古都の風致を保存するための活動としての事例 ~鎌倉風致保存会~

櫻庭 美奈子

1.鎌倉風致保存会とは
神奈川県三浦半島の付け根に位置する鎌倉市(添付1)は、かつては幕府が置かれ、日本史の時代区分である鎌倉時代の所以となった町である。東京から電車で約60分の距離にありながら自然豊かであり、神社仏閣が数多く点在するこの町には、観光客が日々押し寄せている。「鎌倉風致保存会」は、鎌倉の魅力である自然の風光と豊かな文化財を後世に伝えることを目的として設立された団体である。
「鎌倉風致保存会」の設立の契機は、1964年(昭和39)に鶴岡八幡宮後背地にある「御谷(おやつ)」の宅地開発計画に反対する市民運動にある。運動に参加した作家・大佛次郎(1897~1973)が新聞にエッセイを寄稿し、反対論とともにイギリスのナショナル・トラスト運動を紹介した。それが後押しとなり、募金活動を開始し、御谷の土地を買い取るために「財団法人鎌倉風致保存会」として設立されたのである。1965年(昭和40)に鎌倉市内69か所を保存すべき地域と「鎌倉風致保存会」が独自に指定したことで全国に鎌倉での運動が知られ、1966年(昭和41)には超党派の議員立法で「古都保存法」が制定されたのである。2011年(平成23)には、財団法人から公益財団法人となった。

2.会員による活動
1998年(平成8)に会員制度が開始され、2023年(令和5)3月現在の総会員数は346名にのぼる。最新の年会費は、一般3,000円・家族会員500円・学生500円であり、そのほかに、法人会員や協力会員、永年会員などが定められている。会員の年齢構成は、60代以上が過半数をしめている(添付2)。鎌倉風致保存会としての活動は、主に会員が担っているのだが、内容の決定は次のような手順をふんでいる。まず、会員総会において幹事を選抜し、幹事たちによる幹事会において発案事項をまとめ、それを再び総会にかけて決定する。
会員活動の柱となっているのが、毎週末おこなわれる「みどりのボランティア」である。鎌倉の緑地は、千年以上、里山として人の生活に欠かせないものであった。人が手をいれないことで山が荒れ、災害の一因となるため、手入れが必要になるのである。そのため、鎌倉風致保存会が所有する果樹園や市内の寺社や史跡地などの緑地の草刈りや倒木処理などを定期的に行なっている。この活動が始まった時から活躍する森林インストラクターの廣瀬義輝さんは、変わりゆく景観を見てきた人物の一人である。「十二所の果樹園からヤマザクラと富士山が同時に望むことができていた(添付3)が、現在は樹木が生い茂ったために見ることができない。日本人の心の象徴ともいうべき景色を次の世代に残したい」と80歳を過ぎた今でも会員幹事として積極的に活動を続けている(添付4)。
そのほかの活動として、会員である歴史研究家が講師となり鎌倉の歴史やそれを取り巻く自然環境に興味を持ってもらうことを目的とした、「歴史ウォーク」や「緑の歴史探訪」(添付5)という活動も定期的に行なっている。さらに、保存会の活動を周知することを目的とした普及啓発活動として、「藍染体験教室」「クリスマス・リース教室」「お話サロン」「ナショナルトラストコンサート」などがある。どれも、対象は会員のみではなく、一般からの参加もできるようになっている。これらの活動を、会員幹事が軸となり行なわれていることは特筆すべきであろう。保存会の主旨に賛同する者が会費を払って会員となり、その会員から選抜された幹事の役割は目を見張るものがある。会報もまた会員幹事会が発行しており、所有する果樹園の風景をまとめた冊子の作成(添付6)など会員自らの働きは大いに評価すべき点である。

3.ザ・ナショナル・トラストとの比較
「鎌倉風致保存会」は、日本最初のナショナル・トラスト団体と銘打っているが、本家である英国のナショナル・トラスト団体とは、大きな相違がある。まず、規模の違いである。英国のザ・ナショナル・トラスト(正式名称The National Trust for Places of Historic Interest or Natural Beauty)は、歴史的名所や自然景勝地を保護するために、1895年に設立されたボランティア団体である。780マイル以上の海岸線、250,000ヘクタール以上の土地、500以上の歴史的な家・城・公園・庭園、また約100万点の芸術作品を所持している。組織としては、エグゼクティブ・チーム、チェアマン、評議会、事務局長、理事などの構成が明らかにされている。さらに、チャールズ国王が王位に就くまで、プレジデントとなっていた。王室が顧問となる巨大規模の団体なのである。
「鎌倉風致保存会」と同様に会員制度をとっているが、これについてはザ・ナショナル・トラストが所有するオープン・スペースへの入場権と捉えるとわかりやすい。現在は約420万人の会員がいるが、年会費を払い会員となることで500以上の施設へ無料で訪れることができるのだ。英国人の考え方として、歴史あるものや自然を重んじる傾向があるため、多くの人が会員となっている。もちろん、会員は歴史的建造物や自然の保全に賛同しているわけであるが、訪問の目的のほとんどは観光である。相対して、「鎌倉風致保存会」の会員は第一に「会員になることが寄附である」との考えを持っている。つまり、会員になることで何かの恩賞にあずかろうとするのではなく、風致保存の役に立ちたいとの理由で入会しているのである。そればかりでなく、会員が自ら活動を起こしていることは、「鎌倉風致保存会」ならではの特徴である。

4. 今後の展望
「鎌倉風致保存会」は、団体としての組織はよく整えられ、様々な活動が活発に行なわれていることから、運営もスムーズに運んでいる印象を受ける。しかし、長い時間をかけて培われてきた景観や文化遺産を守ることは、簡単なことではない。新たに保護を必要とするものもあるであろうし、保存会を持続するための資金も得なければならない。そのためには、会員をより増やすことが重要な課題なのではないであろうか。保存会の存在や活動を知らしめるために、外部へ向けての発信をさらに広げていく必要があるだろう。そこで、今までの方法だけではなく、これまでにない新しい告知方法の模索をしなければならない。
「鎌倉風致保存会」の活動の一つに、中学生を対象に海岸清掃や山の手入れといった体験学習がある。中学生のうちに体験したことが、のちに鎌倉の風致に興味を持つきっかけになって欲しいとの願いがあるのだ。それは、時間を要することかもしれないが、次の世代、また次の世代へと受け継がれるために有効であろう。

5. まとめ
「鎌倉風致保存会」会員のモチベーションは、鎌倉の美観を守るということにあり、見返りを求めるものでないことは明白である。それにとどまらず、会員自らが「みどりのボランティア」などの緑地保全のため、そして啓発活動としての各種文化的イベントを開催するなど、実際に働いているのである。また、会員の中から幹事を選抜し幹事会を設定するという運営方法をとり、組織としての在り方は適切である。しかし、会員制度開始から25年が経過し、幹事会を含めた会員の高齢化が顕著となり、今日の課題となっている。そのため、「鎌倉風致保存会」の認知度をあげ、より多くの世代に知らせることが、会員の年齢層を広げる可能性になると考える。
自然の景観や歴史的文化遺産というのは、当然のことながら一夜にして築けるものではない。鎌倉には長い歳月を経て遺されてきた財産が多くあり、それらは鎌倉が観光地となる本来の所以である。昨今の鎌倉は、あちらこちらにマンションやビルが建設され、景観はおろか史跡まで隅に追いやられている。「鎌倉風致保存会」の活動や理念をより多くの人が知ることにより、町の不調和な発展や無計画な商業主義に気づき、危機感を抱く人が増えることを願うばかりである。そして、そのことが鎌倉ならではの魅力を活かした町づくりへの一端となることを期待する。

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  • 81191_011_32186019_1_3_%e8%a6%9a%e5%9c%92%e5%af%ba%e3%80%80%e9%a7%90%e8%bb%8a%e5%a0%b4%e3%80%80%ef%bc%93 添付3 鎌倉風致保存会 廣瀬義輝さん(写真右端・2023年4月27日筆者撮影)
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        『創立50周年記念事業 十二所果樹園の風景』(2014年4月1日発行)より
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参考文献

鎌倉観光公式ガイド
https://trip-kamakura.com/feature/3437.html (2023年7月20日閲覧)

有村理著「英国ナショナル・トラスト探訪紀行
~歴史的建造物や自然を守る英国の考え方~」
file:///C:/Users/kinak/Downloads/KJ00009632119.pdf (2023年5月21日閲覧)

The National Trust in the U.K.
https://www.nationaltrust.org.uk/ (2023年7月20日閲覧)

鎌倉風致保存会ホームページ
https://userweb.www.fsinet.or.jp/fuhchi/ (2023年7月20日閲覧)

About the Sustainable Development Goals(the United Nations)
https://www.un.org/sustainabledevelopment/sustainable-development-goals/(2023年7月7日閲覧)

『公益法人鎌倉風致保存会 創立50周年記念誌(鎌倉風致保存会ニュースNo.15)』、公益財団法人鎌倉風被保存会事務局発行、2014年

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