
ポーラ文化研究所の活動と今後の展望について
基本データと歴史的背景
ポーラ文化研究所は、1976年の設立以降、化粧を「人々の営みの中で培われてきた大切な文化」と位置づけ、その学術的探求を目的とした機関である。ポーラ・オルビスホールディングスが運営するこの研究所は、美や化粧に関する歴史的・文化的視点を深め、社会への貢献を目指している。その起源は、ポーラが化粧品メーカーとしての役割を超え、文化的価値の創出を目指したことにある。設立当初より、化粧文化、美意識の調査・研究・保存に注力し、現在では約6,500点に及ぶ資料を保有している。これらの資料には、日本や世界各地の化粧道具や装身具、歴史的文献が含まれ、過去から現代に至るまでの多様な化粧文化を多角的に研究している機関である。
主な活動内容と評価
ポーラ文化研究所の活動は、資料の収集保存、調査研究、公開普及活動の3点を基本としており、研究に軸を置きながらもその活動概要は博物館活動と類似している。それぞれに真摯に向き合いながら50年もの間に積み上げてきた活動の末、今日の豊富な資料数や化粧行動の研究調査、港区青山における化粧ギャラリーの展開に至っている。活動の初期から中期にかけては収集・保存に注力し、後期と言える近年は公開普及活動に力点を置いている。以下、具体的に3点それぞれについて述べた上で評価する。
1. 資料の収集・保存
ポーラ文化研究所の資料収集活動は、日本の伝統的な化粧文化のみならず、世界の希少な資料を所蔵している点が非常にユニークであり、地方博物館など郷土資料を中心とした博物館には成し得ない資料収集を実施している。例えば、「トルクメンの装身具」「コックス・コレクション」など世界的に稀少性の高い資料も所蔵している。また、これらは単なる展示物ではなく、研究の基礎資料としても活用されている。このような資料収集と保存は、国際的な観点を持って美意識や化粧文化の学術的理解を深める上で極めて重要であると言える。
2. 調査研究
調査研究活動では、化粧を社会的・文化的な視点から分析する独自のアプローチが特徴だ。設立当初から長らく化粧文化チーム、社会文化チームの2つの研究チーム体制をとって研究、調査を進めており、化粧にまつわる歴史的資料の収集・研究を行う一方で、現代社会を生きる生活者と化粧の関係性に注視した生活者調査を継続している。1970年代から実施されている定量調査は、時代ごとの美意識や価値観の変遷を明らかにし、研究の基盤を形成している。また、例えば心理学や美学、医療分野の専門家と連携して「化粧文化とは何か」「美の基準はどう変化していくのか」を探究することも試みてきている。この成果は、国内外の学術論文や展示を通じて広く共有されており、文化研究の分野でも評価されている。現在は、化粧文化と社会文化チームが統合されており、双方の観点から普及活動までも見据えた調査活動を進めている。最近の例としては、平成という一つの時代に焦点をあてて時代背景と美意識、化粧トレンドの変遷をわかりやすく提示した『平成美容開花』などがある。※註1
3. 公開普及活動
設立以降、さまざまな展覧会の実施や書籍の発刊を通して普及活動に注力おり、近年、3つの活動の中で特に活性化させているものだ。2024年9月より港区青山のポーラビルに拠点を移してからは、同ビル内に化粧文化ギャラリーを設置し、より一般生活者に近いところで化粧文化の魅力を多角的に伝える場を展開している。活動内容は、ギャラリートーク、ワークショップ、レファレンス、その他イベントと、多岐にわたり、中でも博物館や美術館と違ってユニークなのはレファレンスだ。レファレンスは、来館者が、化粧の「歴史」や「よそおう気持ち」に関する質問や、ポーラ文化研究所の調査レポート内容についての質問、そして、化粧道具などの収蔵品に関する質問に研究員が応える活動である。学生のレポートや卒業論文に関する調査などの相談にも応じている。予約の時間内で豊富な蔵書を閲覧することもできる。
また、ギャラリー内の設営も普及活動を特徴づけている。企画資料と関連書籍をセットで展示するArt&Booksを設置している。Artコーナーでは、所蔵品を活かして企画展示をし、Booksコーナーでは、それに関連する豊富な資料を展開することで来館者に化粧行動から拡張された未知なる領域へ誘う体験を提供している。(写真①ー⑤)例えば、Art(企画展)で古代の化粧や装身具を展示し、人々がよそおう思いと関連した「旅」にフォーカスし、Booksにて旅行用のバッグの資料や、バッグを取り扱うブランドに関する資料を展示するといった具合だ。化粧行動への関心をきっかけに様々なカルチャーに出会える体験は、その拡張性から今後の展開が期待される。
さらに、SNSを活用したデジタル発信によって若い世代にもリーチしている。また、デジタル技術は、ワークショップの中でも取り入られており、Beauty tripという歴史上の化粧をデジタルで体験できるコンテンツなどが準備されている。体験したコンテンツは参加者のSNSにアップすることができるため、より生活者に近いところで美容の文化を発信できるのだ。このようなリアルとデジタルを融合させた現代的な普及手段を交えた普及活動は、今後さらに評価を獲得していくだろう。
国内外の類似事例との比較
国内には化粧文化に関わる主な研究機関は少なく、伊勢半本店が運営する紅ミュージアムと2026年にリニューアルされる資生堂のShiseido Beauty Parkのわずか2機関だ。どちらも素晴らしい資料を保存しており、企業活動の情報をベースとした活動を展開している。一方で純粋に化粧文化に焦点を当てた機関という点では、ポーラ文化研究所は唯一無二の機関と言える。また、世界規模で見ても同等の研究、資料収集をしている機関は希少である。アメリカのMAKEUP MUSEUM(設立2020年)、韓国のコリアナ化粧博物館(設立2001年〜)、また香りの文化に特化したフランスのオスモテーク(設立1990年)など数が限られている。活動の歴史という点ではポーラ文化研究所は、世界で最も歴史のある機関だが、規模の点ではMAKEUP MUSEUMが世界最大規模の所蔵数とアメリカに限らず世界規模での文化研究に取り組むなど、他を圧倒するネットワークを広げている。MAKEUP MUSEUMの活動は、ポーラ文化研究所にとって、規模の拡大や文化全般、デザイン、異なる学問分野とのネットワーキングの参考になるだろう。一方で社会調査データの継続的な蓄積や統計分析の公開を継続しているのは、ポーラ文化研究所の独自価値とも言えるため、今後も継続すれば、活動の希少性がさらに高まっていくことだろう。
今後の展望
ポーラ文化研究所は、化粧文化ギャラリーを発信拠点とした化粧文化の多彩な世界と出会い、感受性が広がる場の提供を軸に今後の活動の発展を目指している。その上で、ますます人に寄り添った研究機関を目指すため、研究員自身の美意識の発掘(チャーミングさ)や文化の魅力を引き出すプレゼンテーション力の強化を課題設定して取り組んでいる。具体的には、美意識やおもてなしの心を育てることを目的としたスキルアップ研修を年間10回以上開催しているなどだ。こうした研鑽の中で、新たに「化粧」「よそおい」に対する深い洞察が生まれ、新しい研究知見や展示企画の展開にも寄与するチャーミングな研究者が育ち、化粧文化や美の世界そのものの拡張を目指しているのである。化粧文化に関心のある来館者、生活者の感受性を刺激し、そこからさらにさまざまな文化へのアクセスを生み出す拠点となっていくことが期待される。
まとめ
ポーラ文化研究所は、美と文化を融合させたユニークな研究機関として、日本および世界の化粧文化の理解と発展に重要な役割を果たしている。その活動は、企業グループのブランド価値を高めるだけでなく、社会全体における美の可能性を追求するものである。他の類似機関と比較しても、資料の質や研究の独自性が際立っており、今後もその意義を深めていくことが期待される。
参考文献
註1)ポーラ文化研究所公式HP 「平成の化粧・美容を総括した書籍『平成美容開花』が10月20日(火)発売決定! 30年分の化粧・美容トレンドと美意識がわかる一冊です!」、
https://www.cosmetic-culture.po-holdings.co.jp/focus/information/200904_focus6.html、2026.1.7最終閲覧
参考文献
①ポーラ文化研究所公式HP、 https://www.cosmetic-culture.po-holdings.co.jp 、2026.1.29最終閲覧
②ポーラオルビスホールディングス NEWS RELEASE 「ポーラ文化研究所、東京大学社会科学研究所より表彰 学術研究のための調査データ寄託で貢献」、https://www.cosmetic-culture.po-holdings.co.jp/newsrelease/pdf/20210217.pdf、2025.7.10最終閲覧
③ポーラ50年史編纂委員会編『永遠の愛を求めて POLA物語』、1980年、ダイヤモンド社
④ポーラオルビスホールディングスHP 統合レポート、https://ir.po-holdings.co.jp/ja/Library/AnnualReport.html、2026.1.30 最終閲覧
⑤タイムアウト東京「メイクや装いの文化と歴史を読み解く「化粧文化ギャラリー」が青山にオープン」、https://www.timeout.jp/tokyo/ja/news/pola-cosmetic-culture-gallery-070424、2026.1.29最終閲覧



