庶民の街十三をアートで活性化する取り組み

山内 奈緒美

はじめに
大阪梅田から阪急電車で数分。しょんべん横丁やみたらし団子といった安くて旨い食と歓楽街で知られる街・十三で、一枚のアートフェスのポスターを見つけた。この街で今、どのようにアートと向き合い、今後どのように変化しようとしているのか。その実態を調査し考察する。

1)基本データ

十三の歴史と賑わい
鉄道が登場するまで、旅の主な手段は徒歩であり、川に橋がなければ「渡し」を利用した。十三はかつて街道と渡し場が交差する交通の要衝であった。*1 その名の由来は諸説あるが、明治終盤に箕面有馬電気軌道(現在の阪急電鉄)が開通し、駅名を「十三」としたことで広く定着したと考えられている。*2
庶民の町として戦後急速な発展を遂げた十三は、現在阪急電鉄の主要な分岐駅となっており、駅前には活気ある商店街や飲食店が広がり、一杯呑んで帰る人々で日常的に賑わう。*3
場所は大阪市淀川区に属し、区内に20の商店街のうち13カ所に「十三」の名を冠する事実は、駅周辺が生活を支える商いの拠点であることを象徴している。*4
地域の氏神様である神津神社では、昭和31年より地域商工業の発展を祈願する「十三戎祭」が毎年1月9日から3日間開催され、阪急沿線の「えべっさん」としてその活気は年々高まりを見せている。*5
夏の風物詩としては淀川河川敷での花火大会がある。平成元年に地域の有志が街の活性化を願い始めた「平成淀川花火大会」は周辺企業や住民の寄付によって企画・運営される“手作りの花火大会”として行われ、平成18年からは「なにわ淀川花火大会」と名称を改めオール大阪で支える大会へと発展する。*6

2: 事例のどんな点について積極的に評価しているのか

庶民の街十三を舞台に、地域密着型アートイベント「十三アートフェス(以下、JAF)」が開催され、「淀壁」プロジェクト、「グランドサロン十三」の3者が連動。町全体をキャンパスに見立て、文化とアートを軸に地域を巻き込むダイナミックな取り組みが平行して展開されている点。

2-1
2021 年より毎年秋に開催され、今年で5回目となるJAFは、街全体を会場とする回遊型 イベントである。飲食店や映画館、福祉施設など地域約60ヶ所の拠点が会場となり、プロ・市民を問わず多様な作品がまぜこぜに展示されるのが最大の特徴であり、どこで何に出 会えるか宝探しのような魅力がある。NPO法人淀川アートネットが主催し、アートを通じて店と人を繋ぎ、街の文化的意識を高める地域活性化の役割を担うとされる。*7

2-2
JAFでも紹介され、地域の新たな文化的な魅力として定着しつつあるのが、淀川エリアを舞台にアーティストが壁画を制作する非営利のプロジェクト「淀壁(よどかべ)」である。区内在住のアーティストと壁画制作会社が発起人・運営主体となり、コロナ禍の2021年に、医療従事者への敬意を込めたナイチンゲールの肖像画を制作したことから活動が始まる。同年より、クラウドファンディングや地域企業の協賛を募り、「淀川エリアを壁画の聖地にする」という目標を掲げ本格始動。町をキャンバスに見立て、人づてに制作場所を広げ多彩な壁画を次々と生み出す。2025年には累計30カ所の壁画を達成し、プロジェクトの第一章は終了との事。今後も地域の発展に貢献する活動は続く予定である。*8, *9

2-3
JAF開催中に、見どころや魅力を伝えるPRイベント等の舞台としても参加するのが「グランドサロン十三」である。この地で50年以上の歴史を誇る老舗キャバレーであり、1階客席には170名が着席可能で、本格的な舞台や踊り場も備える。2020年の経営体制変更に伴い、昭和レトロな趣を残す希少なキャバレー営業を継続しつつ、多目的な貸会場としても利用可能な形態へと移行。キャバレーという文化施設を次世代へ守り伝えるとともに、文化発信を通じて地元・十三の発展に寄与することを目指す。*10 近年では、その独特の空気感からテレビ番組の収録に活用されるほか、映画『国宝』のロケ地としても知られ、十三を象徴するスポットとなっている。*11

3: 国内外の他の同様の事例と比較して何が特筆されるのか

3-1
大阪市内でアートの街として挙げられるのが、住之江区の「北加賀屋」である。この地で芸術文化が広まったきっかけは、地域の土地の約3分の1を所有する江戸時代からの地主企業、千島土地株式会社による地域戦略であった。かつて造船業で栄えた北加賀屋も、産業の衰退とともに空き地や空き家の増加という課題に直面。そこで同社は、1988年名村造船所大阪工場跡地の返還を機に、北加賀屋を「芸術・文化が集積する創造拠点」とするクリエイティブ構想を打ち出し、空き物件をアーティストやクリエイターへ安価に賃貸し、創作活動の拠点として開放したことに始まる。現在は、大型作品を収蔵する「MASK(MEGA ART STORAGE KITAKAGAYA)」での現代アート展示や、現代美術家・森村泰昌氏の個人美術館「M@M」の開館、さらには地区一帯での壁画プロジェクトなどが展開されている。*12 また、毎年秋には巨大なラバー・ダックが登場するイベントが開催されるなど、*13 アートを通じて街の価値を高める取り組みが定着している。

3-2
JAFは非営利団体が主催し、社会貢献を目的とした住民主体の活動である点が特徴である。最大の魅力は、街の小規模店舗や事業主が通常営業を行いながら自ら展示会場として多数参加している点で、来場者はアート鑑賞を通じて店舗や施設を訪れ、関係者と触れ合いながら地域の空気感を肌で感じることができる。個々の営業活動がそのまま街の魅力発信につながっている。
ここに「淀壁」プロジェクトによる圧倒的迫力の壁画アートが点在し、さらに「グランドサロン十三」のような歴史的空間が加わる。歓楽街やレトロな下町情緒と、現代アートのギャップが街歩きの楽しさを創出しており、十三ならではの重層的でユニークな地域活性化のモデルを形成している。

4: 今後の展望について

4-1
JAFの主催団体である淀川アートネットの代表牟田様に現在までの取り組みを教えていただいた。2021年のコロナ渦にイベントを開催する方法として、一か所に集まる形ではなく街を回遊し予算も少なく済む形で始まったJAFは、毎年の回を重ねるごとにお店や人との繋がりができ、皆さんが積極的にかかわってくださるものとなった。淀壁プロジェクトスタートやグランドサロン十三貸会場運営とも重なり、十三の街が文化とアートへ近づく転機のようなタイミングでもあり、今後も現在の活動を毎年継続開催し良いイベントにしたい、との事である。
大きな目標を目指す事ではなく、毎年1回開催する文化活動を継続する事で地域の交流の輪を改めて築き、地域住民まで楽しめる形は、街の治安や有事の際にも貢献できると考える。

4-2
JAF参加店舗より直接聞いた「ニューヨークのブルックリンのように、十三ブルックリン化計画を目指しているようだ。」という言葉が印象的であった。
ニューヨーク州のブルックリンは、高層ビルが立ち並ぶ経済の中心地マンハッタンに対し、古い倉庫や工場をアーティストがリノベーションして再生させた街であり、隣り合う地域でありながら対照的な雰囲気である。*14
梅田と対比させ地域資源を活かしてアートによる活性化を図る方法は、街づくりの方向性にも大きく役立つと考える。

5: まとめ

実際にJAFに参加しイベントマップ片手に街を一周した。心地よい下町やこの地の繁栄の歴史を肌で感じ、壁画アートは迫力があるものの街の風景に溶け込み見応えがあると同時に違法な落書きや治安の悪化を抑制する効果もあると感じた。
梅田の超高層ビル群と淀川を挟んで対峙する下町、十三。ここでアートの取り組みが始まって5年。商いの街で熱意ある人々がアートをきっかけに信頼関係をさらに深める事で、新たな文化の聖地を創り出す挑戦は着実にその歩みを進めている。

  • 資料1-_十三町並み_page-0001 現在の十三駅界隈
  • 資料2-_十三アートフェス_page-0001 実際に2025年11月22日に十三アートフェスに参加。大きなアート作品ではなく、街の雰囲気などを楽しむイベント要素が大きい。
  • 資料3-_淀壁_page-0001 実際に2025年11月22日に十三アートフェスに参加。壁画は街になじんでいた。
  • 資料4_グランドサロン十三_page-0001 実際に2025年11月22日に十三アートフェスに参加。グランドサロン十三でトークイベントやミュージシャンのライブなど行われていた。
  • 資料5_北加賀谷_page-0001 実際に2025年11月1日に北加賀谷を歩いた。アート鑑賞目的と思われる来訪者が多数いた。
  • 資料6-_十三アートフェス資料_page-0001 実際に2025年11月22日に十三アートフェスに参加時に配布されていた資料一式。

参考文献

【参考資料・参考文献】
*1 東秀三、『淀川』、株式会社編集工房ノア、1989年、190頁。
*2 稲垣泰平、『「歴史散歩」の記録』、株式会社文芸社、2011年、20頁。
*3(財)大阪市都市工学情報センター、『大阪人』第63号・6月号、2009年、30-39頁。
*4 https://www.city.osaka.lg.jp/keizaisenryaku/cmsfiles/contents/0000036/36392/12l_yodogawa.pdf (2026年1月11日閲覧)
*5 http://kamitsujinja.ec-net.jp/tomiebisu.html(2026年1月11日閲覧)
*6 https://www.yodohanabi.com/hanabi.html (2026年1月11日閲覧)
*7 https://yodogawaartnet.jimdofree.com/jusoartfes/fes2025/(2026年1月11日閲覧)
*8 https://www.yodokabe.net/ (2026年1月11日閲覧)
*9 https://www.instagram.com/yodokabe(2026年1月11日閲覧)
*10 https://juso13.net/about(2026年1月11日閲覧)
*11 https://toyokeizai.net/articles/-/903011?display=b(2026年1月11日閲覧)
*12 https://www.chishimatochi.com/regional/(2026年1月11日閲覧)
*13 https://suminoeartbeat.wixsite.com/home(2026年1月11日閲覧)
*14 朝日新聞出版編、『24H New York guide』、朝日新聞出版、2024年、146,148頁。

年月と地域
タグ: