
日本唯一のユニバーサルシアター「シネマ・チュプキ・タバタ」 ~万人にひらかれたサードプレイスとしての映画館の在り方~
はじめに
2025年11月に、東京でデフリンピック(1)が開催されていた。デフリンピックに関心を持ち、ろう者における社会との関わり方の歴史について調べていくうちに、ろう者も盲者も車椅子でも皆共に入館できる、日本初のユニバーサルシアターが我が街に存在していることを知った。
“どんな人も映画を一緒にお楽しみいただけます。”と、入口の黒板には書かれている[写真①]。本当にそんなことが可能なのだろうか。本稿では東京都北区田端にあるミニシアター(2)、「シネマ・チュプキ・タバタ」について取り上げ、他のシアターとのハード面の違いを調べると共に、様々なコミュニティとなり得る映画館の在り方を考察していく。
1.基本的データと歴史的背景
1-1.アクセス・劇場設備
「シネマ・チュプキ・タバタ」(以下、チュプキ)は、JR山手線・京浜東北線の田端駅北口から徒歩5分、駅下仲通り商店街のなかにある。昭和の雰囲気が残るのどかな街並みの、両隣を大型スーパーとハンバーガー屋に挟まれ、向かい側にはお茶屋といった立地のビル1階にある、座席20席の小さなシアターである。[写真②]
スクリーンサイズは120インチ(16:9) ホワイトスクリーン(3)、映写設備はNEC NC1000C(4) デジタル上映、そして音響設備はドルビーアトモス/DTS:X(5)に対応する11.1チャンネルスピーカー(6)を搭載しており、劇場の前面、側面、後面、天井から、360度音に包み込まれる最高の音響を実現している。また、全ての客席が有線で繋がれ、座席の肘掛けに付いたイヤホンジャックから音声ガイドが流れる仕様となっている。[写真③]
1-2.チュプキができるまで
チュプキの代表、平塚千穂子(7)氏は、「目の見えない人にも映画を伝えたい!」と、2001年4月にバリアフリー映画鑑賞推進団体City Lights (8)を立ち上げた。音声ガイド作りの研究会からスタートしたが、夢はいつでも音声ガイド付きで映画を楽しむことができる、自前の映画館を創ることであった(9)。
映画館の設立には1500万円を超える資金が必要であったが、SNSやクラウドファンディング(10)を通じて募金を呼びかけ支援を得て、2016年9月に開館した。
2.積極的に評価している点
2-1.全ての上映作品に音声ガイドと字幕
通常の大手シネコン(11)では、UDCast(12)やHELLO! MOVIE(13)方式を採用しており、アプリをダウンロードすることにより、上映初日から音声ガイド付き映画が鑑賞できる。同様に日本語字幕についても、字幕表示用の専用メガネ機器を用いれば可能となる。また、日本語字幕付き上映もあるが、一部の劇場にて、東京ですら1日1上映2日間のみ、しかも公開初日からかなり遅れた頃に実施されることが大概である。
しかし、チュプキでは、全ての上映に際して音声ガイド付き、日本語字幕付きである。大規模配給作品に関してはUDCastや HELLO! MOVIEに対応した音声と字幕であるが、音声ガイドがない作品に関しては当館で制作している。
2-2.障害者割引がない
チュプキはどんな人も一緒に楽しめるシアターであり、障害は社会や環境にあるという考え方に基づいて創られた。障害の有無を対象としたチケット代割引を設定しないかわりに、二つの制度を設けている。ひとつは障害者に同行する介護者の鑑賞料を無料とするヘルパーパス制度、もうひとつは障害が理由で経済的困難がある方に対するプアエイド割引である(14)。
社会的・環境的な障害者は存在しない空間であるからこそ、誰もが平等に純粋に映画を楽しむことができるのだ。
3.他の事例と比較して特筆される点
3-1.海外と日本のバリアフリー上映率
アメリカでは1990年にADA法(15)が制定されたことにより、早々に副音声システムを搭載した劇場が登場し、超大作が公開初日からバリアフリー上映される環境であった。
対して日本は2000年当時でも、障害者が公開と同時に大作を観ることができる機会は全くなかった。平塚氏が映画館をつくろうと具体的に動き始めた頃(16)の日本における音声ガイド対応スクリーンと字幕対応スクリーンの存在はゼロである(17)。[写真④]
それだけに、海外に比べ遅れているユニバーサルシアターを目指したチュプキの立ち上げは、日本において実に先駆けた試みであったのだ。
3-2.他のミニシアターの現状
2025年12月に、K2シモキタエキマエシネマ(18)で、チュプキとコラボレーションしたFUNclusion映画祭(19)が開催されていた。
K2シモキタエキマエシネマはスクリーンが1つで座席数は71席、車いす席は後方2か所に固定されている。チュプキが初制作したドキュメンタリー映画『こころの通訳者たち』(20)が上映され、日本語字幕付きではあるが、音声ガイドはイヤホンとFMラジオを貸し出して対応する形であった。やはりチュプキのような常設のバリアフリー映画館は現在でも他にないのである。
3-3.シアターの特長
チュプキの座席はスクリーンを前面にして右に3席、通路を挟んで左に2席、それが4列ある計20席である。4列目の座椅子は可動で、車椅子のまま鑑賞する際には椅子を片して車椅子席として使用する。[写真⑤]
小さなシアターであるため事前予約が推奨されているが、当日でも空きがあれば鑑賞できる。当日は受付で予約の際の名前を伝え、支払いをし、その場で座席を指定する。続いて座席に赤丸を付けたチケットを渡される。[写真⑥]
映写室は右側にあるが、左側は親子鑑賞室となっており、子連れや暗闇や大勢が苦手な人などでも、誰でも安心して使用できる完全防音の個室が設けられている。
また、広さ56㎡の空間は、通路に補助席を置くことにより収容人数は25人となり、上映時間外はレンタルスペースとしての使用が可能である。
4.今後の展望について
チュプキができたことによって、田端の街にも変化があった。シアターを目指し白杖を突いて歩く人に、商店街の人が声を掛けるようになったのだ。せっかく来たのだからと丸一日商店街で過ごす人が増え、訪れた障害のある方にどうサポートすべきかと、商店側も考えるようになっていった。結果街が活性化し、まちづくりの場の好例となり、地域にとって欠かせない存在となっている(21)。
チュプキはHPを始めとして、Xやインスタグラム、YouTubeチャンネルなど、SNSでの発信や更新をまめに行っている。よっていつでも最新の情報を得ることが可能であるとともに、国内外に存在が届くこととなり、ユニバーサル上映やシアター設立についてのノウハウを学びたいという声が広がっているのだ。
また、開館10年を迎える今年2026年に、「人が憩い語らい繋がる拠点を創りたい。映画館のカフェ」設立に向け、クラウドファンディングを立ち上げる予定である(22)。[写真⑦]
5.まとめ
「チュプキ」とはアイヌ語で、月や木洩れ日などの「自然の光」を意味する。シアターのイメージは森の中、暗闇を優しく照らす月を表している(23)。
平塚氏は2016年にヘレンケラー・サリバン賞(24)、2017年に日本映画ペンクラブ賞特別奨励賞(25)、2018年にバリアフリー・ユニバーサルデザイン推進功労者表彰内閣府特命担当大臣表彰優良賞(26)を受賞しているが、チュプキが目指しているものは社会福祉的な評価ではない。
障害者のための、障害者専用のシアターだと思われがちだが、ボランティアや福祉ではない。バリアフリーではあるが、あくまでユニバーサル、つまり分け隔てなく全ての人々がシアターに訪れることがスタンダードである、と知ってもらうことなのだ。まさにチュプキの存在は、サードプレイス(27)や地域社会といった様々なコミュニティを担っているといえよう。
誰もが平等に共に映画を楽しみたい、その他意なき行動からチュプキは生まれた。これからもユニバーサルな世の中の先達であり続けるであろうシネマ・チュプキ・タバタの試みを見守り支援しつつ、文化資産として評価したい。
参考文献
【註】
(1)デフ(Deaf)とは英語で「耳がきこえない」という意味で、デフ+オリンピックのこと。国際的な「きこえない・きこえにくい人のためのオリンピック」であり、2025年に日本では初めての、100周年の記念すべき大会が開催された。
(2)大手映画会社の直接の影響下にない独立した小規模映画館のこと。
(3)一般的な映画館のスクリーンは音を透過させるための小さな穴が開いている(サウンドスクリーン)が、穴がないため映像のロスなく鮮明に見えることが特長である。
(4)シャープディスプレイソリューションズ株式会社のプロジェクター。
(5)水平方向に流れてくる従来の音に加えて、上方向からも音声が降り注いでくる新世代のサラウンドフォーマット。
(6)チャンネル数の表記はスピーカーの数に由来し、全音域再生のスピーカーは「1ch」で1つ。超低音域再生専用のスピーカーは「.1ch」としてカウントされる。
(7)シネマ・チュプキ・タバタの代表。映画館「早稲田松竹」勤務を経て、2001年にバリアフリー映画鑑賞推進団体City Lightsを設立。以後、視覚障害者の映画鑑賞環境づくりに従事する。
(8)平塚氏が2001年に設立した、視覚障害者の映画鑑賞をサポートするボランティア団体であり、チュプキの運営母体。
(9)平塚千穂子『夢のユニバーサルシアター』読書工房、2019年、はじめに。
(10)群衆(crowd)と資金調達(funding)を組み合わせた造語。アイデアやプロジェクトを世界中に提案し、不特定多数の賛同者から比較的少額の資金提供や協力などを得ること。
(11)同一の施設内に複数のスクリーンがある複合型映画館。シネマコンプレックス。
(12)Palabra株式会社が開発・運営しているモバイルアプリケーション。
(13)エヴィクサー株式会社が開発・運営しているモバイルアプリケーション。
(14)註(9)に同じ、115頁。
(15)Americans with Disabilities Actの略称。1990年に制定されたアメリカ合衆国の法律で、障害による差別を禁止する公民権法のひとつ。
(16)註(9)に同じ、50頁。
(17)註(9)に同じ、20頁。写真④参考資料(図表)。
(18)東京都世田谷区北沢にあるミニシアター。
(19)「FUN!からはじまる、いつもとちがう1週間。」と銘打って東京・下北沢で2025年12月に開催されていたイベント。
(20)CINEMA Chupki TABATA 『こころの通訳者たち ~What a Wonderful World~』映画、2022年, DVD、2024年。
(21)註(9)に同じ、123頁。註(20)に同じ。
(22)シネマ・チュプキ・タバタ1月上映案内チラシ。写真⑦参考資料。
(23)註(9)に同じ、58頁。
(24)福祉・教育・文化・スポーツなどの分野において、視覚障害者への支援に功績のあった晴眼者個人などへ贈られる賞。社会福祉法人東京ヘレン・ケラー協会が1993年に創設。
(25)映画評論家、翻訳家、監督など映画関係者で構成する日本映画ペンクラブが、映画界に貢献した個人・団体に対し、日本映画ペンクラブ賞、同特別功労賞、同特別奨励賞を毎年選出。
(26)内閣府から、バリアフリー・ユニバーサルデザインの推進について顕著な功績のあった個人・団体に対して贈られる賞。毎年、内閣総理大臣表彰、内閣府特命担当大臣表彰優良賞、内閣府特命担当大臣奨励賞が選出される。
(27) 家庭(第1の場所)や職場・学校(第2の場所)とは別に存在する、居心地の良い第3の場所のこと。1989年に社会学者レイ・オルデンバーグが提唱した概念。
【参考文献】
・平塚千穂子『夢のユニバーサルシアター』読書工房、2019年
・CINEMA Chupki TABATA https://chupki.jpn.org/ (2026年1月27日閲覧)
・東京2025デフリンピック https://deaflympics2025-games.jp (2026年1月27日閲覧)
・バリアフリー映画鑑賞推進団体City Lights http://www.citylights01.org/ (2026年1月27日閲覧)
・『映画ラストマン-FIRST LOVE』-https://www.lastman2025.jp/ (2026年1月27日閲覧)
・MASC NPOメディア・アクセス・サポート・センター https://www.npo-masc.org/ (2026年1月27日閲覧)
・FUNclusion Week https://funclusion.jp/ (2026年1月23日最終閲覧)
・K2シモキタエキマエシネマ https://k2-cinema.com/ (2026年1月27日閲覧)
・映画『みんな、おしゃべり!』 https://minna-oshaberi.com/ (2026年1月27日閲覧)
・『劇場版忍たま乱太郎ドクタケ忍者隊最強の軍師』公式サイト
https://sh-anime.shochiku.co.jp/nintama-movie/ (2026年1月27日閲覧)
・Forbes JAPAN https://forbesjapan.com/articles/detail/78476 (2026年1月27日閲覧)





