石炭産業を起点とした直方市鉄工業界の発展

吉田 悦子

1.はじめに
日本の鉄工業における文化的資産として「官営八幡製鉄所」(福岡県北九州市)が、平成27年(2015年)世界遺産「明治日本の産業革命遺産」として登録された。
その八幡製鉄所に石炭を供給していたのが国内最大規模を誇った筑豊炭田[註1](資料1)であり、日本の近代化を推し進める原動力となったのである。
筑豊炭田の一角にある直方市(のおがたし)は、炭鉱での工作機械や機械部品の製造などをきっかけに、鉄工業が基幹産業として発展していった。
石炭産業と共に発展してきた直方の鉄工業は、戦後のエネルギー革命に伴う炭鉱閉山という危機的状況下で、この難局を乗り切る中軸としての存在が「直方鉄工協同組合」であった。
本稿では、「直方鉄工協同組合」と共に技術革新を続けてきた直方市の地場産業である鉄工業を、「日本のものづくり」の文化資産評価対象として考察する。

2.基本データと歴史的背景
2-1.基本データ
2-1-①直方市
・人口 54,203人(令和7年11月現在)
・面積 61.76㎢
・歴史 遠賀川(おんががわ)の中流域にあり、稲作文化と共に交通の要衝として発展する。江戸時代は福岡藩(黒田家)の支藩直方藩の城下町であり、長崎街道の要所であった。明治時代に入り、筑豊炭田で採掘された石炭の集積地として遠賀川を利用した水運に始まり、鉄道輸送の基地となるなど管理機能を持つ拠点都市へと変化を遂げた。特に工業の歴史は古く、明治半ばには鉄工所が出現した。

2-1-②「直方鉄工協同組合」(資料2)(写真1)
・所在地 福岡県直方市大字植木849番地1(直鞍産業振興センター ADOX福岡別館内)
・設立 明治33年(1900年)、現在の組合の前身である「直方鉄工同業組合」が誕生する。
・組合加入数 73社
・直方鉄工界の4大業種  鍛造・製缶・鋳造・機械仕上

2-2. 歴史的背景
明治時代後期から昭和初期にかけて、筑豊には数多くの炭鉱が存在した。炭鉱で使用される機械や設備の需要を背景として、直方の鉄工業も急速に発展したのである。
しかしながら、個々の事業者では技術の向上や市場の拡大には限界があり、地域の鉄工業者たちは協力して取り組むべく、組織化や団結の必要性に迫られていた。
そして、直方鉄工協同組合(昭和28年4月発足)の前身である「直方鉄工同業組合」が、明治33年(1900年)に発足したのである。

3. 評価すべき点
3-1.石炭からの脱却
エネルギー革命が直撃する直前の直方鉄工業界は、八幡製鉄所関連の設備投資の恩恵を受けていたが、その後の北九州の不景気が影響を及ぼし、新たな市場開拓や技術革新を迫られた。
昭和38年頃には溶接技術を強化した企業は造船関連企業へ進出する。鍛造業はブリヂストン、現在のJR、造船業に進出する。鋳物業界はポンプ、コンベアー、印刷機械、粉砕機械、特殊エレベーターに販路を拡大した。直方の鉄工業は炭鉱で培った技術を他分野で発揮したのである。

3-2.企業誘致を契機とした直方鉄工業界の改善
国・直方市・直方鉄工協同組合(以下通称、直方鉄工組合)は昭和40年代に産炭地振興策の一環として、市内に6ケ所の工業団地(資料3・4)を誘致した。昭和53年の時点で22社の県内企業や関西以東の企業が進出したが、企業の目的は「量産に伴う工場拡張」「安価な土地の確保」「労働力の確保」であり、直方市内の「加工技術能力」に期待は無く、近隣の市が受注していたのである[註2]。
直方鉄工組合は改善策として、「情報収集」「技術の客観的評価」「組合間の協力意識」「QC、VE、IE[註3]などの管理技術の導入」を提言した。

3-3. 若手経営者による技術革新
組合員の市場開拓や技術革新を迫られた直方鉄工組合は、これに対応するための意見交換の場として、昭和39年(1964年)9月、直方鉄工組合の若手組織「直方鉄工青年会」(以下、鉄工青年会)(資料5)を発足する。次世代を担う20歳から45歳までの若手経営者や管理者たちは、「ものづくり」はいわば直方の原点と捉え、いろいろな角度から議論し経営の近代化や技術革新に取り組んできたのである。

3-4.自動車産業・IC・半導体産業への挑戦
昭和50年(1976年)、北九州市に隣接する京都郡苅田町に「日産自動車九州㈱」、平成4年(1992年)、直方市に隣接する宮田町(現在の宮若市)に「トヨタ自動車九州㈱」が操業する。それに伴って、技術や経営面で研鑽を積んできた鉄工青年会の二代目三代目経営者が、従来の部品加工から自動車産業・IC・半導体産業へ挑戦したのであった。

4. 特筆
4-1.他の事例との比較
直方市同様に炭鉱とともに鉄工業の栄えた飯塚市を事例に取り上げて比較する(資料6)。飯塚市は、福岡県の中部に位置する市であり、筑豊三都[註4]の一つに数える。
飯塚市はかつて大量の石炭が採掘された筑豊炭田の中心地であり、炭鉱を中心に鉄工業が栄えた町であった。閉山後炭鉱労働者の流出によって急激な過疎化が進み、その対策として炭鉱跡地を利用した大学誘致(資料7)を実現したのである。
鉄工業が基幹産業であった飯塚市は、大学の知的資産を核とした産学官の連携による研究開発や企業誘致を通じて、新たな産業の創出の道を選んだ。
一方、炭鉱を持たず問屋的立場であった直方市は、閉山の大きな影響も無く鉄工の町として発展を続けている。そのうえ、炭鉱時代筑豊三都それぞれに存在していた鉄工組合[註5]で現在唯一存続しているのが、直方鉄工組合である。直方の鉄工業は鉄工組合の存在を強みに、多様な専門分野の企業が集まり協力し合い、金属製品から精密機械、自動車部品まで幅広い製品を生み出す「ものづくり」の技術力を備えている。
飯塚市は情報産業都市への転換を図ったが、直方市は炭鉱で培った技術を継承しながら、多品種生産型の産業として地域経済に確固たる地位を築いたのである。

4-2. 特筆すべき点
直方の鉄工業の特筆すべき点は、鉄工青年会の存在だと考える。平成12年(2000年)直方鉄工組合100周年記念として、「自ビール」造りと鈴鹿での手づくりソーラーカー耐久レースに挑戦した。このような鉄工青年会の「ものづくり」に向けた柔軟な思考力と行動力が、直方の自動車産業・IC・半導体産業の発展に貢献していると言っても過言ではない。
令和7年(2025年)鉄工青年会は創立60周年を迎え、鉄工青年会を卒業した歴代の会員が直方鉄工組合の組織の中心となり組合員を支え続けている。

5. 今後の展望
直方市の鉄工業は、少子高齢化により、事業や技術を継承すべき人材の確保が大きな課題となっている。鉄工所の多くは、外国人労働者によって若年世代の労働力を補っているのが現状(資料8)である。技能実習生が帰国し数年後に入国し鉄工所勤務を続けている事例もあるが、地域の学校や職業訓練校との連携の強化や「直鞍次世代産業研究会」(写真1)[註6]のセミナーによって、鉄工業へ興味を持つ若者を育成することが重要である。
また、鉄工青年会も会員の減少という課題を建築業・運送業などの異業種を会員に迎えることで解消しようとしている。異業種との交流は多様な視点や発想をもたらし、新たな「ものづくり」の推進力となり、経営力の向上にも繋がるのではないだろうか。
直方市は、地域経済の活性化には基幹産業である鉄工業界の振興が必須と捉え、経営や技術の高度化を支援する「直鞍産業振興センターADOX福岡(以下ADOX)」(写真1)[註7]を平成14年(2002年)に設置している。新たな支援策として、ADOXの傍にある約22haの土地に福岡県・直方市・鞍手町と共同で、デジタル社会を見据えた産業や研究機関の誘致を目的とした工業団地[註8]を造成中である(写真1)。

6. まとめ
吉田氏は「令和7年創立125周年を迎えた直方鉄工組合は、産業革命を支え鉄工技術の発展に貢献した。自動車産業のみならず、医療機器・手術用補助治具や光ファイバー製造などマイクロメートルレベルの技術が取得できるまでになっている」[註9](資料9)と述べている。
自動車・航空機・医療機器・家電製品など、世の中の全ての部品が工作機械から生まれている。そのため工作機械は「機械を作る機械」=マザーマシン(母なる機械)(写真2.3)といわれている。マザーマシンを操り、技術を磨き続けてきた直方の鉄工業を「日本のものづくり」を支える文化資産として大いに評価し、直方鉄工組合のさらなる挑戦が地域及び日本の経済発展につながることを期待する。

  • 81191_31781042_1_1_資料1・2_page-0001 (資料1)筑豊地方(筑豊百景プロジェクトより転載)・筑豊炭田(直方市石炭記念館新館展示室より提供)(資料2)直方鉄工協同組合組織図(HPより転載)  (2025.11.8筆者作成)
  • 81191_011_31781042_1_2_資料3・4_page-0001 資料3)直方市の地形・交通網・工業団地の状況(直方市公式HP第2次直方市産業振興ビジョンアクションプランより転載)
    (資料4)直方市内工業団地造成状況(昭和53年3月現在)(直方鉄工協同組合HPより転載)
    (2025.11.8筆者作成)
  • 81191_011_31781042_1_3_資料5・6・7_page-0001 資料5)直方鉄工青年会組織図(直方鉄工青年会HPより転載)
    (資料6)直方市と飯塚市の比較(直方市公式HP 第2次直方市産業振興ビジョン・アクションプランより抜粋及び転載)
    (資料7)飯塚市の大学・研究施設の位置図(飯塚市公式HP 第2期飯塚市産業振興ビジョンより転載)
    (2025.11.8 筆者作成)
  • 81191_011_31781042_1_4_資料8_page-0001 (資料8)・直方市在住の外国人の状況(福岡県「企業を連携とした日本語教育の体制整備の展開」より転載)  (2026.1.8 筆者作成)
    ・直方市の鉄工所に勤務するベトナム出身の永住者 タイン氏(2025.12.29筆者撮影)[撮影及び掲載許可あり]
  • 81191_011_31781042_1_5_資料9_page-0001 (資料9)直方鉄工協同組合第25代理事長(前理事長)吉田祐司氏への対面取材の詳細
    (2026.1.8 筆者作成)
  • 81191_011_31781042_1_6_卒業研究 写真1_page-0001 (写真1)・直方鉄工協同組合外観(ADOX別館)、直方鉄工協同組合事務所内、ADOX別館機関一覧、直鞍次世代産業研究会案内、ADOX福岡外観、工業団地造成地(2025.12.30 筆者撮影)
  • 81191_011_31781042_1_7_マザーマシン1_page-0001 (写真2)「マザーマシン」1とマザーマシンで製造した「レーザーマーク」
    直方鉄工協同組合第25代吉田理事長より撮影許可(2025.12.30 筆者撮影)
  • 81191_011_31781042_1_8_マザーマシン2_page-0001 (写真3)「マザーマシン」2
    直方鉄工協同組合第25代吉田理事長より撮影許可(2025.12.30 筆者撮影)

参考文献

<註>
[註1] 筑豊炭田は、福岡県の北九州市、中間市、直方市、飯塚市(いいづかし)、田川市、山田市と遠賀郡、鞍手郡、嘉穂郡(現在の嘉麻市)および田川郡の6市4郡にまたがる日本でも主要な石炭の産地。
公益財団法人直方文化青少年協会HP
https://yumenity.com/pages/77/
[註2] 直方鉄工協同組合編、『直方鉄工協同組合100周年記念誌 EXCEED 世紀を結ぶ』、直方鉄工協同組合、2000年
誘致企業と直方鉄工業の関係について『昭和55年度直方鉄工業産地診断報告書』(福岡県中小企業総合指導所)の資料とした表記を参考。P.48
[註3] QC(品質管理) VE (価値工学) IE(生産技術)
[註4]  筑豊炭田によって栄えていた飯塚市・直方市・田川市の3都市を筑豊三都と呼ぶ。
[註5] 直方鉄工協同組合の80年史に掲載の昭和40年末の国への助成策の陳情書に、「直方鉄工協同組合」「田川鉄工協同組合」「飯塚鉄工組合」の連名の記載があることから、当時の鉄工組合の存在を確認する。現在の鉄工組合の存在を調査するも、「直方鉄工協同組合」以外の鉄工組合が存在するという資料の該当なし。
[註6] 「直鞍次世代産業研究会」 https://adox.jp/business/fiw
[註7] 直鞍産業振興センターADOX福岡 https://adox-fukuoka.jp/about/
[註8] 直方市HP https://www.city.nogata.fukuoka.jp/sangyo/_1229/_14878.html
   鞍手町My Town Topics 
   https://www.town.kurate.lg.jp/syoukai/kouhou/documents/r0403_p07.pdf
[註9] 2025年12月30日、直方鉄工協同組合にて、第25代吉田祐司理事長へ対面インタビュー(詳細は資料9へ)
<参考文献>
中沢孝夫著、『技術立国日本の中小企業』、角川学芸出版、2006年
中岡哲郎著、『日本近代技術の形成 <伝統>と<近代>のダイナミクス』、朝日新聞社、2006年
金子毅著、『八幡製鉄所・職工たちの社会史』、㈱草風館、2003年
直方鉄工80年史編集委員会編、『直方鉄工界の歩み ―直方鉄工協同組合80年史-』、直方鉄工協同組合、1981年
直方鉄工協同組合編、『直方鉄工協同組合100周年記念誌 EXCEED 世紀を結ぶ』、直方鉄工協同組合、2000年
60周年実行委員会編、『直方鉄工青年会 創立60周年記念誌』、直方鉄工青年会、2025年

直方鉄工協同組合
https://www.nogata-iwca.or.jp/index.html
(2026.1.8最終閲覧)

明治日本の産業革命遺産
https://mir-museum.fukuoka.jp/pamphlets/downloads/536ee1b6-7ca9-4f4a-94cd-98fd0759a978/JP
(2025.10.30最終閲覧)

九州大学学術情報リポジトリ  三輪 宗弘 九州共立大学経済学部『直方鉄工業の変遷 : 石炭依存から脱石炭への過程』
https://catalog.lib.kyushu-u.ac.jp/opac_download_md/3245/nogata.pdf
(2025.10.30最終閲覧)

直方鉄工青年会
https://www.tetsuman.com/
(2026.1.8最終閲覧)

一般財団法人 直鞍情報・産業振興協会
https://adox.jp/
(2026.1.8最終閲覧)

直鞍産業振興センター ADOX福岡
https://adox-fukuoka.jp/
(2026.1.8最終閲覧)

日本工業大学 工業技術博物館 「工作機械とは」
https://museum.nit.ac.jp/exhibits/tools/whats/category02/
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飯塚市第二期産業振興ビジョン
https://warp.ndl.go.jp/web/20240605214008/www.city.iizuka.lg.jp/sangakurenke/vision/documents/sangyou_sinkou_vision2-1.pdf
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福岡県内半導体関連企業マップ
https://www.robot-system.jp/wp-content/themes/robot/document/semiconductorrelatedcompanymap2022.pdf
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第2次直方市産業振興ビジョン・アクションプラン
https://www.city.nogata.fukuoka.jp/library/kogyo/R4_sangyoplan/2-nogata-sangyovision-actionplan-gaiyo2.pdf
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飯塚市の現況と課題
https://www.city.iizuka.lg.jp/toshikeshido/machi/toshi/kekaku/documents/to-1.pdf
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直方市技能実習生等外国人支援協議会
https://www.city.nogata.fukuoka.jp/sangyo/_1229/_14857.html
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外国人従業員を雇用する市内事業者の後方支援
https://www.bunka.go.jp/seisaku/kokugo_nihongo/kyoiku/todofuken_kenshu/r4_annai/pdf/93812501_08.pdf
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トヨタ自動車九州株式会社
https://www.toyota-kyushu.com/company/factory_overview.html
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日産自動車九州株式会社
https://www.nissankyushu.co.jp/
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日本製鉄株式会社
https://www.nipponsteel.com/company/history/
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ローム株式会社
「半導体の仕組み: 半導体の定義や性質から詳しく解説」
https://techweb.rohm.co.jp/trend/glossary/18926/
(2026.1.8最終閲覧)

東京科学大学 「未来を切り拓く、鉄の可能性」
https://admissions.titech.ac.jp/public-relations/society/make/make6
(2026.1.8最終閲覧)

飯塚市-飯塚市デジタルミュージアム:「炭都の記憶」データベース 3.炭鉱閉山、そして旧産炭地振興へ
https://adeac.jp/iizuka-city/texthtml/d400010/mp000020-400010/ht000000
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日本商工会議所 まちの解体新書ものづくりの伝統と歴史が息づくまち 直方市
https://ab.jcci.or.jp/article/30106/
(2026.1.8最終閲覧)

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