
自然の竹香る「房州うちわ」伝統的工芸品の今
1.はじめに
自然の竹香る「房州うちわ」伝統的工芸品の今について、その基本データと歴史的背景、国内の他のうちわ産業と比較して特筆される点、積極的に評価する点や今後の展望について考察する。
2.基本データと歴史的背景
京都の「京うちわ」、香川の「丸亀うちわ」とともに日本を代表する三大うちわに数えられる千葉県南部(南房総市、館山市)で製作される「房州うちわ」がある。房州の山野には、うちわの材料となる女竹が自生し温暖な気候のため節間が長い良質な竹が採れ江戸時代から明治期にかけて女竹を日本橋へ海上輸送するための港として富浦港(写真①)もその役割を担っていた。筆者が訪れた南房総市の「うちわの太田屋」もこの港の近くに店を構えている(写真②)。女竹は日本橋に運ばれ加工され「江戸うちわ」となった。明治期に入ると房州でも東京からうちわ職人を雇い入れ、うちわの骨組みの生産をはじめた。その後、大きな転機となったのが1923年の関東大震災で東京が壊滅的被害を受け日本橋のうちわ職人が女竹の産地である房州へ移り住んだことにより本格的な「房州うちわ」の生産がはじまった。昭和初期には年間800万本程度に達するうちわ生産地となり漁村の女性たちの内職として歓迎され母から娘へと受継がれ全盛期には内職に関わる人々は1000人程度に達した。
しかし昭和40年代からの扇風機、ガスコンロ、電気釜、続くクーラーの登場、近頃では携帯の扇風機を持ち歩く人々の光景も日常的になった今日、生活のなかでうちわで扇ぐ習慣が減少し「房州うちわ」生産量は年間数万本以下に減少していった。しかし生活の電化は、日用品のうちわから竹素材の伝統的工芸品へとその性格を変化させた。こうしたなか地元のうちわ産業を活性化させるため平成14年、南房総市と館山市において行政とうちわ事業者約30名が「房州うちわ振興協議会」を立ち上げた。伝統的工芸品催事への出展や後継者の育成、地元小中学生に伝統的工芸品についての教育、また市民・観光客を対象としたクラフト体験工房もはじめた。こうした取り組みが平成15年に「房州うちわ」は千葉県ではじめて国の伝統的工芸品に指定され「房州うちわ」の新しい魅力を発信するチャンスが訪れた。
3.国内の他のうちわ産業と比較して何が特筆される点かについて
(1)三大うちわの握り柄にはそれぞれの特徴がある。「京うちわ」は、うちわ面を後から差し込む「差し柄うちわ」である。「丸亀うちわ」は、真竹を平たく削った「平柄うちわ」である。「房州うちわ」は、女竹の形状をそのまま残した「丸柄うちわ」である(写真③④)。房州うちわは、女竹の垂直部分の長さ約40cm、直径約1.5cmを選定し、下から三分の一の部分に節がくるように切り揃え、節の上部を40~60本に割き、うちわの骨とし、節の下はそのまま丸柄として活用する。細かく割いた骨を糸で格子状に編んだ立体的な「窓」は美しく、北斎画や浮世絵などの「うちわ絵」は江戸情緒を醸し出し、女竹独特の「しなり」は、心地よい風を生み出す。(写真⑤)
(2)「房州うちわ」の魅力の発信について
a. 最近の広報活動では、2024年12月、ホテルオークラ東京ベイでの展示販売、2025年5月大丸松坂屋百貨店での実演販売、2025年6月、関東ブロック伝統的工芸品展(浅草)に出展、2025年7月、フランスのパリ・ジャパンエキスポ!へ海外出展している。また実店舗として、千葉県内20店舗、東京1店舗、ネット販売として1店舗を運営している。
b. SNSなどで国内外へ「房州うちわ」の魅力やクラフト工房、職人の技などを発信している。 房州うちわ生産地の地元の小中学生に対する伝統的工芸品についての教育をおこない郷土愛を育んでいる。
(3)後継者の育成について
「房州うちわ振興協議会」は、うちわ職人を目指す人材に対し「房州うちわ振興協議会認定職人」を定め、より専門的な高レベルの技術の継承を図っている。一人前のうちわ職人になるには最低でも3年はかかるといわれている。しかし、このように時間をかけた職人の育成が最も重要であるとベテランのうちわ職人は対話のなかで強調していた。このような新人の職人が将来、千葉県内の各所のクラフト体験工房の講師として派遣され「房州うちわ文化」を広める役割を担っていく。
4.「房州うちわ」産業のどんな点について積極的に評価しているかについて
生産量が落ち込む地元うちわ事業者と行政(南房総市・館山市)が一体化したうちわ産業の振興「房州うちわ振興協議会」の立ち上げや機械による大量生産に頼ることなく竹の風合いを生かした地道な手作業でうちわ製作を継承している。また国内外における展示・実演・販売も積極的におこなっている。後継者の育成として1コースに職人を目指す人員を10名程度に限定し、うちわ作りの約21行程のすべてにわたり専門的な技術習得を目標に掲げ、長期間をかけた職人育成を目指す一方、千葉県内の各所で市民レベルの比較的軽易なうちわ作りのクラフト体験工房の開設の2方向を両立させ、それぞれが相乗効果を生み伝統の継承が体系的にはじまっている点が積極的に評価できる。
5.今後の展望について
房州うちわの主体的な団体である「房州うちわ振興協議会」の今後の課題として、後継者の育成、販路開拓、新商品の開発の3点が上げられる。うちわの太田屋の太田美津江氏は「房州うちわ振興協議会」の代表者でもあり後継者の育成について「当初は若者に対しうちわ作りは収入が少ないのであまり勧めることをしなかったが熱心な若者が意外と多く、気が付かなかったアイデアや販路の拡大など若者の発想の意外性を認めた」と語っている。「房州うちわ振興協議会」は、これまで分業で実施していた「うちわ作り」を全行程を一人でおこなうことのできる職人の育成に取りかかり、専門的技術の継承を促進させている。これを乗り越えた受講生を「房州うちわ振興協議会認定職人」と認定し、うちわ職人の道を開いている。
もう一つの流れは、うちわの骨組みが完成された状態から、うちわ骨に和紙や布を張り骨の間隔を均一にし表に自分好みのうちわ絵を貼り乾燥・裁断して側面を和紙でテーピングし整え完成させる比較的容易なクラフト体験が市民に人気があり筆者も4回ほど参加している(写真⑥)。このようなクラフト体験の講師が「房州うちわ振興協議会認定職人」に認定された人材であり千葉県内の工房で活躍していく。
販路の拡大の面から観れば「うちわ教室」の広報活動をより広範囲に周知させることも重要である。たとえば自分で描いた絵画・イラストなどを「うちわ絵」として残したい人々が自由に参加できる「うちわ教室」の増設も販路を拡大させる一つの方法ともいえる(写真⑦)。また地元の小中学生に房州の美しい風景を題材とした「うちわ絵コンクール」を催し、クラフト体験と一体化した伝統的工芸品の教育も「房州うちわ」販路拡大につながる方策といえる。もう一つの重要な視点は、日本を訪れる外国人にとって「うちわ」「扇子」は、お土産として人気があり特に携帯しやすい小型のサイズが好評である。25cm程度の短い竹細工のうちわ本体と浮世絵などの和風のうちわ絵の組合せが人気商品となる可能性がある。
6.まとめ
自然の竹香る「房州うちわ」伝統的工芸品の今について模索してきたが調査・研究を通して「房州うちわ職人」の下向きな伝統的工芸品を守っていく心意気が伝わってきた。しかし客観的な視点で時代に即した人々のうちわに対する要求を感じ取るアンテナも必要である。特に新商品の開発は販路の拡大にもつながる。世界の人々が和風の魅力に目覚めている今、自然の竹香る「房州うちわ」には、その魅力と創造性(写真⑧)が無限にあると考察する。
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写真① 現在の富浦新港「旧冨浦港」(2025年8月5日、筆者撮影)
江戸時代から明治期にかけて、日本橋へ女竹を海上輸送するための港として鉄道が開通するまで主要な役割を担った。 -
写真② うちわの太田屋と太田美津江氏、伝統工芸士であり「房州うちわ振興協議会」の代表者でもある。
(2025年8月29日、筆者撮影) -
写真③ うちわ柄(握る部分)の区分(2025年8月23日、房総のむら、筆者撮影) -
写真④ 日本三大うちわの柄の特徴(2025年8月23日、房総のむら、筆者撮影) -
写真⑤ 「房州うちわ」の細部の特徴(2025年10月3日、筆者撮影) -
写真⑥「房州うちわクラフト体験工房」のようす、うちわ制作中の筆者と講師を補佐するうちわスタッフ(2025年8月23日、うちわスタッフ撮影) -
写真⑦ 筆者が製作したうちわ絵(2025年10月5日、自宅、筆者撮影) -
写真⑧ 小型開閉型のうちわの一例(高さ25cm程度、結び目は茶道の長緒の結びを応用)アイデア、うちわ絵は筆者案(2025年12月5日、自宅、筆者撮影)
参考文献
①Pref.chiba.lg.jp房州うちわ今昔ー千葉県 2025.7.14閲覧
②YOHOO!JAPANニュース(2025.7.3)房州うちわの美と技。風神雷電とともにパリ・ジャパンエキスポへ!2025.7.15閲覧
③ota-ya.nt 2025.7.16閲覧
④minamiboso.chiba.jp 2025.7.16 閲覧
⑤chiba prefecture 千葉県教育委員会22.房州うちわ今昔 2025.7.16閲覧
⑥uchiwa.info 2025.7.17閲覧
⑦芸術教養1「房州うちわの伝統技術の継承と地域活性化」(筆者の提出課題)引用
★フィールドワーク
①2024年9月28日(土)房総のむら(千葉県印旛郡):うちわクラフト体験参加(講師:吉良明美氏)
②2025年7月12日(土)うちわの太田屋(千葉県南房総市):うちわ店の視察、インタビュー(太田美津江先生)
③2025年8月2日(土)うちわの太田屋(千葉県南房総市):うちわクラフト体験参加(講師:太田一男氏)
④2025年8月23日(土)房総のむら(千葉県印旛郡):うちわクラフト体験参加(講師:吉良明美氏)
⑤2025年8月29日(金)うちわの太田屋(千葉県南房総市):うちわクラフト体験参加(講師:太田一男氏)