歴史的文化財を・残す、生かす 〜神奈川県立歴史博物館(元神奈川県立博物館)・旧横浜正金銀行本店〜
はじめに
横浜の町並みは、安政6(1859)年に諸外国からの要求に答えた開港により作られていった。当時は、横浜村と呼ばれ住民350人位の小さな漁村であったが、10年後の明治元(1868)年には、3万人位となり、発展を遂げていくなかで海外の技術を取り入れた近代的西欧風の建築物が建設されていった。
現存する西欧風の建築物は、大正12(1923)年に発生した関東大震災を乗り越えたもの、その後に建てられたものがある。それらも第二次世界大戦の際の横浜大空襲を経て現在の横浜の町並みを形作っている。建造物の大部分は、歴史的建造物として文化財に指定され、その中でエースのドームを有する建物として市民に慕われている神奈川県立歴史博物館は、横浜正金銀行本店として竣工した建物で、現在は人文系の博物館として活用されている(写真1、2)。
神奈川県立歴史博物館を取り上げて「歴史的文化財を・残す、生かす」ということについて考察する。
1. 基本データ
名称 神奈川県立歴史博物館(元神奈川県立博物館)
創建時:横浜正金銀行本店
所在地 神奈川県横浜市中区仲通り5-60
設計 妻木 頼黄(1859-1916年)
建築監督 遠藤 於菟(1866-1943年)
起工 明治32年3月
竣工 明治37年7月
改修 大正13〜14年 関東大震災による被災後の改修
増改築 昭和41〜42年 神奈川県立博物館開館のための増改築
改修 平成5〜6年 人文系博物館(神奈川県立歴史博物館)への改修
その他 昭和38年3月 県指定の重要文化財
昭和44年3月 国指定の重要文化財
平成7年6月 国の史跡に指定
平成16年8月 旧横浜正金銀行本店創建100周年
平成19年11月 近代化産業遺産(横浜港周辺関連建設物群)に認定
平成29年3月 神奈川県立博物館開館50周年
2. 銀行として
横浜で開業していた貿易会社は輸出入品の決済を専門とする銀行の開業を政府に求め、政府もその必要性を認めることとなり、明治13(1880)年に横浜正金銀行が業務を開始した。輸出入貨物代金の決済、日清戦争後の賠償金受取り業務等の対外銀行業務が順調に推移していく中で新本店の建築が計画された。銀行は新本店の建築に際して大蔵省の建築家妻木頼黄博士に設計を依頼し、建築監督は遠藤於菟という当時の建築界の雄のタッグにより建築された。現在において横浜三塔と並び称されてエースのドームと呼ばれるドームを頂く銀行の建物が明治37(1904)年に竣工し、新たな建物による業務が開始された(写真1、資料1、2)。
横浜正金銀行は、外国為替、海外における銀行、通貨発行の業務を行い、第二次世界大戦以前は、世界三大為替銀行と言われるまでに成長していた。
3. 二度の災害を乗り越えて
モダンなドームを有する横浜正金銀行本店の建物、その姿も大正12(1923)年まででその年9月1日に起きた未曾有の災害によりその姿が一変することになる。その時に起きた関東大震災による火災により建物は1階から3階までのほぼ全ての内装と屋上のドームを焼失した。被災の翌年から改修工事が行われ、創建時からあったドームのない時期を迎えるのであった(資料1)。その後、昭和20(1945)年5月に第二次世界大戦における横浜大空襲により横浜が被災したが横浜正金銀行本店は大きな被害がなく乗り越えていった。
第二次世界大戦後に日本の舵取り役を任された連合国軍総司令官総司令部の勧奨、金融制度調査会の答申により普通銀行化が進められ、横浜正金銀行は普通銀行に改組された。横浜正金銀行本店は、普通銀行化により東京銀行横浜支店となり、普通銀行としての道を辿っていくことになる(資料2)。
4. 銀行から博物館へ
昭和30年代に県立博物館建設の話が持ち上がり、昭和36(1961)年に県内美術系各団体の請願、陳情が県に提出され、神奈川県議会において県立博物館設立の陳情が採択された。また、県教育委員会には博物館調査委員会が設置され、博物館設立のために動き出すことになる(資料2)。
神奈川県と横浜正金銀行本店を承継した東京銀行との話し合いにより、銀行の建物、土地を神奈川県が譲り受けて博物館に改装することとなる。譲り受けた後の建物は、関東大震災後の改修によりドームのない時代を過ごしていたがドームが復元され創建時の姿を取戻したのである(資料1、2)。
博物館は、神奈川県、相模の国の歴史、先人の遺産を中心とした人文系の展示を中心として一部自然系の展示物を展示した博物館として開館し、運営されて行った。昭和63(1988)年にまとめられた博物館整備の方針により、自然系の博物館が別途開館されることに伴い、博物館の改修計画が推進されることになる。建物が国の重要文化財となっていたこともあり、改修にあたり文化財を監督する文化庁と改修にかかる協議、調整を行ない、過去の改修により変更を加えられた箇所が創建時の状態に復元された。建物は、人文系博物館として改修され神奈川県立歴史博物館と改称されて開館し、運営されていくことになる。
横浜正金銀行本店その建物は、歴史的文化財として残り、生かされ、平成16(2004)年に創建100周年、平成29(2017)年には神奈川県立博物館開館50周年を迎えた。
5. 地域との共生
横浜は、開港の後に西欧風の煉瓦造りの建築物が数多く作られている。それらの建築物は、大正12(1923)年の関東大震災において多くの建物が灰塵にきし、横浜正金銀行もまた震災により建物内部、ドームが焼失した。他の建物で現在その姿を残しているものは、横浜三塔の一つジャックの愛称で知られている現横浜市開港記念会館であり、その他の多くの建物はその一部が遺構として残っているのみである。
横浜港周辺に関東大震災以後に新しく作られた建物は、西欧風の建物であるが関東大震災の教訓を活かして耐震性のある建物が建てられている。その中でも横浜三塔として知られ、横浜正金銀行本店を設計した妻木頼黄が所属していた大蔵省の建築家の設計によるクィーンと呼ばれる横浜税関本関庁舎、コンペ入賞者小尾嘉郎の設計によるキングと呼ばれる神奈川県庁本庁舎に代表される歴史的建造物が存在している。その他に周辺には西欧風の建造物が建設されていき、現在は歴史的建造物群の存在する地域となっている。(資料3)。
この地域は、歴史的建造物が多く残され、横浜市、神奈川県、国から文化財や歴史的建造物として認定されている。これらの建物は、神奈川県立歴史博物館と同様に地域と共生し、その景観の中で歴史的建造物群のある魅力的な地域となり、歴史的文化財を残す、生かす地域となっている。
6.歴史的文化財を・残す、生かす
文化財を残すということに関して大いに反省すべき点として明治維新におきた廃仏毀釈ということが挙げられる。この先人たちの行動により毀釈された文化財があったが数多くの文化財が残されている。
横浜正金銀行本店、その後の神奈川県立歴史博物館、その建物は明治を代表する歴史的文化財と言えるものである。第二次世界大戦以降においては、文化財所有者の努力だけではなく、法令、環境も整備されて文化財を保護することとなっている。保護は、文化財その物だけではなく、文化財の存在する場所、景観をも含めて残し、生かす施策がとられている。
法令面では、文化財保護法を柱として、古都保存法、都市計画法、景観法等で美術品、建築物等の文化財そのものだけではなく文化財が存在する町並み、景観等を含めて一体的に保護対象として残す、生かす法整備が行われている(資料4)。
おわりに
歴史的文化財は、私たちの先人が創り、残してきたものである。その文化財を私たちが残し、その文化財を生かしていく必要がある。文化財を残すこと、それは文化財を作られた状態のままで残すことも必要であるが、文化財を生かして、新たな命を与えていくこともまた文化財を残す一つの方策である。
神奈川県立歴史博物館は、創建された時代において日本経済の牽引役ともなった横浜正金銀行本店となっていた建物である。その建物は、モダンなドームのある建物が2度の災害を乗り越えて、一時ドームの無かった時代もあったが今はドームも復元され、新たな命を与えられている。館内に収蔵された神奈川県、相模の国の先人たちの遺産すなわち歴史的文化財とともに今の時代に残り、生かされている。そしてこれからも生き続けていくことになる。
先人の残した遺産である歴史的文化財を私たちは、残し、生かしていくことを心に刻んでいきたい。
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<写真1>創建時【横浜正金銀行本店】
(1904(明治37)年頃・神奈川県立歴史博物館所蔵) -
<写真2>現在【神奈川県立歴史博物館(旧横浜正金銀行本店)】
(2019年12月12日、筆者撮影) -
<資料1>【旧横浜正金銀行本店の起工から現在まで】
(筆者作成、写真①〜⑤神奈川県立博物館所蔵、写真⑥2019年12月12日筆者撮影) -
<資料1>【旧横浜正金銀行本店の起工から現在まで】
(筆者作成、写真①〜⑤神奈川県立博物館所蔵、写真⑥2019年12月12日筆者撮影) - <資料2>【関連年表】(筆者作成)
- <資料2>【関連年表】(筆者作成)
- <資料2>【関連年表】(筆者作成)
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<資料3>【神奈川県立歴史博物館周辺の主な歴史的建造物】
(筆者作成、写真2019年12月12日、筆者撮影) -
<資料3>【神奈川県立歴史博物館周辺の主な歴史的建造物】
(筆者作成、写真2019年12月12日、筆者撮影) -
<資料4>【「文化財・残す、生かす」に関連する主要施策の歴史的変遷(戦後〜現在)】
(筆者作成)
参考文献
[1]神奈川県立歴史博物館編集『特別展 重要文化財旧横浜正金銀行本店本館創建100周年記念 横浜正金銀行 ―世界三大為替銀行への道―』、神奈川県立歴史博物館発行、2004年7月22日
[2]神奈川県教育庁生涯学習部博物館開設準備室編集協力『重要文化財 旧横浜正金銀行本店本館 復元の記録』(株)国設計、(株)竹中工務店、(株)乃村工藝社発行、平成7年3月31日、
[3]神奈川県立歴史博物館編集『神奈川県立博物館・神奈川県立歴史博物館 50年のあゆみ』、神奈川県立歴史博物館発行、2018年3月31日
[4]横浜開港資料館著『横浜・歴史の街かど』、神奈川新聞社発行、2002年10月1日
[5]納屋嘉人発行『横浜洋館散歩 山手とベイエリアを訪ねて』、(株)淡交社発行、平成17年7月25日
[6]北原遼三郎著『明治の建築家・妻木頼黄の生涯』、(株)現代書館発行、2002年6月20日
[7]2020/10/3閲覧、神奈川県立博物館HP
http://ch.kanagawa-museum.jp
[8]2020/10/3閲覧、神奈川県立歴史博物館HP、「横浜正金銀行のあゆみ」
http://ch.kanagawa-museum.jp/dm/syoukin/ysb_ayumi/nenpyo/mp_nenpyo.html
[9]2020/10/3閲覧、神奈川県立歴史博物館HP、「催し物案内」
http://ch.kanagawa-museum.jp/events
[10]2020/10/3閲覧、神奈川県立歴史博物館HP、「2020年催し物案内リーフレット」
http://ch.kanagawa-museum.jp/uploads/2020_moyooshimonoannai.pdf
[11]2020/11/11閲覧、横浜市HP「歴史を生かしたまちづくり要綱」、都市整備局
https://www.city.yokohama.lg.jp/kurashi/machizukuri-kankyo/toshiseibi/design/ikasu/rekisi-youkou.html
[12]2020/11/11閲覧、横浜市HP「横浜市公共事業景観ガイドライン(令和元年5月)」、横浜市都市整備局
https://www.city.yokohama.lg.jp/kurashi/machizukuri-kankyo/toshiseibi/keikanchosei/keikan_guideline.files/kokyogl_all.pdf
[13]2020/11/11閲覧、横浜市HP、「関内地区都市景観形成ガイドライン(平成19年11月)」、横浜市都市整備局都市デザイン室https://www.city.yokohama.lg.jp/kurashi/machizukuri-kankyo/toshiseibi/toshin/kannaikangai/kannai/kannai-keikan.files/0006_20180925.pdf
[14]2020/11/11閲覧、横浜市HP、「関内地区都市景観協議地区(平成19年11月)」、横浜市都市整備局
本文 https://www.city.yokohama.lg.jp/kurashi/machizukuri-kankyo/toshiseibi/toshin/kannaikangai/kannai/kannai-keikan.files/0004_20180925.pdf
該当地区図 https://www.city.yokohama.lg.jp/kurashi/machizukuri-kankyo/toshiseibi/toshin/kannaikangai/kannai/kannai-keikan.files/0005_20180925.pdf
[15]2020/11/11閲覧、横浜市HP「横浜市認定歴史的建造物」
https://www.city.yokohama.lg.jp/kurashi/machizukuri-kankyo/toshiseibi/design/ikasu/nintei-ichiran.html
[16]2020/11/11閲覧、横浜市HP、「横浜港の歴史年表」
https://www.city.yokohama.lg.jp/kanko-bunka/minato/taikan/manabu/rekishi/history0.html#nenpyou
[17]2020/11/11閲覧、国土交通省国土技術政策研究所HP「歴史を活用したまちづくりについて」
http://www.nilim.go.jp/lab/bcg/siryou/tnn/tnn0723pdf/ks072306.pdf
[18]2020/11/11閲覧、国土交通省HP、「景観法の概要」平成17年9月国土交通省都市・整備局都市計画課「景観法」説明資料
https://www.mlit.go.jp/crd/townscape/keikan/pdf/keikanhou-gaiyou050901.pdf
[19]2020/11/11閲覧、国土交通省HP、「美しい国づくり政策大綱(平成15年7月)」
https://www.mlit.go.jp/keikan/taiko_text/taikou.html
[20]2020/11/11閲覧、公益社団法人横浜歴史資産調査会HP
https://www.yokohama-heritage.or.jp/index.html
[21]2020/12/22閲覧、e-GOV法令検索(法令制定内容確認)
https://elaws.e-gov.go.jp/