年、より。
*18:MURAL TOWN KONOHANA。壁画(ミューラル)のプロデュースをするWALL SHARE株式会社が手掛ける、大阪の此花区を舞台に世界中のアーティストによる壁画作品を作成・展示していく国際的なプロジェクト。現時点ではおよそ20点のミューラルアートが展示されている。
*19:正蓮寺川公園アートプロジェクト(konohana permanentale 100+)。此花区は2025年の大阪・関西万博や区制100周年を契機として、この公園に相応しい100以上のパブリックアートを長年かけ設置し、アートの魅力によって多くの人が愛される公園とする取り組みを進めている。
*20:政岡土地株式会社。大阪市此花区にある不動産会社。創業1937年。大阪市此花区を中心に土地・建物の賃貸業を展開。
*21:2024年11月13日、筆者によるおおさか創造千島財団へのインタビュー、および参考文献[20]による。
*22:「三方よし」とは、「売り手」「買い手」「世間」の異なる立場の人たち全員が満足できるように事業活動を行う、江戸から明治にかけて活躍した「近江商人」の経営理念が起源といわれている考え方。持続的な成長と共に持続可能な社会を実現するといった、近年企業のCSRやESGとして重要視されている、まさに企業メセナに通ずる考え方。
【参考資料・参考文献】
[1]『北加賀屋レポート 北加賀屋のいまむかし』、近代化産業遺産(名村造船所大阪工場跡地)を未来に活かす地域活性化実行委員会、2010年。
[2]千島土地株式会社『千島土地株式会社設立100年周年記念誌』、千島土地株式会社、2012年。
[3]千島土地株式会社110年誌プロジェクトチーム『千島土地株式会社110年誌』、千島土地株式会社、2022年。
[4]北川フラム『アートの地殻変動』、美術出版社、2013年。
[5]熊倉純子[監修]、菊池拓児+長津結一郎[編]『アートプロジェクト 芸術と共創する社会』、水曜社、2014年。
[6]加藤種男『芸術文化の投資効果 メセナと創造経済』、水曜社、2019年。
[7]加藤種男『祝祭芸術 再生と創造のアートプロジェクト』、水曜社、2022年。
[8]CITEさろん・(財)大阪市都市工学情報センター『アートパワー 大阪からの発信』、CITE文庫、2011年。
[9]J-STAGE フォーラム現在社会学 2019年18巻 P122-137 吉澤弥生『アートはなぜ地域に向かうのか「社会化する芸術」の現場から』 chrome-extension://efaidnbmnnnibpcajpcglclefindmkaj/https://www.jstage.jst.go.jp/article/ksr/18/0/18_122/_pdf/-char/ja(2025年1月13日閲覧)
[10]企業メセナ協議会設立25周年記念国際会議 大阪会議セッション3「創造経済」議事録 https://www.mecenat.or.jp/ja/column/international/9046(2025年1月15日閲覧)
[11]おおさか創造千島財団 https://chishima-foundation.com/(2025年1月16日閲覧)
[12]千島土地株式会社 https://www.chishimatochi.com/company/(2025年1月16日閲覧)
[13]すみのえアート・ビート https://suminoeartbeat.wixsite.com/home(2025年1月16日閲覧)
[14]株式会社名村造船所 https://www.namura.co.jp/ja/index.html(2025年1月16日閲覧)
[15]アートコンプレックス https://www.artcomplex.net/(2025年1月16日閲覧)
[16]クリエイティブセンター大阪 https://namura.cc/(2025年1月16日閲覧)
[17]公益社団法人 企業メセナ協議会 https://www.mecenat.or.jp/ja/(2025年1月16日閲覧)
[18]経済産業省 平成19年度「近代化産業遺産群33」chrome-extension://efaidnbmnnnibpcajpcglclefindmkaj/https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/mono/creative/kindaikasangyoisan/pdf/isangun.pdf(2025年1月16日閲覧)
[19]大阪大学学術情報庫OUKA 李ロウン『工業衰退地とその近傍における文化芸術活動を起点とした地域再生に関する研究』大阪大学大学院工学研究科 博士学位論文、2017年 chrome-extension://efaidnbmnnnibpcajpcglclefindmkaj/https://ir.library.osaka-u.ac.jp/repo/ouka/all/67158/29417_Dissertation.pdf(2025年1月16日閲覧)
[20]国土交通省MLIT channel 第1回地域価値を共創する不動産業アワード プレゼン 特別賞(千島土地株式会社) https://www.youtube.com/watch?v=nB7tb5VRYVw(2025年1月18日閲覧)
[21]MURAL TOWN KONOHANA https://www.wallshare-inc.com/muraltownkonohana(2025年1月16日閲覧)
[22]政岡土地株式会社 http://masaoka-tochi.co.jp/(2025年1月16日閲覧)
[23]正蓮寺川公園アートプロジェクト konohana permanentale 100+ https://www.city.osaka.lg.jp/konohana/page/0000578827.html(2025年1月16日閲覧)