広島平和記念公園の折り鶴再生について ー捧げられた祈りを、次元を超えてつなぐー

熊瀬川 愛

はじめに
2024年5月、鹿児島県南九州市に所在する「知覧特攻平和記念館」を訪れた。第二次世界大戦中に行われた特攻作戦により散っていった、隊員達の遺品や遺書をはじめ戦争に関する資料を展示し、人命と平和の尊さを伝える記念館である。
様々な資料に並び、広島の平和記念公園に捧げられた折り鶴を再生したというメモ帳を販売しているのが目に留まった。
2023年には主要7カ国首脳会議(G7サミット)が広島で行われたことは記憶に新しく、その模様でも平和記念公園は幾度となく取り上げられ、捧げられた千羽鶴も目に入ったことであろう。
しかし、広島にゆかりのある人ですら、捧げられた折り鶴の「その先」については考えたこともないといい、多くの人が同じ感想なのではないだろうか。
人が捧げた願い・祈りのその先について、「折り鶴の再生」を例として、調査した内容を報告する。

1.折り鶴再生に関する基本データと歴史的背景
広島平和記念公園にある「原爆の子の像」をはじめとした慰霊碑には、日本のみならず世界各国から折り鶴が捧げられ、その量は年間10トン(約1,000万羽)にもなる。多くは、修学旅行で訪れる学生達によるものであり、1963年頃から始まったと言われる。(註1)
折り鶴はその後も増え続け、1980〜1990年頃には焼却処分されていた。2001年には当時の市長の意向により「永久保存の方針」が打ち出され、一定期間展示されたのちに市の遊休施設に保管されていた。
その後は2011年に就任した市長により、市民にアンケートを実施し「折り鶴活用のアイディア」を募り、最も多く回答として寄せられたのが「再生紙」であった。(資料2 中央上)
そして折り鶴は2012年より、広島市ホームページ内「折り鶴に託された思いを昇華させるための方策について(最終取りまとめ)」(註2)の趣旨に沿った取組を行うことを前提として申請すると、審査後に無償で提供され、様々な活用がなされている。

2.折り鶴の再生において積極的に評価している点
2−1「折り鶴再生紙」の開発・アイテム製造に係るデザイニング
「折り鶴再生紙」は、広島市と市内企業が協業して開発された。それまでも再生紙は存在していたが、和紙に似た工芸色の強いものではなく、あらゆる印刷物にも使用出来、工場で大量生産が可能となる汎用性の高いものを広島市は目指した。それにより多くの人の手に渡ることが出来るためである。
さらに、再生紙は無地が通常であるが、使用された折り鶴を粉砕しすぎずに、恣意的に色とりどりの破片を散りばめるデザインにしている。これは折り鶴の再生紙であることを顕し、視覚的に平和への思いを人々に届ける役割りを持たせるためである。(資料1〜5 背景)
そして、広島市は折り鶴に託された思いを昇華する取組に対し、「折り鶴ロゴマーク」(資料2中下段)を配布し、ロゴを携えるものが広島市発信のブランドであることを示し、付加価値を与えることを可能としている。
また、「折り鶴再生紙」を使ったアイテムの製造は、障害を持った人々の活躍の場ともなっており、就労支援においても大切な役割を果たしていることもまた、事業デザインとして特記すべき点である。

2−2 意思を「循環」させる取組について
試行錯誤の末「折り鶴再生紙」の開発に成功し、現在では数々の使用アイテムが製作・販売されている。(資料3)
しかし開発に協業した市内企業の会長が、地元だけでの取組には限界を感じ、オフィス機器販売企業へ一通の手紙を送ったことから、ほか印刷パッケージ制作会社・旅行会社が手を組み、2016年「折り鶴の再生・循環プロジェクト」が立ち上がった。
プロジェクトの概要は、捧げられた折り鶴を使用した「折り鶴再生紙」で折り紙を製作する。その折り紙を、修学旅行などにおける平和学習用に有償で提供し、新たに折り鶴を折る。そして、改めて広島平和記念公園に捧げる、というものである。(資料4)
このプロジェクトの、「平和を願う思いを『カタチ』にして循環させる」取組は、折り鶴の再生事業デザインとして優れているだけではなく、環境への影響も配慮した大きな意義を持つ取組である点も特筆に値する。

3.捧げられた願いのその後を、他事例と比較して
広島の折り鶴と同様に、願い・祈りを込めて捧げる行動は、日本に限らず世界でも見受けられる。
例として、フランスのパリに所在するポンデザール(Pont des arts 芸術橋)は、永遠の愛を願うカップルを中心に、欄干に南京錠を捧げる行為が2008年頃から見られ、その様子はメディア等でも話題となり、観光名所ともなった。(資料2 右上)
その後、取り付けられた数多の南京錠の重みに耐えきれずに、欄干の一部が崩壊し、2015年には撤去された。願いが込められた南京錠は、撤去後は溶解されてスクラップ・メタルとして業者へ販売され、再利用された先は明らかではない。
一方、広島市が掲げた「折り鶴に託された思いを昇華させる」方針は、活用のアイディアを募集しただけではなく、捧げた人々へのアンケートも実施して慎重に進められた。
捧げられた思いがその先どのように扱われるかを明示し、それに対する意見に耳を傾けたことは、パリの事例と比較して、捧げられた思いに寄り添い、最優先としている点において、取組として優れていると考察する。

4.今後の展望について
平和を願う思いは、この先永遠に続くものである。たとえ誰もが納得する平和な日々が訪れたとしても、次はその平和が持続することを目指さなければならない。
そこで折り鶴再生が担う課題は、以下の点であると考えられる。
4−1より多くの人々に知ってもらうこと
すでに広島市、市民、ならびに協業企業等の尽力により、「折り鶴再生紙」は様々な「カタチ」となって日本国内から飛び出し、世界へも届けられている。
しかし、「折り鶴の再生・循環プロジェクト」発足の立役者である広島市内企業の会長が危惧していたように、地元だけの努力では限界があることが課題とされる。
広島に縁がある・なしに関わらず、折り鶴のその先の取り扱いについての認知度は、まだ高まる余地を残していると言える。

4−2持続させること
この取組は同時に、「捧げる」という行為自体を最終的なゴールと捉えてしまうことに対して、問いを投げかけるものでもある。
アイテムを手にした人々が、「折り鶴の再生・循環プロジェクト」のように、終わることのない祈りや願いを、カタチとしても終わらせないような仕組みを知ることが出来れば、恒久的な平和を祈ることにも大きな影響を与えられるのではないだろうか。
平和都市として世界にその名を知られる広島の折り鶴再生と循環への取組は、1と2の課題を相互に補いながら進化し続けることで、平和を願うことに必要不可欠である2点となり得るであろう。
なぜならば、重要なのは認知度を上げるための速さや広さを求めるだけでは足りず、持続させることに平和を願うことの真髄があると考えられるためである。

5.まとめ
世界には、平和を願うシンボルがいくつも存在する。(資料5)折り鶴がそのうちの一つとして、世界的に認知されている理由は、平和記念公園内に設置されている「原爆の子の像」のモデルの1人ともなった、佐々木禎子さんである。
1945年8月6日に広島へ投下された原子爆弾で被爆し、12歳という若さでこの世を去った彼女が白血病を発症して入院中、回復を願って折り鶴を折ったという話が、世界へ発信されたことが大きく影響しているという。
2次元である平面の折り紙から3次元の立体的に形造られる、日本の伝統的な芸術文化である折り紙は、現在は世界でも「origami」として知られている。
中でも室町時代からあったとされる代表的なデザインである折り鶴は、戦争を経て、次元・言語を超えて平和を願う象徴となり、捧げ続けられている。
当大学の創設者、徳山詳直氏は各授業のテキスト巻末に「芸術の運動にこそ、人類の未来がかかっている。『戦争と平和』『戦争と芸術」の問題を、愚直にどこまでも訴え続けていこう。」という言葉を記しているが、人類に対して初めて使用された原子爆弾の被害を受けた広島市は、人々の願いや祈りを次元を超えてカタチにし、平和のシンボルを循環させる取組を通して、平和を意識した社会づくりを訴え続けている。
捧げるまでで終わらせないその取組は、現時点での唯一の被爆国である日本の都市であり、また国際平和文化都市を最高目標とする都市として、非常に高い文化資産価値を含んでいると考える。

  • 81191_011_32286049_1_1_資料1ー広島平和記念公園に捧げられる折り鶴とその様子 資料1ー広島平和記念公園に捧げられる折り鶴とその様子
  • 81191_011_32286049_1_2_資料2ー捧げられた折り鶴を巡る広島市の姿勢と取組・他の事例 資料2ー捧げられた折り鶴を巡る広島市の姿勢と取組・他の事例
  • 81191_011_32286049_1_3_資料3ー市民からのアイディアを実現させた事例 資料3ー市民からのアイディアを実現させた事例
  • 81191_011_32286049_1_4_資料4ー折り鶴の再生を循環させる取組 資料4ー折り鶴の再生を循環させる取組
  • 289439_1 資料5ー世界の平和を願うシンボル

参考文献

【註】
1.佐藤真澄『生まれかわるヒロシマの折り鶴』株式会社汐文社 2023年 52ページ
2.広島市HP「折り鶴に託された思いを昇華させるための方策について(最終とりまとめ)」
https://www.city.hiroshima.lg.jp/soshiki/48/10126.html
同市HP「折り鶴に託された思いを昇華させるための取組を実施する市民等への折り鶴の配布について」https://www.city.hiroshima.lg.jp/uploaded/attachment/40258.pdf



【参考文献】
・広島市HP「折り鶴に託された思いを昇華させるための方策について(最終とりまとめ)」
https://www.city.hiroshima.lg.jp/soshiki/48/10126.html 2024年7月29日 閲覧

・同市HP「折り鶴と『原爆の子の像について」https://www.city.hiroshima.lg.jp/site/atomicbomb-peace/9204.html 2024年7月29日 閲覧

・同市HP「冊子『平和文化の振興』」https://www.city.hiroshima.lg.jp/uploaded/attachment/207877.pdf 2024年7月29日 閲覧

・佐藤真澄「生まれかわるヒロシマの折り鶴」株式会社汐文社 2023年 6、8、29、52、65〜68、70、76、84〜86、88、94、98、100、109〜112、152、159、162、166、186ページ

・折り鶴の再生・循環プロジェクト  HP https://www.orizuru-project.jp/#project 2024年2024年7月27日 閲覧

・国際平和拠点ひろしまHP「折り鶴の灰から作った釉薬を使う陶磁器 平和への思いを託して世界へ」https://hiroshimaforpeace.com/pottery-glazed-with-the-ashes-of-origami-cranes-spreading-the-desire-for-peace-to-the-world/ 2024年7月27日 閲覧

・株式会社ソアラサービス HP https://earth-hiroshima.jp/reorizuru/ 2024年7月29日 閲覧

・株式会社文華堂 HP「おりづる再生プロジェクト」http://hiroshima-orizuru.com/index.html 2024年7月29日 閲覧

・一般社団法人 千羽鶴未来プロジェクト HP https://senbaduru.com/member_list.php 2024年7月29日 閲覧

・中国新聞 ヒロシマ平和メディアセンター HP「広島の平和公園 折り鶴活用進む」2017年5月11日 https://www.hiroshimapeacemedia.jp/?p=71685 2024年7月29日 閲覧

・読売新聞オンライン HP 「平和の折り鶴 再び羽ばたく…再生紙、ノートや一筆箋に」https://www.yomiuri.co.jp/life/20230314-OYT8T50093/ 2024年7月29日 閲覧

・The History Press 「Peace symbols through history」https://thehistorypress.co.uk/article/peace-symbols-through-history/ 2024年6月10日閲覧

・ジャン・シュヴァリエ、アラン・ゲールブラン「世界シンボル大事典」株式会社大修館書店 1996年 660ページ

・桜井徳太郎「民間信仰辞典」株式会社東京堂出版 1980年 170ページ

・ダン・スペルベル「象徴表現とは何かー一般象徴表現論の試み」株式会社紀伊國屋書店 2003年 第6刷 15、263ページ

・upworthy.com HP「In 2008, couples with a flair for the romantic started sojourning to the Pont des Arts bridge in Paris to leave symbols of their everlasting love.」https://www.upworthy.com/love-locks-nearly-destroyed-this-bridge-but-the-city-is-repurposing-them-in-the-best-way 2024年6月10日閲覧

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