世界遺産であるペナン島ジョージタウンの変容

藤原 雅

1:はじめに
マレーシアのジョージタウンといえば2008年にマラッカと共に世界遺産に登録されたペナン島にあるイギリス統治時代の建築物及び街並みが残っている街である。そもそもペナン島とは世界遺産登録以前より、マレーシアにおいては首都クアラルンプールに次ぐ第二位の観光客数を誇るビーチリゾートであり、ジョージタウンにおいても、歴史的に価値のあるイギリス統治時代の街並みを現在ほどではないが、観光資源として知られていた。ここでは、世界遺産登録前から登録後の現在の街の状況と、今後の世界遺産登録都市としての在り方について考察する。
 
2:ジョージタウン地区について
(1)基本データ
所在地:マレーシア国、マラッカ海峡北の入り口に位置するペナン州ペナン島北東部に位置する都市で、世界遺産地区の面積は約2.8平米程である。2008年より世界遺産に登録され、観光資源としても重要な役割を担っている。
 
(2)歴史的背景
元々ケダ王国の支配下に置かれていたペナン島であったが、イギリス人のフランシス・ライトにより1786年よりイギリスが租借してからイギリスの移民がはじまり最初の街の名前をジョージ3世にちなみジョージタウンとした。1790年に租借契約上の問題でケダ王国と武力衝突が起こり、結果としてペナン島対岸の半島の一部もイギリスの統治下となった。(註1)

 
(3)特徴
2008年にマラッカと共に世界遺産登録されたマラッカ海峡における重要な中継地としてイギリスにより開発された。1786年に建設されたコーン=ウォリス砦をはじめ、植民地時代の旧庁舎であるシティホール、セント=ジョージ教会、E&Oホテルが点在する。それらに加え、中国華南地区で一般的なショップハウス郡が街並みを形成している。これらの風景が観光の宣伝文句として、「イギリス・コロニアルな白亜の建築様式」、「東洋と西洋との出会い」、「東洋の真珠」と形容されている。(註2、3)

 
3:ジョージタウン地区の現状
2000年までは都市のスラム化を防ぐ目的で1948年以前に建設された建造物については家賃統制令により近代都市化による家賃の高騰が抑制されていた。その影響で人口減少によるスラム化は抑止されたが、家主は実勢水準以下の不動産収益しか得る事が出来ず、古い建物の修復、改修、また大手デベロッパーによる再開発も出来ない状況であった。世界遺産として考えた場合、古い町並みに手を加えにくいという意味では良いが、維持管理という意味では問題があった。しかし2000年の家賃統制令の廃止と、2008年の世界遺産登録により、状況が大きく変化した。(註2)良い意味では、今迄放置されていた老朽化した建物や街並みが再整備されるきっかけになったが、家賃の高騰により元々住んでいた住民が郊外に流失し、ジョージタウンだけでなく、郊外にも開発の波が押し寄せている。具体的な例をあげると、まずジョージタウンにおいては、ペナン州のプロジェクトとして、「GURNY WHARF」というジョージタウンの海岸線の再開発が開始されている。(図1)これにより海岸線の整備が行われるが、伝統あるE&Oホテルから海岸線が離れ、コーン=ウォリス砦やシティホールと既存海岸線との関係が大きく変化する。世界遺産登録時と環境が大きく変わろうとしているのである。これと類似の状況は、ジョージタウン以外のペナン島内でも起きている。(図2)

 

4:世界遺産としてのジョージタウンの問題点
2008年にマラッカと共にジョージタウンが世界遺産に登録された該当項目はユネスコ世界遺産登録基準の中の「(ⅱ)建築、科学技術、記念碑、都市計画、景観設計の発展に重要な影響を与えた、ある時期にわたる価値観の交流又はある文化圏内での価値観の交流を示すものである。(ⅲ)現存するか消滅しているかにかかわらず、ある文化的伝統又は文明の存在を伝承する物証として無二の存在(少なくとも希有な存在)である。(ⅳ)歴史上の重要な段階を物語る建築物、その集合体、科学技術の集合体、あるいは景観を代表する顕著な見本である。」(註4)によるが、元々登録前から観光資源としての役割をになっていた場所であった事と、家賃統制による安易な開発が出来なかった事も幸いし、中には採算が合わず改修、補修が放棄され朽ちかけている建物も散見されるが古い街並みが維持されてきた。しかし家賃統制の廃止と世界遺産登録により状況が一変しようとしている。また開発の自由度が高まり、商業、経済的に魅力が増えた事により、建築家と学生による街のリニューアルの提案活動(註5)、デベロッパーによる開発が活発化している。(図2)

 

(1)ストリート=アート
世界遺産登録後、2012年にペナン州の依頼によりリトアニア人アーティストが描いたのが始りであるが、そもそも世界遺産都市にあるショップハウスの壁に絵を描いて良いのか?という疑問が残る。現在では観光資源として成り立っているが、壁画の乱立が世界遺産登録基準に抵触する可能性がある。(註2)

 

(2)ショップハウスの改修
古い街並みの大部分を占めるショップハウスが、不動産価値の高騰により、改修、修復によりホテルやコーヒーショップに変貌しようとしている。古く老朽化した建物が原型を活かして綺麗になるので景観上問題無いが、家賃高騰により、古くからの伝統的な生活を送っていた住民を失う事になり、地域に根付いていた伝統的なコミュニティーを失う事に繋がっている。これが世界遺産登録条件の「顕著な普遍的価値」に抵触する懸念がある。イギリスが計画した街ではあるが、街中には多民族の文化的建築物、またその伝統を継承している各民族のコミュニティーがある。それが今、経済重視の影響で建物以外は消滅してしまう懸念がある。(註2)

 

(3)海岸線の開発工事
景観上、大きく変容するような開発を世界遺産登録後に実施する事自体、大きな違和感を感じる。海岸線に点在する歴史的建築物自体には変化は無いが、例えば海防の要所であるコーン=ウォリス砦と海岸線の関係が変化し、この位置に砦を築いた意味が感じ取れなくなる。同じくE&Oホテルからの景観も大きく変わり、設計者が意図した景観との関係が失われる。このように世界遺産登録時の環境と大きく変わってしまうが、プロジェクトとしてすでに埋め立て工事を開始している。これは「景観設計」に抵触する可能性がある。
5:マラッカとの比較
マラッカがポルトガル、オランダ統治を経てイギリスの統治下になったのと違い、ジョージタウンは最初からイギリスによって開発された計画都市である。双方同じマラッカ海峡の重要な中継地として栄えたが、マラッカの方が異文化が混ざり合っており、住民にもポルトガル、オランダとの混血がジョージタウンと比較すると多い。マラッカは立地的にビーチリゾートではない為、世界遺産登録以前より遺跡などの観光が中心であった為、大規模な開発行為は行われていない。しかし、2016年に中国の開発計画を受け入れてたので、今後の開発が懸念される。(註6、図3)

 
6:今後の展望
主な観光資源がビーチリゾートであったペナン島が、家賃統制廃止と世界遺産登録という大きな転機により、その姿を大きく変えようとしてる。つまり、世界遺産登録時とは違う街に変貌しようとしている。ジョージタウン全体の開発やストリート=アートのように後付けで作られた観光資源により、今迄より経済的な恩恵を受ける事になると思われるが、世界遺産としての価値を維持できるかどうかは疑問である。現状は、普通の都市に見られるウォーターフロント開発と同じ事をしているようにしか見えない。現在の開発はペナン州政府主導であるが、間違った方向へ向かわないよう過度な開発行為の自制を望む。

  • 補足資料(図1、図2、図3、註2補足)(非掲載)
  • ペナン島地図(非掲載)

参考文献

註1:History of Penang Island in Malaysia|Wonderful Malaysia
http://www.wonderfulmalaysia.com/history-penang-island-malaysia.htm
註2:藤巻 正巳著「世界遺産都市ジョージタウンの変容するツーリズムスケープ」
http://www.ritsumei.ac.jp/acd/cg/lt/rb/645/645PDF/fujimaki.pdf
註3:Jon Sun Hock Lim著『THE PENANG HOUSE』ARECA BOOKS (2015年)
註4:世界遺産一覧|世界遺産運動|公益社団法人日本ユネスコ協会連盟
http://www.unesco.or.jp/isan/list/asia_2/
註5:Naiara Vegara編『STREETWARE PENANG』『STREETWARE PENANG Ⅱ』AA BOOK SHOP
註6:アジア経済ニュース「マラッカ、港湾開発に中国が100億米ドル投資」
https://www.nna.jp/news/show/10029