シンガポール植物園

梶田 美緒

ー都市緑化と自然遺産の保持ー

はじめに
私はシンガポールで生活を始めて6年が経つ。最後の研究テーマを思いめぐらす中でこの国の環境の仕組みに関心を持った。中でも都市でありながら緑化政策に成功し、建国52年でありながら世界基準で経済発展し続ける小国のもつエネルギーの源に迫りたいと感じた。演習研究でシンガポールの 広告景観について深めたので、今回は視点を『都市緑化』とし、その歴史的過程と今後へ繋げる為の方向性に着眼する。日本と比べ国の規模は異なるが、共に少子高齢化を迎え人口の減少や戦後に始まった量的充足から質的改善に向かう方向性などこの国の変化に学ぶ部分は非常に大きいといえる。また今回の研究を進めていく中で景観デザイナーの稲田純一氏がシンガポールにて非常に大きな功績を残している事が分かった。世界遺産であるボタニックガーデンを築いてきた過程、この国の緑地化の姿に迫る。

1:シンガポール植物園 概要
ボタニックガーデンと呼ばれ、シンガポール中心街に位置する63.7ヘクタール(東京ドーム13個分)の国立公園である。
2:歴史的背景
2-1設立に至るまで
淡路島、東京23区内とほぼ同じ国土面積を持つシンガポール共和国は、古くからマラッカ海峡交易の要所として発展し、現在もアジアとヨーロッパ経済のハブ都市である。イギリスの植民地でありその発展に貢献したラッフルズ卿により1822年実験植物園として設立された。1859年農業園芸協会が植物園として整備し現在の基盤が築かれた。1900年代に入り、ゴム採取の研究、技術が園内で進められた。近代化による自動車産業の発展によりゴム需要が急速に成長し、ここでの成果が東南アジアの経済発展に大きく貢献した。戦後1965年にマレーシア連邦からの独立を果たしシンガポール国土開発庁の管轄となり、2015年ユネスコ世界遺産に登録された。
2-2稲田氏のボタニックガーデンとの関わり
今回、偶然にボタニックガーデンに於いて[Between Landscapes and Garden-A collection Jun-ichi Inada’s Landscape Architecture Works]というエキシビションが園内で開催され実際に当時の稲田氏の構想や過程を知る事が出来た。(資料5・6)
ボタニックガーデンを21世紀の植物園として再活性化させる長期計画が進められ、1983年よりガーデンシティー構想に魅了された景観デザイナーの稲田氏により1989年に着工された。慎重に検討されたマスタープランを元に、年度毎に進行され常に統合的な建設と検証が繰り返し行われた為、統一感のある景観を生み出す事が出来た。『国民のレクリエーションとしての場』という概念が強調され、日中は気温が高い為、夜間の利用に適した環境を作る為の魅力的な照明利用等も検討された。この考えはその後に建築された動物園やその他の公園でも同様に活かされ活用されている。

3:国づくりと緑化政策
3-1この国の目指した街作り
1960年代リー・クァン首相が具体的な都市環境の整備、都市の生活の質を向上させるための清潔で緑豊かな環境の構想により緑化都市としての歩みが始まった。より良い環境こそがこの国の人を育て、街を育て、国を創る事に繋がると考えた。単に国の発展を工業的生産性を高める事に注力すると無機質な街と人を生む事になる。経済の一等地にマリーナベイエリアやボタニックガーデンのような公園を造る事は経済の一時的な低迷をもたらすかもしれないが、街の中心に存在することの意味の方が遥かに大きく、国民の為の『場』を造る事が結果的に観光産業を生み出し、経済の循環に繋がった事も非常に評価出来るといえる。

3-2未来への稲田氏の功績
1994年までパシールリス公園などの大規模公園、マリーナエリア、ボタニックガーデンといったパークコネクターネットワークの設計に従事した。彼はデザインと景観、そして長期的創造的な都市と自然の関係の基礎を創ったといえる。なぜなら現在もパークコネクターネットワーク(以下PCN)と呼ばれる構想は受け継がれ、300Km以上にわたるサイクリングロード、ジョギングロードが5つのループで繋がる計画が現在も進められている。(2020年までに360kmまで拡張予定)細分化された公園と緑地を結びつける壮大な作業は緻密な研究と分析により人口の増加による宅地開発、外国投資による商業開発などの影響も受けつつも緑地面積を減らす事なく推移している。
2008年の世界都市サミットで開発局のNg Lang氏はこの様に報告している。「土地が乏しい一方で、慎重な計画によりシンガポールは総面積の9%を公園や自然保護区にすることができた。 1986年から2007年にかけて、人口は270万人から460万人に68%増加したにもかかわらず、シンガポールの緑地面積は35.7%から46.5%に増加した」この事から緑地化と生活環境の整備のバランスが非常にとれている事が分かる。註1

3-3現在の形に見る都市緑地
上記のPCNの構想を始め、現在は温暖化に伴い、生物多様性の保存、研究の必要性が高まり、コミュニティーの緑化への関わりも発展し新たな局面を迎えている。国は都市緑地の管理維持,清掃に予算の60%を当てている。年中温暖な気候のこの国の植物生育は非常に早く、管理する側の人件費は莫大である。日々都市緑化・生態センターにてスタッフのトレーニングが行われ、全ての植物がデータで管理されているため、一定の大きさになると伐採のタイミングが知らされる。この仕組みは非常に先進的であり、成功している点であるといえる。しかし長期的な財源の確保に税金の導入の想定や今後より少子高齢化が進み、労働力の確保など山積する問題等が多いのも事実である。しかし、ものを造るだけでなく、その後に必要となる人材教育の場が作られている事、管轄以外の政府機関が繋がる仕組み作りが出来ている事などは非常に重要であるといえる。

4:自然保持と未来志向
どの国にもその国を代表とする歴史的、資産的に高い公園はあるであろう。しかし、その維持、保全、発展を管理しその全ての公園や緑地を繋げるデザインを見る事は難しいといえる。その街だけでなく国や人をデザンする事に繋がった事例は多くはないのではないか。その点においては世界遺産として認定されたボタニックガーデンとPCNのもつ意味合いは大きいといえる。2012年には新都心構想のひとつに緑地を中心として道路や建物を配置し、次世代的な持続可能な水やエネルギーのリサイクルを取り入れた最先端のガーデンバイザベイが完成した。人工的建築物でありながらも、緑地化による自然と都市が混ざり合い、街が活きている感覚を生み出す事に成功している。そこにスポンサーを誘致し、財政面での問題をクリアにしている点は互いににとって効率的な取り組みといえる。

5: 今後の展望
新しいもののもつデザインの力は古い物を守る事でだけではなく、そこに取り組みつつ伝承する為の新しい工夫、仕組みを生み出す事に繋がる。歴史の浅い国ではあるが、古くからあるものの伝承の為の「場」を作る事には成功しているといえる。新しい国だからこそ出来る形を追求したこの歴史の持つ意味は大きい。今後の国づくり、街づくりの手本となる力をもつ。そこには緻密な分析と研究、また長い時間をかけての丁寧な取り組みが必要であるともいえる。「人々のよりよい生活環境の構築こそ、人材の育成、人作りに役に立つ」という半世紀以上前に掲げた取り組みが、近年ようやく活かされ始めた様に思う。これからの半世紀も人々の生活は芸術になり、デザイン活動そのものが人々の生活であるような歩みを続けることで、より先進的なアイデア、魅力溢れる国へなって欲しいと願う。

  • 1 資料1 ボタニックガーデン 早朝の様子(著者撮影 2017年12月22日)
  • 2 資料2 ガーデン内には風水を取り入れた噴水なども配置されている シンガポールは華人が多い為多くに建築物、地下道や公園の地形も例外ではなく風水が取り入れられている(著者撮影 2017年12月22日)
  • 3 資料3 ガーデン内の至る所にコロニアル調の邸宅やステンドガラスが見られる。現在はレストランやカフェとして運営されている
    (著者撮影 2017年12月22日)
  • 4 資料4 ガーデン内のエキシビション会場(著者撮影 2017年12月22日)
  • 5 資料5 エキシビション内展示 稲田氏によるデザイン画が多く展示されている
    (著者撮影 2017年12月22日)
  • 6 資料6 エキシビション内展示 実際に歩くとデザイン画と同じ様な場所がいくつも見られた
    (著者撮影 2017年12月22日)
  • 7 資料7 エキシビション内展示 PCNについて (著者撮影 2017年12月22日)
  • 8 資料8 PCNにあるサイクリングロードと近隣の島を繋ぐ橋 多くのマンション(コンドミニアム)等の建築には歩道整備植栽が義務つけられており、歩道の整備管理が徹底している為近年広がっているシェアサイクルの普及、PCNへのアクセスも非常にスムーズである。(2017年12月25日著者撮影)

参考文献

・シンガポールボタニックガーデン ウェブサイト https://www.sbg.org.sg/
(アクセス日2017年12月10日)
・PCN https://www.nparks.gov.sg/gardens-parks.../park-connector-networ.
(アクセス日2017年12月12日)
・註1 https://www.nparks.gov.sg/about-us/city-in-a-garden 
(アクセス日2017年1月5日)
・稲田 純一著 『ガーデンシティー・シンガポール構想の実践としての受賞作品について』、日本造園学会誌、2004年 ci.nii.ac.jp (アクセス日2017年12月20日)
・Timothy Auger 『Living In A Garden 』 Published by EDM 2013

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