人々の希望を繋ぐアート&カルチャー体感地区としての横浜紅葉ヶ丘地区 ~横浜開港から今に続く歴史と県民、市民のための文化芸術ゾーン~
横浜紅葉ヶ丘地区(以下、「紅葉ヶ丘地区」という)は横浜市西区の横浜の観光地として人気の高いみなとみらい地区を望む丘陵地域に位置する。
最寄り駅から紅葉ヶ丘方面に向かい、急坂の紅葉坂を上がりきると静かな紅葉ヶ丘地区となる。
紅葉坂を上がり切った右手に神奈川県立音楽堂(以下、「音楽堂」という)が、その隣に神奈川県立図書館(以下、「図書館」という)が、前方には神奈川県立青少年センター(以下、「青少年センター」という)がみえてくる。
同じ敷地に建っているこの三施設は神奈川県の文化施設である。
また、音楽堂の後方には市立の横浜能楽堂(以下、「能楽堂」という)があり、さらに紅葉坂の途中を左に入ると、横浜市民ギャラリー(以下、「市民ギャラリー」という)がある。
紅葉坂を中心に周囲500メートルほどの範囲に目的の違う文化施設が五施設あり、第二次世界大戦(以下、「大戦」という)終戦から間もない1954年に一体施設として音楽堂と図書館が建設されて以来、県民、市民のための芸術・文化ゾーンとして親しまれている地区である。
1. 紅葉ヶ丘地区について
紅葉ヶ丘地区のある西区は横浜市のほぼ中心にあり、面積、人口ともに横浜市の中で最も小規模であるが、横浜開港時の歴史と下町情緒が残る市街地と横浜駅周辺やみなとみらい21地区等、都心部が共存する区である。
紅葉ヶ丘地区は西区の南東部にある丘陵地帯で、その歴史はすでに縄文時代に始まり、青少年センターが位置する場所(西区紅葉ヶ丘9-1)は「紅葉ヶ丘遺跡」と呼ばれる遺跡である。
その後、横浜開港までは特に注目される地域ではなかったが、1858年(安政5年)に日米通商条約締結後、開港場の建設が進み、その地理的状況から神奈川奉行所が現在の青少年センター周辺に建設され、開港場を統括する重要な場所となり、明治維新後は神奈川奉行は様々な変遷を経て県官舎の所在地となる。
大戦後の復興事業として、図書館・音楽堂が県知事公舎地であった現在の場所に建設されることとなり、いわゆる「文教地区」としての紅葉ヶ丘の歴史が始まることとなる。
同時期には紅葉坂を下った先の臨海部に港、横浜を支える造船所があり、そこで働く人々の住居地として、また、商店等の立ち並ぶ場所として賑わいのあった紅葉坂周辺であるが、造船所の移転、再開発(「みなとみらい21地区」の開発)等の影響により、徐々に静かな場所となっていく。
2各施設の概要について
① 神奈川県立音楽堂
所在地 横浜市西区紅葉ヶ丘9-2
敷地面積 2,391.88㎡
延床面積 3,700.53㎡
構 造 鉄筋コンクリート造 地下1階地上4階
開 館 1954年11月4日
収容人数 1,106人(座席数1,054席)
施設所管 神奈川県国際文化観光局
日本を代表する建築家である前川國男の設計であり、日本で初めての本格的な音楽専用ホールであり日本のモダニズム建築を代表する建物。
「日本におけるモダン・ムーブメントの建築20選」に図書館とともに選出。
2021年8月、神奈川県指定重要文化財に指定。
② 神奈川県立図書館
所在地 横浜市西区紅葉ヶ丘9-2
前川國男館
延床面積 3,624.47㎡
構 造 鉄筋コンクリート造 地下1階地上2階
開 館 1954年11月4日
施設所管 神奈川県教育委員会
図書館は音楽堂と一体施設として前川國男が設計し、大戦後の復興事業として神奈川県が建設 し、音楽堂とともに戦後、神奈川の文化、芸術を牽引した施設。
建物の老朽化等のため2022年に新たな本館が建設され、旧本館である前川國男設計の建物は前川國男館として改修、整備が予定。
③ 神奈川県立青少年センター
所在地 横浜市西区紅葉ヶ丘9-1
面 積 1297.1㎡(紅葉坂ホール)
構 造 鉄筋コンクリート造 地下2階地上3階
開 館 1962年
客 席 812席(紅葉坂ホール)
施設所管 神奈川県福祉子どもみらい局
図書館、音楽堂を設計した前川國男の設計であり、当初は5階建ての建物であったが、平成17年の改修で3階建てとなる。
神奈川県の青少年育成の拠点として科学の体験活動や舞台芸術鑑賞の場として活用。
「日本におけるモダン・ムーブメントの建築20選」の図書館、音楽堂の選出に追加選定。
④ 横浜能楽堂(現在、改修休館中)
所在地 横浜市西区紅葉ヶ丘27-2
建築面積 1,770.81㎡
延床面積 5,695.93㎡
構 造 鉄筋コンクリート造 地下2階地上2階
開 館 1996年6月28日
客 席 486席
施設所管 横浜市文化観光局
図書館・音楽堂裏、掃部山公園の一角に建ち、関東地方では最古の能舞台である「旧染井能舞台」のある能楽専門の施設。
能舞台は横浜市指定有形文化財に指定。
⑤ 横浜市民ギャラリー
所在地 横浜市西区宮崎町26-1
敷地面積 2,360.68㎡
延床面積 3,428.00㎡
構 造 鉄筋コンクリート造 地下1階地上4階
竣 工 2014年10月
施設所管 横浜市文化観光局
1964年に日本で最初に「市民ギャラリー」を冠した施設とされているが、二つの所在地を経て、2014年から現在の場所で運営。
主に市民の美術団体の発表、展示の場として利用。
3紅葉ヶ丘地区の評価について ~県民、市民の希望の場としての紅葉ヶ丘地区
紅葉ヶ丘地区は横浜開港に伴う重要地区として、また、大戦後の復興事業の場として図書館・音楽堂が建設された場所である。
世界に向けての開港、一面焼野原となった大戦後と、ともに人々の不安な気持ち、それと同時に新しい時代に向かうという希望の気持ちの現れとしての県民、市民の文化、芸術活動ともにとともにその歴史を紡いできた地域であり、それがこの地区の大きな価値であると考える。
現在では多くの自治体でみられる、図書館と音楽堂(ホール)の一体施設(複合施設)を大戦後の難しい時代に建設し、それを具現化した前川國男の設計、また、同じ敷地に青少年育成のための青少年センター(こちらも科学的な施設とホールの一体施設)を併せて建設した神奈川県の先進性、先見性は注目に値すると考える。
また、日本モダニズム建築の代表的建築家である前川國男の建物が集中して存在し、現役で使われている場所であるということも大いに評価できる。
この場所の存在が横浜能楽堂の建設、横浜市民ギャラリーの移転がなされたと考えることもできる。
4他の事例との比較について
日本国内で芸術文化施設が集中する東京上野地区、京都の岡崎地区と比較すると紅葉ヶ丘地区の文化施設については、地元自治体が設置しており、その活動が県民、市民を中心に行われ、横浜開港以来の歴史の場が現在も県民、市民の芸術文化活動の場として活発に活用されていること、設立自治体が分かれている文化施設の集積地域の存在ということが全国的にみても貴重な事例と考える。
5紅葉ヶ丘地区の今後の展望と課題
この地域の存続のためには、今までこの地区に足を運んでいない人々に来てもらうことが重要であると考える。
そのためには「知名度の向上」と「回遊性」が重要であるが、すでに「まいらん」という情報発信やイベントの実施を五施設で連携して行っている。しかしながら、その知名度は低く、施設設置自治体や地元商店街、自治会等とさらに連携し(令和5年度は近隣の伊勢山皇大神宮も参加)、この地域の歴史、建築についてを各施設の活動にプラスし、告知等に注力することが必要であると考える。
また、日本のモダニズム建築の代表的建物である図書館・音楽堂も現役で活用されてはいるが、さらなる老朽化は否めず、他の施設も含め建物の老朽化への対応は重要課題であり、各施設内のアクセシビリティについても今後、考慮の必要があると考える。
さらには、高齢化が進む中、交通の不便さも否めず、すでに各施設で定期的または臨時的にバスを運行しているが、それらを一体化し、各施設を回遊する交通手段の導入を図るべきと考える。
目線を外に向ければ、みなとみらい地区にはみなとみらいホール、横浜美術館、野毛地区には横浜にぎわい座、横浜中央図書館、野毛山動物園があり、それらの場を回るバス等を運行することで回遊性を高めることが可能となり、それにより新たな事業(アートフェス等)の企画も考えられ、日常的な集客とともに祝祭的な集客も期待できると考える。
6まとめ
芸術文化ゾーンとしての紅葉ヶ丘地区は、今後、その歴史と県・市民の希望の場としての存在を活かし、芸術文化を軸に生涯学習やインクルーシブな場として日常的に存在し、時に祝祭的な非日常の場として大いに活用されていくべき地区であると考える。
参考文献
神奈川県立音楽堂HP https://www.kanagawa-ongakudo.com/(2024年1月27日閲覧)
神奈川県立図書館HP https://www.klnet.pref.kanagawa.jp/yokohama/(同上)
神奈川県立青少年センターHP https://www.pref.kanagawa.jp/docs/ch3/index.html(同上)
横浜市民ギャラリーHP https://ycag.yafjp.org/ (同上)
横浜能楽堂HP https://yokohama-nohgakudou.org/(同上)
横浜西区歴史さんぽみちHPhttps://www.city.yokohama.lg.jp/nishi/shokai/kanko/courses/rekishisanpo/rekishikaido.files/0004_20181108.pdf(同上)
横浜市HP(横浜市西区概要) https://www.city.yokohama.lg.jp/nishi/shokai/profile.html(同上)
横浜市西区史編集委員会『区制150周年記念 横浜西区史』、横浜西区史刊行委員会、平成7年
西区郷土史研究会『グラフィック西 目で見る西区の今昔』、西区観光協会、昭和56年
横浜市教育委員会『横浜の歴史 平成17年度版(中学生用)』、横浜市教育委員会、平成17年
財団法人かながわ考古学財団『紅葉ヶ丘遺跡 神奈川県立青少年センター改修工事に伴う発掘調査』、財団法人かながわ考古学財団、2005年
結城美穂子編『音楽堂建築見学会 第一回~第六回の記録』、神奈川県立音楽堂、2014年
浦野 歩編『神奈川県立音楽堂60周年記念誌』、神奈川県立音楽堂、平成28年
財団法人神奈川芸術文化財団『神奈川県立音楽堂50周年記念誌』、財団法人神奈川芸術文化財団、平成17年
松隈 洋『残すべき建築 モダニズム建築は何を求めたのか』、誠文堂新光社、2013年
松隈 洋『ル・コルビジェから遠く離れて』、みすず書房、2016年
横浜能楽堂利用施設案内パンフレット、2019年
横浜・紅葉ヶ丘まいらん さんぽマップ、 2021年