
校歌文化からたどる近代日本の軍歌的音楽表現
―川越市に息づく校歌の継承と変容―
埼玉県川越市には蔵造りの町並みや川越まつりなど、さまざまな伝統文化が現在に至るまで継承されている。こうした地域文化の継承は、建造物や祭礼といった可視的な文化財にとどまらず、人々の身体や声を通じて受け継がれる無形の文化にも及んでいる。その一例として、川越市に所在する川越高校の校歌および応援団文化は、近代以降の教育制度の中で形成され、今日まで継承されてきた無形文化として位置づけることができる。
1.はじめに:校歌の歴史と共同体形成の意匠
1-1.日本独自の校歌文化のはじまり
日本の校歌は、単なる学校固有のシンボルソングではなく、明治以降の近代国家建設の過程において、共同体形成の装置として機能した唱歌文化の延長線上に位置づけられる(註1)。各学校ごとに創出された校歌は、社会状況の変化に応じて現代に至るまで後世へと継承されてきた。
その成立過程は、1879年設置の音楽取調掛(現・東京藝術大学の母体)に遡る。1884年には「尊王愛国の大義」に基づく音楽指針が示され、1891年には文部省訓令第2号により祝祭日唱歌の認可制が導入された。これにより学校音楽は国家の管理下に置かれることとなったため、当初の学校校歌には軍歌のモチーフを転用した楽曲が多く見られる。一方で1908年頃からは、各学校固有の校歌が制作されるようになり、その制度自体も次第に固有の校歌を認可する形へと変化した(註2)。こうした歴史的変遷を経て現代の校歌は、国家統制の下で形成された唱歌文化の名残を内包しつつも、各学校の歴史や価値観を反映させた「建学の精神や校風を象徴的に体現する固有の文化資源」(註3)として位置づけられるようになった(参照1)。
1-2.川越における校歌・応援歌の歴史的背景
埼玉県立川越高等学校は1899年に埼玉県第三尋常中学校として開校し、校歌は1909年の創立10周年祝賀式において制定された(参照2)。旧制中学時代には、日露戦争後のナショナリズムの高揚やスポーツ応援の組織化を契機として応援活動が活発化していった。同窓会資料「川越高等学校応援部史」によれば、1922年に応援団(3年生9名、2年生1名)が設立され、応援歌の制作過程で軍歌由来の音楽的要素が色濃く反映されていったことがうかがえる(註4)。こうして成立した校歌および応援歌は、学校生活における象徴歌として定着し、戦前から戦後、そして現代に至るまで歌い継がれている。さらに応援団の発声は校外約1キロメートル以上の広範囲にまで響き渡るほどの迫力と力強さを持ち、地域住民にも聞き慣れ親しまれるサウンドスケープとしても機能していることを示している(参照3,4)。
2.事例の評価―継承と変容が示す可能性と課題
川越高校の校歌および応援歌の文化は、近代日本の教育制度の中で形成された無形文化として評価できる。校歌の歌詞はその土地の風土を内包し、地域の記憶を言語的に継承する役割を担ってきた。川越の歴史的景観を想起させる「初雁」や「城址」は象徴的表現であり、さらに「三芳野」や「武蔵野」といった語には地域の古層の歴史が反映されている。「三芳野」は江戸時代の地誌『新編武蔵風土記稿』に記される霞ヶ関周辺の古墳「三芳野塚」に由来し、「武蔵野」は万葉集巻十四東歌にも詠まれた古代以来の地名で、霞ヶ関中学校や川越西中学校の校歌にも共通して見られる。このように校歌の歌詞には地域の歴史的記憶や文化的アイデンティティが反映されている一方、月越小学校(昭和34年創立)の校歌など創立が新しい学校や校歌制定が遅れた学校では地域的要素が乏しい例(参照5)もあり、こうした差異は校歌が制定時の時代背景や作詞者の地域認識を反映する文化的テキストであることを示している(註5)。
次に積極的に評価される点は、音楽的構造に見られる機能性である。第一応援歌「奮え友よ」終盤歌詞「勝利の王座」「川高」の反復は、日清戦争期に普及した最初の軍歌といわれ、後の軍歌の基礎となった陸軍行進曲《抜刀隊》それに続く軍歌《敵は幾万》に見られる反復語法(註6)と共通し、歌唱者や聴衆の心理的高揚と集団意識の集中を促す手段として機能的な音楽設計と評価できる(註7)。
旋律面は、小山作之助や瀧廉太郎らによって明治期に普及した五音音階のひとつ「ヨナ抜き音階」で制作されている。さらに4分の4拍子における付点リズム(ぴょんこ節)を用いた跳躍的旋律進行は、日本語の語感および身体的リズム感覚と親和性が高く、集団での斉唱に適した様式である。これらの音楽語法は、近代日本の学校音楽や軍歌に広く共有された特徴でもあり、本応援歌はそれらの様式を受け継ぐものと位置づけることができる(註8)。
このように、川越高校の校歌および応援歌は75年以上にわたり継承され、現在も伝統の重みを体現する音楽実践として機能している。そこには、明治期以降の近代音楽教育によって、地域の学校文化の中で生き続け、歴史的様式の持続性を示す文化実践として評価することができる(参照6)。
一方、この継承のあり方は批判的検討も内包している。明治から昭和戦前期にかけての国家統制下の表現規範は、校歌文化に統一感や規範性を与えた反面、地域や学校ごとの多様な音楽表現を抑制する方向にも作用したと考えられる。特に戦後の価値観転換に伴い、多くの校歌・応援歌や唱歌は軍歌的要素を含む歌詞の改訂や廃止がなされた事実があり、今日の倫理観から見れば問題を含む表現であったとしても、同時代の人々の感情や社会構造を映し出す歴史資料でもある。その文化は誇るべき伝統であると同時に、抹消された歌詞や楽曲は文化史的な空白として批判的評価せざるを得ない。
3.国内外の同様の事例と比較して特筆される点
日本では近代化以降、唱歌・軍歌・校歌・応援歌を問わず、既存旋律に新たな歌詞を付す「替え歌文化」が広く存在した。これは権利意識の未整備という側面だけでなく、旋律が社会の共有財として流通していた時代の音楽観を反映している。
例えば、現在確認されているだけでも30校以上の校歌に旋律が流用されている代表的事例として、旧制第一高等学校で用いられた寮歌「アムール川の流血や」が挙げられるが、その背後には、1899年に陸軍戸山学校の軍楽隊長であった永井建子が作曲した軍歌「小楠公」の旋律が原型として存在する(参照7)。この旋律は軍楽隊を通じて全国的に広まり、やがて学生歌や寮歌、さらには労働歌や各地の応援歌へと“自由に使えるメロディ”として、用途や文脈を変えながら受け継がれていった。すなわち一つの軍歌旋律が、時代や社会的立場の違いに合わせて、多様な歌詞を伴いながら繰り返し用いられてきたのであり、ここに日本の近代音楽文化の共有性と流動性を見ることができる。川越高校においても、第二応援歌の旋律が軍歌「歩兵の本領」であると後年になってから判明した例が語られており、「伝統」として受け継がれてきたものの中にも、本来はより広い民衆音楽文化の流れの中に位置づくものが含まれていることが示唆される(註4)。
同様の替え歌文化は海外にも見られ、アメリカ南北戦争期に兵士の間で歌われた行進歌《John Brown’s Body》の旋律は、後に宗教的歌詞を与えられ《Battle Hymn of the Republic(リパブリック讃歌)》として広まった。さらにこの旋律は、労働運動歌や大学応援歌、商業音楽へと転用されるなど、時代や用途に応じて多様な文脈で用いられてきた(註9)。これらの事例は日本固有の現象ではなく、特定の旋律が時代・社会・用途の変化に応じて目的を変えながら生き続けるという、各地に共通して見られる音楽文化の在り方を示している。
4.今後の展望について
これまで校歌や応援歌は、式典や応援の場を通して継承されてきたが、単に「保存すべき伝統」として固定的に捉えるのではなく、その成立背景や変遷の過程まで含めて共有し、再解釈していく視点が重要である。特にこれまで十分に語られてこなかった軍歌的表現や国家統制の側面については高齢化社会が進み、その歴史が消えていくという事実がある。だからこそ歴史的文脈の中で冷静に位置づけ直す姿勢が求められ、現代社会においても意味を持ち得る教育資源として活用されていく可能性があるだろう。
5.まとめ
川越高校の事例からは、もとは国家的色彩を帯びた音楽語法を背景に持ちながらも、現在では学校や地域の人々が思い描く「児童像・生徒像」や学校の歴史・文化を反映し、代々受け継がれる伝統の象徴として機能していることが見て取れた(註10)。一方でそれは、学校共同体の結束を象徴する歌であると同時に、歴史の中で取捨選択を経て残ってきた存在でもある。だからこそ、成立の背景や変化の過程も含めて捉える視点が重要である。川越高校の事例は、地域に根ざした音楽文化がどのように受け継がれていくのかを考えるうえで、今後も重要な手がかりとなるだろう。
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1_埼玉県立川越高等学校_校歌_譜面
埼玉県立川越高等学校「校歌・応援歌」ページ. https://kawagoe-h.spec.ed.jp/学校紹介-1/校歌・応援歌(アクセス日:2025年12月17日)
(非公開) -
2_埼玉県立川越高等学校_第一応援歌_譜面
埼玉県立川越高等学校「校歌・応援歌」ページ. https://kawagoe-h.spec.ed.jp/学校紹介-1/校歌・応援歌(アクセス日:2025年12月17日)
(非公開) -
3_R70716_川越高校学校案内2026
令和8年1月10日訪問時にいただいた学校案内パンフレット
(非公開) -
4_(参照2)開校間もない頃の川越高校
埼玉県立川越高等学校『学校案内』PDFファイルhttps://kawagoe-h.spec.ed.jp/%E5%AD%A6%E6%A0%A1%E7%B4%B9%E4%BB%8B.(アクセス日:2025年12月17日)
(非公開) -
5_(参照2)川越高校学校案内
埼玉県立川越高等学校「学校紹介」,https://kawagoe-h.spec.ed.jp/学校紹介,学校案内2026(パンフレット)
(非公開) -
6_(参照3)小江戸川越散策マップ2018_一部加筆
小江戸川越観光協会「Map Download | Koedo Kawagoe Web」.小江戸川越散策マップ,https://koedo.or.jp/map/(最終アクセス日: 2026年1月30日) -
7_(参照6)永井建子_軍歌『小楠公』楽譜(出典:国立国会図書館_デジタルコレクション_一部加工・抜粋)
World Folk Song「Shonan Ko Uta(湘南小唄)」
https://www.worldfolksong.com/songbook/japan/shonanko.html(最終アクセス日: 2026年1月30日) -
(8年1月29日、筆者撮影)
松尾鉄城「校歌に見る川越の歴史」伊勢原公民館主催講座、2026年1月29日ほか、口頭発表,https://www.city.kawagoe.saitama.jp/kurashi/bunka/1003517/1003742/1003743/1019416.html
参考文献
(註1)足立朋弘『校歌斉唱!―日本人が育んだ学校文化の謎―』新潮社、初版2022年、第1章 「コミュニティ・ソング」としての校歌。
(註2)須田珠生『校歌の誕生』音楽之友社、初版2010年、第3章校歌と郷土教育運動との関わり-1校歌の普及。
(註3)松村明監修/小学館国語辞典編集部 編『大辞泉 第二版 DVD付』小学館、初版2012年11月2日、「校歌」。
(註4)埼玉県立川越高等学校同窓会.“川越高等学校応援部史”. 埼玉県立川越高等学校同窓会. 2020年6月公開.
http://www.k-alumni.org/wp-content/uploads/2020/06/27216551cfc6836161fb23cb168be291.pdf,(アクセス:2026年1月8日)
(註5)松尾鉄城「校歌に見る川越の歴史」伊勢原公民館主催講座、2026年1月29日ほか、口頭発表,https://www.city.kawagoe.saitama.jp/kurashi/bunka/1003517/1003742/1003743/1019416.html
(註6)辻田真佐憲『日本の軍歌』晋遊舎、初版2017年、《抜刀隊》《敵は幾万》。
(註7)Various Artists『ザ・ソーシャル・パワー・オヴ・ミュージック』4CD豪華本(発売年:2022年、レーベル:ライス・レコード)。
(註8)校歌こだわり調査隊 著『発掘!校歌なるほど雑学事典』山川出版社、初版2014年、Part3校歌を音楽的にみてみよう。
(註9) 金田紗綾.“《アルプス一万尺》の原点とその変容 ―アメリカの象徴から子どもの歌へ―”. 東京音楽大学リポジトリ. 2019年6月11日公開.
https://tokyo-ondai.repo.nii.ac.jp/record/1291/files/43_kaneda.pdf,(アクセス:2026年1月17日)
(註10)埼玉県立川越高等学校同窓会.“百周年記念誌 くすの木 埼玉県立川越高等学校”. 2020年5月公開.https://www.k-alumni.org/wp-content/uploads/2020/05/b42903871171ba0f07b5f0af2c0de850.pdf?,(アクセス:2026年1月8日)
(参照1)細川周平『近代日本の音楽百年』岩波書店、初版2020年。
(参照2)埼玉県立川越高等学校,学校案内,埼玉県立川越高等学校の沿革.https://kawagoe-h.spec.ed.jp/wysiwyg/file/download/83/24?
(参照3)川越さんぽ編集部.“川越さんぽ”.https://www.kawagoesansaku.com/sansaku/index.html,(アクセス:2026年1月8日)
(参照4)中田宗孝. “「楽な道を選ぶ自分、もういない」伝統受け継ぐ川越高校応援団長の努力と覚悟”. 高校生新聞オンライン. 2019年6月25日更新.https://www.koukouseishinbun.jp/articles/-/5334,(アクセス:2026年1月8日)
(参照5)川越市「月越小学校校歌」川越市公式ウェブサイト,トップページ > 子育て・教育 > 就学・学校 > 市立小学校 > 月越小学校 > 月越小学校校歌,ページID1005019,更新日 2024年11月22日,https://www.city.kawagoe.saitama.jp/kosodate/shugaku/1004917/1005014/1005019.html,(アクセス:2026年1月30日)
(参照6)小江戸川越STYLE.“(「川越高校応援部」間近に迫った試合に向けて熱のこもった練習が続く)”. アメーバブログ, 2015年7月11日.https://ameblo.jp/korokoro0105/entry-12048348159.html,(アクセス日:2025年12月17日)
(参照7)永井建子 軍歌『小楠公』楽譜(出典:国立国会図書館 デジタルコレクション 一部加工・抜粋)