
若葉台団地にみる昭和後期住宅政策に関する考察-転換期に生まれた郊外団地の思想
はじめに
若葉台団地は1970年代に神奈川県住宅供給公社*1が開発した大規模住宅地であり、その背景には戦後から昭和後期にかけての住宅政策と都市計画思想の変化が反映されている。高度経済成長期の住宅不足に対し、従来の量的供給中心の団地とは異なり、生活の質や環境、コミュニティ形成を重視して計画された点が特徴である。約90ヘクタールの丘陵地に住宅だけでなく教育・商業・医療・文化施設、公園を総合的に配置し、自立した都市空間を目指した点は当時の先進的理念を示すもので、本稿ではその役割を「丘構」、「転期」、「共生」、「対比」の視点から考察する。
1.若葉台団地の概要と歴史的背景
若葉台団地は、1970年代という特定の時代に偶然成立した団地ではなく、戦後日本が抱えていた複数の社会問題が収束し、それらを同時に解決するために構想された総合的な都市計画プロジェクトである。その成立過程を理解するためには、戦後から高度経済成長期に至る日本社会の構造変動をたどる必要がある。終戦直後、日本は420万戸もの住宅不足を抱え、都市部は空襲で壊滅的な被害を受け、住環境の改善は国家的課題として位置づけられた。1950年代後半から日本は高度経済成長期に突入し、実質GDPは年平均10%前後の成長を続け、国民所得は急速に増加した。1955年から1973年までの「高度成長期」には、国民一人当たり所得が約5倍に増加し、生活水準は飛躍的に向上した。こうした経済成長は、耐久消費財の普及を促し、生活様式そのものを大きく変化させた。
1950年代後半に普及した「三種の神器」(白黒テレビ・電気洗濯機・電気冷蔵庫)、そして1960年代後半から1970年代に普及した「3C」(カラーテレビ・クーラー・自家用車)は、家庭生活の質を根本的に変えた。これらの家電・自動車の普及は、住まいに求められる空間構成を大きく変化させ、従来の和室中心・続き間構成では対応できない新しい生活行動を生み出した。さらに、1970年代には核家族化が急に進み、夫婦と子ども2人という「標準世帯」が都市部で一般化した。高度成長期の所得向上により、若い世帯が郊外に新居を求める動きが強まり、団地はその受け皿として重要な役割を果たした。こうした社会・経済・生活の変化を背景に、若葉台団地は単なる住宅供給ではなく、生活文化の変容を受け止める都市空間として構想されたのである。
2.積極的に評価すべき点
若葉台団地の特徴の一つは、その立地条件にある。横浜市北部の広大な丘陵地帯に位置し、既成市街地とは異なる地形的条件を前提に計画された点が重要である*2。丘陵地形は住棟の高さや向きを柔軟に調整することを可能にし、眺望・通風・採光を確保しやすい環境を生み出した。
また、斜面を活かした緑地形成により、昭和後期に求められた「ゆとり」、「健康」、「自然との共生」といった価値観を空間的に具現化する基盤となった。
若葉台団地は「歩行者中心の都市空間」*3を実現するために、車道と歩道を明確に分離する歩車分離を徹底した。これは単なる交通安全対策ではなく、子どもや高齢者が安心して移動できる生活環境を整えるという、当時としては先進的な都市計画思想の反映である。さらに、団地内部に教育・商業・医療・文化施設を配置することで、住民が日常生活を団地内で完結できる構造を整備した*4。これは、郊外化が進む中で「生活圏の分断」が問題視されていた時代において、生活の連続性を確保*5するための重要な試みであった。
3.若葉台団地における昭和後期住宅像の独自性
3-1.「丘構」:丘陵地形が生んだ空間構成の多様性
若葉台団地の立地は、都市計画思想を形づくる上で決定的な役割を果たした。
丘陵地形は平坦地の団地では実現しにくい多様な住棟配置を可能にし、住棟の高さや向きを調整することで、採光・通風・眺望を最大限に確保した*6。これは、画一的な住棟配置が主流であった従来の団地とは異なる、立体的で変化に富んだ都市景観を生み出した。さらに、丘陵地形は緑地ネットワークの形成にも寄与し、斜面を活かした公園配置や緑道の連続性は、自然環境と都市生活を結びつける装置として機能し、住民の健康増進やコミュニティ形成にも影響を与えた。
3-2.「転期」:政策転換期の象徴としての1970年代
1970年代は、日本の住宅政策が「量の確保」から「質の向上」へと大きく転換した時期である。高度経済成長により所得が向上し、生活の近代化が進んだことで、住宅に求められる機能は高度化した。特に、三種の神器(白黒テレビ・洗濯機・冷蔵庫)の普及は家事労働を軽減し、家庭内の時間配分を変化させた。また、3C(カラーテレビ・クーラー・自家用車)の普及は、居住空間の快適性や駐車場の必要性など、住まいの設計に新たな要件をもたらした。
1970年代の家族像は、夫が企業に勤め、妻が専業主婦として家庭を支える「近代家族モデル」が一般化していた。こうした家族像は、食寝分離や個室化、ダイニング・キッチンの拡大など、住戸計画の近代化を後押しした。若葉台団地は、これらの社会的・文化的変化を受け止める形で設計され、昭和後期の住宅思想を象徴する存在となった。
3-3.「共生」:生活近代化と自然共生の両立
若葉台団地の住戸プランは、広めのダイニング・キッチン、独立性の高い個室配置、十分な収納計画など、当時として先進的な住空間を実現している*7。これは、耐久消費財の普及や生活行動の多様化に対応するためのものであった。また、緑地ネットワークや公園の連続配置は、自然環境と都市生活の調和を図るための重要な要素であり、環境共生型都市の先駆的モデルとなった。昭和後期には「健康で文化的な生活」への志向が高まり、緑地の確保は都市計画の重要なテーマとなっていた。
3-4.「対比」:十日市場団地との比較による独自性の明確化
若葉台団地の近くに建設された十日市場団地*8は平坦地に立地し、鉄道アクセスに恵まれた「駅近型団地」であるため、標準化された住棟配置が適用されやすく、駅前中心のコミュニティ構造が形成された。これは、都市の中心性が駅に集中する日本の都市構造を反映したものである。
一方、若葉台団地は丘陵地形を前提に計画されたため、住棟の高さや向きを調整しながら立体的で変化に富んだ都市景観を創出した。また、歩車分離の徹底や緑地ネットワークの形成など、環境共生型都市を志向した昭和後期の都市計画思想を体現している。さらに、駅から離れた立地条件を補うため、教育・商業・医療・文化施設を団地内部に配置し、生活機能を内部に備えた地域社会を形成した点は、駅前中心の十日市場団地とは対照的である。
4.まとめ
若葉台団地は、昭和後期の住宅政策と都市計画思想の成果として形成され、戦後日本の都市化がもたらした人口の郊外流出、核家族化、生活近代化といった社会的プロセスを受容する社会的インフラとして機能してきた。丘陵地形を前提とした広大な計画地には、当時の社会構造の変化が空間として刻み込まれており、団地はその象徴的な場であった。
しかし平成以降、若葉台団地は高齢化、商業機能の衰退、交通アクセスの脆弱化といった課題に直面している。これらは人口減少と高齢化が進む地方の限界集落と構造的に共通しており、かつて若い世帯を大量に受け入れた空間が世代交代の停滞とともに人口構成の偏りを抱え込むという点で、都市郊外の団地と地方集落は同じ軌道をたどっている。すなわち、団地は社会変動を空間的に引き受けるがゆえに、その脆弱性が顕在化しやすい存在といえる。
5.展望
若葉台団地が保持する豊かな緑地、歩行者中心の空間構造、公共施設を核としたコミュニティ形成の仕組みは、現代都市が再評価しつつある価値と強く共鳴している。人口構造の変化や生活様式の多様化に伴う地域コミュニティの再編という課題に対して、若葉台団地は依然として重要な示唆を与え続けている。地方の限界集落が地域資源の活用やコミュニティ再編を通じて再生を模索している状況と響き合うように、団地再生も単なる建物更新にとどまらず、地域社会の再構築そのものに関わる課題である。若葉台団地は、都市郊外における「限界集落化」の兆候を読み解く上で今後の都市社会学的・都市計画的議論に不可欠な理論的基盤となり得るといえる。
以上
参考文献
【註1】*1【資料1】:神奈川県住宅供給公社
https://www.kanagawa-jk.or.jp/outline/profile.html、(2025年10月4日確認)。
【註2】*2~【註8】*8 までの写真は添付ファイルを参照。
以下 参考文献:
(1) 篠沢 健太・吉永 健一 『団地図解 地形・造成・ランドスケープ・住棟・間取りから読み
解く設計思考』 学芸出版社 2017年。
(2) 脇田 祥尚 『みんなの都市計画』理工図書 2009年。
(3) 中野 恒明 『都市環境デザインのすすめ―人間中心の都市・まちづくりへ』
学芸出版社 2012年。
(4) 都市環境デザイン会議 『日本の都市環境デザイン1』北海道・東北・関東編
建築資料研究社 2003年。
(5) 中山 繁信 『美しい風景の中の住まい学』 オーム社 2013年。
(6) 八木 健一 『はじめてのランドスケープデザイン』 学芸出版社 2002年。
(7) 山本 理顕 『地域社会圏主義』 トゥーヴァージンズ 2023年。
(8) 田村 明 『 『まちづくりと景観 都市の個性をどう育てるか』 岩波新書2005年。
(9) 市坪 誠・小川 総一郎・谷平 考・砂本 文彦・溝上 裕二 『景観デザイン 総合的な
空間のデザインをめざして』環境・都市システム系 教科書シリーズ 13 コロナ社
2006年。
(10) 蔵敷 明秀 『入門 都市計画』 大成出版社 2010年。
(11) 武田 晴人 『日本経済の戦後復興-未完の構造転換-』 有斐閣 2007年。
(12) 横浜市建築局 『よこはま団地再生コンソーシアムの取り組みについて』 住宅金
融支援機構事業運営審議委員会 https://www.jhf.go.jp/files/a/public/jhf/400347452.pdf
2025年10月4日確認。





