
産業遺産の再活用における空間・用途・素材の重層性から「デザインのこれから」を考える ―「大谷資料館」を事例として―
1. はじめに
近年、炭鉱や採石場などの産業遺産を、観光施設や文化拠点として再活用する事例が国内外で見られる。これらの取り組みは、歴史的遺構を保存することにとどまらず、現代社会においてどのような意味や価値を担い得るのかという点で注目されている。本レポートは、産業遺産の再活用が持つ文化的意義と今後の可能性について、空間・用途・素材の重層性(一つの使い道や意味に決めつけず重なり合うものとして捉える)という視点から、現代のデザインにいかなる新たな価値を与えているのかを明らかにすることを目的とする。
事例として、栃木県宇都宮市に位置する「大谷資料館」(資料①)を取り上げる。かつて採掘場であった地下空間が、どのような過程を経て保存・活用され、観光資源および文化的空間として位置づけられてきたのかを整理する。さらに、空間形成に深く関与する素材である「大谷石」(註1)に着目し、産業遺産を過去の保存対象として捉えるだけでなく、未来のデザイン資源を内包する場として再定義する可能性について検討する。
2. 基本データと歴史的背景
「大谷資料館」(註2)は、宇都宮市大谷町に位置し、地上の展示施設と地下に広がる旧採石場跡から構成される。地下空間は約2万平方メートルに及び、最深部は地下約30メートルに達する。そこには、当時の採掘跡が色濃く残されており、産業活動の痕跡を直に体感できる空間が広がっている。
「大谷石」の採掘は、江戸時代中期に始まり、明治・大正・昭和期を通じて地域の主要産業として発展した。採掘は、1919年から1986年までの約70年間にわたり掘削され、手掘りから機械掘りへの移行など、時代ごとの技術変化が確認できる。館内では、採掘道具や作業工程に関する展示を通じて、当時の労働の様子が具体的に示されている。
「大谷石」は、軽量で加工性・耐火性に優れ、寺院や石蔵、一般建築の建材として広く普及し、旧帝国ホテルの外装材としても用いられた(註3)。地下空間は、戦時中は地下工場として、戦後は政府米の貯蔵庫として利用されるなど、用途を変えながら存続してきた。1979年の一般公開以降は、産業遺産の保存と観光・文化的活用を両立する施設として位置づけられている。
3. 「大谷資料館」が評価される理由
「大谷資料館」が評価される理由は、主に以下4点に整理できる。
3-1 空間スケールと質感の圧倒性
手掘りの痕跡を残した巨大な地下空間は、人工的でありながら訪れる者に日常からの圧倒的な距離感と異世界性をもたらす。巨大な洞窟や神殿を想起させるその空間体験は、展示物を見る以上に身体感覚に直接訴えかける点が大きな魅力である。
3-2 地域産業の歴史を体感的に伝える展示構成
採掘道具や作業工程、輸送方法の展示により、産業が地域社会とどのように結びついてきたのかが具体的に示されている。これにより、観光施設にとどまらず、地域文化を理解するための学習資源としての博物館的価値を備えている。
3-3 多用途な活用の柔軟性
映画やCM撮影、ミュージックビデオロケ地、コンサートや展示、結婚式場など、用途に応じて、空間が柔軟に演出されてきた点も特徴である(註4)。これは、産業遺産の保存と現代的活用を両立させた成功例といえる。
3-4 地質・素材としての希少性
「大谷石」は、国内でも採掘地点が限られた希少な石材(註5)であり、長年建築材や彫刻材として用いられてきた。その素材の個性と歴史を内包した土地の記憶そのものが、「大谷資料館」の価値を根底から支えている。
4. 比較事例の選定と分析
4-1 選定理由
ドイツの「ツォルフェアアイン炭鉱業遺産群」とルーマニアの「サリナ・トゥルダ」を比較対象とする。いずれも産業遺産の再活用という点で、デザイン上の課題と可能性を共通に持ちつつ、その方向性には明確な差異が見られる。
4-1-1 各事例の概要
「ツォルフェアアイン炭鉱業遺産群」(註6)は、ドイツ・エッセンに位置し、2001年に世界遺産に登録された。かつてヨーロッパ最大の炭鉱であった敷地(100ヘクタール)は、展示・文化・アートの複合施設として再開発され、現在は産業遺産を舞台にした強い演出性が特徴である。
一方、ルーマニアに所在する岩塩坑「サリナ・トゥルダ」(註7)は、13世紀頃から1932年まで塩の採掘が行われていた。現在では、地下空間に観覧車やボートなど遊興施設及び博物館が設置され、現代的な活用を両立させた観光施設として、2008年以降段階的に整備が進められている。
4-1-2 比較分析と「大谷資料館」の特質
「大谷資料館」の特徴は、空間の余白・多用途性・素材の固有性という3点に整理できる。
第一に、そのまま空間としての余白があり、他事例がいずれも大改修を必要としたのに対して、再構築コストが小さく産業活動の痕跡を身体的に体感できる点である。
第二に、他事例が演出面を前面に押し出したり、地下空間を最大限商品化しているのに対して、過剰な演出やテーマ化を抑制しつつ周縁的に多様な活用が行われている点である。
第三に、炭鉱や塩鉱山では資源が抽象化されがちだが、「大谷石」という具体的な素材が現在も建築やプロダクトに用いられ、過去から未来へと連続している点である。特に、この素材の連続性こそが未来に向けた文化資源として位置付ける重要な要素である。
このように「大谷資料館」は、3軸が重層的に重なった再活用モデルと見ることができる。過去の保存のみならず、未来のデザイン資源として使える厚みを備えているといえる。
5. 今後の展望と考察
以上を踏まえると、「大谷資料館」は、素材と空間を媒介とした文化・デザイン拠点へと再設計する可能性を有している。以下、今後の展望について考察する。
素材としての「大谷石」を改めて再評価し、建築やプロダクト分野との連携、更に教育的価値の強化を図ることで産業遺産の創造産業の拠点として再活用、発信していくことが考えられる。現在、宇都宮市を中心に多様な取り組みが展開されているが、その多くは地域内にとどまり外部への波及効果は限定的である。今後は、「大谷石」を現代的な建築素材・プロダクトとして再ブランド化することで、新たな経済的・文化的価値の循環を創出する可能性がある。
具体的には、国内外の建築家やデザイナーとの協働による内装・家具・プロダクトの開発・展示が挙げられる。また、建材やインテリア素材としての魅力を発信し、国内外の建築・デザイン市場への認知を高めることが考えられる。更に、施設内において国内外の教育機関と連携した学習プログラムを充実させることや、国際的なアート・建築・デザインフェスティバルを誘致するなど、観光施設にとどまらない文化拠点・デザイン拠点としての位置づけが可能となる。これらの取り組みは、地域産業の歴史を現代的視点で再解釈し、将来に向けた可能性を切り拓く重要な契機となると考える。
6. まとめ
本レポートでは、「大谷資料館」を事例として産業遺産の再活用が持つ意義と可能性について考察した。また、「デザインのこれから」の視点から、新たな形態や表現を生み出すことのみならず既存の空間や素材、そこに刻まれた時間や記憶を読み取り、再編集しながら未来へとつなげていくデザインの姿勢を提示した(註8)。
事例が示すように、産業遺産には完成された建築とは異なる不完全さや余白、用途が固定されない曖昧さが内在している。そこでのデザインは、空間や素材が持つ固有の性質を引き出し、過剰に意味付けることなく解釈の余地を受け手に委ねる行為として機能している。この視点に立つと、デザインの役割とはゼロから何かを創出すること以上に、既存の環境・歴史・素材が内包する価値を読み解き、それらが未来において新たな意味を獲得するための場や関係性を設計することにあるといえる。本レポートは、その一つの可能性を「大谷資料館」という産業遺産の再活用事例を通して示した。
更に、空間・用途・素材が重層的に結びつく点において「大谷資料館」は、炭鉱や塩鉱山といった他の再活用事例(燃焼・消費される資源を基盤とする産業遺産)とは異なる独自性を有している。特に、「大谷石」という素材が現在も生産・利用されている点は、産業遺産を未来のデザイン資源として位置づける上で重要な示唆を与えるものである。「大谷資料館」は、遺産の保存と活用の両立を実現する一つのモデルとして、今後の産業遺産再活用に対して多くの示唆を提供する存在である。
参考文献
【脚注】
(註1)参考文献[5]14〜19頁より。
「大谷石」はJR宇都宮駅の北西約8キロ、大谷地区で採れる石の総称で、
火山活動によって砕かれた火山灰や岩塊などの火砕物がまとまって堆積して
出来た堆積岩である。
(註2)参考文献[1]より。
(註3)参考文献[2][3][4][5]42〜72頁より。
産業としての「大谷石」は、江戸時代に本格的な利用が始まり、石瓦、寺院建築、町屋建築
などに用いられた。さらに大正期から昭和期にかけて鉄道網の発達に伴い流通が拡大し、産業
は最盛期を迎えた。昭和48年には生産量のピークを記録した。
(註4)参考文献[1]より。
(註5)参考文献[5]8〜13頁より。
(註6)参考文献[6]筆者訳。
(註7)参考文献[7]筆者訳。
(註8)参考文献[8]第8章145〜147頁より。
過去の先に未来を見つける
「すべてのデザインの営みとは、過去から大切なものを見極め選択し、時間の流れを未来へと
接続する作業だと考えることができます」
【参考文献】
[1]『大谷資料館HP』http://www.oya909.co.jp/(2025年10月17日閲覧)
[2]『宇都宮市公式ウエブサイト』https://www.city.utsunomiya.lg.jp/
(2025年10月17日閲覧)
[3]『大谷石材協同組合』 https://ooya-stone.jp/(2025年10月17日閲覧)
[4]『日本遺産HP』https://oya-official.jp/bunka/ (2025年10月17日閲覧)
[5] 宇都宮市大谷石文化推進協議会『大谷石文化への誘い』随想社、2023年
[6]『ツォルフェラインHP』https://www.zollverein.de/(2025年12月5日閲覧)
[7]『サリナ・トゥルダHP』https://www.salinaturda.eu/en/
(2025年12月5日閲覧)
[8] 川添善行著、早川克美編『空間にこめられた意思をたどる』芸術学舎、
2014年