下村 泰史 (准教授)2020年3月卒業時の講評

年月 2020年3月
卒業研究レポートを執筆されたみなさまお疲れさまでした。本科目に関わりました芸術教養学科教員の下村泰史です。ここでは私の担当分のレポートを読み、評価した上での全体的な講評をいたします。これを読み、改めて学友のレポートと自分のレポートを読み、考える、というところまでやって、この科目が一段落すると思ってください。

この卒業研究という科目は、その要求文字数こそ3200字という比較的コンパクトなものですが、それだけに凝縮度の高い、エッセンシャルなものが求められます。そのためには何度も文章を練り鍛え直す必要があったかもしれません。

この科目は以下のことを求めています。

1: 基本データ(所在地、構造、規模など)
2: 事例の何について積極的に評価しようとしているのか
3: 歴史的背景は何か(いつどのように成立したのか)
4: 国内外の他の同様の事例に比べて何が特筆されるのか
5: 今後の展望について

1と3は、対象を一定の客観性をもって描出することを求めています。2は対象へのまなざしや動機といった執筆者の姿勢が現れるところです。4は比較検討という思考の操作の手際、論理性が、5では構想力が問われます。短いながらも、総合的な研究力が問われる課題になっていることがおわかりかと思います。高い評価を受けたものは、これらのいずれもが高いレベルでバランス良く書かれていたものだと思います。

どのレポートがどの点に優れていたか、あるいは劣っていたかを、ここでこまごま述べるのはやめておきます。それはみなさんがなさってください。

ただ、印象に残ったものは紹介しておきたいと思います。このweb卒業研究展に掲示したもののなかでは、
「旧吹田村の景観特性ー旧西尾家住宅(吹田文化創造交流館)周辺地域からの考察ー」
「墨田区初の景観形成重点地区 〜亀沢地区・時代に即したまちづくり〜」
「「福岡市赤煉瓦文化館」の文化資産から考える建築保存」
「箱根関所-景観のもたらす江戸防衛の秘策」
は、いずれも大変おもしろく、その場に行ってみたいと思わせる力のあるものでした。

これらのレポートに共通しているのは、まず机上の「調べもの」に終わらない、実際に歩き、触れ、見て対象に迫っているという迫力が感じられるところです。そして一定の比較を通じた考察の深まりが見て取れます。

さらにいうと、優れたレポートは、その対象のありようや課題を明晰に伝えてくれるだけでなく、その人の「まなざし」「フットワーク」、比較考察の「手際」といったものを通して、その人の身体性、あるいは存在のありかた、といったものを感じさせてくれるものです。ここに至ると、レポートも紛れもなくその人の「作品」である、と言えるものになるのだと思います。

芸術教養学科では、芸術史的な知識については一定の専門的な学びはありますが、統計的な手法であるとか、科学的な分析方法であるとかといったことは必ずしも扱いません。しかし、そういった科学的な装いで武装しなくとも、きちんとした「まなざし」をもち、その「歴史性をつかむ方法」と、「考える手順」を持つことができれば、世の中のさまざまなできごとを、人々の「芸術」として捉え、考察し、展望を与えることができる、というのが、この芸術教養学科の学びのメッセージなのだと思っています。これは素朴ながら一定のラジカルさを持っているとも思っています。

みなさんのこうした思考が、まずはみなさん自身が、この世界はまだまだ味わうべき未知があるのだということを知るきっかけとなり、さらに多くの人々が、人間のいとなみの面白さ、素晴らしさに気づくきっかけとなっていけばいいなと思っています。

この卒業研究レポートをスタートラインとして、みなさんの芸術教養ライフが深まっていくことを期待しています。