デザインと食のまち 雲仙・小浜温泉 〜「社会貢献の哲学」が継承される町〜

上妻 直子

はじめに

長崎県雲仙市小浜温泉には、同じ価値観、同じデザイン哲学で繋がった若い移住者達が、サステナブルで文化的なコミュニティを形成している。
そこに別の文脈から有名な料理家が、雲仙の伝統野菜に惚れ込み移住して店を構えている。この地に「デザイン」と「食」に関わる人々がリンクし、新しい文化が育まれている。本稿はその人の流れや活動のプロセスを調査し、文化資産として評価報告する。

1 基本データと歴史 [資1]

小浜温泉は長崎県南東部に位置する島原半島にあり、人口は雲仙市39256人、小浜町7104人、刈水地区97人である。(1)気候は温暖多雨で主産業は農業、漁業、観光業である。目の前に橘湾が広がり、温泉蒸釜で地元の海産物や野菜を食すのが名物だ。日本一の源泉温度(105度)と湧出量を利用した地熱エネルギーの開発が進行中である。(2)
1614年本多親次が島原藩主松平忠房より「湯太夫」の称号を与えられたことに始まり(3)1638年の島原の乱後人口が半減したが、移民政策により回復。代々本多家は鉄道の開通、海岸埋め立て道路整備など礎をつくった。戦中戦後は源泉を利用した製塩業で栄えた時期もある。(4)

2 背景と経緯

2−1 デザイン拠点「刈水庵」[資2]

1990年代イタリアで活動していた城谷耕生氏は、エンツォ・マーリ、アッキレ・カスティリオーニに出会い、彼らのデザイン哲学=プロジェッタツィオーネ(プロジェクトを考え実践すること)(5)を学び、日本に持ち帰った。2002年故郷小浜町にデザイン事務所を構え、ローカルで仕事をする事を選択する。その後古民家を再生したカフェ&ギャラリー「刈水庵」を開業し事務所も移転。様々に縁した若者が刈水地区に移住し、各々城谷イズムを学び吸収していく。しかし道半ばで城谷氏は2020年53歳で急逝する。(6) 遺された弟子達は動揺の中、暗中模索しながら拠点となっていた刈水庵を継承し、各々生業に辿り着いていった。

2−2 自家採種農家 [資3]

自家採種農家の岩崎政利さんは、80にも及ぶ在来野菜の種を、人目を偲んで野菜の花を咲かせては種を採り40年間種を継いできた。絶滅したと思われていた「雲仙こぶ高菜」の原種を発見し、「地域の特産として復活させようと」と呼びかけ、プロジェクトチームが立ち上がった。その結果2008年スローフード協会国際本部の最高位「プロシディオ」に日本初認定された。(7)それを機に在来種の救世主として一目置かれる存在となり、種を継ぐ意義や精神を語る講演活動を始めた。雲仙で追随する若い農家が現れ、2019年有機野菜直売所「タネト」もオープンする。(8)彼の野菜に感銘を受けた有名シェフ原川慎一郎さんは、岩崎さんの野菜の素晴らしさを伝える為に移住し店を開いた。その事でさらに岩崎さんの野菜は認知される様になった。(9)

3 評価できる点

城谷氏のデザイン哲学は「社会貢献するデザイン」だ。第二次世界大戦後の世界は資本主義と大量生産大量消費に突き進み、デザインという仕事は企業に儲けさせる為だけの無駄な物を生み出す、愚かな仕事に成り下がっていた。そんな時勢の中、企業の利益よりも社会に貢献し教育的な仕事をするデザイナー達がイタリアにいた。まだデザインという言葉がない頃彼らは「プロジェッティスタ」と呼ばれた。そんな稀有な存在に城谷氏が出会えた事は運命的といえよう。彼は日本でただ一人、このデザイン哲学の種を故郷に蒔き育てたのである。それを継承した弟子達は単なる移住者とは一線を画している。
現在刈水庵運営を任されているインテリアデザイナーの山﨑超崇さんは、この地の文脈まで掘り起こし、土壌改良や水路の確保など環境整備に使命を感じ、積極的な奉仕活動をしている。[資4]
グラフィックデザイナーの古庄悠泰さんは、小さな町の顔の見える仕事をする為に「景色デザイン室」を温泉街に開設し、人との交流の場として1階に「景色喫茶室」をつくった。[資5]
3代目刈水庵店長だった諸山朗さん夫婦は美大出身を生かし、古民家をセルフリフォームし、
小浜温泉の生活文化体験ができる様に、安価で長期滞在向けのゲストハウス「諸山宿舎」を2023年に開業した。[資6]
刈水庵の二代目店長だった尾崎翔さん(10)は、趣味のカレー作りが本業になった。「カレーライフ」は観光客の他にランチ難民だった地元民に喜ばれている。[資7]
大学院生の頃小浜温泉の地熱エネルギープロジェクトの参加を機に移住した山東晃大さんは、再生可能エネルギー研究者と地域経済の専門家となって、まちに貢献している。(11)
この様に彼らは個々に城谷さんと出会い集った、多彩な人々である。其々この地に愛着を持ち、気負いなくこの町に必要な仕事を始め楽しんで暮らしている。そこには目には見えない共通の哲学で繋がる一つの家族のような安心感が下支えとなっている。
一方岩崎さんは40年間ずっと孤独に信念を貫いていた。雲仙の土壌から生まれた種の申し子の様な存在の人。一般的農業は形がよく害虫に強いF1の種を毎回買って育てるが、それに抗った岩崎さんもまた、プロジェッティスタである。
この二人のパイオニアが二大軸となり人々が人材となって、デザインと食が相乗効果を生み、新しい文化が生まれ、新しい町の魅力となって社会貢献につながっていくのだ。

4 特筆すべき点

大分県中津市耶馬溪町は人口1200人の過疎地だが、奇岩の景勝地で観光地である。下郷地区は戦後から有機農法が始まり、持続可能な暮らしが継承され、そこに惹かれる移住者が増加中だ。その一人福田まやさんは、デザイン事務所「星庭」を設立し、グラフィックからアートディレクションまで幅広い仕事で、主に「体験」企画を得意とする。
彼女がローカルを選んだ理由は、自然豊かな環境で、クライアントとの距離が近く、徹底した聞き込みと観察で、質の高い仕事ができるからだ。現在は異業種の人々とも協働し大きなインパクトのある仕事も増えている。(12)目に見えるイベントで新たな魅力を発信し、関係人口の増加と地域の経済に貢献している。(13)
対する小浜温泉は、その様な目を惹くイベント企画ではなく、このまちと近隣地域の人々が楽しめる小さなイベントを継続開催している。(14)幸福な時間をデザインし共有し、経済は後回しなのだ。参加した人々に共通の倫理観が生まれる様に、城谷さんと岩崎さんの哲学を啓発している。この町はこの二人の哲学を日本に世界に啓発する為のフラッグシップモデル地域だと言う点が特筆に値する。

5展望と課題

城谷氏の友人でイタリア在住の批評家・アーティストの多木陽介氏は、城谷さん亡き後もお弟子さん達と関わり、城谷耕生の功績とプロジェッタツィオーネの考え方を拡める活動を共にしている。東京ミッドタウンのイベント(5)や、小浜でのトークイベントなどだ。[資8]こうした他所との協働活動は小浜温泉の今後の展開に影響を与えるであろう。
現在世界は戦争による貧困や環境破壊が深刻さを増し、人々は本当の豊かさを真剣に考え始めている。今こそプロジェッタツィオーネの倫理観をもとめている。小浜温泉での新しい生活文化は、お金の為に働く選択しか出来ない若者の、新たな視点と選択肢になるだろう。
課題そのものが地域デザインの材料になる為、ポジティブな見解として、空き家問題がある。住みたい人がいる需要に対して、所有者の様々な諸事情によりスムーズな対応がなされていないこと。また下水道がなく生活水は海に流されている。これらの環境問題に対して、デザイン思考で新陳代謝を促す環境作りや環境意識を変える啓発活動しながら、行政への働きかけが急務であると考える。

6まとめ

小浜温泉には故城谷耕生さんと岩崎政利さんを筆頭に、沢山のユニークな人々が暮らしている。この人々こそこの地の財産である。この人々を育む雲仙の土壌には、先人達が自然の脅威と対峙しながらも、苦労を楽しむ幸せの哲学の種を、繰り返し蒔いては花を咲かせ繋いだ生命が宿っている。

  • 81191_011_32086116_1_1_資料1_8_page-0001 小浜温泉の観光スポットエリア=橘湾前(足湯の隣に各種イベント開催地マリンパークがある)
    温泉宿のメインストリート(国道251号沿い、土産物店、観光案内所、レストランが並ぶ)
  • 81191_011_32086116_1_2_資料2_8_page-0001 刈水庵は小浜温泉街のストリートから細い路地を山側に登った所に位置する。細い路地は急勾配で車が通る事ができず、脇には水路が流れている。今だに放置された空き家が点在している。
    筆者は2023年のデザインマーケットに参加し、刈水地区に住む城谷さんのお弟子さん達に初対面した時の写真。
  • 81191_011_32086116_1_3_資料3_8_page-0001 岩崎政利さん、原川慎一郎さん、タネトの奥津さんは多忙の為取材は出来なかったが、書籍やSNSの記事や周辺の関係者からの聞き取りが情報源である。
    BEARDは温泉街通りの中心部にあり、景色デザイン室とも近い。BEARD目当ての観光客が増えている。内装は山崎さん。
    タネトは小浜温泉から車で15分の千々石町にある。店舗では地域おこし協力隊のインターン生が働いている。食堂もある。グラフィックは古庄さん。
  • E8B387E69699EFBC943A8_page-0001 山崎さんは学生の頃城谷さんと出会い「SUTUDIO SHIROTANI」で7年間働いていた。2024年から刈水庵の運営をご夫婦で担っている。住まいは刈水庵のすぐ隣にある。奥様はテキスタイルデザイナーの伊藤香澄さん。仕事の他に周辺の水路や空き地の整備を自主的にしている。やり甲斐を感じてない地元旅館の後継者さんに、小浜の生活文化の理由や意義を伝えていきたいとも話されていた。SDGsの意義やこの土地の資産を伝えたいとも。
  • 81191_011_32086116_1_5_資料5_8_page-0001 古庄さんのお話の中で、食とクリエイティブは相性が良く相乗効果を生む、という内容が興味深かった。食は素材を生かしを調理する様に、デザインはクライアントの才能やストーリーや考えを素材としてデザインするからだ。また、手と体を動かしまず実行し、観察して次に進む、それが文化の土台になる、それを城谷さんの姿を通して学んだと語った。
  • 81191_011_32086116_1_6_資料6_8_page-0001 諸山朗さんは刈水庵3代目店長で、城谷さんの下で働いていた。夫の岳志さんは朗さんと同じ多摩美出身で、その縁で小浜の地域おこし協力隊となりその後ご結婚された。岳志さんは雲仙人(くもせんにん)という民間の事業者さん同士の人材グループの一員として、広いエリアで繋がりを大切にしている。
  • 81191_011_32086116_1_7_資料7_8_page-0001 尾崎さんは異色の経歴の持ち主で、理系大学を出た後工芸製品の小売業に就職したのち、たまたま知り合いのいた小浜に来て、城谷さんと出会う。城谷さんから刈水庵の店長に誘われて、趣味のカレーをカフェで出した事がきっかけで、カレー屋を開業することになった。
  • 81191_011_32086116_1_8_資料8_8_page-0001 トークイベントをインスタグラムで告知し、カフェKAIONで開催し筆者も参加。遠方からも参加者が来て、ご夫婦でラフにプロジェッタツィオーネの研修の様子を語った。冊子はその時に販売された物。

参考文献

参考文献

【参考文献】
早川克美 著『デザインへのまなざしー豊かに生きるための思考術』、藝術学舎、2014年
紫牟田伸子著 早川克美編『編集学ーつなげる思考・発見の技法』、藝術学舎、2014年
山崎 朗、鍋山 徹 編著『地域創生のプレミアム(付加価値)戦略』、中央経済社、2018年
大西達也、城戸宏史 編著『実践!地方創生の地域経営』、一般社団法人 金融財政事情研究会、2020年
鎌田由美子著『「よそもの」が日本を変える』、日経BP、2021年
岩崎政利著『種をあやす 在来種野菜と暮らした40年のことば』、亜紀書房、2023年
奥津典子著『奥津典子の台所の学校』、WAVE出版、2020年
新山直弘・坂本大祐著『おもしろい地域には、おもしろいデザイナーがいる・地域✖︎デザインの実践』、学芸出版社、2022年
永井一史・多摩美すてるデザインプロジェクト著『すてるデザイン・持続可能な社会をつくるアイデア』、株式会社パイ インターナショナル、2023年
古庄悠泰・古庄結編『北イタリア、「プロジェッタツイオーネ」をたずねて、景色デザイン室、2024年

【注釈一覧】

1. 雲仙市公式サイト         https://www.city.unzen.nagasaki.jp/kiji0034733/3_4733_12155_up_s3bbzaxr.pdf        2024/6/9閲覧

2. 雲仙市観光ナビ https://www.city.unzen.nagasaki.jp/kankou/kiji0032103/index.html 2024/6/9閲覧

3. 長崎歴史・文化ネット ミュージアム情報 https://nagasaki-bunkanet.jp/institution/雲仙市小浜歴史資料館/ 2024/6/9閲覧

4. 2023/01/30公開・長崎新聞 
https://www.nagasaki-np.co.jp/kijis/?kijiid=992630035530711040 2024/04/24閲覧

5. 東京ミッドタウン・デザインハブ企画 https://www.designhub.jp/exhibitions/progettazione2024 2024/7/22閲覧

6. アネモメトリ特集#40 幸せに生活するためのデザインhttps://magazine.air-u.kyoto-art.ac.jp/feature/755/  2024/7/22閲覧

7. 野菜のいろいろ「雲仙こぶ高菜」ー月報野菜情報−2012年3月 https://vegetable.alic.go.jp/yasaijoho/iroiro/1203_iroiro.html#:~:text=「雲仙こぶ高菜」の特徴,も特徴のひとつです%E3%80%82 2024/6/9閲覧

8. Hanako web記事 https://hanako.tokyo/food/367380/#heading-1 2024/6/9閲覧
 グッドデザイン賞 https://www.g-mark.org/learn/past-awards/gda-2023/results 2024/6/9閲覧

9. 美食都市アワード  https://cuisine-kingdom.com/gastronomy/award 2024/6/9閲覧
https://www.nagasaki-np.co.jp/kijis/?kijiid=1137928462518649603 2024/6/9閲覧

10. アネモメトリ未来をまなざすデザイン#97 https://magazine.air-u.kyoto-art.ac.jp/feature/9826/ 2024/7/9閲覧

11. 考える。くらし、雛形 https://www.hinagata-mag.com/think/46295 2024/7/9閲覧

12. 耶馬溪トンネルホテル https://www.hoshiniwa.com/portfolio/tunnelhotel/ 2024/7/9閲覧
   新・公民連携最前線PPPまちづくりhttps://project.nikkeibp.co.jp/atclppp/PPP/news/012101850/ 2024/7/9閲覧

13. GOAQ https://qualities.jp/article/fukudamaya 2024/7/1閲覧

14. 種を蒔くデザイン展2024 https://www.organic-base.com/topic/tanemaki_design/
   第1回小浜デザインマーケット 刈水庵 http://www.karimizuan.com/news.phpnews_number=143 2/24/7/9閲覧

   刈水デザインキャンプ2 https://karimizudesigncamp02.peatix.com 2024/7/9閲覧

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