南インド古典舞踊の源流「デーヴァダーシー」について

葛西 恵理奈

1.はじめに
南インド・タミルナドゥ地方発祥の舞台芸術「バラタナーティヤム」の源流である、ヒンドゥー寺院に仕えた女性「デーヴァダーシ」に着目し、日本の伝統文化と比較しながら、その存在の芸術的重要性と、どのように変化を遂げて行ったかを述べる。

2. 「デーヴァダーシ」とは

2−1語源
「デーヴァダーシ」は、ヒンドゥー教寺院の巫女のような存在で、寺院で行われる儀式の一環として、主に神話に関する歌や踊りを奉納していた。語源はサンスクリット語で“神“「デーヴァ」と、“仕える者”「ダーシ」で、“神に仕えるもの” *1という意味である。タミル地方では、「ニッティヤ・スマンガリ」(祝福された女性)とも呼ばれた。

2−2神への女児献呈
美しい女児は貴重で吉祥な存在として、寺院に献呈することは慶事とされた。思春期を迎える前までに献呈された女児は神との結婚の儀式を挙げた後、寺院に仕える舞踊家としての修行を重ねた。 人間と結婚することは社会的にタブーであったが、その土地の権力者や階級の高いパトロンがつくことが多々あり、実質的に第二婦人としての地位が与えられた。パトロンがつき、社会的地位向上と経済的な潤いをもたらす彼女達は、女児を献呈した一族にとっては貴重な存在であった。

2−3寺院の踊り子として
夜明け、午後、日没、そして夜と、寺院の儀式では音楽と舞踊が演じられた。寺院に属する芸能団体は、二つのグループがあり、一つは、男性のみのオーケストラである“大楽団”「ペリヤ・メーラム」と、もう一つは、男師匠が率いる女性舞踊家と伴奏家で成る“小楽団”「チンナ・メーラム」で構成され、その小楽団の中の女性舞踊家を「デーヴァダーシ」と呼んだ。「ナットワナー」* 2と呼ばれる男師匠から舞踊の訓練を受け、年頃になると、一人前の女性の舞踊家として、晴れて寺院に仕えるお披露目のデビュー公演が、寺院のダンスホールで催された。チョーラ時代には無数の踊り子が寺院に仕えていたとされ、13世紀の著述家「趙汝适」によると、寺院で踊る三千人もの女性達に関する著述*3がある。

2−4宮廷の高級娼婦として
一方、宮廷で高級娼婦として働く女性たちもいた。彼女たちは高い教養と芸術を身につけ、社会的にも高い位置にあった。サンガム時代後期に書かれたとされる、タミル叙事詩『シラッパディカーラム』*4には「マーダヴィ」と呼ばれる高級娼婦による踊りの詳細な描写があり、その時代の芸能を考察する際に重要な文献とされる。

2−5芸術文化的重要性
「デーヴァダーシ」によって築かれた寺院文化の影響を受け、また宗教的な運動の流れを汲んで育まれたこの芸能文化は、南インド古典舞踊「バラタナーティヤム」の礎となっている。 これより、「デーヴァダーシ」の存在はタミル地方の芸能文化に於いて非常に重要な役割を持っていると言える。

3.歴史的背景

3−1発祥
宮廷で王のために詩吟を弾き語り、舞踊を披露する演者が「デーヴァダーシ」の起源だと考えられる*5。寺院と王権は密接な関係にあり、祝いの儀式に欠かせない芸能が、徐々に発達し、寺院に仕える女性達が増え、その慣習が始まったと考えられる。

3−2王と寺院の繁栄による黄金期
約6世紀頃始まったパッラヴァ王朝から寺院の踊り子に関する記述が見られ、チョーラ王朝期に、「デーヴァダーシ」という言葉が記されている*6。9世紀末には274もの寺院が南インドに存在し、そのうちの190はチョーラ時代に建てられたものである*7ことから、寺院文化の急速な発展に伴い、寺院に属する芸能家も数多く存在したと考えられる。寺院文化最盛期のチョーラ王朝が終わると、ヴィジャヤナガル王国が誕生する。この時代には数々の音楽家が誕生し、今の南インド古典音楽「カルナーティック音楽」の基盤となった。タンジャヴール・マラタ王国では宮廷文化が開花し、テルグ詩人「クシェートランニャ」などによる、王や神に捧げる愛歌が創作されるなど、王の庇護の元で音楽と舞踊共に多くの演目が生まれた。マラタ王国は王の死により廃絶となった。タンジャヴール、クンバコーナム、チダンバラムの寺院には、舞台芸術の教本『ナティヤ・シャーストラ』*8に記された108種の舞踊のポーズが壁面に彫刻されている。

3−3衰退
イギリスの統治下に置かれると、寺院はパトロンを失い、衰退すると共に、芸術家達は行き場を失った。神と結婚した身分での人間との結婚は社会的にタブーとなっており、パトロンを失い生活が困難になった彼女達は、自身で生計を立てる必要があった。踊りを教えて生計を立てるものや、やむを得ず売春をする者が現れた。1947年にはイギリス政府よりマドラス政府を通じて、マドラス・デーヴァダーシ条例*9が発令され、慣習を廃止し、ヒンドゥー教寺院に少女を献呈することを禁止すると同時に、彼女達が結婚出来る権利を与えた。

3−4復興
1927年に旧マドラス(現チェンナイ)にて議会が開催され、「デーヴァダーシ」による舞踊公演が行われたのを皮切りに、徐々に注目され、舞踊の復興に積極的であった「E.クリシュナ・アイヤー」の協力で、舞踊の社会的地位が回復し、広く一般に知られるようになった。1935年にはインド国民会議の25年祝典にて芸術一家の血筋を持つ「バラサラスワティ」による舞踊が披露される。その後、神智学協会にて外国の影響を受けた上層階級出身の「ルクミニ・デーヴィ」により舞踊学校「カラクシェトラ」が創立され、一般家庭の女子が舞踊を学べるようになった。「デーヴァダーシ」によって踊られていた舞踊は「サディール」から現代の舞台芸術「バラタナーティヤム」へと名称が変更され、変革を遂げて行った。

4.日本文化との比較
先に「デーヴァダーシ」は巫女のような存在として述べたが、日本文化と比較する際に挙げられるのが、神道に仕え奉納舞をする巫女である。また、宮廷高級娼婦として比較できるのは、芸術に長けた芸妓或は花魁のような遊女である。下記に共通点と相違点を述べる。

A.巫女としての要素
①神に仕える者である。
②神の妻としての処女性を備えている。
③儀式として敷地内で舞踊を奉納する。
④神聖な存在である。
相違点としては、
①神道の巫女は今でも続く伝統であるのに対し、「デーヴァダーシ」の伝統は廃絶された。
②巫女に於いての舞は務めの一部であるのに対し「デーヴァダーシ」は舞踊が務めの主であった。
③「デーヴァダーシ」にはイタコ的な口寄せをする存在ではない。
以上の点である。

B.芸妓や花魁としての要素
①師弟制度により芸を学ぶ。
②歌と踊りなどの芸能に長け、教養を持つ。
③社会的地位が高い客をもてなす。
④パトロンを持つ。
相違点としては、
①宗教との関わりがない。
②茶屋へ派遣されるのに対し、「デーヴァダーシ」は寺院や宮廷に属していた。
以上の点である。
西洋では娼婦という存在は社会的位置が低いが、巫女や花魁の文化を持つ日本人は「デーヴァダーシ」に対しての理解がしやすいと言える。

5.今後の課題

5−1名声から汚名へ意味合いを変化しながら続く慣習
「デーヴァダーシ」から伝えられた伝統文化はタミル地方で舞台芸術「バラタナーティヤム」へと変革を遂げる一方で、カルナータカ地方では、「デーヴァダーシ」の言葉の定義が“神に仕える者”と言う名声から、“売春婦”という汚名へ変化している。2013年には三万人いるとされる「デーヴァダーシ」たち*10は、下層階級へと変化し、貧困の輪から抜け出せず、次の世代も売春婦としての生き方を強いられている。よって、「デーヴァダーシ」の言葉の使用には非常に慎重にならねばならない。

5−2舞台芸術としての課題
また、舞台芸術としての変革を遂げた「バラタナーティヤム」も、まだまだ課題が多い。舞踊家へのインタビューでは、政府または劇場からの援助は皆無に等しく、一部の有名舞踊家にはスポンサーがつくこともあるようだが、オーケストラと劇場費を賄わなくてはならない舞踊家にとって経済的負担が大きいとのことであった。また、「バラタナーティヤム」の盛んであるチェンナイ市では12月のダンス祭以外の期間では、観客が芸能にお金を払って見るものという感覚がないことも拍車をかけている。舞踊の協会を立ち上げ流派同士が協力して勉強する機会を増やす、或はコンクールを開催するなど、若手の舞踊家が育って行く地盤を築き、質を高めて行くことが必要であろう。

6.終わりに
サンガム時代の南インド諸王朝を中心とするヒンドゥー寺院の繁栄と共に現れ、衰退と共に下降を辿った「デーヴァダーシ」たちは、歴史の荒波に飲まれ、天国と地獄を同時に経験した存在であったと言えよう。しかし、タミルナドゥの寺院文化について語る際には欠かせない存在であり、その歴史の過程で築かれたヒンドゥー教の宗教的、芸術的に担った彼女たちの存在価値は計り知れないものである。現代でも「バラタナーティヤム」で踊られる演目はヒンドゥー教の神話が主で、「デーヴァダーシ」により踊られた演目は受継がれている。 マルガリと呼ばれるタミル太陽暦での吉月には、ダンスフェスティバルと称しての奉納舞が南インド各地の寺院で行われている。長い歴史を持つ舞踊として、後世に渡り更に発展していくことを願ってやまない。

  • 1.南インド・ポンディチェリーの踊り子 Dancing girls of Pondicherry 1836-45. By Heinrich Rudolf Schinz [Public domain], via Wikimedia Commons https://commons.wikimedia.org/wiki/File%3ADancing_girls_of_Pondicherry.jpg 1.南インド・ポンディチェリーの踊り子
    Dancing girls of Pondicherry 1836-45.
    By Heinrich Rudolf Schinz [Public domain], via Wikimedia Commons
    https://commons.wikimedia.org/wiki/File%3ADancing_girls_of_Pondicherry.jpg
  • 2. ハイダラバードの踊り子 Nautch girls, Hyderabad 1860's By Hooper and Western [Public domain], via Wikimedia Commons https://commons.wikimedia.org/wiki/File%3ANautch_girls%2C_Hyderabad%3B_a_photo_by_Hooper_and_Western.jpg 2. ハイダラバードの踊り子
    Nautch girls, Hyderabad 1860's
    By Hooper and Western [Public domain], via Wikimedia Commons
    https://commons.wikimedia.org/wiki/File%3ANautch_girls%2C_Hyderabad%3B_a_photo_by_Hooper_and_Western.jpg
  • 3. チダンバラム寺院の踊り子の彫刻 a close shot of one of the damsels from the wall of damsels with different postures of bharathanatyam, Jun. 2017 By Saranya Chidambaram (Own work) [CC BY-SA 4.0 (http://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0)], via Wikimedia Commons https://commons.wikimedia.org/wiki/File%3AThe_dacing_damsel_at_the_temple.jpg 3. チダンバラム寺院の踊り子の彫刻
    a close shot of one of the damsels from the wall of damsels with different postures of bharathanatyam, Jun. 2017
    By Saranya Chidambaram (Own work) [CC BY-SA 4.0 (http://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0)], via Wikimedia Commons
    https://commons.wikimedia.org/wiki/File%3AThe_dacing_damsel_at_the_temple.jpg
  • 4. 「デーヴァダーシ」の起源とされる「ヴィラリ」の彫刻(マドゥライ・ミナクシ寺院)
    Valayapettai Ta. Krishnan著(2014)『The Great Temple of Madurai Meenakshi』Arulmighu Meenakshi Sunderaswarar Temple出版 P.81(非公開)
  • 5. チョーラ時代に建てられ、今は世界遺産になっている、「ブリハデーシュワラ寺院」 Brihadeeswarar Temple By Sivaraj Mathi (Own work) [CC BY-SA 3.0 (http://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0)], via Wikimedia Commons https://commons.wikimedia.org/wiki/File%3ABrihadeeswarar_Temple_Full_View.jpg 5. チョーラ時代に建てられ、今は世界遺産になっている、「ブリハデーシュワラ寺院」
    Brihadeeswarar Temple
    By Sivaraj Mathi (Own work) [CC BY-SA 3.0 (http://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0)], via Wikimedia Commons
    https://commons.wikimedia.org/wiki/File%3ABrihadeeswarar_Temple_Full_View.jpg
  • 6.「デーヴァダーシ」によりダンスが踊られたとされる「チダンバラム寺院」の1000本柱のホール The photograph ‘The thousand pillar mantapam’ is provided courtesy of the Digital South Asia Library, http://dsal.uchicago.edu. http://dsal.uchicago.edu/images/madrascollege/large.html?id=mc_5_41_001 6.「デーヴァダーシ」によりダンスが踊られたとされる「チダンバラム寺院」の1000本柱のホール
    The photograph ‘The thousand pillar mantapam’ is provided courtesy of the Digital South Asia Library, http://dsal.uchicago.edu.
    http://dsal.uchicago.edu/images/madrascollege/large.html?id=mc_5_41_001
  • 7. 舞台芸術として変革を遂げた南インド古典舞踊「バラタナーティヤム」のダンスドラマ The photograph by courtesy of Kalakshetra foundation http://www.kalakshetra.in/site/wp-content/uploads/2016/01/banner-3a-1366x788.jpg 7. 舞台芸術として変革を遂げた南インド古典舞踊「バラタナーティヤム」のダンスドラマ
    The photograph by courtesy of Kalakshetra foundation
    http://www.kalakshetra.in/site/wp-content/uploads/2016/01/banner-3a-1366x788.jpg

参考文献

*1 神に仕えるもの
「デーヴァダーシー」は英語表記で「Deva Dasi」。英訳では「God’s Slave」だが、本稿に於いては、人としての権利と自由を持たないイメージのある“奴隷”という言葉はそぐわないとし、“神に仕える者”と訳す。

* 2 ナットワナー 
小楽団を率いる男性師匠で舞踊の教師、また振付家であり、舞踊公演の伴奏をする際には小さなシンバルを持ってリズムを演奏する、指揮者のような役割をした。

*3 Sasika C.Kersenboom(2011)『Nityasumangali – Devadasi Tradition in South India』Motilal Banarsidass出版 P.26 L.5

*4 タミル叙事詩『シラッパディカーラム』
Ilango Adigal著『Silappatikaram』 はタミル文学を代表する5大作の一つで、文中にサンガム時代(約300B.C.〜200A.D.)のタミル王朝(チョーラ、パーンディヤ、チェーラ)が描かれている。この著者が書かれたのは二世紀とする説と、天文学的分析から七世紀だとする説がある。参考:彦坂周訳注(2003)『シラッパディハーラム-アンクレット物語』より

*5 宮廷で王のために詩吟を弾き語り、舞踊を披露する演者は「ヴィラリとパティニ」と呼ばれ、「デーヴァダーシ」の起源とされる。
Sasika C.Kersenboom(2011)『Nityasumangali – Devadasi Tradition in South India』Motilal Banarsidass出版 P.16 L.3

*6 Sasika C.Kersenboom(2011)『Nityasumangali – Devadasi Tradition in South India』Motilal Banarsidass出版 P.28 L.10

*7 Lakshmi Vishwanathan著(2008)『Woman of Pride - The Devadasi Heritage』Roli Books 出版 P.87 L.14

*8 舞台芸術の教本『ナティヤ・シャーストラ』
Bharatamuni著『Natya Shastra』はサンスクリット語で書かれたインド古典舞踊のマニュアル的な本で、多くの解説書が出版された。

*9 マドラス・デーヴァダーシ条例https://en.wikipedia.org/wiki/Madras_Devadasis_(Prevention_of_Dedication)_Act 

*10 The Hinduの2013年8月17日の新聞記事(2016年6月2日改訂)より、「Slaves of circumstance」
http://www.thehindu.com/features/magazine/slaves-of-circumstance/article5028924.ece 

参考文献
Lakshmi Vishwanathan著(2008)『Woman of Pride - The Devadasi Heritage』Roli Books 出版 ISBN:978-81-7436-672-6

Sasika C.Kersenboom(2011)『Nityasumangali – Devadasi Tradition in South India』Motilal Banarsidass出版 ISBN:978-81-208-1527-8

彦坂周訳注(2003)『シラッパディハーラム-アンクレット物語』きこ書房 ISBN:4-87771-610-6

Manjula Lusti-Naarasimhan(2002)『Bharatanatyam』The Bookwise出版 ISBN:81-87330-02-3

Valayapettai Ta. Krishnan著(2014)『The Great Temple of Madurai Meenakshi』Arulmighu Meenakshi Sunderaswarar Temple出版 ISBN:978-88-1920700-1-8

田中裕見子(2015)『教本バラタナティヤム』サクセスブック社 ISBN:978-4-903730-11-0

佐野裕(2003)『平成の巫女「まごころ」をつぐ娘たち』株式会社原書房 ISBN:4-562-03719-9