
「見えない建築」が描く地域の未来 ― 安藤忠雄「四季のアーケード」(青森市)のランドマークとしての潜在性と展望 ―
はじめに
青森市の国際芸術センター青森(以下、ACAC)には、世界的建築家・安藤忠雄が設計した「四季のアーケード」がある。ACACへと誘導する回廊であり、市民の芸術体験の入口を象徴する建築物である。
このアーケードは地域社会にとって、どのような意味を持ちうるのか。本稿では、地域のランドマーク(註1)の観点から評価し、今後の展望を示すことで、四季のアーケードの潜在性を明らかにする。
なお、本稿は筆者の先行研究(註2,3)を基礎に、ランドマークの観点で再整理し発展させたものである。
1. 基本データと経緯
四季のアーケードは、国道からACAC展示棟へと続く全長約100m、高さ約3mのドーム型アーケードである。ACACは2001年、青森市制100周年記念事業として開館し、八甲田山麓の33.5ヘクタールの広大な森林環境の中に、同じく安藤忠雄設計の展示棟、創作棟、宿泊棟が配置されている。美術館がなかった当時の青森市において、市民の芸術体験を目的にアーティスト・イン・レジデンスの拠点として開設され、毎年、国内外から作家を招聘し、作品制作や展示、ワークショップ等を実施している。年間利用者数は1万人前後で推移しており、市民の芸術体験の場として一定の定着を見せている(資料1)。
2. 建築的特徴と評価
2.1 空間的魅力と革新的構造
四季のアーケードは、県産杉を網目状に組んだ独自のドーム構造で、「見えない建築」をテーマに森林の中に隠れるように建てられている。網目から差し込む光と影が季節や時間とともに変化し、春の木漏れ日、秋の落葉の彩り、冬の雪に包まれた静謐な佇まいなど、多様な表情を見せる。自然と人間の間に網目を介在させることで、光と自然の存在をより鮮明に知覚させる美的空間となっている。冬には雪国の人々の暮らしを思わせるように雪に埋もれてその姿を隠す(資料2)。「見えない建築」には、建物の存在そのものより、自然と人間との関係性を重視する安藤の哲学的意図が窺える。
また、豪雪という「負荷」を構造的合理性と空間体験の価値へと転換している点でも革新的である。網目状のドーム構造は積雪を左右に落として荷重を軽減し、上部に薄く残った雪は柔らかな自然光を透過させる屋根として機能する。近年、青森市の商店街では景観上の理由などからアーケードが消失しつつあるが、本構造は雪国におけるアーケードの役割を再解釈させる存在といえる(資料3)。
2.2 ランドマークの観点での評価
津川康雄はランドマークの成立要素として、記号性、象徴性、場所性、認知・視認性を挙げる(註4)。
四季のアーケードは、その名称や青森の自然特性を活かした安藤作品である点において、記号性・象徴性を備える。八甲田観光の幹線ルート上に位置し、誰でも無料で出入りできる市民に開かれた場所性も持つ。一方、「見えない建築」ゆえに森林の中に隠れており、国道からの視認性が低く、動線上の情報表示も限定的であり、初来訪者の誘導に対しては一定の改善余地が認められる(資料4)。
3. 「石の教会」との比較
ランドマークとしての特性を相対化するため、同じく自然と調和する回廊型建築で、地域の象徴として定着している「石の教会 内村鑑三記念堂」(以下、石の教会)と比較する(資料5)。
3.1 共通点
石の教会は、軽井沢の自然環境と調和した石積みのアーチ状回廊が特徴で、石積みの合間から自然光が内部に差し込み神秘的な空間を形成する。明確な記号性と精神的・憧憬的な象徴性があり、自然と調和した空間造形として、四季のアーケードと共通した魅力がある。また、星野リゾートエリア内にあり、無料で見学できるなど、観光動線上で広く開放された場所性でも共通する。
3.2 相違点
石の教会は、星野リゾートの運営のもと非信者や観光客にも開かれ、ブライダルや宿泊、商業施設など地域経済と多角的な関係を築き、観光経済圏における観光ランドマークとして確立している(資料6)。
一方、四季のアーケードは、市民の散策やアート体験、撮影といった生活文化圏に位置づけられる。その発展は、市民の認知や体験、創作といったボトムアップ活動の積み重ねに委ねられている点で大きく異なる。
安藤は建築当初のインタビューで、「この建築物を青森市民によって育てていってほしい。その可能性を生ませるために『がらんどう』をつくった」と述べており(註5)、特定の領域や用途に固定されない創造への余白を内包する。それゆえに明確な展望が描きづらいという側面がある。
4. 文化的ランドマークとしての展望
そこで本稿では、この創造への余白を文化的ランドマーク形成への基盤と捉え、それによる展望を提起する。津川は、利用者の認知と体験が象徴性へ転化し、地域イメージを形成することでランドマークが成立すると述べており(註6)、これに沿って具体策を述べる。
4.1 市民の情緒体験による象徴性の涵養
四季のアーケードは、デートスポットやインスタ映えするスポットとして取り上げられるなど(註7)、若い世代を惹きつける魅力を有している。このような若い世代の情緒的体験がランドマークへと発展した例として、「恋人たちの橋」が挙げられる。世界には同様の橋がいくつか存在するが、その一つフランクフルトの事例では、欄干に南京錠をかける行為が永遠の愛の証とされ、大量の南京錠が蓄積されランドマーク化している(資料7)。
四季のアーケードにおいても、例えば、訪問者が想いを落ち葉などに書き記し、その積み重ねが市民モニュメントとして形成されるといった市民参加型アートプロジェクトの常設が考えられる(資料8)。このような個人の強い感情を伴う体験の反復は、場所との情緒的結びつきを深化させ、その蓄積によって象徴的意味が育まれる。
4.2 地域イメージの形成
この情緒的結びつきを地域イメージとして展開する方法として、「恋人の聖地」認定制度(註8)の活用がある。北九州市の「ブルーウィングもじ」では、「跳ね橋が下がり、手をつないで渡ったカップルは永遠に結ばれる」という物語性が認定され、近隣ブライダル産業と連携したブライダルツーリズムの促進につながっている(註9)。
四季のアーケード周辺には、結婚式場「八甲田チャペル」やリゾートホテル「八甲田ホテル」が存在し、2024年からは県内5つの美術館が連携したアートツーリズムも始まるなど受入環境が整っている(註10)。前述のアートプロジェクトにロマンチックな物語性を重ねることで、恋人の聖地申請も視野に入る。案内板も「恋人の聖地 四季のアーケード」といった記号性を加えることで、認知・視認性の課題の一助にもなり得る。
4.3 地域イメージを活用した地域社会との協働
恋人の聖地としての地域イメージを地域経済と連動させる手段として、ふるさと納税制度(註11)の活用がある。昨今、返礼品の多様化に伴い、作家が企画に参画する例も増えている(註12,13)。ACACでも作家と行政や地場産業が協働し、恋人の聖地ブランドに滞在作家の創造性を活かした返礼品企画も有効である。
ふるさと納税は、作家の経済的支援や地場産業の付加価値創出、青森市の歳入に寄与し、アートと地域社会の間に経済循環を生み出す。これは、市民のアート体験という役割から、アート活動による地域創造へと社会機能を多角的に発展させることを意味する。
おわりに
本稿では、四季のアーケードが、認知・視認性に課題を残しつつも、記号性・象徴性・場所性といったランドマークの基礎的条件を備えることを示した。また、石の教会との比較を通じて、観光経済圏のランドマークとは異なり、四季のアーケードは市民の生活文化圏にあり、その形成は市民の活動の積み重ねに依ることが示唆された。それゆえに明確な展望が描きにくい存在でもある。
そこで本稿では、文化的ランドマークとしての展望の提起を行った。具体的には、ロマンチックな体験を伴う市民参加型アートプロジェクトを常設し、恋人の聖地認定により地域イメージを形成すること、さらに作家と地域が協働し、地域イメージを活かしたふるさと納税返礼品を創出し、経済循環を伴う関係構築へ発展させるシナリオを示した。これらの取り組みは、安藤忠雄の「市民によって育ててほしい」という想いを、今日的な文脈で体現する試みといえる。
このように四季のアーケードは、市民のアート体験の入口にとどまらず、地域のアイデンティティを象徴し、アート活動を起点に地域社会の創造活動を誘発する存在へと発展し得る。すなわち、文化的ランドマークとしての潜在性を有し、市民が誇れる文化資源であるといえる。
参考文献
【註】
註1 地域のランドマークとは、津川康雄の定義に基づき、地理的空間における可視要素の一つであり、象徴性、記号性、場所性、認知・視認性を有する。人間の行動を支え、地域イメージを喚起し、シンボルやアメニティを高める働きを持ち、地域のアイデンティティを醸成・表象する存在を指す。
(津川康雄『ランドマーク ―地域アイデンティティの表象―』古今書院、2018年11月20日、1頁)
註2 米田剛「安藤忠雄の四季のアーケード ―市民をアート体験へと誘うアプローチとしての考察―」京都芸術大学 芸術教養学科 2024年度冬期芸術教養演習1課題レポート、2025年2月
註3 米田剛「安藤忠雄の四季のアーケード(青森市) ―地域の文化的名所に向けた展望―」京都芸術大学 芸術教養学科 2025年度春期芸術教養演習2課題レポート、2025年5月
註4 津川康雄『ランドマーク ―地域アイデンティティの表象―』古今書院、2018年11月20日、13-22頁
註5 国際芸術センター青森『AC2 創刊0号(通巻1号)』青森市、2001年12月1日、34-37頁
註6 津川康雄『ランドマーク ―地域アイデンティティの表象―』古今書院、2018年11月20日、23-24頁
註7 「青森公立大学国際芸術センター青森で楽しむ自然×アートの非日常デート|安藤忠雄建築も魅力」、縁結び大学HP、https://next-level.biz/enmusubi/acac-aomori/ (2025年2月9日閲覧)
註8 恋人の聖地は、恋愛や結婚をテーマに、若者の旅の動機づくりや地域活性化、少子化対策を目的にNPO法人地域活性化支援センターが主催し、株式会社JTBおよび環境省、観光庁が後援する地域認定制度である。全国のロマンチックなスポットを選定し「恋人の聖地」として認定する。2006年から開始し、2025年5月時点で132ヶ所が恋人の聖地認定されている。認定地域は「恋人の聖地」銘板を設置する。
(「恋人の聖地プロジェクトとは」、恋人の聖地プロジェクトHP、https://www.seichi.net/about/、2025年5月9日閲覧)
註9 加藤凌次・田中隆寛・祖父江加菜・中田翔吾「『恋人の聖地プロジェクト』がもたらす観光地への影響 ―福岡県北九州市における恋人の聖地を事例に―」 『地理学報告』第118号 愛知教育大学地理学会、2016年12月、51-57頁、 https://aue.repo.nii.ac.jp/records/6119 (2025年2月9日閲覧)
註10 AOMORI GOKANアートフェス2024事務局『AOMORI GOKAN アートフェス 2024開催報告書』 AOMORI GOKANアートフェス2024実行委員会、2025年3月、18-23頁
註11 ふるさと納税は、応援したい自治体に寄付できる制度である。寄付額のうち2,000円を超える部分は所得に応じて税控除され、寄付先から地域の特産品などの返礼品が受け取れる。返礼品は自治体が地場産業から調達し、地場産業の振興にも寄与する。
(「よくわかる!ふるさと納税」、総務省ふるさと納税ポータルサイト、
https://www.soumu.go.jp/main_sosiki/jichi_zeisei/czaisei/czaisei_seido/furusato/about/、2025年2月9日閲覧)
註12 「2023年度 沼田市へのふるさと納税で池田実穂さんの限定NFTアートがもらえる『歴史文化のまちづくりプロジェクト』」、沼田市HP、
https://www.city.numata.gunma.jp/shisei/koho/1011313/1013438.html (2025年2月9日閲覧)
註13 「京の町に共存する穢れと祓い『村上隆 もののけ 京都』展 ふるさと納税で5億円」、産経新聞HP、
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【参考文献】
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・米田剛 「安藤忠雄の四季のアーケード ―市民をアート体験へと誘うアプローチとしての考察―」 京都芸術大学 芸術教養学科 2024年度冬期芸術教養演習1課題レポート、2025年2月
・米田剛 「安藤忠雄の四季のアーケード(青森市) ―地域の文化的名所に向けた展望―」 京都芸術大学 芸術教養学科 2025年度春期芸術教養演習2課題レポート、2025年5月
【聞き取り調査】
・軽井沢観光協会 日時 2025年9月24日 10:00-11:00 場所:中軽井沢駅内観光案内所(軽井沢町地域交流施設「くつかけテラス」内) 調査内容:石の教会に関する地域認識 (資料8)









