「下町」を軸とした「ほどほど」のまちづくり ― 神戸市 新長田地区

花田 克己

新長田に住んで6年になるが何とも言えない下町的なくらしやすさ:人と人の距離の近さを感じている。特別なことではない、日々の挨拶プラスαであり、道で困っている人がいれば自然と助けが集まってくるというようなことだ。さらに、地元民で閉鎖的にならず外から来た人も受け入れるゆるさがある。これらの特質の背景にはまちの歴史に加えて「下町」を軸とした住民主体のまちづくり活動がある。コミュニティ文化継承の成功例として報告する。
まず基本データと歴史的背景を示す。新長田は、神戸市長田区の主要部で、図1のオレンジ枠内あたりを指すことが多い。神戸中心部(三宮)まで電車で10分である。住宅、商業、軽工業が混在しており、区の人口の1割を韓国人・ベトナム人を中心とする外国人が占めていることも特徴だ。「関西の下町」と検索すれば上位に出てくるが「るるぶ神戸’26」に出るほどのシティプロモーションはされていない。
下町形成のきっかけは1900年頃の工業化で、神戸市西部に鐘紡やダンロップなどの大工場が建設されて労働者が流入し、新長田には周辺産業として職住近接の小規模事業(特にゴム関連)が発生した。こうして下町が形成され人と人の距離が近いコミュニティが生まれた。(1)空襲による直接被害が比較的少なかった新長田では、戦後間もなくゴム靴から進化したケミカルシューズ産業が急成長して国内生産の大半を占めるまでになった。(2)在日朝鮮人がこの産業の中心にいたことは文化形成上大きな意味を持つ。それまで下層労働者として周辺化されていた人々の多くが産業の成長とともに地域の一員として確かな生活基盤を獲得したのだ。1980年代にはベトナム戦争難民がケミカルシューズ産業に引き寄せられて流入し住民のさらなる多様化が進んだ。(3)その後、安価な海外製品との競合により生産量が半減し高付加価値品特化のための構造変化にもがいていた1995年、兵庫県南部地震が起きた。木造密集地が多かった新長田の被害は甚大で全域で家屋が倒壊し、大正筋商店街など駅南部は広範囲の火災に見舞われた。(図2)復興は大きな痛みを伴ったが、これが真の多文化共生への原点であったとも言われている:震災で多くが住居を失い外国人との共助が可視化されたことにより共生が飛躍的に前進したのである。(4)いま何となく感じる「オープンな下町」という暮らしやすさの背景には数々の歴史の積み重ねがあるのだ。
現在の新長田は、工業の衰退と震災後の再開発によってジェントリフィケーションが進み、駅近くのマンションに代表される住宅街の色合いが濃く「下町らしさ」が残る必然性はない。(図3)この傾向は今も進行している:駅付近の再開発エリアでは人口が増加している一方で周辺の下町色の濃いエリアでは減り続けている。(図4)それでも下町らしさが残っているのは、住民主体で行政が下支えする重層的なまちづくり活動の成果である。主な活動を三種類に分けて説明する:一つ目は、「新長田は下町」という雰囲気づくり。二つ目は、人の交わりが生まれる場づくり。三つ目は、まちを活性化する人づくりである。雰囲気づくりの核は、市が2020年に立ち上げたWebプロモーションサイト「シタマチコウベ」である。飲食店、銭湯、イベントなどの当事者インタビューを中心に生きた下町の魅力を発信している。継続的な発信により情報のハブとして機能しており、ここを見るだけで下町の今を知ることができる。(5)このような雰囲気づくりは住民の行動に影響するだけでなく、転入者にも影響を与えていると思われる:住宅情報サイトを見れば「下町」がキーワードとして目立つ新長田にはそれを好む人(少なくとも受け入れる人)が入ってくる。また、シタマチコウベは商店の紹介を通して交流の場づくりにも貢献している。飲食店や銭湯の宣伝効果はもちろん紹介された店主たちのモチベーション向上の効果もある。(実際、うれしそうに記事について教えてくれる店主も多い。)最近では、駅構内のポスターと連携した飲食店のプロモーションなども行われている。(図5)なお、新長田の昔ながらの飲食店は店主と客や客同士の距離が近く大切な交流の場となっていることを補足しておく。
交流の場づくりに関しては、お祭りなどのイベントが頻繁に行われていることも見逃せない。震災復興モニュメントとして建設された高さ18 mの鉄人28号像がある「鉄人広場」を中心に、毎週のように誰もが楽しめるイベントが開催されている。(6)子供から高齢者まで入り混じって楽しんでいる光景はまさに下町である。2015年に始まった「下町芸術祭」も貴重な交流の場である。地元在住のアーティストを中心に、区内に点在する小規模スペースで作品展示とパフォーマンスが行われる。無料のものも多く、住民が気軽に下町色あふれるアートを楽しむことができる。(7)なお、芸術祭を始め多くのイベントは区の助成が支えている。また、在住外国人サポートの拠点、神戸国際コミュニティセンターが新長田に設置されているため外国人との交流の場が存在することも開かれた文化の継続に一役買っている。
人づくりの例として2022年に始まった「ナガタお好み焼きセッション」をあげる。(「お好み焼き」は「ごちゃまぜ」のアナロジーで食のイベントではない。)区主催で、何かやりたい人・始めたばかりの人の活動を活性化するためのイベントである。地域活動で成功している人と「これから」の人が交流することで経験知が共有され人のつながりが生まれている。(8)区は起業をサポートするため「シタマチスタートアップ」を通して空き家や地元関連企業とのマッチングサービスも提供しており、ものづくりや飲食を中心に実績をあげている。(9)このように新長田では行政がまちづくりを継続的・重層的に下支えしている。2019-23年に区長を務めた増田匡が「長田はこのままで十分魅力的。でも下町の良さはもろく、努力をしないと消えてしまう。」というメッセージを度々残している(10)(11)ことからも行政の高い意識がうかがえる。
比較例として東京墨田区・向島地区を上げる。職住近接の小規模工業により形成された下町が、グローバル化による産業衰退によって住宅地化が進んだ今でも下町の良さをとどめているという全体像は新長田と類似している。しかし、金によれば近年の向島のまちづくりは「保全」と「開発」のパラドックス、たとえばものづくりの町で有り続けるためには産業流入による変化を受け入れなければならないという状況、を乗り越えるための試行錯誤の連続であった。また、この試行錯誤の中で地域の在り方を再定義し続けることが流動的な現代社会におけるまちづくりの一つの形であるとも言っている。(12)これは新長田では見られないまちづくりの特質だ。この違いの一因は周辺環境:都市圧力の違いにあると考える。向島は変化し続ける首都東京の一角でありしかも2012年に東京スカイツリーという巨大商業施設ができたことで大きな環境変化の波に巻き込まれることになった。一方、新長田の周辺環境は近年比較的安定しており自身のペースでのまちづくりが可能であった。
このように新長田では「ほどほど」の、すなわち住民の身の丈にあった、まちづくり活動によって「オープンな下町」の継承に成功している。これは多くの中規模都市で参考になるケースであると考える。今回は、重層的な活動の全体像に着目したが個々の側面を掘り下げてみることも有用であろう。なお、新長田の将来を考えると震災を一因とする負の復興事業遺産を背負っている点が懸念される。市は問題の存在を認めてはいるものの、対策の方向性すら定まっていない。一方、市民団体の報告書は「惨事便乗型都市計画事業の最悪例」と辛らつであり、このままでは再開発商店街のゴーストタウン化が進むと警鐘を鳴らしている。(13)実際に大正筋など立派な商店街の2階を訪れてみれば問題の存在は明らかである。対処の仕方によっては、穏やかで継続的なまちづくりは許されず、向島のように大きなチャレンジに対峙することになる。例えば、建設当初から常に空き家が目立ち高い管理費が商店主を苦しめている再開発商店街のビジネスを建物の規模に見合ったものにするためには、恐らく外部のリソースに大きく頼ることになり、新長田の良さを守るために新長田とは違うものを受け入れるというようなパラドックスに向き合うことになるだろう。

  • 670871_1 図1 新長田地区鳥瞰図 (著者作成)
  • 670871_2 図2 震災直後の大正筋商店街 (写真提供:神戸市)
  • 670871_3 図3 新長田中心部遠景 (著者撮影 2026年7月18日)
  • 670871_4 図4 新長田主要部人口推移 2012-2016 (神戸市オープンデータを元に著者作成)
  • 670871_5 図5 新長田駅 シタマチコウベ・コラボ企画「はらぺこ地下道」 (著者撮影 2026年7月5日)

参考文献

註1 和田幹司著、『グレーター真野のちから -東尻池周辺の近代産業史-』、友月書房、2011年、p45-50

註2 高龍弘著、『ケミカルシューズ産業の歴史』、2015年、兵庫韓商、p4-5

註3 金宣吉著、「国際化と都市政策が生みだした神戸市長田区への外国人集積:グローバリゼーションが引き起こすマイノリティの周辺化」、海港都市研究、2014, p33-35

註4 桑山 敬己著, 「現代日本都市の多文化共生に関する若干の考察」, 日本文化人類学会研究大会発表要旨集, 2023 巻, p. B19-

註5 「シタマチコウベ 神戸の新しい魅力に出会うウェブマガジン」https://shitamachikobe.jp/ (2026年7月21日閲覧)

註6 「新長田まちづくり株式会社 Webサイト内 地域情報」https://www.shinnagata-stm.com/event_info/ (2026年7月21日閲覧)

註7 「下町芸術祭2025」https://shitamachi-artfes.com/ (2026年7月21日閲覧)

註8 「神戸市Webサイト ナガタお好み焼きセッション」https://www.city.kobe.lg.jp/h53961/kuyakusho/nagataku/machizukuri/matidukuri/shitamachi.html (2026年7月21日閲覧)

註9「新長田下町スタートアップ」https://www.city.kobe.lg.jp/a13150/20230608_kigyoukaboshu.html (2026年7月21日閲覧)

註10「神戸市長田区公式note」https://note.com/kobe_nagata_ward/n/na2d83c01a3a2?magazine_key=mb92f7873b082 (2026年7月21日閲覧)

註11 「元区長が語る!神戸市長田区、多文化共生への軌跡」https://stand.fm/episodes/64be840cf68eeecc35cb118e (2026年7月21日閲覧)

註12 金善美著、『隅田川・向島のエスノグラフィー : 「下町らしさ」のパラドックスを生きる』、晃洋書房, 2018年、p198-200

註13 兵庫県震災復興研究センター他、『負の遺産を持続可能な資産へ 新長田南地区再生の提案』、クリエイツかもがわ、2022年、p24

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