「一之江名主屋敷」
「一之江名主屋敷」 (写真①)
東京都指定史跡 昭和29年11月3日指定
江戸川区登録史跡 昭和56年1月13日登録
江戸川区景観重要建造物 昭和23年4月1日指定
はじめに
「一之江名主屋敷」(いちのえなぬしやしき)は東京都江戸川区のある歴史的建造物で東京都指定史跡である。
そこは、自宅から、2,5キロほどの場所にあり、バスで通り過ぎるだけで、これまで立ち寄ったこともなく、どんな歴史があるのか、どんな建物なのか、少し前までは全く知らなかった。
江戸川区のホームページで東京都の指定史跡であるということを知り、卒業研究として、ぜひ取り組んでみようと思い「一之江名主屋敷」を研究することに決めた。
1、 基本データ
・現在地 東京都江戸川区春江町2-21-20 (写真②)
・構造 住居部分―寄棟造り、土間部分―入母屋造り
・規模 敷地面積は約2000坪(写真③)
2、事例の何について積極的に評価しようとしているのか
「現代の時代にいながら、歴史本や、時代劇などでしか知らなかった時代を見ることができる」という評価価値があるといえる。
名主屋敷は、江戸時代のそのままの佇まいを残す古民家であり、堀を巡らせた中世の武家屋敷風の構えで、江戸時代の名主の住居の姿をそのまま伝える貴重な遺造である。ここに一歩入れば、江戸時代の雰囲気を体験できる場所と言える。東京都においては、高い評価をされてる。
3、歴史的背景は何か(いつどのように成立したのか)
第1章 概要と歴史的背景
「名主屋敷」は、江戸時代に当地に移り住み、一之江新田と呼ばれていた当地を開拓した田島家はもともとは堀田姓を名乗っていた武士出身の家系で、関ヶ原の戦いに参戦後関東地方へ入り、田島姓に改姓して当地の開拓に携わったと言われている。
一之江新田を開発した田島家は、元禄年間(1688~1704年)以降、この地の名主を務めていた。名主とは、身分は百姓だが、自宅で役所として公務を行っていた。村の民政を任されており、年貢の取り立て、法令周知、人別改め(戸籍管理)、願書や訴訟手続き、紛争調停、無頼者取り締まりなどの公務がある。名主の住居は役所でもあり、武家屋敷のような門構えや玄関を許されていた。(写真④)
現存する主屋は安永年間(1770年代)頃の建立とされ、当時の造りが良好に保存されている。
主屋は寄棟造、茅葺、平屋建で、歴史的に見ても東京23区内でも貴重な建造物となっている。(写真⑤)
また屋敷地には屋敷林や庭園などが備わったかつての農家の屋敷構えを良好に残している。
1999年の整備の際に、かつての屋敷の姿により近いものにして、江戸時代の農家の屋敷の雰囲気を感じるものになった。
名主屋敷は1954年11月に東京都指定史跡に、1981年1月に江戸川区登録史跡になった。
その後、建物の老朽化が激しくなってきたので、1989年~1993年にかけて建物の復元修理を行い、一般公開も始められた。
さらに1999年には、庭園や屋敷林の整備、2006年には屋根の茅葺の葺き替えが行われた。
2011年には所有者が江戸川区になった。
名主屋敷年譜
・天正4(1576) 図書生誕
・慶長11(1606) 図書一之江の開墾をはじめる
・元和2(1616) 城立寺をひらく
・安永3(1774) 主屋・長屋門建立
・昭和初期頃 長屋門改造
・昭和29(1954) 東京都旧跡に指定
・昭和33(1958) 主屋・長屋門修理
・昭和45(1970) 主屋修理
・昭和56(1981) 江戸川区史跡に登録
・平成5(1993) 主屋、長屋門復元工事
・平成18(2006) 主屋茅葺き屋根全面葺き替え工事
・平成28(2016) 歴史公園として整備
第2章 施設の内容
・主屋―玄関と座敷、土間をそなえ(写真⑤)、安永年間(1722~1780年)七代目当主喜右衛門のときに建てられたもので、約84坪の曲り家となっている。(写真⑥)
主屋で居住部分が寄棟造り(写真⑦)、土間部分(写真⑧) が入母屋造りであり、屋根(写真⑨)は茅葺き。
屋根材であるススキ・ヨシ・オギなどの草を総称して茅というが、断熱効果や通気性に優れている。虫には弱いので、夏でも常に、囲炉裏(写真⑩)の火で燻している。門の中に一歩足を踏み入れると、母屋の入り口あたりから、囲炉裏のすす臭い煙いにおいが立ち込めていた。
住まい部分は、畳の部屋(写真⑪)と、板の間(写真⑫)があり、玄関に面した座敷は、名主を務めていた時の公用の場所であった。間取りは喰い違い型四間取りに接合部分を設けた変形で座敷周りに入側を鍵の手にめぐらしている。大広間(写真⑬)は公用の時に使用していた。玄関は武家屋敷の出入り口として発達していた、式台(写真⑭)となっている。、付き人の待合室(写真⑮)がある。
仏間には仏壇のはめ込み式の家具(写真⑯)、天井には神棚の枠組み(写真⑰)が設置されている。
大広間の欄間(写真⑱)は無造作に木をはめ込んでいるだけの素朴なものであった。現地ガイドによると、「その素朴な欄間は、無骨さを表現していて、それが、武士を表現するもの、武士の名残」ということで、百姓でありながら、武家屋敷を意識して造られたとのことだ。
・堀―中世の士豪の屋敷構えとなっている。
武家屋敷を思わせる堀。もともとは防備のためだったようだが、洪水時の調整池として利用された。(写真⑲)
・屋敷林―屋敷の北と南に竹林、欅や椋木、銀杏などの古木が繁り、防風林の役目をしている。ほか、枝木は燃料や肥料として使われた。(写真⑳)
・屋敷畑―かつてはここで、自家用の稲、野菜や薬草を栽培していたと伝えられている。(写真㉑)
・設備小屋―かつて使用されていたいろいろな農機具(写真、縄製造機や、脱穀機、ざる、おけ、田植え機などが収められている。(写真㉒)屋敷畑で稲も収穫されているが、その稲は、ボランティアの方たちの手によって、当時のままの再現で、収穫した稲を脱穀機に掛けらるれているそうだ。(写真㉓)
・庭園ー平成11年の景観整備工事により、池泉鑑賞式庭園として整備された。
江戸時代後期の回遊式庭園とされる南庭(写真㉔)と、主屋の濡れ縁(雨ざらしになる縁側のこと)がある。(写真㉕)
・長屋門―名主の格式をあらわした門構えである。(写真㉖)
江戸時代では門構えは武家や寺社に許されていたもので、農民には許されていない。
しかし有力な農民、つまり名主には優遇された。建立年代は主屋と同じ江戸後期と推 定されるが、もともとは寄棟造りの茅葺き。昭和初期に銅板茅葺きに改築された。
第3章 利活用
・平成元年から平成5年にかけて建造物の復元修理を行い、一般公開を始めた。
・公開日:年末年始を除く火曜日から日曜日(月曜日は休館)
・公開時間:午前10時~午後4時まで
・入場料:100円。(中学生以下は無料)(写真㉘)
・団体での見学や主屋のサークル等での利用は事前に問い合わせ。(サークル等での利用は別途利用料が必要)
4、 国内外の他の同様の事例に比べて何が特筆されるのか。
特筆としては、
まず、東京都内で身近に、江戸時代の雰囲気を体験できる場所であるということ。
つぎに、入館料は100円で、どこよりも低料金設定である。(写真㉘)その上、パンフレットも充実している。(写真㉙)
それから、現地では、ボランティアの方たちによるガイドが行われている。資料や参考文献も常備されていて誰でも簡単に閲覧することができる。また参考文献の購入もできる(写真㉚)江戸川区では、気軽に文化財に親しんでもらいたいという考えで、ホームページや、地域の回覧板、年中行事などを通じて、近隣住民をはじめ、たくさんの人々に、情報を発信している。
このようなことである。
5、今後の展望について
江戸川区では少しでも多くの人々に、「一之江名主屋敷」に、親しんでもらいたいという願望をかかげ、敷地内の公開はもとより、季節に応じた様々な催しも活発に行われ、今後さらに多くの人々に感動を与えられる存在となっていくのは間違いない。
最近の実績としては、「農作業」(写真㉛)「折り紙教室」(写真㉜)「すす払い」(写真㉝)などが行われている。
また団体での研修なども受け入れられており、江戸川区とボランティアの方々に支えられて、江戸時代から明治にかけての様子を、長く後世に伝えていきたいとの思いで、江戸川区は大切に保持し続けている。
これからも、現在に生きる人々が、そこを訪れることにより、歴史的空間と融合できる場所として永遠に変わらぬために、この歴史的史跡を、維持発展していくことが、大変重要なことであろうと考えられる。
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①名主屋敷 ②現地地図 ③敷地図 ④武家屋敷の門構え ⑤主屋 ⑥曲がり家の見取り図
⑦寄棟造り ⑧土間 ⑨茅葺屋根 (2019/5/1 撮影) - ⑩囲炉裏 ⑪畳の間 ⑫板の間 ⑬大広間 (2019/5/1 撮影)
- ⑯仏間の仏壇 ⑰神棚 ⑱欄間 ⑲堀 ⑳屋敷林 (2019/5/1 撮影)
- ㉑畑 ㉒農機具 ㉓脱穀機 (2019/5/1 撮影)
- ㉔庭園 ㉕主屋の濡れ縁 ㉖名主に許された門構え ㉗稲荷神社 (2019/5/1 撮影)
- ㉘入場券 ㉙資料、パンフレット ㉚参考文献 (2019/5/1 撮影)
- ㉛農作業体験、麦刈り、社会科見学、小麦の日干し、小麦の脱穀の様子 (パンフレットより写真構成)
- ㉜折り紙教室(パンフレットより写真構成) ㉝すす払い(江戸川区HPより)https://www.city.edogawa.tokyo.jp/e004/kurashi/chiikicommunity/johokyoku/hotnews/h30/1217.html
参考文献
江戸川区ホームページ
www.city.edogawa.tokyo.jp/kurashi/chiikicommunity/johokyoku/index.html
江戸川区文化財、史跡
www.city.edogawa.tokyo.jp/e_bunkazai/bunkazai/nanushi-yashiki/index.html
教育ネットえどがわ
https://www.edogawaku.ed.jp/~edo-k-net/edogawanature.html
参考文献 ・「江戸川区の民族」1989年3月31日発行 発行元 江戸川区教育委員会文化財課
P152 一之江境川沿岸地区の民族の正月の行事で「名主屋敷」記載
・「江戸川百景一覧」平成30年4月発行 発行元 江戸川区都市開発部
109番に掲載