神奈川県川崎市「等々力緑地」の魅力とPFI事業による今後の展望
1.等々力緑地の概要と歴史
等々力緑地は神奈川県川崎市のほぼ中央に位置し、JR南武線武蔵小杉駅・東急東横線新丸子駅より1㎞にある総合公園だ。敷地の大部分が多摩川の旧河川敷に囲まれ、敷地面積約43.5haを有する。緑地内には市を代表する運動施設が充実しており、中でも等々力陸上競技場はJリーグ川崎フロンターレ(以下、フロンターレ)の本拠地として利用されている。釣池、四季園、21世紀の森、ふるさとの森など自然と触れ合える施設や文化施設である市民ミュージアム(2019年台風19号による浸水被害を受け長期休館中)、イベント開催も可能なアリーナなどが点在している。
「等々力」の地名は東京都と川崎市の両岸にある。1912年の周辺地域の府県境変更によって、多摩川を境に一部が東京府より中原村に編入されたからだ。一帯は良質な砂利が豊富で、1934年より東京横浜電鉄らにより砂利の採掘が行われると大規模な採掘跡に「東横池」と呼ばれる7つの池⑴が出現した。特に5号池を中心にコイやヘラブナが放流され、1955年には正式に釣池「東横水郷」となった。2号池は埋め立てられ、1953年東京急行電鉄社員用「新丸子東急グラウンド」へと整備された。
1941年に都市計画が決定、1962年より緑地内の公園施設整備が実施され1960~70年代に主要施設の供用が始まった。2009年に緑地全体の再編整備方針がまとめられると2014年12月に等々力陸上競技場の再整備が行われ、2020年には野球場が新設された。
等々力緑地は2023年3月末よりPFI法⑵に基づき、東急株式会社(以下、東急)を中心とした川崎とどろきパーク株式会社(以下、KTP)が指定管理者となり再編整備・管理運営を請け負うこととなった。
等々力緑地は今後どのように変容してゆくのか。同じく民間活用事業(PPP)で2020年にリニューアルした東京都渋谷区宮下公園と比較しながら調査考察してゆく。
2.等々力緑地の魅力と課題
等々力緑地の魅力はその緑の多さだ。新型コロナ危機以降緑の価値が再認識される中、タワーマンションが乱立し発展を続ける武蔵小杉駅周辺に位置しながら、広い敷地内には至る所に木々や草花が植えられまさに都会のオアシス的存在だ。季節ごとに移り行く園内の景色は人々の目を楽しませ、利用者に実施したアンケート調査⑶でも園内の緑化には多くの人が満足している。子ども連れからお年寄りまで人々が思い思いの時間を過ごし、活動の自由度が高さも魅力だ⑷。KTPが2023年5月に実施したオープンハウスでも「木を残してほしい」という声は多く寄せられた。現在樹木には管理上の理由でナンバリングがされており、伐採を心配する声もあった。
一方で2020年川崎市作成の「等々力緑地の現状と課題」⑸によると市の支出は年間約10億円に上り、憩いの場の不足や駐車場不足、施設の老朽化や植栽管理などの課題が挙げられた。利用者からはKTP管理に変わり園内が整備され花壇やトイレがきれいになったという声が聞かれたが、現地調査⑹を行った限り2024年1月現在も引き続き同様の課題は残るといえよう。
3.渋谷区「宮下公園」の事例
渋谷区宮下公園がMIYASHITA PARK(以下、M PARK)へと変貌した様子を目の当たりにし、等々力緑地のPFI活用を快く思わなかった。商業化を全面に押し出し、公園から「公」の字がすっぽり抜け落ちた屋上庭園のような姿に異様ささえ感じた⑺。実際M PARKを巡っては様々な論考がある⑻⑼⑽⑾。
1953年に開園した宮下公園は渋谷駅から徒歩3分程度でJR山手線と明治通りの間に位置する南北に細長い公園だ。当初の児童公園から法制度上街区公園へと変わり、さらに広域利用公園へ位置付け直すことで特殊公園となった。その結果、宮下公園は2020年7月に立体都市公園法を活用してM PARK屋上に再開園し、商業施設やホテルが複合された2004年の法改正後初の事例となった。
宮下公園はPPP/PFIの都市公園の成功事例とされている⑿が、2006年に初の課金施設であるフットサル場が議決を経ずに設置されると、株式会社ナイキジャパン(以下、ナイキ)が事業参入した2007年頃から区とナイキは「民間」を理由に取材拒否を貫き、再整備の不透明さはさらに浮き彫りとなった。後の抗議活動により社名を外したことでネーミングライツ(以下、NR)契約は解除に至ったが、渋谷にゆかりのないナイキが公園整備に参入したことで商業化に大きく舵を切ったかたちだ。
2015年に公募型プロポーザル方式(詳細非公表)で三井不動産が整備事業者に選定されると、公園の活性化とホームレス排除で区と一致していたはずの住民からも、商業施設・ホテルが入ることや樹齢を重ねた欅が伐採されることへ一部反対があがった。しかし法的な位置づけを持たない意見に対し区は無反応だった。
上記経緯は公共性を失った公園デザインと十分結びつく。
4.等々力緑地のPFIの内実
2023~53年の30年間の等々力緑地の管理運営と再編整備を約632億円で川崎市から請け負ったKTPに、指定管理者となって1年弱の率直な感想を聞いた⒀。
KTPは2022年に市が策定した「等々力緑地再編整備実施計画改定」⒁を元に、等々力緑地の「日常的に賑わう空間」を目指している。緑地の所有者はあくまで川崎市のため、再編整備・管理運営共に市の方針に則って進めているという。特に施設等は市の決定事項が多く整備時期も大会に支障が出ない日程で進められる予定だ。運営面は市と相談をして進めているが、当初は民間感覚の提案に対する市側の抵抗を強く感じたという。指定管理者には事業制約や報告義務などがあり話を聞く限り現時点での主導はあくまで川崎市で、KTPは市民から寄せられた声も吸い上げている印象だ。
前述した通り等々力緑地と東急には歴史があり、東急がPFIに参入した背景にも「自分たちのエリア」という当事者意識があった。アクセスが悪く稼ぎづらい立地で自由度の低いPFIにM PARK程の規模感の収益は求めておらず、インフラ整備に近い感覚だという。フロンターレや親会社の富士通にとっても川崎市民とは長い年月をかけ関係性を築き上げてきた歴史があり⒂、事実フロンターレはまちに愛されるチームとなっている⒃。
宮下公園の例と比較しても、川崎に根ざした企業らが等々力緑地の指定管理者となったことは歓迎できる。また一学生の取材に応じる程には開かれているといえよう。
5.まとめ
一つの仮説が立った。日本中でPFIが加速する中、等々力緑地のPFIに手を挙げた地元企業らは思い入れのある土地だからこそ、地域貢献と同時に他社にその権利を譲りたくなかったのではないだろうか。郷土愛ゆえのマーキングともいえる。
奇しくもKTPへ取材を行った翌日、等々力陸上競技場の新名称が「UvanceとどろきスタジアムbyFujitsu」へと決定した。富士通はNR料に年間2000万円を支払い、内50%が市に納められる⒄。仮に他社がこの事業に参入していたらあるいは別の社名が入った可能性もあり、富士通やフロンターレにそれを許容できるはずがないのだ。
窪田亜矢「「都市における『公園』」の再考」にある通り、「「都市における『公園』」の存在は公園制度によって防御するしかない⒅」。川崎市が法整備をどのように進めていくか、その経緯と透明性に今後もきちんと目を光らせておく必要がある。法をデザインするところから、等々力緑地の未来像づくりは始まっているのだ。まずは市民が当事者意識を持ち、意見や批判を市政へ届けることを怠ってはいけない。市民が危惧している樹木の伐採についてなど、今後も等々力緑地の動向を注目していく。
参考文献
【註】
⑴添付資料「東横池図」
⑵内閣府民間資金等活用事業推進室(PPP/PFI推進室)「PFI事業の概要」、2023年:
https://www8.cao.go.jp/pfi/pfi_jouhou/aboutpfi/pdf/pfijigyou_gaiyou.pdf(2024年01月27日閲覧)
⑶添付ファイル「等々力緑地利用者アンケート結果」
⑷添付ファイル「等々力緑地現地調査」
⑸川崎市「等々力緑地の現状と課題」、2020年、22頁:https://www.city.kawasaki.jp/530/cmsfiles/contents/0000116/116150/04shiryou.pdf(2024年01月13日閲覧)
⑹添付ファイル「等々力緑地現地調査」
⑺竹中工務店HP>建築作品>商業>MIYASHITA PARK:https://www.takenaka.co.jp/majorworks/21806182020.html(2024年01月28日閲覧)
⑻渡邉敦紀・小木曽裕「宮下公園の変遷と立体都市公園制度を活用した複合施設等の実態に関する研究」、『令和3年度 日本大学理工学部 学術講演会予稿集]』第65巻、2021年
⑼窪田亜矢「「都市における『公園』」の再考」、『日本建築学会計画系論文集』第86巻、2021年
⑽畠山輝雄「公共施設へのネーミングライツ導入にかかる合意形成と住民への周知」、『都市問題』第114巻、後藤・安田記念東京都市研究所、2023年
⑾白石草「市場化される公共空間―ナイキに買収される渋谷・宮下公園」、『世界』第813号、岩波書店、2011年
⑿寺沢弘樹『PPP/PFIに取り組むときに最初に読む本』、学陽書房、2021年、110頁
⒀添付ファイル「KTPインタビュー内容」
⒁川崎市「等々力緑地再編整備実施計画について(概要版)」、令和4年2月改定:https://www.city.kawasaki.jp/530/cmsfiles/contents/0000137/137065/kaiteigaiyou.pdf(2024年01月30日閲覧)
⒂「ホームタウンを好きになってもらうために~ クラブづくりとまちづくり ~」『J.LEAGUE NEWS PLUS Vol.10』、社団法人 日本プロサッカーリーグ、2009年:https://www.jleague.jp/img/aboutj/document/jnews-plus/010/vol010.pdf(2024年01月27日閲覧)
⒃日本政策投資銀行「スタジアム・アリーナおよびスポーツチームがもたらす社会的価値の可視化・定量化調査 -等々力陸上競技場および川崎フロンターレを対象としたケーススタディ」令和3年6月:https://www.mext.go.jp/sports/content/20210615-spt_sposeisy-300000763_1.pdf(2024年01月13日閲覧)
⒄川崎市HP「「等々力陸上競技場」の愛称が 「Uvanceとどろきスタジアム by Fujitsu」に決まりました!」報道発表資料:https://www.city.kawasaki.jp/530/cmsfiles/contents/0000157/157481/240119houdouhappyoudai10bann.pdf(2024年01月29日閲覧)
⒅窪田亜矢「「都市における『公園』」の再考」、『日本建築学会計画系論文集』第86巻、2021年、1007頁
【参考文献】
■等々力緑地
・等々力緑地案内図:https://www.city.kawasaki.jp/530/cmsfiles/contents/0000018/18603/ryokuchimap.pdf(2024年01月23日閲覧)
・川崎市建設緑政局編「等々力緑地概要」、平成30年:https://www.city.kawasaki.jp/530/cmsfiles/contents/0000004/4574/todoroki_gaiyou30.pdf(2024年01月25日閲覧)
・川崎市「等々力緑地再編整備実施計画について(概要版)」、令和4年2月改定:https://www.city.kawasaki.jp/530/cmsfiles/contents/0000137/137065/kaiteigaiyou.pdf(2024年01月30日閲覧)
・川崎市「等々力緑地再編整備・運営等事業実施方針」、令和4年3月:https://www.city.kawasaki.jp/530/cmsfiles/contents/0000138/138872/jissihousinn.pdf(2024年01月13日閲覧)
・川崎市「等々力緑地の現状と課題」、2020年3月:https://www.city.kawasaki.jp/530/cmsfiles/contents/0000116/116150/04shiryou.pdf(2024年01月13日閲覧)
・川崎市「等々力緑地再編整備方針」、平成21年5月:https://www.city.kawasaki.jp/530/cmsfiles/contents/0000004/4316/saihennseibihousin.pdf(2024年01月25日閲覧)
・川崎とどろきパーク(株)等々力緑地再編整備運営等事業オープンハウス型説明会「事業概要説明資料」:https://www.kawasaki-todoroki-park.co.jp/site/wp-content/uploads/todoroki-setumeikai-gaiyousetumei.pdf(2024年01月22日閲覧)
・「ホームタウンを好きになってもらうために~ クラブづくりとまちづくり ~」『J.LEAGUE NEWS PLUS Vol.10』、社団法人 日本プロサッカーリーグ、2009年:https://www.jleague.jp/img/aboutj/document/jnews-plus/010/vol010.pdf(2024年01月27日閲覧)
・川崎市HP「「等々力陸上競技場」の愛称が 「Uvanceとどろきスタジアム by Fujitsu」に決まりました!」報道発表資料:https://www.city.kawasaki.jp/530/cmsfiles/contents/0000157/157481/240119houdouhappyoudai10bann.pdf(2024年01月28日閲覧)
・PFI法に基づく民間提案について(報道発表資料)平成31年3月:https://www.city.kawasaki.jp/530/cmsfiles/contents/0000105/105291/pfiteian.pdf(2024年01月13日閲覧)
・等々力緑地再編整備に関する取組み:https://www.city.kawasaki.jp/kurashi/category/26-8-5-8-0-0-0-0-0-0.html(2024年01月13日閲覧)
・羽田猛「等々力緑地と有馬茂氏」、『川崎研究』第50号、川崎郷土研究会、2012年
・川崎市総務企画局シティプロモーション推進室編『コレカラかわさき暮らし ―かわさき生活ガイド付き』、東京サイネックス、2020年
・川崎市中原区役所まちづくり推進部地域振興課『なかはら歴史と緑の散策マップ』、川崎市中原区役所まちづくり推進部地域振興課、2021年
・三井住友トラスト不動産>写真でひもとく街のなりたち>神奈川県武蔵小杉>5:砂利採堀と「等々力緑地」:https://smtrc.jp/town-archives/city/musashikosugi/p05.html(2024年01月13日閲覧)
・川崎市都市公園条例施行規則の一部を改正する規則新旧対照表令和5年4月:https://www.city.kawasaki.jp/530/cmsfiles/contents/0000144/144750/kisokusinkyuutaisyou.pdf(2024年01月13日閲覧)
・日本政策投資銀行「スタジアム・アリーナおよびスポーツチームがもたらす社会的価値の可視化・定量化調査 -等々力陸上競技場および川崎フロンターレを対象としたケーススタディ」令和3年6月:https://www.mext.go.jp/sports/content/20210615-spt_sposeisy-300000763_1.pdf(2024年01月13日閲覧)
■PFI
・国土交通省 公募設置管理制度(Park-PFI) について:https://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/kanminrenkei/content/001329492.pdf(2024年01月13日閲覧)
・寺沢弘樹『PPP/PFIに取り組むときに最初に読む本』、学陽書房、2021年、
■渋谷区宮下公園
・渋谷区宮下公園HP:https://www.seibu-la.co.jp/park/miyashita-park/(2024年01月28日閲覧)
・MIYASHITA PARK公式ウェブサイト:https://www.miyashita-park.tokyo/(2024年01月28日閲覧)
・竹中工務店HP>建築作品>商業>MIYASHITA PARK:https://www.takenaka.co.jp/majorworks/21806182020.html(2024年01月28日閲覧)
・窪田亜矢「「都市における『公園』」の再考」、『日本建築学会計画系論文集』第86巻、2021年、
・渡邉敦紀・小木曽裕「宮下公園の変遷と立体都市公園制度を活用した複合施設等の実態に関する研究」、『令和3年度 日本大学理工学部 学術講演会予稿集』第65巻、2021年
・畠山輝雄「公共施設へのネーミングライツ導入にかかる合意形成と住民への周知」、『都市問題』第114巻、後藤・安田記念東京都市研究所、2023年
・白石草「市場化される公共空間―ナイキに買収される渋谷・宮下公園」、『世界』第813号、岩波書店、2011年
・斎藤 裕「講演 デベロッパーから見た公共空間の創造可能性」、『ARES不動産証券化ジャーナル』 第47巻、 共に市場を創る / 不動産証券化協会 編、2019年