ニキ・ド・サンファル「特別な色、黒」から探る心理と魅力

白倉美保

ニキ・ド・サンファル「特別な色、黒」から探る心理と魅力

国立新美術館で「ニキ・ド・サンファル展」(2015年9月18日〜12月14日)が開催された。展示作品はパリの大回顧等展を受け、ニキ美術館創立者ヨーコ増田静江の個人コレクションを含む構成であった。
初期の「射撃芸術」、女性を大胆に表現した「ナナ・シリーズ」、精神世界や宗教をヒントにした造形作品をはじめ、ガウディのグエル公園やシュレルの城、怪物公園の影響を受けたという「タロット・ガーデン」の映像も紹介された。

代表作「ナナ・シリーズ」には、躍動的なフォルムとカラフルな色彩の造形作品がある。その色は作品の魅力であり特徴でもある。
ニキは明るくカラフルな色使いをしながら、無彩色の黒を「特別な色」とした。その理由と魅力を探る。

<ニキ・ド・サンファル>

1、生い立ち
本名カトリーヌ・マリー=アニエス・ファン・ド・サンファル(1930〜2002年)パリ生まれ。母親に父親の事業失敗と浮気をニキの生誕のためとされ、拒絶され育つ。カトリック系学校に通うが反抗し放校、進歩的教育の学校で学ぶ。

2、絵画との出会い
18才(1948年)から一流ファッション誌のモデルとして活躍、19才(1949年)で結婚、21才で(1951年)出産。23才(1953年)で重度の精神疾患と診断され、治療で絵を描いたことから芸術の世界へ進む決意をする。美術教育は受けていない。
《無題》(1959年)など当初作品は抽象画家バロックの影響がある。

3、射撃芸術
31才(1961年)、《オードブル、あるいは私の恋人の肖像》をパリ市立近代美術館「比較:絵画−彫刻」展出展。観客が的に見立てた作品頭部へダーツを投げた。
同年、絵の具が詰まった石膏レリーフにライフル銃を発砲し当たった弾丸で絵の具が飛び散るパフォーマンス「射撃芸術」を行う。美しく若い女性が銃で破壊行為をするギャップが注目を集め1963年まで教会や男性性を題材とし同パフォーマンスを行った。
社会背景としてフランスでフェミニスト運動があり、フェミニスト芸術家とされた。

4、女性性
34才(1963年)、女性が聖母や娼婦など複数の顔を持つことを表現し《赤い魔女》、翌年《花嫁》などオブジェ作品を製作する。

5、「ナナ・シリーズ」と巨大立体作品
35才(1965年)、友人の妊娠から女性性が明るく生産性を持つ開放的なイメージへと変わった作品「ナナ」が誕生する。様々なバリエーションの「ナナ」を製作、販売した。ナナは娘を意味するスラング、家庭教師の愛称でもあった。
同年フランスでは夫婦財産制法律改正で、妻が夫の同意無しに職業につける権利が与えられ妻の財産権認可。

ストックホルム近代美術館のプロジェクトで《ホーン》(1966年)製作。「ナナ」の巨大版で女性像の性器から人を内部に入れる作品で初めてダン・ティンゲリーと共同製作した建築プロジェクトである。

ナナシリーズは色彩豊かで、黒いボディは黒人を表し、生産、伝統からの解放、自由と権利の主張だとした。《黒は特別》(「カリフォルニア・ダイアリー」より)(1994年)で「黒は特別(中略)黒人は今では私のことです。」と記した。

6、野外作品
エルサレムの公園の子ども達のためのプロジェクト(1971年)や《ストラヴィンスキーの噴水》(1983年)等、公共の場の野外作品をティンゲリーとともに手掛けた。

6、「タロット・ガーデン」
タロットカードをモチーフにした彫刻庭園。製作にはダン・ティンゲリーをはじめ、モザイクや鉄骨、コンクリート工事など多くの芸術家やスタッフが参加。母の死去(1978年)と同年着工である。
香水瓶をデザイン(1982年)し売上げを建築資金(全体の1/3)とする。家具や複数の作品を同様目的で製作した。
1998年から観光ガイドには載せず限定的に一般公開されている。

7、ヨーコ増田静江
日本でニキに注目し美術館を作り、多くの作品を保有した。

<色彩と心理>

著書『光学』(1704年)でニュートンは「色彩は光りそのものである」とした。
光は目を通し刺激は能へ伝わり人間の感情を作りだすのも能である。
1951年S.V.クラコブが赤い色は交感神経、青い色は副交感神経を刺激することを発見し、『色彩論』(1810年)のゲーテ一の流れを汲むルドルフ・シュナイダーは色が感情を生み、感情が行動を導くと結論づけた。
色彩心理学先駆者、精神療法医マックス・リュシャー博士(1923年〜)が色の好みは、心やホルモンの状態を反映していることを発見した。

<立体作品の色使いにおける「黒」>

ニキはナナシリーズ以降、カラフルな色使いの芸術家とされたが拘った色は「黒」である。何故、「黒」なのか。

ナナシリーズの黒いボディは黒人の生産性や自由なエネルギーに同調、解放を意味し使ったとしている。しかし、黒は色彩心理学では心の閉鎖、自己防衛、カモフラージュ、無言の自己主張などを表すとされ、光(=色)を反射せず吸収、内部へ通すこともない遮断の色である。

また、ニキの立体作品の着色において色同士が交わることは無く、黒の縁取りで区切られているものもあり、グラデーションの着色は無い。

例えば《ダンシングナナ、アンナ》(1966年)では直線を嫌ったニキらしい曲線であるが、服の模様の色は黒い縁取りで仕切られている。
色彩心理学で示す「赤」情熱的・行動的、「ピンク」甘え、「緑」協調性・自然体、「水色」柔軟性・解放など、ナナのテーマに相応しいが、それぞれの色は、カモフラージュ・拒絶などの意味を持つ「黒」で分断されている。
他の作品も色から様々な感情が一つの作品に共存すると推測できるが、それぞれの色は交わらない。

「タロットガーデン」も個々の作品の色やフォルムからは開放的で明るい印象であるが、「遮断」という視点では「黒」の意味と同様で、永遠に変わることなく外界と遮断した自分だけの世界を理想郷とした。その心理は、閉鎖的で内向的だとみてとれるのではないだろうか。

晩年の《手》(1982年)など精神世界をテーマとする作品になるとようやく縁取りが無いものや紺色系となり《ブッダ》(1999年)のように黒自体の印象が少ない作品も増える。しかしタロットガーデンの《女帝》(1985年)の内部や《大きな蛇の樹》(1988年)のように鏡の反射を用いたり金色など光を反射する作品が生まれ、吸収遮断の「黒」とは違うがそれらも光(色)を反射してしまい吸収せず内側へは通さず「遮断」する。
なかには《トエリスーカバのランプ》(1990年)、《ギルガメシュ》(1991年)など電球を使い自ら光を発する作品もあるが、タロットガーデン資金のための製作だという。

<作品の魅力>

ニキは今回の企画展においても、フェミニズムやジェンダー系書籍が特集として並び、時代背景からフェミニズム作家と位置づけ紹介されるることがある。
しかし、父親、母親、恋人、そして取り巻く身近な人々への怒りや感動を作品にし、次第に範囲が広がり黒人解放、エイズ問題などの社会的問題がヒントであり、男性全体を拒否してはいない。
『ボン美術館ニキ回顧展』(1992年)カタログで上野千鶴子は、ニキは女性だけの作品展出展を避けていたことや「フランスの女性解放運動はナナ・パワー展より2年後でニキの活動がフェミニストに似ていることからフェミニストとしたい人が少なくないのだ」(本文中記述カタログ『存在する権利』上野千鶴子著)とし、なぜなら作品製作に男性も多く加わり、結婚も出産も恋も経験済みである旨も記している。
フェミニスト芸術家という括りはジェンダー意識自体も変化し続ける今日では一層ミスマッチであろう。

つまり、ニキ作品の魅力は、ひとりの女性がその時々に見たものや体験から感じたものをそのままに表現した素直で単純な作品であり、それを見る人が自然に共鳴するからではないだろうか。

同時代、野外作品を製作した岡本太郎(1911〜1996年)は「芸術とは太陽のようなもの」で無条件で放射するものという信念があり、商品として個人所有となり人目に触れなくなることを望まなかったという。ニキが生まれた頃にパリで学び、評価もしていたという。岡本太郎の作品が意図的に意志を発信する媒体であるとすれば、ニキ作品は見る側が個々に共感する鏡で、強制的な意志を発していない魅力なのではないだろうか。

また「テロリストになる代わりにアーティストになった」(『絵筆は語る』 堀尾真紀子著 清流出版)というニキの言葉は、社会が抱えた問題解決のひとつとしての芸術の可能性を意味しているようで印象的であった。

  • (非公開)国立新美術館「ニキ・ド・サンファル展」のロビー吹き抜け天井に巨大バルーンが展示された。「みんなのナナ!」のコスチューム・デザイン応募で選ばれた作品である。
  • (非公開)展示会場内(撮影可)作品《ブッダ》(1999年) 訪日で見た仁王像と仏像がヒントとなったとヨーコ増田静江に宛てた手紙に記した作品である。
  • 987383_4e5530b39f4e493491a7038f0d1eee7c 《恋する大鳥》(1974年)ベネッセ本社ビル前の野外展示 ビル入り口脇に展示されている。ニキ作品は同社が所有する有美術館にも数点展示があるとのこと。
  • (非公開)《蛇の樹》(1992年)ベネッセ本社ビル前の野外展示 多摩センター駅からサンリオピューロランドへ向かう歩道途中のベネッセ本社ビルへ上る階段前の広場に展示されており、時々子どもたちが駆け寄って手を伸ばし触れていた。日光が当たると作品が一気に躍動的に見えた。 色が禿げている箇所などもあり、色彩豊かな野外展示作品のメンテナンスが今後大事なのではと考えさせられた。
  • 987383_85b90e3e505e4c879060279ee9340999 「タロット・ガーデン」パンフレット(ニキミュージアムギャラリー黒岩雅志氏より資料提供) タロットカード大アルカナ22枚(マルセイユ版「8正義」「11力」)をモチーフにし、ニキがどうしても完成させたかった理想郷を実際に見て感じてみたいニキの世界である。製作中《女帝》に定住した期間もあるという内部は特に興味深い。
  • 987383_6d5216ee141d4932aea1bedf9515688e 「タロット・ガーデン」パンフレット(ニキミュージアムギャラリー黒岩雅志氏より資料提供) 庭園内の作品配置とそれぞれのタロットカードや占いにおける配置の示す意味から、ニキが残したメッセージを探りたくなった。
  • (非公開)岡本太郎記念館のアトリエへ続く室内から庭を望む。

参考文献

黒岩有希著『ニキとヨーコ 下町の女将からニキ・ド・サンファルのコレクターへ』NHK出版
『2015年国立新美術館ニキ・ド・サンファル展カタログ』NHKプロモーション
増田静江監修『タロット・ガーデン』に来美術館
『1991年ボン近代美術館回顧展カタログ』より野間千鶴子著『存在する権利』
『現代美術第16巻 ニキ・ド・サンファール』野間佐和子発行講談社
堀尾真紀子著『絵筆は語る』清流出版
上野千鶴子著『女ぎらい ニッポンのミソジニー』紀伊国屋書店
小池岩太郎・畑野尚志監修 公共の色彩を考える会編『増補新装版 公共の色彩を考える』青砥書房
野村順一著『色の秘密』ネスコ
山脇恵子著『図解雑学 よくわかる色彩真理』ナツメ社
山脇恵子著『色彩真理のすべてがわかる本』ナツメ社
山内暢子著『色が導く幸運と癒しのバイブル 色彩セラピー』KKロングセラーズ
江森康文 大山正 深尾謹之助著『色 その科学と文化 新装版』朝倉書店
大杉浩司著『岡本太郎にであう旅 岡本太郎のパブリックアート』小学館クリエイティブ
アーサー・E・ウェイト著『タロット公式テキストブック』魔女の家BOOKS

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