『上溝夏祭り』 地域でつくる持続可能な継承のかたち

西野 陽子

はじめに
神奈川県相模原市中央区上溝地区で毎年7月に開催される「上溝夏祭り」は江戸時代から続く伝統のある夏祭りである(1)。柳田國男は、祭司と氏子によって行われる「祭」と、信仰とは関係ない見物人が存在する「祭礼」があるとした(2)。 上溝夏祭りは、天王祭を起源とし神輿渡御によって地区の厄病退散や家内の安全を祈念する神事としての「祭」の側面と、各地区の神輿や山車が集結し見物人が多く訪れる「祭礼」の側面を併せ持つ夏祭りである。この上溝夏祭りをイベントのデザインとコミュニティ運営のデザインから評価し、次世代への継承について考察する。なおコミュニティ運営については、上溝夏祭り実行委員会と上溝五部会い組神輿連の2つのコミュニティの役員へ聴き取り調査(資料1.2)を根拠とした。

1.基本データと歴史の背景
1-1. 上溝夏祭りの基本データ
上溝夏祭りは、上溝地区の11の地域コミュニティが協力して実施する夏祭りであり、古くは「天王祭」とよばれ江戸時代から続く伝統のある祭である。現在は宵宮、本宮の2日間にわたり行われ、「祭」としての氏子廻りの神輿渡御と、「祭礼」としての宵宮の山車巡行および本宮の夕刻から始まる提灯を灯した神輿渡御が行われる。(3)。令和6年の宵宮・本宮には大人神輿11基・小人神輿7基、山車8台が渡御し、2日間で延べ36万5千人の来場者を記録した(4)。

1-2. 上溝夏祭りの歴史の背景
相模原市内では、古くから夏にお天王様と呼ばれる天王祭が行われていた。お天王様とは「牛頭天王」であるが、上溝や田名の八坂神社の祠がない地区でもお天王様は行われており、この場合、お天王様は神社ではなく神輿や祭そのものを意味していた。 このため上溝地区で古くから行われてきた天王祭は神輿を信仰の対象とし、各地区がそれぞれの神輿を所有しており、宮神輿は存在していない。
明治時代になると、政府の方針により京都の八坂神社からお迎えした八坂大神の祠のある亀ヶ池八幡宮に各地区の神輿が集結し、各地区で行われていた祭りが神社を中心とする祭りとなった。終戦後はGHQの政策により、集団での神への祈願等が禁止されたため、当時の青年団の提案に基づき地域の氏子巡りを終えた後に上溝商店街を神輿や山車が渡御する現在の上溝夏祭りの形式となった。その後、浅間社を祀る久保地区、諏訪社を祀る番田地区も地域振興のため上溝夏祭りに参加し(5)、「かながわのまつり50選」にも選ばれるなど(6)市内有数の夏祭りとなった。

2. 評価点
上溝夏祭りをイベントのデザイン、コミュニティ運営の観点から評価する。

2-1. イベントのデザイン
上溝夏祭りは柳田のいう「祭」と「祭礼」(2)の両方を併せ持つイベントのデザインとなっている。地区毎に神輿や山車による氏子廻りを行う祭事としての祭を行い、各地区が集結し会場である上溝商店街で神輿渡御・山車巡業を行う祭礼に参加する。   祭礼の見せる祭りとしての側面(2)が祭の担い手のやりがいに繋がり(7)、宵宮・本宮で各地区が集結して渡御を行うことにより、地区間に適度な競争意識と緊張感が生まれ(8)、このことが自分の所属する地域への愛着心を形成し、地域コミュニティの結束力を強めていると考える。このことから地区毎の祭、各地区合同での祭礼が共生し継承・発展していくイベントのデザインであるといえる。(9)

2-2. コミュニティ運営デザイン
上溝夏祭りは、各地域の自治会および保存会、自治会からの代表者らが参加する上溝夏祭り実行委員会が宵宮・本宮を主催している。各自治会・保存会は地域に受け継がれる神輿や山車の維持管理、渡御の実施を行うが運営方針や渡御の在り方は各地区により異なる。また、地域振興のために祀神の異なる地区が参加しており(5)信仰を超えて協働している。伝統的な祭礼様式の維持・簡略化に対する考え方やコミュニティ運営方針について地区毎に違いがあるが、差異を認め合い多様性をもちながら(8)地域全体での協力体制を作っている点が上溝夏祭りのコミュニティ運営の特徴であると考える。
また、自治会、神輿や山車の保存会、商店街といった複数のコミュニティの連携により、上溝夏祭りに対する様々な視点からの意見が集まることが、伝統を継承しながら時代による情勢に柔軟に対応し変化しながら持続している(10)一因であると考察する。

3.国内の他の同様の事例と比較して特筆すべき点
東京八王子市で行われる八王子まつりは、八幡・八雲神社の下地区、多賀神社の上地区の複数の神輿や山車の渡御が行われる祭礼であり、令和5年には85万人の来場者があった(11)。現在では運営が市から八王子まつり実行委員会に移行し、伝統色の強い祭礼となっているが、その起源は昭和36年に富士森公園で開催された「3万人の夕涼み」という市民祭である。八王子市が主催した市民祭に地域の祭が加わり現在の八王子まつりとなった(12)。
上溝夏祭りは天王様という地域の祭が明治政府の方針やGHQの占領政策により、従来の形式では実施困難となったため地域青年団の提案により現在の複数地域が参加する現在の祭りの形式になった。
異なる祀神の神輿や山車が一堂に会し渡御する点、また地域文化の継承と地域振興を担っている点は八王子まつりと共通であるが、上溝夏祭りは一貫して地域が主体となり時代の変化に対応しながら伝統を継承し祭を続けてきた点が特筆すべき点であると考える。

4.今後の展望について
約40万人の来場者が集まる市内有数の祭礼となった上溝夏祭りだが、地域住民の少子高齢化(13)、自治会加入率の低下(14)により担い手不足が懸念される。すでに担い手不足により参加できない自治会もでているという。対策として各地区において神輿やお囃子の保存会を設立するなど、地域独自の文化の継承に取り組んでいる。保存会への参加は自治会員であることを条件にしているところが多いが、近年は居住者の親族や友人、通勤や通学での地区利用者など上溝地区にゆかりのある者の参加を認める団体が増えており(15)、関係人口(16)の活用により少子高齢化による祭の担い手不足を補っている。
上溝地区の神輿保存会のひとつである上溝五部会い組神輿連(以下い組神輿連)は人員の確保ができているという。この背景には、御仮屋の設置や御霊入れなどの伝統を昔ながらの形で継承し、神輿の提灯にろうそくを置くことや、渡御時の神輿の房の揺れを揃える担ぎ方など、神輿にまつわる粋や美学を重んじるなど独自の活動(17)への共感があると考えられる。このことから、先人から受け継いできた伝統や歴史と宵宮・本宮での華やかな渡御が人々の気持ちを動かし、祭の意義を理解した上でコミュニティの一員として活動する関係人口の増加につながると考える。
また、八王子まつりで実施されている分別収集ボランティア(11)のような準備・片付けを支援するボランティアの募集や、来場者が各地区の神輿・山車への花代を寄付できる仕組みを導入するなど、地域住民以外の人々が祭りに関与し地域の負担を減らすことが少子高齢化社会で祭礼を持続させる上で重要であると考えられる。

5. まとめ
上溝地区では、「上溝地区まちづくり会議」に関して地域住民、事業者、学校、行政が連携し「上溝まちビジョンづくり」を策定するなど(14)、現在も地域の強い結びつきが存在する。上溝夏祭りはこうした地域の特性ともいえる連携と協働の力により継承され発展してきていると考察する。また上溝夏祭りの会場周辺には祭をデザインしたアートが設置されおり、上溝という地域にとって祭が重要な文化資産あり、地域の共通認識となっていることが伺い知れる(19)。
SNSやホームページによる上溝夏祭りの情報発信や動画配信(18)といった若い世代へのアピールも積極的に行っており、少子高齢化による祭の担い手不足や温暖化による実施時期である7月の気温の上昇などの懸念事項があるが、地域が団結し伝統を継承しながら時代に適合する祭の在り方を見いだし次世代へ、さらにその先へと上溝夏祭りを受け継いでいであろう。今後の経過についても注視していく。

  • 81191_011_32181423_1_1_cats 上溝夏祭り・宵宮の山車巡業。各地区の山車とお囃子の競演が観客を魅了する。(2024年7月26日筆者撮影)
  • 資料1.上溝夏祭り実行委員会 聞き取り調査資料(聞き取り調査を基に筆者作成*資料に掲載した画像は倉橋氏作成の資料の抜粋)
    (非掲載)
  • 資料2.上溝五部会い組神輿連 聞き取り調査資料(聴き取り調査を基に筆者作成)
    (非掲載)
  • 81191_32181423_1_1_E8B387E69699EFBC93_page-0001 資料3.令和6 年上溝夏祭りパンフレットの抜粋(上溝商店街振興組合HP 当日のパンフレットデータより筆者作成)
  • 81191_32181423_1_2_E8B387E69699EFBC94_page-0001 資料4 伝統を継承するための活動(上溝夏祭り実行委員会・上溝五部会い組神輿連提供の資料を基に筆者作成)
  • 81191_32181423_1_3_E8B387E69699EFBC95_page-0001 資料5.宵宮・本宮の様子(筆者撮影画像・上溝五部会い組神輿連提供の資料を基に筆者作成
  • 81191_011_32181423_1_7_資料6_page-0001 資料6 祭に関連する上溝地区の取り組み(筆者作成)
  • 81191_011_32181423_1_8_図1_page-0001 図1.上溝夏祭りのイベントとコミュニティ運営(聴き取り調査を基に筆者作成)

参考文献


(1)参考文献① P327 「上溝には江戸時代に制作された神輿が5基現存しておりこの頃に祭が盛大になったと考えられている」とある

(2)参考文献② P34~58「祭から祭礼へ」

(3)上溝商店街振興組合HP「上溝夏祭り」 2025年1月7日閲覧
   https://kamimizo.com/event/65/
   上溝夏祭りの由来、令和6年の開催内容が記載されている
   上溝商店街は上溝夏祭りの宵宮・本宮の会場となっている

(4)「令和6年上溝夏祭り」結果概要 相模原市発表資料 2025年1月25日閲覧    https://www.city.sagamihara.kanagawa.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/030/936/0729/03.pdf

(5)参考文献③ 

(6)参考文献④ P211 

(7)上溝五部会い組神輿連への聞き取り調査による 資料2―4.

(8)上溝五部会い組神輿連への聞き取り調査による 資料2―6.

(9)図1 上溝夏祭りのイベントとコミュニティ運営

(10)本稿1-2. 上溝夏祭りの歴史の背景

(11)八王子まつり公式サイト 2025年1月26日閲覧
     https://www.hachiojimatsuri.jp/

(12)はちおうじ物語 其の十 季節を彩る年中行事と伝統文化
https://www.city.hachioji.tokyo.jp/kankobunka/003/monogatari/p026972_d/fil/hachioji_monogatari_10.pdf

(13)相模原市オープンデータカタログサイト 地区別年齢別人口の推移(中央区上溝)  2025年11月26日 CSVデータ閲覧
https://opendata.city.sagamihara.kanagawa.jp/ca/dataset/chiku-nenreibetsu/resource/945eddb2-8df3-4a27-8690-d3fbee862932?inner_span=True

(14)上溝まちづくりビジョン 上溝地区まちづくり会議 令和4年8月発行 2025年11月26日閲覧
https://www.city.sagamihara.kanagawa.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/009/484/vision20221003.pdf
「自治会加入率が低下し5割を下回っているとある

(15)上溝夏祭り実行委員会への聞き取り調査による 資料1

(16)参考文献⑤ 第2章「祭礼の担い手とは誰か」P38~P40に記載のある田中輝美の定義による関係人口

(17)上溝五部会い組神輿連への聞き取り調査による 資料2―5.7.

(18)資料5

(19)資料6

参考文献
① 相模原市総務局総務課市史編さん室『相模原市史 民俗編』、相模原市総務局総務課市史編さん室、2010年

② 柳田国男『日本の祭』、角川文庫、2019年新版9版

③ 上溝夏祭り実行員会編『上溝の夏祭り』上溝夏祭り実行員会、1989年

④ 相模原市総務部総務課市史編さん室 編『相模原市史. 現代図録編』相模原市総務部総務課市史編さん室、2004年

⑤ 石垣悟編『まつりは守れるか』、八千代出版、2022年

⑥ 山田浩之編『都市祭礼文化の継承と変容を考える』、ミネルヴァ書房、2016年

⑦ 山崎亮『コミュニティデザインー人がつながるしくみをつくる』学芸出版社、2011年

⑧ 坂本優紀ほか『地方都市における祭礼の変容-土浦八坂神社祇園祭における氏子の対応に着目して』、地域研究年報40、2018 
2025年1月5日閲覧
https://www.geoenv.tsukuba.ac.jp/~chicho/nenpo/40/03.pdf

⑨ 小川正弘『八王子まつりにおける地域文化の形成と変容』2007年度日本地理学会秋季学術大会
2025年1月5日閲覧
https://www.jstage.jst.go.jp/article/ajg/2007f/0/2007f_0_15/_article/-char/ja/

⑩ 上溝五部會神輿大改修實行委員會編『奉祝 上溝五部會 神輿大改修』、上溝五部會神輿大改修實行委員會、2016年

⑪ 森田三郎『祭りの文化人類学』、世界思想社、1990年

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