
新しい街 <品川・港南> での文化醸成 ~『シナハロ』の発展と持続可能性~
1. はじめに
『シナハロ』とは、『品川ハロウィン』の略で、JR山手線品川駅・高輪ゲートウェイ駅東側の東京都港区港南地区を中心に、芝浦・海岸地区と連携しながら開催されるハロウィンイベントだ。
この地域は、江戸時代は江戸前の魚などが採れる豊かな海であった。(資料1) ペリー来航にともなう江戸の軍事要塞整備の必要から1853年埋立て造成が着工し、明治末期から昭和初期まで行われた隅田川口改良工事による東京港の浚渫(しゅんせつ)によって生じた土砂を利用して埋め立てられた。*1
現在の品川駅は世界につながる羽田空港への玄関口とされ、国内の都市を結ぶリニア中央新幹線の始発駅となる予定だ。*2
東京都内で一番学級数が多い*3小学校がある新興住宅街で、地域に根付いた文化を作ることができるか。また、その発展と持続可能性について考察する。
2.基本データと歴史的背景
そもそもハロウィンの起源は、ヨーロッパのケルト人の祝祭「サムハイン祭」と、キリスト教の祝祭「万聖節および万霊節」が結びついてできたと考えられる。*4その後、大陸を渡りアメリカで一大ブームを起こしたのは、2つの大戦後の新興の郊外地域だった。日本では、1983年に表参道の企業が最初のハロウィンパレードを企画し、日本のコスプレ文化と祭り好き文化と融合し発展してきた。*5
『シナハロ』は、品川シーズンテラス開業*6を機に、地域住民や行政、企業との連携のもと、2015年にスタートした。筆者も実行委員の一人である。毎年10月中旬から下旬頃まで開催され、「参加者同士の関係性が発展的に継続していくこと」「社会を担う次世代を育み、品川・港南のまちを育む」という理念の下、この地域で育つ子ども達にとってふるさとへの愛着・誇りを形成することを目標にしている。また、主催者も参加者も無理なく楽しく参加できるサステナブルな体制を目指している。
3.評価
シナハロを【コミュニティデザイン】と【コンテンツデザイン】という視点で評価する。
3-1.コミュニティデザイン
運営は、シナハロ実行委員会形式で行い、地域住民、企業、エリアマネジメント会社の花咲か爺さんズ*7による構成だ。自治会や行政は、後援や協力という形での連携をとる。住民有志は、主に小学生の子どもを持つ保護者で、中学校部活や地域ボランティア、幼・保育園との連携も強めている。2024年の実行委員は総勢12名だった。緊急事態宣言を乗り越え、イベント来場者数は増加しているが、実行委員の担い手は減少傾向にある。(資料2)
運営のための資金は、企業協賛金で賄う。会場費や設備費は品川シーズンテラスから無料提供されているため、資金繰りで困ることはない。
3-2.コンテンツデザイン
イベントコンテンツは、「オープニングセレモニー」「フェスタ」「こども110番クイズラリー」の3つである。(資料3)
「オープニングセレモニー」*8は、シナハロの開始を知らせ、運河のある街のアイデンティティを活かすコンテンツとして実施する。会場は、地域の中学校や高浜運河とし、実施場所を広域に拡散させることで、参加者の年齢層や属性を広げる。
「フェスタ」では、ステージとワークショップを開催する。ステージは、地域の子ども達のダンスや音楽の発表の場となり、ワークショップは、2024年は12ブースだった。
「こども110番クイズラリー」は、「子ども110番事業*9*10」の周知として行われる。2024年は11日間開催され、事業加入場所50箇所を子ども達がクイズラリーで実際に訪れる機会を作った。困った時に逃げ込める避難場所を知ることを目的とし、地域で子どもを見守る体制強化を目指す。*11 クイズラリー終了後、シートを指定されたお菓子交換所に持っていくと、お菓子をもらうことができる。
4.吉祥寺ハロウィン「吉ハロ」との比較
同じハロウィンイベントである「吉ハロ」のスタートは「シナハロ」の4年前であり、比較的イベントの歴史が近い。大正時代から住宅地として栄え*12、例年住みたい街ランキング上位に登場する吉祥寺のハロウィン『吉ハロ』*13との比較を実施した。
4-1運営体制と目的の比較
「吉ハロ」は、吉祥寺のママコミュニティ「特定非営利活動法人プレシャスネット」*14が運営する。その理念は、「子育てを楽しみつつ、女性として輝くママを増やし、子供にとってよりよい未来を作る。」である。
設立の経緯は、幼少時代をアメリカで過ごした団体代表の齋藤理恵子氏が、「子育てしている吉祥寺でハロウィンを楽しみたい」と想い、すでに運営していたプレシャスネットのママイベントの一つとして追加実施したことだ。子ども達の楽しみだけでなく、マルシェ*15を開催するなど、ママが活躍できる場を提供する。また、当日を迎えるまでの事務作業は、団体会員のママ6名が有償ボランティアで行い、当日のみのお手伝いは無償ボランティアが参加する。
「シナハロ」は、実行委員会形式で運営し、子どもが楽しむことや街に愛着を持つことを目的としている。花咲爺さんズは、エリアマネージメント業の延長として関わり、住民や企業は無償ボランティアとして関わる。実行委員会は毎年春頃からスタートし、会議は主に平日の夜、月に1回~オンラインで開催される。
4-2運営資金の比較
「吉ハロ」は、事前申し込み制の「お菓子ラリー参加料」からなり、「シナハロ」は企業協賛による。
4-3参加者の比較
「吉ハロ」は、お菓子ラリー有料チケット購入者に加え、無料枠(抽選)の招待者にも参加証を発送することで、当日の参加者数を事前に把握することができる。参加者の居住地は20以上の市区、他県や海外からの参加者もいる。(資料4)
「シナハロ」はほとんどが地域学区の子ども達である。申込制ではないので、最後までクイズラリーの確実な参加者数を把握することができず、交換のお菓子の調整が終了間際まで必要となる。参加者側の立場からすると、無料で確実にクイズラリーに参加できる。
4-4コンテンツデザイン
「吉ハロ」のイベントコンテンツは、2024年は「お菓子ラリー」と「インスタフォトコンテスト」だった。以前行っていた「パレード」は、運営スタッフの負担軽減のため休止している。
コロナ禍の全国的にイベントが中止になる中、両イベント共にオンラインに形を替えて実施した*16*17 実施にあたる配信業務の担当は、「シナハロ」は花咲爺さんズの映像部門、「吉ハロ」については、地域の専門学校のWeb動画クリエイター科の協力を得て実現した。
「吉ハロ」の「お菓子ラリー」は、親子の楽しい思い出作りが目的となり、「シナハロ」の「こども110番クイズラリー」は、子ども達への教育的要素を含むことが特筆すべき点である。
5.今後の展望
シナハロ実行委員で花咲爺さんズ代表の加藤氏は、「シナハロ」を「祭り」として発展させたいと考える。「祭り」になるための要素を以下の3つあげた。(資料5)
(1)歳時記:毎年継続することで地域の風物詩となること。
(2)役割分担:参加者のライフスタイルに合わせて役割を見直し、全員が無理なく楽しく参加できる持続可能な体制を築くこと。
(3)シンボル:具体的なシンボルのアイデアはまだないが、地域の象徴となるものの創出が期待される。
「まつり」の根源は神が宿る供物を「たてまつる」ところにあり*18、日本では万物に神が宿るという八百万の考え方が根付いている*19。この地域においても、象徴となる供物のようなシンボルの創出が求められる。(資料6)
6、まとめ
時代と共に変化してきた「ハロウィン」が国際交流都市としてのこの地域で新たな交流を生み出し、参加者同士の関係性が発展して新しい文化として醸成することを期待する。
参考文献
【注釈一覧】
*1 東京都港湾局 東京港の歴史
https://www.kouwan.metro.tokyo.lg.jp/yakuwari/rekishi/
(2025年1月16日最終閲覧)
*2 東京都都市整備局HP
https://www.toshiseibi.metro.tokyo.lg.jp/seisaku/guideline2020/index.html
(2025年1月16日最終閲覧)
*3 東京都教育委員会 令和6年度 公立学校統計調査報告書 P4 https://www.kyoiku.metro.tokyo.lg.jp/administration/statistics_and_research/list_of_public_school/files/school_lists2024/houkokusho-kouritsu.pdf
(2025年1月19日 最終閲覧)
*4 参考文献『ハロウィーンの文化誌』P84 ,P107,P103,P177
*5 日蓮宗御詳暦では、令和4年から10/31雑節に「ハロウィン」の記載を入れた。この暦を作成する正法堂さんへのインタビューよると、日蓮宗の暦は、一般社団法人日本カレンダー暦文化振興協会の発行するカレンダーを元に、記載する雑節を選出する。近年の「ハロウィン」の盛り上がりを鑑み、「ハロウィン」が日本の雑節であると認識し記し始めたが、記載スペースの問題と、日蓮宗との関連が見いだせないとの理由で、令和8年度版からは記載をなくす予定とのこと。なお、「クリスマス」や「聖バレンタインデー」は引き続き掲載する。
(2025年1月29日 電話インタビュー)
*6 下水施設の上部に超高層、定借の地代でインフラ更新 https://project.nikkeibp.co.jp/atclppp/15/434169/082500036/
(2025年1月19日 最終閲覧)
*7 花咲爺さんズ HP https://hanasaka-g3z.com/ (2024年1月19 最終閲覧)
*8 「オープニングセレモニー」ダイジェスト動画
https://youtu.be/yUXr-eYOZeA?si=OBu4JiUScsQ1YFiq
(2025年1月23日 最終閲覧)
*9「子ども110番の家」地域で守る子どもの安全 対応マニュアル
https://www.npa.go.jp/safetylife/seianki62/pdf/kodomo110-1.pdf (2025年1月17日最終閲覧)
*10子ども110番事業
https://www.city.minato.tokyo.jp/seishounenikusei/kodomo110.html (2025年1月17日最終閲覧)
*11 2021年小学生が作った「子ども110番ラリーの回り方」の動画
https://youtu.be/KOjPrNozoVI?si=hLaeOzyvLuPdzw-f
(2025年1月23日 最終閲覧)
*12 武蔵野市HP むさしの百年物語2 大正~武蔵野町誕生(1912~1927)
https://www.city.musashino.lg.jp/shiseijoho/musashino_profile/hyakunenmonogatari/1003318.html
(2025年1月19日 最終閲覧)
*13 吉祥寺ハロウィンフェスタ「吉ハロ」
https://kichijoji-halloween.net/ (2024年1月19 最終閲覧)
*14 特定非営利活動法人プレシャスネット ブログ
https://ameblo.jp/precious-net/?fbclid=PAZXh0bgNhZW0CMTEAAaYiDuS0ytkF-OsXLl0T0JJGhnZ1MOoy1dnlY8LJD1ZRQwz67cHZFs0pEE8_aem_1v8ZkAg8yoAz1ttn7Y5qYA
(2025年1月19日 最終閲覧)
*15 プレシャスネットマルシェ
https://ameblo.jp/precious-net/entry-12825580550.html
(2025年1月19日 最終閲覧)
*16 Press Release 2020 年9⽉15⽇発表 「吉祥寺ハロウィンフェスタ2020」
https://www.kichijoji-halloween.net/hwbu/2020/pdf/pressr_20200915.pdf
(2025年1月19日 最終閲覧)
*17 シナハロ2020HP
https://www.shinahallo-shinagawahalloween.com/post/%E3%80%90%E3%82%B7%E3%83%8A%E3%83%8F%E3%83%AD2020%E3%80%91%E3%82%B3%E3%83%AD%E3%83%8A%E7%A6%8D%E3%81%A7%E3%82%A4%E3%83%99%E3%83%B3%E3%83%88%E3%82%92%E8%AB%A6%E3%82%81%E3%81%9F%E5%AD%90%E3%81%A9%E3%82%82%E3%81%9F%E3%81%A1%E3%81%8C%E5%B0%91%E3%81%97%E3%81%A7%E3%82%822020%E5%B9%B4%E3%81%AE%E6%80%9D%E3%81%84%E5%87%BA%E3%81%8C%E3%81%A7%E3%81%8D%E3%81%BE%E3%81%99%E3%82%88%E3%81%86%E3%81%AB%E3%83%BB%E3%83%BB%E3%83%BB (2025年1月19日 最終閲覧)
*18 参考文献『暮らしに息づく伝承文化』P19、P61
*19 参考文献『日本のしきたりがよくわかる本』P7
【資料】
(資料1)東京都立図書館HPより抜粋「東京八ツ山海岸蒸気車鉄道之図」
https://www.library.metro.tokyo.lg.jp/portals/0/edo/tokyo_library/modal/index.html?d=5400 (2025年1月17日最終閲覧)
(資料2)実行委員と来場者数の推移
報告書の情報を抜粋し筆者が資料作成
(資料3)イベントコンテンツ紹介
報告書の情報を抜粋し筆者が資料作成
(資料4)
両ハロウィンの参加者居住地比較
両報告書の情報を抜粋し筆者が資料作成
(資料5)実行委員会へのインタビュー
筆者撮影の写真を使用し資料作成
(資料6)参考:祇園祭の【シンボル】
筆者撮影の写真を使用し資料作成
【参考文献】
リサ・モートン『ハロウィーンの文化誌』株式会社原書房、2014年初版第1刷
リサ・モートン『図説ハロウィーン百科事典』株式会社楓風舎、2020年第1刷
小川直之・服部比呂美・野村朋弘『伝統を読みなおす2 暮らしに息づく伝承文化』
京都造形芸術大学 東北芸術工科大学 出版局 藝術学舎、2014年
戸部 民夫『神秘の道具 日本編』新紀元社、2001年
日本の暮らし研究会 江口克彦『日本のしきたりがよくわかる本』PHP研究所、2007年
公益財団法人祇園祭山鉾連合会HP
http://www.gionmatsuri.or.jp/about/ (2025年1月17日最終閲覧)
シナハロHP
https://www.shinahallo-shinagawahalloween.com/ (2025年1月17日最終閲覧)
【表記について】
「Halloween」のカタカタ表記については、「シナハロ」も「吉ハロ」も「ハロウィン」を使用しているため、それに従った。
https://www.nhk.or.jp/bunken/research/kotoba/20181001_5.html
(2025年1月29日最終閲覧)