TABFがもたらした「アートの民主化」

渡邊 陽介


      アートは誰のものか


 

      ZINEを含めたアートブックを取り扱う「TOKYO ART BOOK FAIR」(以下、TABF)は、年々規模を拡大している。 ZINEは単なる趣味的な出版物ではなく、誰もが制作し、流通させ、共有できるオープンなアートの形として注目を集めているからだ。


 

      それは、アートがもはや特権的なものではなく、生活や思想の延長にあるものへと変化している兆候でもある。 本稿では、TABFがどのようにしてZINEを通じて「アートの民主化」をもたらしたのか、その歴史的経緯と現代的意義を検討する。


TABFの歴史と他事例の比較
TABFは、2009年に日本で初めて「アート出版物」に特化したブックフェアとしてスタートした。商業出版の外側で活動するアーティストや独立系出版社が自らの表現を発表する場として生まれ、初回は数十組の出展者から始まった小規模なイベントであった。しかし理念は「アジアにおけるアートブック文化を牽引するフェアになることを目指し、ユニークな進化を続けるアートブックの世界観を体感することができる機会を創出する」と公式で掲げられており、そのビジョンは多くの支持を集め、回を重ねるごとに規模を拡大。現在では国内外から約350組のアーティスト、出版社、印刷業者、デザイナーが参加し、来場者数は2万人を超えるまでになっている※1。
TABFと同様のアートブックフェアは、国内ではArt Book Osakaやアイチアートブックフェアなどがあるが、いずれも2024年、2025年に始まったフェアでありTABFと比較すると小規模だ。海外ではZINEの発祥の地アメリカでサンフランシスコのSan Francisco Art Book FairやニューヨークのSmall Press Fleaなど複数フェアが開催されているが、いずれもあくまで出版する人と購入者を繋ぐ場の提供にとどまっている。
TABFが他のアートフェアと異なるのは、「販売」だけでなく「出版文化の可視化」をテーマとしている点である。会場ではアートブックやZINEを中心に、写真集、詩集、アーティストブックなどが作者から直接販売されるが、それは単なるマーケットではない。作り手が自らの作品を手渡しながら制作の過程について語る行為そのものが「コミュニケーションとしてのアート」を形成している。買い手は作品を購入するだけでなく、制作者の思想やプロセスに触れ、表現の背景を理解する。その相互作用がTABFの本質的な価値であり、アートを一方的に鑑賞する行為から、共同的に生成する体験へと変換している。

会場移行による意味の変化
2019年、会場を東京都現代美術館(MOT)に移したことは大きな転機となった。美術館という制度的な空間の中に、ZINEやインディペンデント出版のような非制度的な表現を持ち込むことで、アートの境界線を曖昧にした。また、会期中には「Guest Country」のような、企画として特定の国や地域の出版文化を紹介する展示や、トークイベント、ワークショップ、サイン会、レクチャーなど書籍販売以外にも多数開催されるようになり、アートの多様性やコミュニケーションのあり方を問う場としての意味合いを強めている。
参加者は、アーティスト、編集者だけでなく、印刷技術者なども集まり、制作の現場にある思想やプロセスを公開することで、アートブックの文化的背景も共有される。

制作手法解放としてのZINEとその定義
TABFには個人のアーティストが多数ZINEを出展している。ZINEは1930年代に安価な印刷技術の普及によって生まれた、個人による自主的出版文化である※2。
今日において、ZINEは単なる個人が発信するために利用される紙媒体メディアを表す言葉ではない。野中モモは「日本のZINEについて知ってることすべて※3」の中でZINEについて「誰に頼まれたわけでもなく、自分がやりたいことをやる自主的な出版活動」であると述べており、動機こそがZINEの本質であるとしている。 ZINEには形式や内容に明確な定義はなく、写真集やイラスト・アート本のように文字がないものもあれば、テキスト主体のエッセイや詩集もある。ZINEは、その制作の過程まで含め一つの表現手段となっている。
TABF2025に出展するアーティスト @sugi__90(インスタグラムアカウント) は、完全手書きで蛇腹折りのZINEを出品した。一点もののアート形式をとりながらも、複数点、アートピースよりは抑えたプライシングで出品されている※4。
このような作品は、大量生産と個別制作の狭間に存在する。アートを美術館に展示されるものから、実際に手にとり眺めるものへと変化させ、観察者も表現の共同体に巻き込んでいる。アートを受け取るという行為そのものが、作り手の動機を継承する体験になる。つまり、ZINEはアートの主体をアーティストから人間すべてへと広げる試みなのだ。

ZINEの流通とTABF
ZINEが商業出版と最も異なっている点は、流通経路の独立性にある。出版社や取次を介さず、作り手自身がフェアやオンラインストア、SNSなどを通して読者と直接つながる。この構造は、制作・流通・受容というアートの三段階をすべて個人が掌握できるという点で重要だ。TABFは、個人出版としてのZINE文化を媒介に、アートの流通・受容・制作を結び直す「場」を創出した。その試みは、アートが専門家の手を離れ、生活の延長へと浸透していく過程を、よりシームレスにアップデートしている。
TABFは、アートの流通構造を変えつつある。かつてアートは、美術館やギャラリーといった制度的空間において展示され評価されるものだった。近年、インターネットやSNSが、作品の発表の場として多く活用されるようになったが、それはあくまでも入り口であり体験価値の高いものではない。
TABFは、作品の「所有」「共有」「会話」を通して、アートを生活や日常に引き寄せた。ZINEやアートブックは一点ものではなく、複数性をもつ複製メディアであるため、アートを民主的に分配することを可能にする。インターネットのようなデジタルコミュニケーションの簡易性や美術館で展示される1点限りの限定性とも違い、複製メディアの形をとりながらも、作り手の手仕事が入り込み、作り手と受け手が直接言葉を交わして作品を届けるTABFの形式は、まさに「アートの民主化」を体現しているといえる※5。加えて、2025年のTABFは2週に渡って開催され※6、これまで以上に多くの人への影響が予想される。

「アートの民主化」とは
TABFのZINE’S MATEエリアディレクターも務める黒木氏はアートブックフェアがなぜこれだけ支持を集めるかについて、「比較的安価な『本』という媒体を通じて、気軽にアート作品に触れられる点、作り手本人とその場で言葉を交わし、作品に込められた思いや背景を直接聞くことができる点にある※7」と話す。
本稿でいう「アートの民主化」とは、第一に「アーティストに限らない作り手が自分の表現したいものを自由に表現できること」であり、第二に「一点ものではなく、かといって大量生産品でもないZINEという存在が認められ広く知られること」、第三に「美術館で鑑賞するものであったアートを、買って自分のものにすることで生活に取り入れること」であると考える。一方で、開催の場をMOTに移したことや開催の規模化は、TABFの制度化とも捉えることができる。ZINEという反制度的な出自をもつメディアを取り扱っていたアートフェアが、どのように権威化せずに人々の手にありつづけられるかが今後重要になるだろう。

  • ※1 TOKYO ART BOOK FAIR理念 TOKYO ART BOOK FAIRウェブサイトより(非掲載)
  • ※4 @SUGI__90 のアートワーク 25年12月21日、筆者撮影(非掲載)
  • ※6 東京都現代美術館で開催の様子 25年12月21日、筆者撮影(非掲載)
  • 81191_011_32181062_1_4_※5 アートの体験価値と流通量の関係@2x-100 ※5 体験価値と体験量の関係 アートの民主化 25年1月18日、筆者作成

参考文献

※1 TOKYO ART BOOK FAIR ウェブサイト about https://tokyoartbookfair.com/about/ 2025年11月3日アクセス
※2 Lightning編集部. 別冊Lightning Vol.143 ZINE入門 P11 年代別にみる自己表現スタイル.Lightning編集部 2015年発行
※3 ばるぼら×野中モモ.「日本のZINEについて知ってることすべて」.誠文堂新光社.2017年
※4 @zon_shnag アートワーク 2025年10月5日撮影
※5 著者作成 アートにおける体験価値と流通量の関係 2025年1月24日製作
※6 著者作成 TOKYO ART BOOK FAIR 開催の様子2025年12月21日訪問
※7 Adver Times. TABFによる新コンセプトのアートブックフェア、GWに東京・芝パークホテルで開催 2025年11月3日アクセス https://www.advertimes.com/20250428/article496151/

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