早川 克美(教授:学科長)2019年3月卒業時の講評

年月 2019年3月
みなさん、ごきげんよう。卒業研究のレポートの作成、おつかれさまでした。

卒業研究は、みなさんの芸術教養学科で学んだこれまでの学習の成果です。それぞれの方の視点が実に様々で、読み応えのあるレポートばかりでした。

特に良かった4点をご紹介すると、

「カフェの町、東京・深川の空間造形と珈琲焙煎」は、深川に自家焙煎のカフェが多いことを、深川の町のなりたちや空間造形から紐解いていく丁寧な調査・分析に基づいた力作でした。

「石の道・いけだ彫刻シンポジウム」は、20年を経過した文化事業について、街づくりとしての景観面から、アーバンアートとしてのありかたの側面から、他事例との比較対照を通して特筆点を明らかにしていくアプローチが優れていました。

「建造物の存在価値-横網町公園と東京都慰霊堂」は、一つの建築物を通して、悲劇の歴史をいかに後世に語り継いでいくべきか?という問いに対し、震災の記憶継承の価値について考えた丁寧なレポートでした。

「新庄祭りを通して共同体の枠を超えた祭りについて考える」は、外部からの視線や評価を意識した祭りの変貌への危機感の表明や、祭りや伝統行事が経済活動に利用されていく過程で本質が変わって行くことに慎重で丁寧な議論が必要ではないだろうかという指摘は、納得のいく内容でした。

レポートの評価が分かれたのはご自身の問題意識と対象への評価軸が明示されているかという点です。せっかく丁寧に調べられたのに、調べたことのまとめで終わってしまっている方も少なからずいらっしゃいました。また、論点の軸が曖昧になってしまい減点となった惜しいレポートもありました。評価が高かったレポートは、二次情報に頼らず、ご自身が直接現地で調査をされたり、適切な比較対照を試みたり、また評価手法および評価軸を明確に定義されていました。演習の授業でもお話しましたが、まず、調べた多くの情報から、「何を取捨するのか」という「問題定義=切り口」を示すことが肝心です。次に、その切り取られた情報をどのような「構造」で考察するのかを検討し、最後にその構造をどのような「語り口=手法・方法」で伝えるかという点に留意して書くことが重要です。

また、ほとんどの方が、選ばれた対象への一定の距離をおいた客観的な考察には成功されていますが、批判的、反省的なまなざしで捉えていなかったことが気になりました。一見、うまくいっているように見える事象に問題はないのか?どのような課題をクリアして今日があるのか、そんな視点も加味されると、一層深い考察になったと思います。

いろいろと書いてしまいましたが、卒業生となられたみなさん、本当におつかれさまでした。みなさんが得られた学びはゆっくりと時間をかけてみなさんの中で熟成されて、様々な場面でみなさんを助けてくれることでしょう。一緒に学んだこの月日はみなさんの勝ち取られた財産です。これからのみなさんのご活躍を祈っております。