神楽坂の街並み ガイドラインによる景観保存の役割

旭井 理磨

1.はじめに
神楽坂は新宿区に位置し、旧江戸城の外濠に接し、明治大正期には山の手銀座と呼ばれて商店街が栄え、多くの文豪に愛された町である。石畳の路地に、昔ながらの料亭や家があり風情ある街として知られ、観光者も多く、昼から夜にかけて人が賑わっている。
このレポートでは、新宿区策定による「新宿区景観まちづくり計画」から神楽坂の街並み保存について考察する。

2.所在地・歴史・構造について
(1)所在地・歴史
東京都新宿区の東部に神楽坂は位置する。江戸時代に揚場として栄え、武家地や寺社が集まっていた地域であった。明治時代には、武家地分割によって路地が形成され、花柳界と花柳界に根ざした商店の多い繁華街に変わり、呉服店、小間物屋、料亭、割烹の店が並んでいた。また、寺社、寄席跡、演芸場跡などがあり、文化が栄えた町だと分かる。その後、東京大空襲によって焼け野原となったため、今の町並みの基礎は、戦後に建て直されたものである。
(2)現在の構造
神楽坂通りを中心とし、いくつかの横丁通りが交差し、その中に細い路地が構成されている。どの通りにも小さな飲食店が軒を連ね、競争率も高く、建物の改装も多い場所である。神楽坂通りの歩道は、石畳を感じさせるように舗装され、けやきが道沿いに植えられ、飯田橋駅方面からの上り坂となっている。花柳界が栄えた場所として現在確認できる店は、呉服店、小間物屋が数件、東京神楽坂組合で指定している料亭が4件で、今も芸者が店で接待をしている。また、国登録有形文化財である旧常盤家は本田横丁から建物の正面を見ることができ、入場不可ではあるが、住居者が保存し続けている。

3.新宿区策定による「新宿区景観形成ガイドライン」による、神楽坂の景観保護の成立と取り組み
新宿区は、平成21年に「新宿区景観まちづくり計画」を策定し、地域の個性、文化、歴史、自然を残しつつ、調和のとれた景観を作る推進を続けている。この計画には、地域特性に応じた景観誘導として「新宿区景観形成ガイドライン」があり、神楽坂地区は新宿区神楽坂一~五丁目および袋町各地内を「粋なまち神楽坂地区」と位置づけている。また、エリア別にも構成されていて、神楽坂三~五丁目にあたる地域を「2-4神楽坂(路地・横丁)エリア」としている。このエリアの景観形成の方針は、①神楽坂通りのきめ細やかなまちなみを継承する、②伝統的な和の風情を感じる路地のまちなみを継承する、③まとまりのある横丁景観をつくる、としている。
新宿区は神楽坂商店街組合と協議しつつ、この地区計画を作り、現在も街の方々と協力してガイドラインを改訂している。新規参入する業者への事前協議の際に活用しているが、業者の表現の自由を考慮することも必要となるため、強制的なルールというわけでなく、これから店舗を建設する際に誘導するためのツールとしている部分も大きいのである。

4.「新宿区景観形成ガイドライン」による神楽坂の景観保存の評価対象
(1)石畳
細い路地の多くで、石畳をみることができる。兵庫横丁は神楽坂路地の中で一番古い石畳が残っており、その路地には、昭和20年代後期に建てられ、作家が使用した「ホン書旅館和可菜」は現在も営業を続けている。石畳の幅は広がっているものの、日本の和を感じられる場所である。また、小さい正方形の石を並べた石畳が有名であるが、道によっては大きな石が並べられ、高さも合っていない場所も見つけることができ、手を加えていない、風情のある路地を確認できる。
(2)周囲とのつながり
路地内は、外見は黒い塀で囲まれている店舗か、白壁の民家の一階部分を店として構えている造りが多く、表現の自由は店内か看板だけで、看板がなければ飲食店と分からないような建物が多い。突出して目立つ店構えをしないことで、街並みとの調和ができているのである。本田横丁では、小さなお店が両側に連なっているものの、突出して目立つ看板は見当たらない。これは、隣通しのお店との調和を大切にしているといえる。また、神楽坂通りに面しているお店は、ショウウィンドーを設置して、お店の様子を確認して入りやすいような工夫のある店が多い。全てのお店が、周囲の街並みと調和しているわけではないものの、店構えの色のトーンを落としたり、木造建築であったりと、努力をみることができる。
(3)照明
路地内では、お店の看板のライトアップを強くせず、オレンジ色の照明にしているところは、和の雰囲気を保つために皆がガイドラインに沿って工夫し協力している。夜間の照明は、店舗からの光とオレンジ色の街灯であり、石畳が光を反射して見にくさを感じさせない場所もあるが、基本的に路地は暗い。また、細い路地の周りの、高さのある黒い塀、建物の白い壁、石畳のグレーに囲まれてしまうと、視界は自分の目の高さだけになる。そのため、石畳に段差がある場合や、石畳に隙間が広がった歩きにくい箇所、神楽坂特有の坂や階段も合わさると、足元は良いとは言えない。回遊性と暗い照明による魅力は、神楽坂路地の特性であるが、歩きにくさも感じられる。

5.豊島区の「豊島区景観計画」との比較
隣接区である豊島区では、平成5年制定の「豊島区アメニティ形成条例」を見直し、平成28年「豊島区景観計画」を策定し、現在、パブリックコメントを活用して方針やルールについて検討中である。その中の「雑司が谷地域」との比較をする。
(1)雑司ヶ谷について
雑司ヶ谷には、雑司ヶ谷霊園、御嶽坂、鬼子母神、大門ケヤキ並木、雑司が谷旧宣教師館等、保護すべき場所は神楽坂と同様に多い。大門ケヤキ並木では、神楽坂よりも大きい石畳が敷かれており、鬼子母神へ続く道は車も人も少なく、何本かの大きなケヤキの木が目に入ってくる。雑司ヶ谷霊園には、夏目漱石などの有名な方のお墓があり、とても綺麗に整備されている。また、木造洋風建築の雑司が谷旧宣教師館は、無料で入ることができ、建物の中も外も、清潔に保たれている。
豊島区では、「雑司ヶ谷霊園や寺社などのみどりを生かして、潤いの広がる景観形成が必要」とし、現在検討中であるものの、街全体は静かで、綺麗に保たれている。池袋駅から近いが、寺町であることもあり、全体的に緑が多く残っている。オフィスや商業施設等の大きなビルもなく、問題点も少ないように感じられるが、現在、都電荒川線上の地下にトンネルを作る長期の大規模工事が発生しており、平成30年に終わるとのことだが、工事後の景観について考える必要がある。
(2)神楽坂と雑司ヶ谷の比較
雑司ヶ谷はお店が少ないためか、照明や街並みの色などを制定していない。一方で、神楽坂にはお店が多い分、店舗や人の移り変わりもあり、街並み保存や調和の大変さを感じる。また、雑司ヶ谷には鬼子母神、神楽坂には赤城神社という街のコミュニティの中心的な存在がある。景観計画では、鬼子母神参道は「日常生活に密着した親しみのある街並みをめざす」となっており、赤城神社周辺では「神社の雰囲気と調和できる色彩を設定する」とあり、どちらも景観計画に合った街づくりがなされているように感じる。しかし、神楽坂という昔からの細い路地、住宅、多くの小規模店舗、寺、会社など、地域の中に様々な生活空間が成り立っているなかでの景観計画は、各場所を活かせるような具体的な方策が細かく設定してあり、新宿区と神楽坂住民の努力が感じられるのである。

6.今後の展望について
今後は町並みも高齢化対策が必要となり、車椅子では狭い路地も階段も通れず、足腰の弱い人には石畳の段差は厳しくなることが予想されるが、神楽坂の路地にスロープをつけるには、少し狭すぎると感じる。昔からの料亭や、年配客が多いことを考えると、日本らしい景観を保存しつつ客を維持することが、今後の高齢化社会に向けて、石畳は課題となるであろう。しかし、現在まで残る細い石畳の路地、そして神楽坂独特の和の雰囲気と静けさを次の世代に残すことが、本当の意味で景観保存であると考える。

  • 神楽坂通り 神楽坂通り:歩道は石畳調に舗装されている。ケヤキ並木の上り坂である。昼頃から夜にかけて、人通りが多く、タクシーも多い。この道を直進すると飯田橋駅に、後退すると神楽坂駅へと繋がる。
  • 本田横丁 本田横丁:道の両側に小さい店舗が軒を連ねるが、看板や色の調和がある。
  • 兵庫横丁 兵庫横丁:神楽坂内で一番古い石畳が残っている。左側の建物は「ホン書旅館和可菜」。照明も最低限の設置である。
  • 路地の黒壁 路地の黒壁:壁から離れて顔をあげれば、黒壁の向こうに建物があることを確認できるが、路地内を歩く目線では、黒壁のみである。
  • 路地の石畳 路地の石畳:照明は少ないが、石畳に光が反射している。奥には階段があるのだが、手前からでは良く見えない。先の路も見えず、回遊性がある。
  • 昼間の路地 昼間の路地:形の整っていない石畳。高さも合っていないため、歩きづらさがあるものの、風情を感じる場所でもある。一人で通るだけの道幅だがお店があり、驚かされる。
  • 雑司ヶ谷の大門ケヤキ並木道 雑司ヶ谷の大門ケヤキ並木道:神楽坂と比べると人や車はかなり少ない。自然は多く、住宅街でもあることからか、ゴミも少なく綺麗になっている。この石畳とケヤキ並木を通り、左へ曲がると鬼子母神へと繋がる。

参考文献

<参考文献>

新宿区『新宿区景観まちづくり計画 新宿区景観形成ガイドライン 平成27(2015)年3月改訂版』、新宿区
新宿区立新宿歴史博物館『新宿区立新宿歴史博物館 常設展示図録(新装版)』
NPO法人粋なまちづくり倶楽部『粋なまち神楽坂の遺伝子』東洋書店
渡辺功一『神楽坂がまるごと分かる本』株式会社けやき舎、2007年
神楽坂通り商店会『http://kagurazaka.in/qa/index.html』
東京神楽坂組合『http://www.kagurazaka-kumiai.net/』
豊島区「豊島区ホームページ」『豊島区景観計画』
https://www.city.toshima.lg.jp/296/machizukuri/toshikekaku/kekan/1603291553.html
新宿区都市計画部景観と地区計画課へインタビュー(2016年2月)

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