地域寺社におけるコミュニティデザイン支援の可能性について ―《共同体志向》と《内省への支援》を架橋する場としての横須賀市芦名・浄楽寺―

小澤 啓一

はじめに ― 分断と再接続の時代における「場」のありかた
現代日本社会では、人口減少、地域経済の縮小、家族形態の変容、デジタル化の進展などを背景として、かつて地域社会を支えてきた地縁・血縁が弱体化し、「共同体の解体」が指摘されて久しい(註1)。こうした分断状況への反動として、地域コミュニティや人々の繋がりを再活性化する動きもまた強まっている。シェアスペース、地域食堂、市民活動拠点の設立など、「人が集う場」を再構築しようとする試みは全国各地で展開されている。
しかしながら、この共同体志向の高まりは常に肯定的な側面のみを有するわけではない。批判的な文脈で用いられる「ムラ社会」という言葉に象徴されるように、閉鎖的なコミュニティ内での過度な連帯や参加の要請、同調圧力、役割期待は、個人にとって新たな負担や抑圧として作用する場合もある(註2)。すなわち、現代社会において求められているのは、強い共同体の再構築か個人主義の伸長かという二項対立ではなく、その中間領域に位置する「地域が持続的に活性化するための柔軟な関係性の設計」である。
本稿では、このような課題認識に基づき、地域寺社が有する文化資本と空間性に着目し、それが「観光資源化や共同体への貢献」と「個々人の内省促進」という、一見すると相反する要請をいかに媒介し得るかを検討する。その具体例として、神奈川県横須賀市芦名地区に位置する浄楽寺の実践を取り上げ、俯瞰的なコミュニティデザインの観点から、その意義と汎用性を考察する。

1.基本データと歴史的背景
神奈川県横須賀市の西地区芦名エリア(資料1)に位置する浄楽寺(資料2)は、鎌倉時代の創建と伝えられる浄土宗寺院である。三浦半島西岸に広がる芦名エリアは、古くから農漁村としての生活文化を育みつつ、相模湾沿岸航路を通じて外部世界と接続されてきた。また鎌倉時代より、三浦氏を起源とする芦名氏の勢力圏として政治的・文化的役割を担い、近代に至るまで武家文化の継承を拠り所としながら、比較的強固な地域共同体が維持されてきた。
浄楽寺が有する運慶作の阿弥陀三尊像をはじめとする仏像群は、国指定重要文化財として美術史的・宗教史的価値(註3)を有しており、外部からの観光誘客を創出する強力な文化資本として機能している。
しかし、戦後の都市化と産業構造の変化を経て、芦名地区もまた人口減少と高齢化の影響を不可避に受けるようになっている(註4)。若年層の流出、地域行事の縮小、自治組織の担い手不足といった問題は全国の地方都市と共通するものであり、今後の地域活性化に向けた新たな形態が模索されていた。また、檀家制度の弱体化や法要参加者の減少といった、いわゆる「寺離れ」の進行(註5)は浄楽寺にとっても例外ではなく、地域における寺社の役割を再定義することが喫緊の課題となっていた。

2.評価の視点 ― コミュニティデザインと寺社の役割
浄楽寺の副住職である土川憲弥氏は、地域および寺社が直面する諸課題に対し、地域住民を巻き込んだ多様な活動を企画・実施している(資料3)。それは、昨今多くの寺社が取り組んでいる地域食堂の開催や本堂の開放といった、直接的な社会課題解決や親睦に寄与する活動に留まらない。土川氏はイタリアの「アルベルゴ・ディフーゾ」(註6)を参考に、芦名エリアのみならず三浦半島全体への波及効果を視野に入れた観光・経済振興、そして住民による地域文化の継承を中長期的な視座から構想している(註7)。

土川氏は「地域の再振興において、寺社のひとり勝ちはない」と説き、文化資源による来訪者の増加が、単なる経済的メリットだけでなく、外部評価を通じた「住民の地域への誇りと自信」につながることを重視している。また「信仰は押し付けるものではない」との姿勢から、宗教者としての権威を強調するのではなく、地域住民、外部来訪者、専門家、行政などの多様な主体が交差する場を調整・促進する、コミュニティデザイン(註8)の実践者としての役割を担っている。
実際に、地域観光の拠点として施設を改修し、2025年9月より拝観を再開した「運慶仏」は、積極的な情報発信が奏功し、訪問客数が以前の約2倍に増加した。氏によれば「自分と向き合うようなリピーター」も現れ始めているという。次章では、同年10月より開始された宿坊(資料4)の概要を通じ、寺社が観光客に提供する体験価値と、個人の内省が共同体にもたらす循環支援の可能性について考察を深めたい。

3.浄楽寺の宿坊『TEMPLE STAY KAN ~観~』の両価的な価値
3-1.地域の文化体験を促す拠点
本施設は、主に地域外からの宿泊者に対し、運慶仏の拝観、早朝の読経、写経、小仏の彫像修行といったプログラムを提供し、当地に根付く武士文化の紹介・体験を積極的に推進している。食事に関しても地域の飲食店と連携し、鎌倉時代に遡る伝統食を提供するなど、土地の歴史的価値と宿泊者の意識を接続する試みがなされている。宿泊客にとってこれらの体験は、日常から空間的・時間的に切り離されることで、自身の価値観や思考の輪郭を浮き彫りにする機会となっている。

3-2.穏やかな内省の時間と場所
批評家の宇野常寛は著書『庭の話』において、現代社会における共同体への過剰な期待を批判し、個々人が一人で思考し内省するための「庭」の必要性を説いている(註9)。ここでいう「庭」とは、完全な孤立ではなく、社会と緩やかにつながりつつも適切な距離を保てる時間や空間を指す。
浄楽寺の宿坊が「人が自分を見つめ、歩みを定めるための『道場』」であり、「ここでの体験は、観光や娯楽を超えた『内観』の時間」(註10)と定義されている点は示唆的である。宿名に冠された「観」という字が示すように、この場は既存の共同体から一時的に距離を置き、自己を深く見つめる孤独な時間を提供している。

運慶仏の拝観再開と並行して宿泊施設を開業し、周辺組織との連携を深めた意図は、寺社が本来持つ「内省の場」としての機能を現代的に再提示する点にある。外部からの高い評価が地域住民の誇りとなり、それが文化継承の原動力となるという設計主旨(資料5)が読み取れる。 国内では寺院を開放したイベントやカフェの事例が増加しているが、その多くは交流や賑わいの創出に主眼が置かれている。対して浄楽寺の特筆性は、「外への価値伝播」と「地域に根差した価値」を循環させている点、すなわち強固な文化資本を背景としつつ、交流と内省(孤独)の両面を許容する中間領域を地域に開いている点にある。文化財を単なる「展示物」に留めず、来訪者の内面的な価値変容へと繋げ、最終的に地域住民の関係性を編み直す媒介としている点は、コミュニティデザインの実践として極めて高度であると評価できる。

4.今後の展望について
浄楽寺の実践は、人口減少社会において寺社が果たし得る新たな役割を提示している。一方で、活動が土川氏個人の資質に依存している側面や、観光と信仰の緊張関係といった課題も看過できない。今後は、運営体制の複層化や地域内外の担い手育成が重要となる。
コミュニティデザインの観点からは、「常に関わる定住人口」だけでなく、「時折訪れ、静かに去っていく人々」を含めた関係人口の設計が鍵となる。真摯に自己と向き合う時間をもたらす文化財や宿坊のような装置は、住民と外部者の双方を受け入れる皿として、今後さらに重要性を増すだろう。地域の諸課題が一足飛びに解決されるわけではないものの、参加の濃淡を許容する対話の場としての浄楽寺の可能性は大きく、それは自立共生のコンヴィヴィアルな地域づくり(註11)の基盤となり得るものである。

5.まとめ
本稿では、横須賀市芦名地区の浄楽寺を事例に、地域寺社がコミュニティにおいて果たし得る役割を検討した。共同体志向が高まる一方で、同調圧力や過剰な関与への警戒も存在する現代社会において、寺社は文化的蓄積と空間的特性を背景に、多様な主体が関係距離を調整できる中間領域となり得る特性を持っている。
浄楽寺の実践は、共同性と孤独を相互補完的に成立させながら、地域再興や文化継承、経済振興のための持続可能な拠点としての可能性を具体的に示している。このモデルは、他地域の寺社にとっても、文化資本を活かしたコミュニティデザインの一つの方向性を示すものであり、寺社が現代において果たすべき新たな役割を示唆しているといえる。

  • 470814_1 資料1:横須賀市/西地区/芦名エリアについて
  • 81191_011_32483145_1_2_資料2 資料2:浄楽寺について
  • 470815_1 資料3:浄楽寺が企画・協力するさまざまな地域活動の事例
  • 81191_011_32483145_1_4_資料4 資料4:浄楽寺・宿坊【観】について
  • 81191_011_32483145_1_5_資料5 資料5:浄楽寺ケースから考える地域活性化モデル

参考文献

【註】
1:
参考文献 星野哲『寺、再起動 ―「ゾンビ寺」からの脱出!―』pp.18-19より。かつて政策や税制、社会保障の前提として想定されていた、両親と子ども二人から構成される「標準世帯」は、現在では5%にも満たず、一人暮らしの「単独世帯」や「65歳以上の夫婦のみの世帯」が合わせて6割を超え、「おひとり様」化が進行していると述べられている。
また、山浦晴男『地域再生マニュアル』では、特に若者たちが都会に出ていく地方エリアでは少子高齢化で地域の仲間を動かすことが難しくなり、縦割りの行政も財源縮小や職員数減のもとで住民との連携がままならい様子が前提として描かれている(pp.12-14など)。

2:
参考文献 太田肇『同調圧力の正体』。太田は、日本社会の特性として、①閉鎖性、②同質性、③未分化性を挙げ、その結果として、日本人の幸福度が諸外国と比較して著しく低いことを指摘している。
また、岸見一郎は著書『つながらない覚悟』において、SNSなどによるつながりが拡大する現代社会において、「孤独を恐れないことが『私』を失わないために必要である」と述べている。

3:
参考文献 山本勉監修『運慶×仏像の旅』p.102より。「運慶が現地で鎌倉幕府要人の仏像制作を担当した最初の例であり、その後、東国に広く展開した運慶一門の仏像制作の出発点として、たいへん重要な意味をもつといえる」。
p.104より、「運慶の作品で阿弥陀三尊が揃って伝えられている唯一の例として貴重である」「阿弥陀如来と両脇侍像の眼は彫眼であり、如来像・菩薩像には玉眼を用いないという原則が初めて確認される作例としても重要である」。

4:
横須賀市公式ホームページ人口データより。2010年から2025年までの15年間で、横須賀市の人口は11.8%減少しているが、芦名エリアが位置する西地区では14.7%減と、さらに大きな減少幅を示している。また、65歳以上人口は、市平均値33%を上回る37%(2025年)に達しており、高齢化も進行している。

5:
参考文献 松本紹圭・遠藤卓也『地域とともに未来をひらく お寺という場のつくりかた』p.14ほか。註1で述べた世帯構造の変化により、従来の「家」単位による祭祀継承が困難になり、「墓じまい」などが進行している。人口減少および檀家減少により、2040年までに約3万の寺社が消滅する可能性があるとの試算も示されている。

6:
参考文献 馬場正尊編『CREATIVE LOCAL』p.24より。アルベルゴ・ディフーゾ(Albergo Diffuso)とは、1970年代後半以降、イタリア各地で展開された宿泊施設を中心とする地域再生手法である。ホテル、レストラン、売店などが単一の建物に集約されるのではなく、町全体に分散配置される点に特徴があり、日本の地方都市においても応用事例が見られる。

7:
土川氏へのインタビューより。「現在の取り組みは浄楽寺を拠点とした横須賀市の一地域にとどまっているが、将来的には三浦半島全体を視野に入れ、点在する観光資源や連続する文化を紡ぎ、スケールの大きな物語として観光客に発信していきたい」。
また、「5年後、10年後は自分たちの世代が担うとしても、その先を担う子どもたちに向けて、出張事業や自然環境育成への参加などにも積極的に取り組んでいる」と述べている。

8:
参考文献 山崎亮『コミュニティデザインの時代』より。コミュニティとは「一緒に任務を遂行する人々の集まり」(p.97)であり、その活動は行政主導ではなく、住民同士の協働によって関係性が変容すると述べられている(p.53)。
また、小泉秀樹編『コミュニティデザイン学―その仕組みづくりから考える―』p.12では、「地域に対する理想や生き方・死に方を含め、10年、20年という長期的実践を通じて答えが形成される」とされており、土川氏の取り組みと高い親和性を有している。

9:
参考文献 宇野常寛『庭の話』より。宇野は、「共同体は内部と外部を隔てることによって成立する。その境界を形成するものが文脈の共有である」(p.196)と述べる一方で、そのような共同体が「社会の周縁にいる人々を包摂しうるのか」(p.186)と問いを投げかけている。
さらに、共同体は「圧倒的に強者が得をするシステム」であると批判しつつも、「適切に他者とコミュニケーションをとるためには、孤独に世界とつながる回路が必要である」「人間はときに、孤独でもあるべきである」(p.222)と論じている。

宇野は、同調圧力や評価から距離を取る場として「庭」という概念を提示し、その成立条件として、①人間が人間以外の存在と関わる場、②非人間的存在同士が相互作用し、生態系を形成する場、③人間が完全には支配できない場、の三点を挙げている(pp.90、106ほか)。
これらの条件は、寺社空間に適合すると解釈できる。

10:
TEMPLE STAY KAN ~観~ 公式ホームページ
https://templestay-kan.com/(2026年1月10日参照)

11:
参考文献 井上岳一・石田直美編『コンヴィヴィアル・シティ―生き生きした自律協生の地域をつくる―』より。イヴァン・イリイチの思想を踏まえ、コンヴィヴィアリティを「他者・自然・技術との関係の中で能力と創造性を発揮し、異質なもの同士が協働することで生まれる愉悦的な時間と空間」(p.16)と定義している。
同書では、「自律共生」的まちづくりにおいて、オーバーツーリズムを回避し、観光客と地域住民の二項対立を回避する関係構築が重要であると述べられている(pp.111-112)。
また、松村圭一郎『くらしのアナキズム』では、コンヴィヴィアリティを「共生的実践」と位置づけ、寛容、包摂、相互依存、協調、饗宴といった要素を示している。異質な他者に「改宗」を迫るのではなく、「対話」を重視する姿勢こそが、現代社会における新たなシティズンシップに不可欠であると論じている(pp.199-200)。

【参考文献・資料】
●書籍
・横須賀市 編 『新横須賀市史 別編 民俗』、2013年
・横須賀市 編 『新横須賀市史 別編 文化遺産』、2009年
・星野哲 『寺、再起動 ―「ゾンビ寺」からの脱出!―』、法藏館、2022年
・山本勉 監 『運慶x仏像の旅』、JTBパブリッシング、2017年
・松本紹圭・遠藤卓也 『地域とともに未来をひらく お寺という場のつくりかた』、学芸出版社、2019年
・馬場正尊 編 『CREATIVE LOCAL』、学芸出版社、2020年
・山崎亮 『コミュニティデザインの時代』、中公新書、2012年
・井上岳一・石田直美 編 『コンヴィヴィアル・シティ 生き生きした自律協生の地域をつくる』、学芸出版社、2025年
・小泉秀樹 編 『コミュニティデザイン学 その仕組みづくりから考える』、東京大学出版会、2016年
・権安理 『公共デザイン学入門講義 コミュニティセンスを生む演出術』、作品社、2025年
・山浦晴男 『住民・行政・NPO協働で進める 最新 地域再生マニュアル』、朝日新聞出版、2010年
・大江正章 『地域に希望あり ― まち・人・仕事を創る』、岩波新書、2015年
・太田肇 『同調圧力の正体』、PHP研究所、2021年
・岸見一郎 『つながらない覚悟』、PHP研究所、2023年
・松村圭一郎 『くらしのアナキズム』、ミシマ社、2021年
・宇野常寛 『庭の話』、講談社、2024年
・佐宗邦威 『ひとりの妄想で未来は変わる VISION DRIVEN INNOVATION』、日経BP、2019年
・荒谷大輔 『贈与経済2.0 お金を稼がなくても生きていける世界で暮らす』、翔泳社、2024年
・イヴァン・イリイチ 著、渡辺京二 渡辺梨佐 訳 『コンヴィヴィアリティのための道具』、筑摩書房、2015年
・ハンナ・アレント 著、志水速雄 訳 『人間の条件』、筑摩書房、1994年
・鈴木章一 『精読 アレント 『人間の条件』』、講談社、2023年

●サイト/WEB記事
・浄楽寺 公式HP https://www.jorakuji-jodoshu.com/
・横須賀市 HP https://www.city.yokosuka.kanagawa.jp/top.html
 -人口データ https://www.city.yokosuka.kanagawa.jp/shisei/gaiyo/jinko/index.html 
 -歴史・文化 https://www.city.yokosuka.kanagawa.jp/kenko/rekishi/index.html
 -産業・まちづくり https://www.city.yokosuka.kanagawa.jp/sangyo/index.html 
・大楠観光協会 https://oogusu.yokosuka-kanko.com/
・住民主体のまちづくりをデザインする、“コミュニティデザイン”の役割
https://togaru.co.jp/contents/5327/
・studio-L https://studio-l.org/ 
・コミュニティデザインって何? 山崎亮チャンネル
 https://www.youtube.com/watch?v=ojKhNyQcRdU

●取材
浄楽寺副住職 土川憲弥様 ・・・ 2025年4月12日および2026年1月17日

年月と地域
タグ: