宮 信明(准教授:主任)2024年9月卒業時の講評

年月 2024年10月
みなさま

卒業研究レポートの作成、そして提出、本当にお疲れさまでした。大きな課題を終えられて、いまはホッと一息つかれているところでしょうか。

福沢諭吉『学問のすゝめ』に「進まざる者は必ず退き、退かざる者は必ず進む」という有名な言葉があります。ご存知の方もいらっしゃるかも知れませんね。卒業研究に着手されてからも、おそらく「ちょっと退こうかな」と弱気になられた方もいらっしゃったのではないでしょうか。しかし、それでもみなさんは前に進み、卒業研究という大きな課題をクリアされました。まずはそのことを大いに誇っていただきたいと思います。

さて、今期の卒業研究は106件の提出がありました。ちなみに、昨年度の秋期は97件、一昨年度の秋期は83件でしたので、昨年度より9件、一昨年度より23件も増えたことになります。非常に多くの卒業生を送り出すことができ、我々教員にとっても、こんなにうれしいことはありません。

みなさんのご卒業を寿ぎ謹んでお慶びを申し上げます。

それではこのへんで……、と終わってしまっては総評になりませんね。もちろん、それぞれのレポートの点数と講評については、個別にお伝えしてありますので、そちらをご覧いただければよいのですが、ここでは、私が採点・講評を担当した卒業研究の全体的な特徴や傾向、改善点について、少しだけ述べておきたいと思います。
今回、私が担当した卒業研究では、以下のような対象が取り上げられていました。まずは、こちらをご覧ください。

・Harmony project(舞踊・芸術プロジェクト)
・愛知県の猩々大人形
・神戸市北区における農村歌舞伎
・堺打刃物
・三重県組紐協同組合
・伊予灘ものがたり
・ハンドメイドパイプ
・堤人形
・DANCE BOX
・先住民族・アイヌ
・横浜漆器
・水ようかん
・能勢菊炭
・明石型活魚運搬船
・瀬戸内酒販
・里見梨
・隈取
・山梨県大月市の桃太郎伝説

いかがですか。このラインナップ。これを見るだけでも、どれほど多彩なテーマで卒業研究(=評価報告書)が作成されているのか、一目瞭然でしょう。いずれのレポートにおいても、興味深い事例が報告されていました。また、それを論じるための視点もじつに多様で、読み応えのあるものばかりでした。

その上で、シラバスに記載されている評価基準にそって、いくつか気になった点を改善点として示しておきたいと思います。

・文章の表記の正確さと構成の明瞭性
まず、文章の表記については、それぞれの講評においても、かなり細かく指摘したつもりです。もしかすると、揚げ足を取られたように感じた方もいらっしゃったかも知れません。しかし、それは大学を卒業するまでに、学術的な文章作成の技術(アカデミック・ライティング)を身につけていただきたいという強い思いがあったからです。アカデミック・ライティングでは、自分の考えをできるだけ客観的に提示しなければなりません。そのため、主観的な表現や敬語などは使用しないようにするのが一般的です(敬語は関係性を表すため、そこに主観性が読み取れるからです)。また、引用や註、参考文献、添付資料なども、きちんとルールに則って記述しなければなりません。文系であれ理系であれ、アカデミック・ライティングでは「科学的な文章」、つまり客観的根拠にもとづいた論述が求められます。「素晴らしい」「美しい」と心情的に述べるのではなく、なにが「素晴らしい」のか、なぜ「美しい」のかを、客観的かつ具体的に示していただければと思います。

・授業の趣旨および課題内容の理解
特定のデザイン・芸術活動やその成果としての地域の文化資産について考察し、「文化資産評価報告書」を作成するという課題の趣旨を、ほとんどの方がきちんと理解され、レポートを作成されていました。ただ、
1.基本データと歴史的背景
2.事例のどんな点について積極的に評価しているのか
3.国内外の他の同様の事例と比較して何が特筆されるのか
4.今後の展望について
5.まとめ
の5点については、例えば、「1.基本データと歴史的背景」がレポート全体の半分以上を占めるもの、「2.事例のどんな点について積極的に評価しているのか」が極端に短いものなどもありました。また、「3.国内外の他の同様の事例と比較して何が特筆されるのか」では、きちんと比較考察されていないものも少なくありませんでした。比較考察する場合には、比較対象の妥当性(なぜそれと比較するのか)、比較の視点(どの点を比較するのか、どちらも同様の視点からの比較になっているか)、比較対象との共通点と相違点、さらにそこから導き出される見解などを示さなければなりません。いずれにせよ、全体のバランスを考えつつ、それぞれの課題について過不足なく論述していただければ、さらに完成度の高いレポートになったと思います。

・受講生自身の見解の明示
すべてのレポートで受講生自身の見解がきちんと明示されていました。この点については、さすがにご自身で選ばれたテーマ・対象だけに、思い入れも強く、その主張や見解がはっきりと述べられていて、素晴らしいと思いました。ただ、なぜその見解に至ったのかについて、もう少し具体的に考察していただきたかったレポートもありました。繰り返しになりますが、「価値がある」と感覚的あるいは感情的に述べるのではなく、その対象のどこに「価値がある」のかを具体的な論拠に基づきつつ、客観的に考察し、その結果を踏まえて、ご自身の見解を述べていただければと思います。

・着眼点の独自性
今期の卒業研究においても、先行研究や資料の調査が不足している、と思われるレポートが少なくありませんでした。例えば、ある文学作品のことを論じるとしましょう。その場合、対象となる作品のことを調べるのは当然ですが、そもそもの理論的な土台となる文学史や文学理論、その作品の研究史について参照されないのは、非常にもったいないと感じてしまいます。一口に文学研究といっても、作家論や読者論、テキスト論や同時代論など、さまざまな研究手法があります。もちろん、これはあくまで一例です。また、すべての資料や文献に目を通すことは不可能でしょう。しかし、それでもできるだけ多くの先行研究や資料に触れ、その方法論を身につけるとともに、考察を深め、より独自性のある着眼点を示していただきたかったところです。

以上、色々と口喧しいことばかり申し上げてきました。
卒業研究は、みなさんがこれまで芸術教養学科で学んでこられたことの集大成です。だからこそ、この総評でも個別講評でも、厳しいことをあれこれと書き連ねてしまいました。とはいえ、それぞれのレポートが卒業に値するクオリティに達していたことは間違いありません。ぜひこれからも、芸術教養学科で学修したことをもとに、よりよい学びを続けていっていただければと思います。

それでは、改めまして、ご卒業、誠におめでとうございます!