知的で豊かな衣生活のために為せる事とは――ファッションの価値向上に努めて――

南 佳代

はじめに
近年、ファッションを学際的に研究する学問分野「ファッションスタディーズ」(1)が盛んである。東大や京大でも講義が行われ(2)、ファッションスタディーズの第一人者ヴァレリー・スティール(1955~)著作の初訳選集本が刊行(3)されるなど、盛り上がりを見せている。
だが一方巷では、ファッションは「おしゃれ」「流行」の視点で語られることが多く、軽薄なものという認識が根強い。この風潮は、充実した衣生活を営むための知識や技術が十分でないために生じていると考えられる。
このような世相のなか、衣服・着装の重要性や奥深さを伝え、その価値観を変えようとする株式会社チクマの取り組みについて調査し、考察を試みた。

株式会社チクマの概要と沿革
株式会社チクマ(以下、チクマ)は1903年創業のユニフォーム及び生地素材を扱う商社である。本社を大阪市中央区淡路町に置き、海外をも含めた主要都市10か所を拠点に事業を展開している。当初、竹馬隼三郎商店と称し神戸元町にて毛織物の輸入販売を専業としていたが、後にユニフォームの取り扱いを始め、社名変更や本社移転を経て現在に至っている。
ユニフォームを取り扱う関係上、企業だけでなく学校とのつながりも深い。2000年にさしかかる頃、制服の着用指導に関する相談が増加しはじめる。規定どおり着用しない生徒にどう接するかが教員の間で課題となり、果たして制服は必要か否かという問題にまで拡大するケースすら生じた。つまり、教員だけでなく保護者にも、衣服と着装の意義を論理的に説明できる素養がなかったのである。
この状況に懸念を覚えたチクマは、2004年に「衣服の大切さやその力について理解し、私達の暮らしに活かす力を養う」(4)ことを目標に『服育』(5)を提唱し、2015年には服育の更なる発展のため「服育net研究所」を立ち上げた。

注目点は?
服育net研究所によるウェブサイト「服育®FUKUIKU」には、大きく4つのテーマ――健康・安全の観点、社会性の観点、環境の視点、国際性・多様性の視点――が示されている。更に親・子対象の家庭向け、生徒・教師対象の学校向け、企業・研究者対象の専門家向けというように、あらゆる視点や立場を想定し、複数の入口や様々な角度の切り口が設けられており、これは積極的に評価すべき点として注目できよう。
具体的には、例えば「2024年度活動報告書」(6)によると、服育活動20周年記念イベントに於いて、20年間の取り組みに関する展示と併せて被服心理学、化学繊維のリサイクル、LGBTQ2+に関する課題について各専門家による講演が行われた旨の報告がある。また、大阪中之島美術館にて小学生以上の幅広い層を対象とし、不要となった垂れ幕のアップサイクルワークショップの企画・運営があったこと、SDGsと衣服にまつわるユースならではのアイディアやアクションを称える「チクマ服育賞」授与の様子もみられる。更に教職員を対象とした研修では服育の趣旨についての講演、修学旅行生を受け入れてのSDGsと企業の取り組みについてのレクチャー、学校制服着用効果についての学会における研究発表、全国の服育研究会との協働事業、メディア取材、情報誌の発行等が行われていたことがわかる。
このようにチクマは、社会における問題解決や服飾文化の伝承と創造を領域横断的なスタンスで実践しており、ファッションスタディーズのアプローチの方法との類似が見られる。

際立つ点は?
2015年に国連総会において持続可能な開発目標(SDGs)が示されて以降、多くの企業が社会における問題に対し関心を示している(7)。チクマ同様の取り組みも散見され、ユニクロなどを展開する株式会社ファーストリテイリング(以下、ファストリ)も「サスティナビリティステートメント」(8)を掲げている。
グローバル企業では社会貢献が必須とされていたため、ファストリも早い時期から使用済み自社製品の回収とリサイクル、開発途上国や難民への衣料寄贈に取り組んでおり、2013年からは「届けよう服のチカラプロジェクト」を立ち上げ次世代教育活動にも着手した。衣服と社会生活との関わりや目的に応じた着用、個性を生かす着用及び適切な衣服の選択について理解を深めるため、学校等への講師派遣のほか、「初めてのコーディネイト体験」というイベントの実施もある。
しかしこのような活動は、豊富な資金とマンパワーの投入が災いしてか、一般大衆の目にはその一つ一つが、個々にテーマを得て別個に進められているプロジェクトという散漫な印象になりがちである。せっかくのステートメントがアピールしきれていない。だがチクマは効率的に一貫性のある活動をしめすため、数ある活動内容をカテゴライズしたうえで、それらを簡潔に総合的に表現する言葉「服育」を創出した。これは他に際立つ特筆すべき点である。
服育net研究所の有吉直美主任研究員によると、企画会議で服育という言葉が「出てきた瞬間に全員がしっくりくるくらい、それまでに私達が取り組んでいたことを表現することの出来ることばだと感じた」(9)とコメントしている。命名によって従事者の共有認識の確認とモチベーションの向上があったことも伺える。そしてその後、チクマの取り組む「服育」と異なる内容の発信を防ぐ目的で商標登録を行ったという。「衣服の大切さやその力について理解し、私達の暮らしに活かす力を養う」ことをブランディングの視点で捉えていたことがわかる。

現状と展望
近年、子供たちが衣服や着装について学ぶ機会は非常に少ない。家庭においては核家族化や共働き夫婦の増加などが原因で十分とは言い難く、頼るべきは教育現場となろう。
学習指導要領(10)解説の家庭編「衣生活」という項目には、服育やファッションスタディーズにも通じる観点が明記(11)されている。また、教科書(12)の「衣生活」に関する記述は、小・中・高の全てに共通して約20%から30%であり、「住生活」「食生活」等に比してバランスは悪くない。しかし家庭科の授業時間は徐々に減少しており、戦後から現在に至っては3分の1程度の時間数であるとの報告(13)がある。果たして週1、2時間程度の授業で衣・食・住への知識や技術が定着するか疑問であるし、ましてや衣生活に対する興味・意欲をはかるまでは望めない。昨今の複雑化・多様化する社会情勢を鑑みるに、衣生活教育のウェートが増す可能性も低い。このような現状下であるからこそ、チクマのような民間の取り組みに期待がかかる。
毎年開催の「服育ラボセミナー」に10年にわたり参加していという高校の家庭科教員は、最新の知見を得て授業に取り入れられることや生徒との話題の幅が広がる事に意義を感じているという。また、ファッションと個性、アートとの関係性などにも関心を示していた(14)。近年チクマは、教員を含めた広く一般の大人への働きかけに力を入れている(15)との事である。その成果はセミナー参加教員の反応から明らかとなっており、確かな方向性と言える。
ファッションは「創り手(クリエイター)」「分配者(流通・ビジネス)」「受容者(消費者)」により成り立つ構造である。優秀な創り手や分配者を育てるメソッドは研究が進み既に多くの高等教育機関が存在する。しかし、ファッションの価値を上げるためには受容者の受容能力をも向上させる必要がある。今後は、次世代を担う者を育み導く立場の者への働きかけが重視されるであろう。

おわりに
現時点では服育の知名度は「食育」に比べ高いとは言えないが、チクマは「服育」のロゴを常に携え(16)活動している。「記憶のどこかに残ることで、将来何らかのアクションにつながる」「漢方薬のようにじっくり時間をかけて効き目があらわれる」(17)と、時間はかかっても一旦その作用が及ぶと強い影響力が持続することを理解している。そして、彼等の気概もまた「服育」という言葉に支えられている。

  • 資料1 修正分_page-0001 資料[1]株式会社チクマ キャンパス事業部 服育net研究所への取材記録
  • 81191_011_32383141_1_2_資料[2]_page-0001 資料[2]服育関連セミナー受講者への取材記録
  • 資料3 修正分_page-0001 資料[3]『服育』、ことばと共に…

参考文献

註記
(1)ファッションスタディーズとは、ファッションを社会や思想に関連付けながら領域横断的な研究を行う学問分野。従来の服飾史や被服学といった単一の枠に収めず、芸術や文化人類学、社会学、歴史学、哲学、経済学等のほか、メディア論やLGBTQ2+の問題とも結びつけて多角的な探究を行っている。ファッション論、ファッション学とも言う。
 日本では1980年代に鷲田清一の哲学的アプローチが契機となり急激に広まった。海外では1990年に『ファッション・セオリー』という国際的な学術誌が刊行されたことで注目される。
(2)2023年7月18日~21日の間、東京大学において「ファッションを考える/ファッションで考える」というテーマで集中講義が行われ好評を博し、書籍化(平芳裕子『東大ファッション論集中講義』、株式会社筑摩書房、2024年)もされている。京都大学では2024年後期よりファッション論の講義がスタートしている。(京大ファッション講義検索 FASHIONSNAP「東大に次いで京大でも講義がスタート、「ファッション論」が今新たに注目されている理由とは?」、https://www.fashionsnap.com/article/ashida-hiroshi-interview/、2025年10月15日閲覧)
(3)ヴァレリー・スティール著、平芳裕子・蘆田裕史監訳『ファッションセオリー』、株式会社アダチプレス、2025年
 ヴァレリー・スティールはニューヨーク州立ファッション工科大学ミュージアム館長兼チーフキュレーター。「ファッション界のフロイト」「ファッション界で最も聡明な女性」と言われている。
(4)株式会社チクマ 服育net研究所ホームページ、「服育とは」、
https://www.fukuiku.net/fukuiku.html(2025年10月15日閲覧)
(5)「服育®」は株式会社チクマの登録商標である。初回登録は2005年3月だが2024年11月に彩色有りの商標を新たに申請。2025年6月に登録となる。
なお、服育net研究所より「服育」が商標登録されている旨を必ず記載するよう指示があった。
(6)株式会社チクマ 服育net研究所ホームページ、「2024年度活動報告書」、
https://www.fukuiku.net/wp2025/wp-content/uploads/2025/04/2024report_fukuikunet-1.pdf
(2025年10月15日閲覧)
(7)帝国データバンクによる「SDGsに関する企業の意識調査(2025年)」によると、SDGsに取り組んでいるとした企業の割合は過去最高の30%以上となり、積極的な取り組みを行っている企業の約7割が「企業イメージの向上」や「従業員のモチベーションの向上」などの効果を実感している。しかしながら、以前は取り組む意欲があったものの、時間的余裕のなさやハードルの高さなどが足かせになっているとした企業もあり、特に中小企業では「費用面・人材面が厳しい」「どのように取り組めば良いか分からない」といった声もある。https://www.tdb.co.jp/report/economic/20250725-sdgs2025/(2025年10月15日閲覧)
(8)株式会社ファーストリテーリングホームページ検索 サスティナビリティのビジョンによると、「People(人)」「Planet(地球環境)」「Community(地域社会)」における課題を解決し、新たな価値創造をめざすとある。また、「商品と販売を通じた新たな価値創造」「サプライチェーンの人権・労働環境の尊重」「環境への配慮」「コミュニティとの共存・共栄」「従業員の幸せ」を重点領域にあげている。
https://www.fastretailing.com/jp/sustainability/vision/statement.html(2025年10月15日閲覧)
(9)資料[1]―「服育」という言葉はどのように生まれたか? 回答より。
(10)文部科学省が幼稚園から高等学校までの教育課程の基準を定めるため、10年毎に見直し告示している。直近の改訂は、小・中学校は2017年、高等学校は2018年。
(11)小学校における家庭科の授業は5,6年生で実施されることとなっており、「衣生活」に関する内容は健康・安全・快適を主眼として、衣服の主な働き、季節や状況に応じた日常着の快適な着方がある事を理解することを目標にしている。課題として「衣服の着用と手入れ」、布の特性や縫製・ボタン付け等の技術を身に着ける「生活を豊かにするための布を用いた製作」の2項目がある。中学校になると、衣服と社会生活との関わりや目的に応じた着用があることと個性を生かす着用及び衣服の適切な選択について理解することが求められるようになり、課題は「衣服の選択と手入れ」と変化。「生活を豊かにするための布を用いた製作」では資源や環境への配慮を重視することがテーマに挙げられる。高校生ではファッションがライフスタイル全般を提案するようになってきている現状を踏まえて、「デザイン」という概念が示される。また、ファッションを通して国際性・多様性について考察することも求められている。
(12)東京書籍株式会社発行の小学生対象の「新編 新しい家庭 5・6(2025年発行)」、中学生対象の「新編 新しい技術・家庭 家庭分野(2025年発行)」、高校生対象の「家庭基礎 自立・共生・創造(2023年発行)」「家庭総合 自立・共生・創造(2024年発行)」をサンプルとして用いた。東京書籍は教科書出版会社の最大手。
(13)伊藤葉子「家庭科の授業時間数減少をめぐる課題」、日本家政学会『日本家政学会誌』64巻8号、451-453頁、2013年、452頁2-4行
(14)資料[2]―参加のきっかけ、目的は?、―参加したことで自身の日常生活や業務で何か変化はあったか?、―自身の変化が周囲の言動や環境に作用していると感じる点はあるか?、―豊かな衣生活の実現のため、今後更に深めていきたいテーマは? 回答より。
(15)資料[1]―近年最も力を入れている活動、及びその理由は? 回答より。
(16)資料[3]「衣服の大切さやその力について理解し、私達の暮らしに活かす力を養う」ための取り組みが、無意識に「服育」ということばと結びつき、潜在意識下で価値観に変容を起こすことが狙い。
(17)資料[1]―今後はどのような取り組みをすすめていくべきと考えるか? 回答より。

参考文献
書誌
蘆田裕史・藤嶋陽子・宮脇千絵編『ファッションスタディーズ 私と社会と衣服の関係』、株式会社フィルムアート社、2022年
ヴァレリー・スティール著 平芳裕子・蘆田裕史監訳『ファッションセオリー』、株式会社アダチプレス、2025年
有吉直美「生きる力を育てる「服育」~これまでの活動に見る服育の可能性~」、日本繊維製品消費科学会、『繊維製品消費科学 48巻1号』、2007年、19-24頁
有吉直美「人と人をつなぐ衣服の力~衣服の持つ社会性を考える~」、日本衣服学会、『日本衣服学会誌 51巻1号』、2008年、91-95頁
有吉直美「衣服を通して豊かな心を育む「服育」」、関西消費者協会、『消費者情報/関西消費者協会』、2005年、26-31ページ
有吉直美「服育による気づきが広げる子どもたちの世界~学校で、家庭で、服育に取り組むために~」、実業出版株式会社、『みんなで家庭科を:じっきょう家庭科資料56号』、2016年、13-18頁
内藤章江・有吉直美「学校制服により育まれる中学生・高校生の意識と教員・保護者の期待」、日本繊維製品消費科学会、『繊維製品消費科学65巻3号』、2024年、172-190頁
今井むつみ『ことばと思考』、株式会社岩波書店、2010年
小藥元『なまえデザイン そのネーミングでビジネスが動き出す』、株式会社宣伝会議、2023年
篠原郁子「若年共働き家庭における子どもの育ちの実態と課題――家庭機能と保育機能の有機的連携を目指して」、家庭経済研究所、『家庭経済研究 2009SPRING NO.82』、2009年、53-63頁

ウェブ
株式会社チクマ検索 ホームページhttps://www.chikuma.co.jp/(2025年10月1日閲覧)
株式会社チクマ服育net研究所検索 ホームページhttps://www.fukuiku.net/(2025年10月1日閲覧)
ヴァレリー・スティールインタビュー記事検索 FASHIONSNAP、橋本知佳子「「ファッションスタディーズ」の目的と意義 消費と切り離された服の研究は社会に何をもたらすのか」、2025年
https://www.fashionsnap.com/article/valerie-steele-interview/(2025年10月15日閲覧)
株式会社チクマ「服育」記事検索 朝日新聞duA 阿部花江「「服育」を通して学ぶ社会とのつながり国際意識を学ぶきっかけにも」、2021年、https://www.asahi.com/edua/article/14304790(2025年10月15日閲覧)
株式会社ファーストリテイリング取り組み検索 ユニクロプレスリリース「「ひとりで服を選ぶ体験」を通じ、子どもの自己成長を促すユニクロ流「服育」サービス「はじめてのコーディネート体験 MY FIRST OUTFIT」大好評につき、夏休みシーズンの7月22日から全国のユニクロ202店舗で再開」、2017年
https://www.uniqlo.com/jp/ja/contents/corp/press-release/2017/07/17070710_mfo.html?msockid=097890fa053b635a2248846b04b062cf(2025年10月15日閲覧)
株式会社ファーストリテイリング取り組み検索 FASHIONSNAP、HAKATA NEWYORK PARIS「GUが子供向けの「服育イベント」を開催、子供の自己成長を促進」、2024年https://www.fashionsnap.com/article/2024-08-27/gu-myfirstoutfit-2024/(2015年10月15日閲覧)
株式会社ファーストリテイリング取り組み記事検索 mamastaセレクト、長瀬由利子「【ユニクロ×特別インタビュー】洋服は“着る”だけじゃない。子どもの成長を支える「服育」体験とは?」、2025年
https://select.mamastar.jp/1427421(2025年10月15日閲覧)
学習指導要領検索 文部科学省、小学校学習指導要領(平成29年告示)解説「家庭編」、
https://www.mext.go.jp/content/20240918-mxt_kyoiku01-100002607_02.pdf(2025年12月15日閲覧)
学習指導要領検索 文部科学省、中学校学習指導要領(平成29年告示)解説「技術・家庭編」、
https://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/micro_detail/__icsFiles/afieldfile/2019/03/18/1387018_009.pdf(2025年12月15日閲覧)
学習指導要領検索 文部科学省、高等学校学習指導要領(平成30年告示)解説「家庭編」
https://www.mext.go.jp/content/1407073_10_1_2.pdf(2025年12月15日閲覧)

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