「津久井在来大豆」 ――「大豆の会」のつなぐ食文化の伝統継承――

田畑 直美

はじめに
本件は、新しいものが加速度的に更新される世の中で、いかに食文化の伝統を継承していくのかという問いを「津久井在来大豆」をめぐる活動に着目して検討することを目的とする。代々築いてきたあらゆる文化を守ることは誇りである。食文化においても便利さを求めるあまり、種の品種改良が重ね続けられ、その結果健康面での安全性が見直されている。 私たちの食生活に欠かせない醤油、味噌、豆腐、納豆の原料となる大豆は、今では遺伝子組み換えのものが殆どであり、なおかつ国内自給率は極めて低い(1)。かつては遺伝子組み換えなど行われず、その土地に代々伝わる地大豆(2)だけが生産されていた。そして、ねごやファーム「大豆の会」(3)代表の石井好一氏(以下石井氏)が、偶然見つかった途絶えたはずの「津久井在来大豆」を神奈川県内に広めた。石井氏が率先して、どのような「コミュニティ」で大切に受け継ぎ活動しているかを考察する。

1.基本データと歴史的背景
1-1幻となった「津久井在来大豆」が復活するまで
「津久井在来大豆」とは、現相模原市に位置する旧津久井郡(4)に代々栽培されていた地大豆であり、かつて栽培されていた大豆よりも輸入生産が主流になり、「昭和38(1963)年頃に生産が減少されたことで『幻の大豆』と呼ばれるようになり途絶えた」(5)。その後に発見された「津久井在来大豆」は家庭用味噌のみの使用だったが美味しいと評判になり、次第に再評価されるようになる。「津久井在来大豆」は栽培しやすく粒が大きくふっくらとして、甘みがあり香りがいいのが特徴だ。 昭和50(1974~1984)年代に「津久井在来大豆」と命名されるが、品質改良などで開発した新品種とは異なり、在来種の商標登録は難しく商標ロゴの有無によって商品区別をしている(6)。日本在来大豆は北海道から沖縄まできわめて富んでおり、「○○在来」と地域名を冠したものが多く、栽培しやすく町おこしに活用される例が多い(7)。

1-2 津久井在来大豆栽培環境
「津久井在来大豆」が育まれている地は神奈川県北西部に位置し、現在相模原市緑区にあり相模川、津久井湖、相模湖、宮ヶ瀬湖に囲まれ水はけも良く、丹沢山地が見渡せる豊かな自然の中にある。また、農作物の多くの消費地である都市に近く、交通網が発達している為に、増加傾向にある遊休農地を活用した農業は可能と期待できる環境にある。相模原市山間では小規模兼業農家が99.2%をしめる(8)。

1-3「大豆の会」立ち上げとその取り組み [資料2]
衰退する津久井の農業を元気にしたいという想いと、「幻の大豆」である「津久井在来大豆」を増やそうと、石井氏を含む4人で始めた栽培活動がそれぞれのエリア(9)に分かれて行うことになり、2000年に石井氏は「大豆の会」を立ち上げる(10)。初めは「県のたより」(11)で募っていたが、現在は口コミのみで誰でも希望者は参加できる。 2025年現在年会費8,000円である。会員は都合の良い日のみの自由参加型が魅力となっている。また、会員1家族が収穫をした大豆で作る10キロの味噌付きが好評となり、現在は相模原市民のみならず神奈川県全域、都内からの70組が在籍している。ねごやファーム徒歩圏のいくつかの畑で、6月から活動が始まり毎週土曜日、種まきを皮切りに収穫までは主に雑草取り、秋には枝豆を収穫し試食会を畑で行う。11月・12月に大豆収穫、正月には3日間味噌加工をし持ち帰る。天候や鳥獣被害により収穫に差があり2024年は1tの収穫、2025年は2tの収穫があった(12)。

2.積極的に評価している点
2-1 衰退する農業の活性化と遊休農地の活用
専業農家が年々減少していることが問題視されているが、体験活動を経験した人々が大豆栽培を始めたり、教育機関との連携を進める神奈川県によるブランディングにより農業が継続され、増える遊休農地・荒廃農地化が有効活用されている。そして収穫した「津久井在来大豆」を豆腐、納豆や味噌に加工され好評を得ている事も、更に遊休農地の解消につながる(13)。

2-2 小学校での味噌造り体験
2006年より相模原市内の小学校で味噌加工体験を行い、翌年以来他の小学校からも依頼が来るようになり、現在では15校前後の小学校で行われている(14)。中には味噌造りのみならずねごやファーム近くの相模原市立根小屋小学校(15)では、学校の前の畑を借りて石井氏の指導のもとで、小学生が「津久井在来大豆」の栽培から味噌作りまで行うことが注目を集める事となり、神奈川新聞やテレビ朝日番組「食彩の王国」(16)で紹介される。

2-3 大豆100粒運動への参加依頼
料理研究家で「大豆100粒運動」(17)を提唱した辰巳芳子氏と、ねごやファーム「大豆の会」代表石井氏がtvk(神奈川テレビ)番組共演することなどにより、「津久井在来大豆」の名が神奈川県内に広がる。

2-4 宇宙大豆
ねごやファーム「大豆の会」代表石井氏の協力のもと、2011年国際宇宙ステーション「きぼう」日本実験棟に、「津久井在来大豆」を乗せ、宇宙を旅し、地球に帰還したその大豆を増やして(18)「宇宙大豆」として販売されるようになる。「大豆の会」での活動では栽培される「津久井在来大豆」は増やした「宇宙大豆」の子孫を使用し活動している。また、2021年より地域の小学生がこの宇宙大豆を使用したクッキーを作り、「宇宙大豆クッキー」としてアリオ橋本のイベント(19)やカフェで販売開始することにより、「津久井在来大豆」の認知が拡散されている。

3.他の事例と比較して特筆される点
3-1行田在来青大豆の事例
埼玉県行田市に「行田在来青大豆」という名の在来大豆があり、それぞれの家の自家製クルリ棒(20)で叩いて殻から豆を外す風景が良く見られる 。畑だけではなく大豆を田の畔にも撒き、木陰を利用し雑草避けを狙う「あぜまめ」が特徴である(21)。 品種改良が行われて強い豆が次々と登場すると、「行田在来青大豆」は昭和50年には姿を消したが、県試験場種子の提供があり平成19年(2007年)から再び栽培されるようになった(22)。豆腐や豆乳にした時の味わいが良い事から、埼玉県農林総合センターが倒れずらい栽培方法を確立し、行田市が積極的に栽培拡大やマスコットキャラクターと共にPR活動を行っている。

3-2共通する点
「津久井在来大豆」と「行田在来青大豆」の共通する点は、一度途絶えた在来大豆を「再び栽培」し始め「地域と共に町おこし」である。

3-3地域を超えて広がるコミュニティ
相違点は途絶えた在来大豆の復活を「行田在来青大豆」は行政主体で働きかけたが、「津久井在来大豆」は、石井氏ら民間有志の手で広めた特筆性がある。もう一点は、「行田在来青大豆」は地域のみでのPR活動である(23)一方「津久井在来大豆」は、「大豆の会」石井氏の活動がテレビ番組出演や新聞掲載がきっかけとなり、地域を超え広範囲に広まった。

4.今後の展望について
今後の「大豆の会」は、後継者問題などの課題は残される。しかし、活動の働きを通して、4町合併で地図上から消えた「津久井」の名を継承すると同時に、「津久井在来大豆」を使用したいという動きが相模原市を中心にひろがった。今では相模原市内のみならず神奈川県内、東京都の「大豆の会」に参加をした事業主の方が、「津久井在来大豆」の特性を生かした商品を提供し、輪が広がり続けている。「津久井在来大豆」が特に力を入れている味噌のみに限らず、柔らかい粒が特徴の納豆や柔らかく使用しやすいテンペ(24)を生産し、バリエーション豊かに人々に浸透し続ける。そして、これらを使用した商品や使用した飲食店が広がっている。「大豆の会」での活動人数、相模原市内の味噌作り活動小学校も年々増加している。

まとめ
高齢化が進み農業のリタイアが深刻となり、「大豆の会」代表石井氏の〝農家を元気にしたい”という想いからその活動の趣旨が県全体に波及し、時には東京都まで輪が広がっている。活動の輪が広がることにより、新たに「津久井在来大豆」を栽培する人も増え始め、農家離れによる遊休農地の有効利用にも貢献している。代々受け継がれた地大豆を守り、合併により消えてしまった「津久井」の名をも守っている。優れた広報活動、土地資源や人材資源の活用が一度は途絶えた食文化に寄与する。

  • 81191_011_32383173_1_1_津久井在来大豆を使用した店舗1_page-0001 [資料1]:津久井在来大豆を使用した店舗
    (資料 国土地理院の地図を元に筆者作成、 ①2024年10月26日②2024年11月27日③2025年11月24日④2025年12月13日⑤2024年11月24日すべて筆者撮影)
  • 81191_011_32383173_1_2_ねごやファーム「大豆の会」2-1_page-0001 [資料2-1]:ねごやファーム「大豆の会」
    (筆者制作 ①2025年11月22日ねごやファーム「大豆の会」提供、②2025年7月5日③・④2025年10月4日⑤・⑥・⑦2025年11月22日②から⑦筆者撮影)
  • 81191_011_32383173_1_3_ねごやファーム「大豆の会」2-2_page-0001 [資料2-2]:ねごやファーム「大豆の会」
    (筆者制作 2024年1月4日すべて筆者撮影)
  • 81191_011_32383173_1_4_津久井在来大豆を使用した商品3_page-0001 [資料3]:津久井在来大豆を使用した商品
    (筆者制作 ①2025年12月13日②から④2025年11月20日すべて筆者撮影)
  • 81191_011_32383173_1_5_津久井在来大豆+(2)_page-0001 [資料4]:津久井在来大豆
    (筆者制作 2024年10月24日筆者撮影)
  • 81191_011_32383173_1_6_資料5ねごやファーム「大豆の会」代表石井好一氏へのインタビュー_page-0001 [資料5]:ねごやファーム「大豆の会」代表石井好一氏へのインタビュー
    (筆者により一部編集 インタビュー実施:2026年1月17日)
  • 81191_011_32383173_1_7_資料6.LOCOS+FARM代表田中英之氏へのインタビュー_page-0001
  • 81191_011_32383173_1_7_資料6.LOCOS+FARM代表田中英之氏へのインタビュー_page-0002 [資料6]LOCOS FARM代表田中英之氏へのインタビュー
    (筆者により一部編集 メールにてインタビュー実施:2026年1月21日)

参考文献

(1)『国内大豆の生産.需要動向について』農林水産省 令和7年1月(閲覧日 2025年12月15日) 令和5年国内自給率7%である。
https://www.maff.go.jp/hokuriku/seisan/daizu/attach/pdf/hopstepdaizu-2.pdf
(2)地大豆とは、特定の地で代々栽培された在来の大豆であり、その地の環境により多くの種類がある。
お豆腐ランド Land of A1000 Tofus(閲覧日 2026年1月18日)
https://brandnewfunk.blog.fc2.com/blog-entry-152.html?sp
(3) ねごやファーム石井金原「大豆の会」
• 神奈川県相模原市緑区根小屋1510
• 代表 石井好一
• https://negoyafarm.com/daizunokai.html
(4) 旧津久井郡津久井町は、2006年3月に城山町、津久井町、藤野町、相模湖町の4町が合併し、現在相模原市緑区の一部となる。
(5) 大豆「津久井在来」の来歴について 神奈川県農業技術センター普及指導 平成19年(閲覧日 2025年12月12日)
https://nihonmiso.com/wp-content/uploads/2025/05/raireki.pdf
(6) 「JA津久井」筆者取材 (取材日2025年11月25日)及び 
参考文献
「品質改良などで開発した新品種とは異なり、在来種の品質に問題があった為に原種に最も近い種子を選別し、DNA解析専用畑などの管理のもとで選別大豆の収穫を行い、生産量は神奈川県の3割を占めるようになった。」
国文牧衛・石本政男・村本光二・加藤淳・谷口亜希子編『大豆の種類百科事典』、朝倉書店2024年5月1日、109ページ  (閲覧日2026年1月15日)
(7) 47都道府県ご当地文化百貨「神奈川県」丸善出版2024年76ページ(閲覧日2025年12月13日)
(8)  さがみはら都市みらい研究所「相模原市における遊休農地を活用した地域振興に関する調査研究」専門研究員佐藤暁彦 平成26年17・22ページ(閲覧日 2025年12月14日)
(9)石井氏を含む4人が神奈川県相模原市緑区内の「根小屋」、「城山」、「韮尾根」、「鳥屋」の4地区に分かれて「津久井在来大豆」の栽培と味噌加工体験活動をした。筆者2024年11月~2025年1月17日まで、ねごやファーム「大豆の会」代表石井好一氏を取材した。

(10筆者2024年11月~2025年1月17日まで、ねごやファーム「大豆の会」代表石井好一氏を取材した。)
(11)  神奈川県県の便り(閲覧日 2026年1月13日)
https://www.pref.kanagawa.jp/tayori/index.html
(12) 2025年1月~2026年1月12日に筆者が「大豆の会」会員となり作業をし、調査及び撮影をする。
(13) 註釈(8)に同じ
(14) 註釈(9)に同じ
(15) 2026年1月8日筆者相模原市立根小屋小学校へ電話で取材し学校名掲載許可を取る。
(16)食彩の王国 土曜日朝9時半よりテレビ朝日で放送されている日本の食や食材をテーマとした番組。
(17)大豆百粒運動とは
 料理家で随筆家の辰巳芳子氏が提唱し、推進している食育運動。大豆100粒は小学校低学年の子供の手のひらいっぱいに受け止める事の出来る量。大豆を撒いて育て収穫をし調理をして食べる経験を小学生にさせることで、多くを学ばせようという考え。
参考文献 相模原の季号アゴラ45号「特集 相模原の食を掘る」 2008年7月、23ページ
(閲覧日2026年1月13日)
(18)「宇宙大豆プロジェクト」 https://soy.lne.st/products/miso/
(閲覧日2026年1月14日)
(19)非掲載
(20)くるり棒とは麦や大豆などの穀物を脱穀するための道具で握る部分、連結部、回転部分で構成されている。
農林水産省 農林水産技術会議事務局筑波産学連携支援センターAgriknowledge 農機具データベース
ホームページhttps://agriknowledge.affrc.go.jp/
(閲覧日及び掲載許可2026年1月14日)
(21) 行田市史 「行田の民俗」〜くらしの成り立ちと移り変わり〜 発行/行田市 平成26年3月31日(第十章-6「行田在来青大豆」 閲覧日 2025年12月3日)
大豆の品種の一部を翌年に蒔いて、これを繰り返すうちに品種の特徴が損なわれてくるが、その土地柄にあった大豆品種となる。
(22) 2026年1月7日筆者が埼玉県行田市農政課にメールと電話取材をした。
(23)註釈(21)に同じ
(24)テンペとは、煮大豆をテンペ菌で発酵させたインドネシアの発酵食品である。

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