
地域住民のサードスペースを担うコミュニティーアートの先駆者「イエローレン」の活動
はじめに
東京中目黒駅から徒歩10分強、西郷山公園近くのビルの一室にイエローレンがある。そこで通訳として働いている友人の声かけで2年ほど前にその活動を知った。多数のアジア人の肌の「色」である黄色「yellow」と中国語(漢字)の「人」をローマ字表記すると「ren」となることから、この2つの言葉を融合した造語が名前の由来である。コミュニティーアートの先駆者としてシンガポールと日本をベースに活動しており、「コミュニティーへのアートの紹介とカルチャー・コミュニティーの活性化への貢献」「革新的で斬新なアーティストの芸術表現の場と、作品(対話、結びつき、ストーリー)を通したコミュニティーへの橋渡しとなるプラットフォームの提供」を、目的として掲げている合同会社である(1)。 2023年12月から2025年12月の2年にわたる実地調査から、イエローレンの活動を報告する。
1.基本データと歴史的背景
2015年10月に法人登録し本年10周年を迎える。運営の主要人物が日本駐在中に、東日本大震災の被災者に向けた心のケアのためのワークショップを開催したのが設立の起点となる。そののち大豪雨被災地の岡山などへ出向き積極的に活動しているが、現在はシンガポールに帰国している。運営メンバーはシンガポールを拠点に活動しており、イベントやワークショップのメインの開催日に1~数名が講話、音楽(歌曲演奏)、創作活動要員として来日する。平常は、通訳兼事務として管理するスタッフと、創作活動をメインで行うスタッフの2名が必要に応じて勤務している。
設立当初、利用者は主に近隣の西郷山公園でのチラシ配布、あるいはビルの1階外に設置した案内板を見て訪れ、通所を始めた。以降は口コミで増加し、現在200~300名の登録者がおり、常連メンバーは入れ替わりながら20~70名が参加している。年齢層は幅広く、お腹にいる頃からの子ども、家族連れから80歳代までが継続して通所している。多文化社会であるシンガポールでのアート活動を取り入れ、物理的精神的に苦難を抱えている人の救済としてサードスペース(4-2参照)を提供するという理念が、日本での活動の礎となっている。
2.積極的に評価している点
2-1.多様性(添付資料⑥参照)
創作活動を取り仕切るスタッフは、日本でデザインと革の専門知識を学んだインドネシア人である。参加者は、日本、シンガポール、インドネシア、アメリカ、台湾、中国、マレーシア、スペイン、スリランカ、韓国と多国籍である。そのため、ワークショップの作り方の説明やトークイベントなどの英訳・和訳のために日本人通訳が所属している。また、年齢層も幅広いため日常生活で接点の少ない世代間の交流もある。
2-2.クオリティーの高さ(添付資料➄参照)
ワークショップの開発は、シンガポールの3-4名のチームがテーマを決定し、東京のスタッフ2名がそのテーマに沿った創作活動を提案し、2-3点試作し承認を得るという過程を経ている。クオリティーチェックは厳しく、クオリティーの高さを維持することによる参加者の長期来所を鑑みているため、様々な工夫を凝らしている。
「難しすぎず、優しすぎない」という難易度の配慮は、ハンガリーの心理学者チクセントミハイ(1934-2021)が提唱するフロー理論(高度な集中状態=フロー状態では自己を忘れ活動自体を楽しみ、達成感・満足感を得られる)の条件の1つ「達成できる見通しのある課題に取り組む」に当てはまり、幸福感にも繋がる。作品は日常生活で活用できるものが多く、手元に置くことで、創作時の感覚・達成感・場の包容力の懐古というプラスの効果をもたらしている(2)。
3.他の事例と比較して特筆される点
3-1. 事例①目黒区の取り組み
イエローレンの多様な参加者が対象となると思われる公共施設、こども食堂(3)・高齢者(4)・外国人住民(5)への支援などは施設により対象者ごとに区分け・限定されている。そのため多種多様な関わりが乏しい。また、登録・予約・費用・時間というハードルがある。
3-2.事例② 八王子の任意団体「おさんぽ」(6)
無料で予約不要な都内のコミュニティーは利用者目線で検索してみても稀有で、夫婦で漫画中心の私設図書館を開放している「おさんぽ」が該当する程度である。「おさんぽ」はHPがなくインスタグラムでお知らせなどを発信している。主に不登校の子どもや引きこもり状態の方とその家族、子育て中の親、在宅介護従事者を対象に、サードプレイスとしての役割と本を通した緩やかな人との繋がりを感じられる場所として「孤立の予防」を目指している。
3-3.多様な交流と参加者の参加形態の自由さ
イエローレンではインスタグラム、メールで開催通知を行い予約・抽選を経ず、参加費無料で入退室も開催時間内であれば全くの自由である。利用者はそれぞれの用事を優先させることができ、都合により連絡不要で出欠が決められる。運営側からすれば人数分のワークショップの材料、飲食などの目途が立たないため、多めに用意することや、当日の飲食が足りなければ追加で注文するという対応をとっている。身一つで気軽に集えるよう、あくまでも参加者の負担とならないよう柔軟に対応しており、他所にない特筆すべき運営方針である。
4.今後の展望について
4-1.サードプレイスについて
イエローレンの目的としてサードスペースの提供が掲げられているが、類似する言葉に「サードプレイス」がある。アメリカの社会学者レイ・オルデンバーグ(1932-2022)が著書『The Great Good Place』(1989年)において「家庭や職場での役割から解放され、一個人としてくつろげる場所」として提唱したものである。家庭・職場という場所から離脱した第3の場所を示している。当時のアメリカは自動車移動が顕著な、家庭と職場の往復でしかない都市型社会で、ストレス解消となる癒しの場がないことを問題視したのである。現代日本の都市でも同様の生活様式となっており、他者との交流や癒しの空間の需要が高まって来ているといえる。
欧米ではカフェ(フランス)、パブ(イギリス)、エスプレッソ・バー(イタリア)、公園などのコミュニティーがこれに相当する。日本にはそういった文化・習慣はなく、飲食代単価も高く気軽に立ち寄れない上に、店舗の入れ替わりも激しくコミュニティーの継続が成り立たないという背景がある(7)。
4-2.サードスペース提供持続の必要性
イエローレンの思い描くサードスペースについてスタッフは「普段の自分(家・私)、外の自分(学校・職場など)のどちらでもない『居場所』という意味合いがある。肩書や学校、いろいろな立場を取り払い、それらから解放される場所という位置づけである。このことから、互いのプライベートは敢えて極力詮索しない。ただし長期通所となると、少しずつお互いを知り理解をしている。子供たちの成長も互いに見守っている。」と語る。
通所する利用者・運営メンバー・スタッフがこれまでに相互の信頼関係を築いてきた絆は何にも代えがたい宝である。また、日本におけるサードプレイスの必要性も高まる中、イエローレンの活動は国内の各地域住民にとっても今後一層開始存続が待たれる事例の1つといえよう。
5.まとめ
この2年間、利用者のイエローレンへの感謝や現状の存続、開催回数の増加への期待を語る声を幾度となく聞いた。ある外国籍の方は生活・子育て面、4人の子育て中の方は子の成長をコミュニティーの仲間と共有、80歳代の方は生活における楽しみとして通所しており、地域住民・該当被災地住民の心の支えとなっている。
折しも2026年1月15日発行の「めぐろ区報」NO.2225で区内の多文化共生について特集が組まれていた。記事によると昨年10月時点の区内在住の外国人の人口比率は4.2%で増加し続けている。また、海外生活の3つの壁として「言葉」「制度」「心」を挙げて、多言語化・通訳・学習支援・文化交流などの行政の取り組みを紹介している(8)。
この3つの壁の問題にもイエローレンの活動は有効的だ。増え続ける在住外国人や困難を抱えた人々の受け皿にもなりうる。だが現在のところ現状人数が適正な規模であるため、積極的な活動は難しいと思われる。ただ、これまでの経験や手法教授といったサポートならば可能ではないだろうか。多種多様なコミュニティーにおけるアート活動の先駆者としてイエローレンが担う役割は大きい。
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参考資料①2025年9月27日開催時にシンガポールの中心的スタッフから丁寧に直接手渡しされたリーフレット(参考資料②③も同様)。
毎秋のarts festivalの2025年のコンセプトはMOVE。
Yellowren Tokyoの紹介文。 -
参考資料②(上)継続して行っている東北・岡山の被災者向けのワークショップに関する記事。
2025年は宮古と盛岡で3日間開催された(前年は岩手と宮古で2日間の開催)。設立時のメンバーは津波後の片づけ作業に現地入りし、被災地の状況を目の当たりにしアートによる救済活動を開始した。
(中)東京のarts festivalで開催された4つのワークショップ。全部参加の強者もいれば途中参加の筆者のように2つでタイムアウトの者もいる。
(下)定番のシンガポール料理「チキンライス」はお好みで甘辛とピリ辛のたれをかけていただく。シンガポールスタッフが手土産に現地のスナック菓子を2袋程度提供してくれるのも参加者間の話のタネになっている。31アイスは子供たちに大人気である(通常のワークショップで提供されるケンタッキーフライドチキンも人気)。 -
参考資料③Singapore Arts Festival(毎夏シンガポールで開催されている。) では、2025年8月にJapan booth が設営され、YellowrenJapanのコミュニティーアートのインスタレーション(参加者が創作した木目込みの手毬の展示=写真)、コミュニティーからアーティストになったYukinoさんの作品を展示、日本からスタッフ2名が参加した。 -
参考資料④③の手毬展示は2025年9月27日のarts festivalでYellowren Tokyoでも展示されていた(写真中央)。展示作品の手毬は4月のワークショップで参加者がそれぞれ四季から1つの季節をイメージして作成したもの。約2か月後に作者に返却された。(2025年筆者撮影) (飲食提供事例) シンガポールチキンライス(海南鶏飯)、ピザ、タコス、フライドチキン、スペアリブ、ラザニア、キャロットケーキ、惣菜パン菓子パン、アイスクリーム、ミネラルウォーター、ゆずサイダー -
参考資料⑤筆者のワークショップ参加記録(2023年クリスマス~2025クリスマス)(筆者撮影)
2023年クリスマス/フェイクレザーのクリスマスオーナメント、リース、瀬戸優さんの彫刻ライブパフォーマンス
2024年冬/フェイクレザーケース、レザーミニ巾着ポーチ、春/ラウンド型のミニキャンバス桜テクスチャーアート、ソープカービング、夏/スクエア型のミニキャンパスの壁掛け時計、アートフェスティバル・秋/古いTシャツのタイダイ染めによる再生インスタレーション、ポーセリンドットアート、キャンバスポーチペイント、レザーポプリボウル、クリスマス/アドベントBOXカレンダー、ウッドビーズとワイヤーのミニツリー
2025年冬/毛糸のシャギーラグ、レザーキーケース、春/木目込みの手毬、9周年アニバーサリー/ジュートバッグの羊毛フェルトアート、山田歩さんの彫刻作品展示とトークイベント、夏/逆描きのレジントレー、ステンドグラス風ドームクラフト、アートフェスティバル/DIY時計作り、ダンシングドール、プレクリスマス/マクラメのツリーガーラント、クリスマスパーティー/サンドアートキャンドル -
参考資料⑥多種多様な参加者たち(yellowrenjapan公式Instagramより/2025年11月転載承諾済) (上)国際色豊かな参加者 (下左)高齢者女性と子供のおしゃべり。年齢層も多様なコミュニティー。 (下右)持ち寄りの使用済みTシャツをタイダイ染めにし後日インスタレーション作品として展示。自分以外の誰かの作品を着用して参加することも可能。 以上、参考資料①~⑥について運営者による掲載承諾済(2026年1月24日最終確認)
参考文献
註1: Yellowren Japan HP About Us https://www.yellowren.co.jp/about(2026.1.20閲覧)
註2:中西紹一・早川克美『芸術教養シリーズ18 私たちのデザイン2 時間のデザイン――経験に埋め込まれた構造を読み解く』京都造形芸術大学 東北芸術工科大学 出版局 藝術学舎 2022年 第9章
註3:子ども食堂https://www.city.meguro.tokyo.jp/kosodateshien/kosodatekyouiku/kosodate/syokudou.html(2026.1.20閲覧)
註4:高齢者センターhttps://www.city.meguro.tokyo.jp/koureifukushi/shisetsu/hokenfukushi/korei_center.html(2026.1.20閲覧)
註5: 公益財団法人 目黒区国際交流協会(MIFA) https://mifa.jp/(2026.1.20閲覧)
註6: CANPANフィールド(日本財団) おさんぽ
https://fields.canpan.info/organization/detail/1571617040#basicinfo(2026.1.20閲覧)
註7:カオナビ サードプレイスとは? https://www.kaonavi.jp/dictionary/third-place/(2026.1.20閲覧)
註8:「めぐろ区報」NO.2225(2026年1月15日発行)特集「目黒区の多文化共生のかたち」(目黒区に住む外国人p.1)(区の多文化共生の取り組みp.4)
参考文献
・YellowrenJapanホームページ https://www.yellowren.co.jp/(2026.1.20閲覧)
・中西紹一・早川克美『芸術教養シリーズ18 私たちのデザイン2 時間のデザイン――経験に埋め込まれた構造を読み解く』京都造形芸術大学 東北芸術工科大学 出版局 藝術学舎 2022年 第9章
・筆者芸術教養演習2課題レポート「地域住民のサードスペースとしてのYellowren Japanワークショップ の意義と運営母体考察」(2025年5月22日提出)
・「めぐろ区報」NO.2225(2026年1月15日発行)特集「目黒区の多文化共生のかたち」