下村 泰史(教授:学科長)2024年9月卒業時の講評

年月 2024年10月
卒業研究レポートに取り組まれたみなさん、お疲れ様でした。

「卒業研究」には、その前段の「芸術教養演習1・2」と異なり、学友とのディスカッションの機会がありません。ですから、学友のレポートを見るのは初めてになると思います。
お互いに読み比べ、それぞれが成し得たこと、成し得なかったことについて考えて、これからの課題を見つけ出してほしいと思います。
それは、今回卒業されるみなさんだけでなく、これから卒業研究を志す在学生のみなさんも同じです。この先輩方のレポートをよく読んで、ご自身の糧としていただきたいと思います。

今期の「卒業研究」では106件の提出がありました。その中で今回私が担当した作品は、以下の18件です。風土や景観といった主題のものを多く見せていただきました。

・体験する空間―会津さざえ堂―
・コンテンツツーリズムによる地域文化の創造
・ひらかたパーク 生き残った老舗遊園地が切り拓く独自の魅力
・旧東海道川崎宿からの歴史をつなぐ現在の街のデザインと景観
・都市の中で自然を模倣する「市ヶ谷の杜」プロジェクト
・「えちぜん花の宵」-あかりでつくる都市デザイン‐
・自然・文化・人が繋がる―生田緑地-
・文豪たちが愛した我孫子市手賀沼〜「北の鎌倉」と称された風景
・江戸時代の土木が創り出した筑後川の風景デザイン-水害克服から生まれた風景
・関西(特に神戸)という地域における阪神甲子園球場を本拠地とする阪神タイガースの存在について
・古都保存法の特例 明日香法 ~明日香法のなかで暮らす住民と明日香村の未来のために何ができるのか~
・開園150周年を迎えた上野恩賜公園 ~これからの存在意義と継承への発展性~
・鎌倉街道~文化・歴史・自然が彩るセラピーロード~
・都市公園 服部緑地―改革と今後の可能性―
・川のある町越谷  ~弱点を活かした水辺の街づくり~
・「エレガントな三条通」〜車より人が強い通り〜
・九品仏川緑道のベンチエリアにみる自由が丘のまちづくり
・さいたま市民の森グリーンセンター「リスの家」におけるバイオアートとアニマルウェルフェアの考察

今回この「web卒業研究展」で公開されているのは、この半分弱になります。これは、ご本人が公開を希望された作品であり、特に選抜を行っているわけではありません。ですから、ここに挙がっている「卒業研究」の作品たちはまさに玉石混淆といったところです。
点数や評価は付していません。皆さんの目で、どの作品にどんな良さがあるか、どんな欠点があるかなど、観察し話し合っていただければと思います。そうした読解と批評が、ご自身の次の執筆のレベルを引きあげてくれると思います。

さて、今回の私が担当したレポートの中で特に優れていたのは、「江戸時代の土木が創り出した筑後川の風景デザイン-水害克服から生まれた風景」「体験する空間―会津さざえ堂―」、「九品仏川緑道のベンチエリアにみる自由が丘のまちづくり」の三点です。いずれも、対象についてよく調べ、かつ密度の高い現地調査を行い、その上で興味深い事例間比較が行われていました。その論述のために充実しておりかつ過不足のない資料が付されていました。これらのレポートのうち二編が今回の公開対象となっていないのは、大変惜しいことだと思います。

今回私が採点・講評を行ったレポートには、いくつか共通の問題点が見られました。それは概ね
(1)事前の情報収集における問題
(2)論述の論理的展開における問題
(3)資料の使い方の問題
の3点に集約できるように思います。

(1)事前の情報収集における問題
対象となる事例については、みなさんそれぞれ一定の基本情報を収集されています(十分とはいえないものもありましたが)。しかし、その対象事例の背景となる情報、あるいは比較分析の視点など方法論に関する情報等が不十分に思われるものが多くありました。事例そのものではなく、それを論じるための情報が足りない、「よく知らないままに論じてしまっている」というものです。

(2)論述の論理的展開における問題
この「卒業研究」では、事例間比較が求められています。これについては大きく2つの落とし穴があります。
一つは、他の事例を簡単に紹介して終わってしまっているものです。比較というのは、共通点と相違点を整理し、それぞれがどこからやってきて、どのようなことにつながっていっているかを考察することです。そこまでいっていないものが見られました。
もう一つは、比較が全体の論旨の展開の中で活きていないというものです。他事例との比較によって取り出される「特筆すべき点」についての議論が、この事例についての「高く評価する点」や、「現状の課題や今後の展望」といった議論の中で浮いてしまっているというものです。事例間比較だけ後付けで挿入するとそうなってしまうのだと思います。評価する点と特筆すべき点をあえて無関係のものにする必要はないのです。全体の論の流れのなかで、適切に比較検討を活かしてほしいと思います。

(3)資料の使い方の問題
風土や景観、まちづくりといった主題の場合、取り扱い対象は地域ということになりますから、その位置や地形条件、自然環境や土地利用といったことを明示しないことには議論が始まりません。また、現地調査でわかったことも、マッピングによって整理できるものが多くある分野です。
資料の使い方としては次のようなことが考えられます。

①対象の概要説明に必要なもの
対象の所在を示すもの(位置図など)や写真、地域史の年表が代表的なものだと思います。コミュニティ組織図等の場合もあると思います。「景観」の場合には、地図と写真は必須になるでしょう。

②調査結果を示すもの
アンケートやインタビュー、フィールドワークや実験などの結果があります。テキストデータの場合も図の場合もあると思います。

③考察・分析過程で必要なもの
比較表や分析図が挙げられるでしょう。比較表としてはいくつかの事例の共通点や相違点をまとめたもの、分析図としては数値データをグラフ化したものや、地図上にさまざまなものの分布やつながりを示したもの(分布図、ゾーニング・動線分析図)などがあります。

この卒業研究レポートは、本文自体は3200字程度と、大変コンパクトなものです。しかしそのスペース内で上記の議論をきちんと行うのは、結構大変なことです。註記欄と資料編をいかに活かすかは重要なポイントになります。やはり優れたレポートは、本文だけでなく、こうした註記欄と資料編が充実しています。どのような資料を用意するかということは、どのような文章構成にするかということとセットなのです。

逆にいえば、現地の写真を並べただけでは、ほとんど何も伝わりません。自分が何を伝えたいのか、伝えるためには、何を用意したらよいのか。そうした反省的な思考ができるようになることが、大学における教養教育の一つの目標であると思います。
学友とご自身の卒業研究レポートをご覧になって、学び得たのは何だったのかを、よく確かめていただければと思います。

ちょっと辛口の総評になってしまいましたが、こうした点を振り返って、おめだたい卒業を、より内実のあるものにしていただければと思います。