
品質にこだわるモノづくりが生み出す循環の力 ── 松山油脂の取り組み
はじめに
東京都墨田区に本社のある「松山油脂株式会社」は、社員15人の小さな石けん工場から30年でグループ売上高が100億円を超えたことで、最近多くのメディアに取り上げられているが、本報告書では外面的な成果ではなく、社員一丸となって取り組んでいる高品質のモノづくりが生み出す循環の力に注目し、その特徴や今後の展望について考察する。
1.基本データと歴史的背景
1908年に雑貨商として創業した松山油脂は、戦後すぐに石けんメーカーの下請けとして釜焚き製法で石けんをつくりはじめる。その頃の墨田区は「石けんのまち」として知られ、すみだ郷土資料館が2007年に『石けん・歯みがきの町すみだ 清潔と健康の産業史』と題して開催した企画展には、花王、資生堂、ライオン、ミツワなど日本の名だたる大手企業の製品が展示された。(註)
海外から廉価な輸入製品が入ってきたことと、手間をかけてつくった石けん単価が一つ数円というOEMでは経営が立ちいかなくなり、4代目社長の父親から廃業を話を聞かされた現社長の松山剛巳(つよし)が1994年に家業を継ぎ、伝統的な釜焚き製法でつくった製品を強みと捉え、翌年に自社ブランド「Mマークシリーズ」を立ち上げ、老若男女が使える「無添加」のウォッシュアンドケア製品の製造販売を開始した。高品質の商品自体が語ってくれることを信じ、商品を持って足で稼ぐ一人営業が徐々に功を奏し、2000年に直営店舗運営を担う「マークスアンドウェブ」を別会社化、東京駅の丸ビルのデッドスペースではじめた直営店は、現在全国81店舗まで拡大している。
2.事例のどんな点について積極的に評価しているのか
本報告書のきっかけは、筆者自身が工場見学へ参加した時に、社員の方々の仕事への誇りと、他の企業にはない、和気あいあいとした雰囲気のなかに一体感を醸し出すパワーを感じたからだった。10年来松山油脂製品の愛用者で、その高品質、低価格は消費者として評価していたが、社員の方々のパワーがどこからくるのか、その問いの答えに大きな価値がありそうだと考えたからだった。
松山油脂は、218名の社員のうち、4名の準社員のほかは全員が正社員である。取材に応じてくれたお客様問合せ窓口の社員は、商品への質問だけでなく、会社の方針や仕組み、体制などの質問にも即答できるのである。また、すべての商品のパッケージなどのデザインは2名の社員デザイナーが担っている。製造部門だけでなく社員全員が、「品質へのこだわり」という共通認識を持ち、各自の仕事の位置付けと重要性を理解してモノづくりに携わる結果が、地域貢献やECO循環に繋がっていることを知って、松山油脂のモノづくりの営みを積極的に評価している。
3.国内外の他の同様の事例と比較して何が特筆されるのか
無添加の石けんやスキンケアを製造販売している企業は他にもたくさんあるが、「お客様に多くの選択肢を用意する」ことを方針に掲げている松山油脂の特徴は、多品種少量生産である。特に以下が、同種の企業と比べて特筆されるポイントである。
(1)手作業の製造工程がもたらす誇りとゆとり
松山油脂の墨田工場でつくられる石けん素地は、伝統的な釜焚き鹸化法で、石けん約4万個分に対して100時間かかり、製造工程のあらゆる局面ごとに社員の経験値や判断が必要となる。一昼夜かけて枠で固めた石けん素地を、ステンレス銅線を社員二人でかけ声を合せて手作業で切り分けたり、機械でチップ状にして富士河口湖工場へ運び、精油や植物エキスなどを混ぜ合わせて滑らかになるまで十分に練り込むなど、石けん素地の製造だけでも多くの社員が携わっている。さらに、素材の違う製品を製造するたびに、機械を分解して洗浄し、また組み立てるという作業が発生する。そして出来上がった商品一つ一つを点検して梱包するのも社員である。(資料1)(資料2)
このように大変な労力をかける仕事が、「多くのお客様に自分が使いたい製品を届けたい」という社員の共通の想いによって、誇りある仕事に変わっている。会社としても品質を担保できる生産量に抑えているため、個のライフスタイルを尊重したゆとりあるモノづくりが可能となっている。(資料3)
(2)松山油脂が考えるデイリープロダクトに求められる品質
松山油脂は、デイリープロダクトに求められる品質は、安全性、環境性、有用性のバランスを満たすことだと考えている。安全で環境に配慮した製品であることは当然のこととして、毎日使うたびに楽しくなる心地よいデザインと、安心して使える価格も品質の基準なのである。ブランドのネーミングやロゴも、製品の内容をイメージさせる洗練されたデザインだが、何より製品パッケージのデザインは、シンプルだが家に置きたくなる、すなわちまた買いたくなる心地よさで、これは他の無添加プロダクトの企業には見られない、松山油脂の大きな特徴である。(資料4)
(3)素材にさかのぼるモノづくり
松山油脂では、「品質へのこだわり」から、その素材には特にこだわっている。スキンケア製品の90%を占める水は、富士河口湖工場の敷地内からくみ上げた富士山の伏流水を使用している。製品の素材となるハーブや薬草は、富士河口湖工場の隣の研究農園で、地域の住民と土づくりから協力して育てている。その素材へのこだわりに、「廃棄される素材を価値あるものに生まれ変わらせたい」という社員の想いを結実させた結果が、今最も力を入れているという徳島県佐那河内村にある「山神果樹薬草園」である。ここでは、素材となる和柑橘精油の抽出と、その工程で生じる和柑橘の圧搾果汁や繊維質を無駄にすることなく、飲料や加工食品として製造販売している。(資料5)
(4)品質へのこだわりが生み出す循環の力
品質にこだわる松山油脂が「山神果樹薬草園」の事業に力を入れている理由は、過疎地域である徳島県の里山を元気にするという目標を掲げているからである。佐那河内村の和柑橘生産者と一緒に、生産品の付加価値を検討し、作付け面積を増やすことで活性化を推進している。また、同じ徳島県阿南市の放置竹林の被害に着目し、未開封・未使用やキズなどのある廃棄商品をアップサイクルした「REES:PRODUCT」というブランドの製品に、その放置竹林から伐採した竹を使った竹炭パウダーや竹酢液を配合して製造販売している。(資料6)同様の考え方で、サーフワックスが海洋汚染と生物に影響していることに着目し、石けんづくりのノウハウを活かし、100%天然素材のオーガニックサーフワックスを販売開始している。(資料7)
4.今後の展望について
多くの製造業でもECO循環の取り組みが活発化しているが、松山油脂では、気負うことなく数多くの取り組みにチャレンジし、その結果としてごく自然にECO循環のモノづくりが生み出されている。消費者のニーズや価値観がこれだけ多様化した現在、作り手として消費者が本当に求めているものを的確に捉えるのは難しくなっているが、松山油脂では原点に還り、お客様の声をより丁寧に拾い上げ、製品のリニュアルや改善に活かす取り組みを進めている。単なる流行ではなく消費者の日常に長く寄り添える製品を安定的に供給し、継続的な品質向上を図るという、作り手としての責務を推進していく姿勢は今後もずっと変わらないだろう。
5.まとめ
松山油脂の「品質へのこだわり」は、「身体によいから、環境に良いから無添加がよい」という短絡的なものではなく、毎日使いたくなる心地良いデザインと低価格という有用性を意識したモノづくりであった。それを社員全員が正しく理解し、納得し、会得して行動することで、環境と共生できる循環型の製品を、社員自らが創り出す力として定着している。工場見学の時に感じたパワーはこれだったのである。持続可能な循環は作り手だけでは成り立たず、買い手が作り手の想いを理解し、それを支える購買活動をしていかなければならない。今後松山油脂が、すべての製品の素材を自社調達したうえで、自然に負荷をかけないモノづくりを継続的に循環させるには、買い手である我々一人一人の意識に拠るところが大きいのである。
(註)墨田区ホームページ内、すみだ郷土資料館企画展ページ https://www.city.sumida.lg.jp/sisetu_info/siryou/kyoudobunka/sonota/tenzi/h14/kikakuten_sekken.html
参考文献
参考文献:
1.「すみだモダン」ホームページ https://sumida-brand.jp/about/ 閲覧日:2025年7月20日
2.ジカイ―ルブログ 2025年2月7日、著者エイミー
「グローバル最高の石鹸メーカー13社」 https://www.zicail.com/ja/ 閲覧日:2025年6月30日
3.Fotune Business Insights「石鹸市場」
https://www.fortunebusinessinsights.com/jp/%E7%9F%B3%E9%B9%B8%E5%B8%82%E5%A0%B4-102841 閲覧日:2025年7月5日
4.日本石鹸洗剤工業会「2024年1月~12月洗浄剤等の製品販売統計」
https://jsda.org/w/00_jsda/5.24hoseimae.html 閲覧日:2025年7月5日
5.NIKKEIリスキリング 2019年7月3日松山油脂株式会社松山剛己社長記事(上)
https://reskill.nikkei.com/article/DGXMZO47427370X10C19A7000000/
NIKKEIリスキリング 2019年7月3日松山油脂株式会社松山剛己社長記事(下)
https://reskill.nikkei.com/article/DGXMZO47754800V20C19A7000000/ 閲覧日:2025年5月30日
6.LIFULL HOME'S PRESS「【墨田区②】明治、大正にかけ、工場地帯として大発展」、カルチャースタディーズ研究所 三浦展氏記事 https://www.homes.co.jp/cont/press/rent/rent_00651/ 閲覧日:2025年7月18日
7.墨田区役所編『墨田区史 前史』墨田区役所、1978
8.墨田区役所編『墨田区史』墨田区役所、1959
9.ミヨシ石けんホームページ「MIYOSHIについて」 https://miyoshisoap.co.jp/pages/about 閲覧日:2025年7月18日
10.シャボン玉石けんホームページ https://www.shabon.com/company/outline.html 閲覧日:2025年7月18日
11.オーガニック無添加専門店『魂の商材屋』の店舗運営責任者 佐藤文隆氏記事2025年6月11日、https://e-tamashii.com/blog/soapmanufacturingmethod/ 閲覧日:2025年7月6日
12.株式会社ビオティックホームページ記事「石鹸の日本への到来と普及」、https://biotic.co.jp/column50/ 閲覧日:2025年7月18日
13.ものづくりドットコム「事例記事」、https://www.monodukuri.com/articles/collection/sdgs 閲覧日:2025年7月25日
14.President Woman Online記事「松山油脂があえて「シンプルなデザイン」で勝負する理由」、2025年7月11日、https://president.jp/articles/-/98224 閲覧日:2025年7月11日
15.松山油脂「Factory Tour Book」、2025年4月26日、松山油脂配布版
16.松山油脂ブローシャ、2025年4月26日、松山油脂配布版
17.松山油脂ホームページ https://www.matsuyama.co.jp/ 閲覧日:2025年7月29日
工場見学・取材:
2025年4月26日 墨田工場見学
2025年7月17日 お客様相談窓口への電話取材
2025年7月18日~24日 お客さま相談窓口へのメール取材