「恵比寿ガーデンプレイス」から考察する 緑と建築景観デザインの融合とは

本郷 振一朗

はじめに
本稿は、再開発施設として「恵比寿ガーデンプレイス」の成立した経緯と共に、都市空間における緑地のあり方や、他の都市再開発との比較、景観設計がどのような影響を与えるかについて評価及び考察する。

1. 基本データと歴史的背景
(1-1) 恵比寿ガーデンプレイスの概要
施設名:恵比寿ガーデンプレイス[図1]
所在地:東京都渋谷区恵比寿4丁目20番及び目黒区三田1丁目4番、13番
竣 工:1994年9月竣工(10月8日に開業)
設計・監理:株式会社久米設計
施 工:大成建設株式会社・鹿島建設株式会社
敷地面積:8,196.06㎡  延床面積:50,275.51㎡
開発には総合設計制度[1]が活用され、建物の全容積の35%を地下に設けることで、敷地面積の60%を空地とし、緑を惜しみなく配置。壁や舗装路にはレンガや御影石も多用され、デザインコンセプトである「ヨーロピアンテイスト」が表現されている。

(1-2) 歴史的背景
1887年、日本麦酒醸造が目黒村三田から渋谷村にまたがる場所に創設した工場で「エビスビール」の製造を開始。ビールを運び出すために場内に敷かれた引込線の日本鉄道の小さな貨物駅は「恵比寿荷扱停車場」から「恵比寿駅」となり、周辺の地名も「恵比寿」となった。長らく首都圏の主力工場として活躍してきた恵比寿工場であったが、1980年代に入ると、老朽化し移転した。その跡地を再利用する計画が社内で持ち上がり、東京都と連動して「恵比寿地区整備計画」となる。1987年、都は「恵比寿地区整備計画素案」を発表。それに則りサッポロビールでは、「恵比寿工場跡地再開発計画 - 水と緑と山の手情報文化都市構想」を明らかにした。開発を自社の手で行い、本社も中央区銀座からこの地へ移す決定がなされ、1994年9月に無事に竣工を迎え、10月8日に開業。

2. 事例の評価点
(2-1)建築景観と緑の共生デザイン
この再開発広場のコンセプトであるヨーロピアンテイストを再現し、周辺の道路を含めて歩行者優先に設計された歩行者動線デザインについて評価を行う。[2]まるで自然の中を散策しているかのような感覚を喚起する工夫が施されており、十分な歩道幅員が設計されている。[写真1]敷地内には多種多様な植栽が配置されており[写真2]、広場やビルの合間にも芝生などの緑が効果的に取り入れられている。[写真3]また、四季折々の植栽が景観に変化をもたらし、都市空間に柔軟性を付加している。[写真4]ガーデンプレイス中央に位置する「センター広場」でも、植栽が相互補完し、訪れた人々に憩いの場を提供している。[写真5]所々に噴水や水の流れが組み込まれ、水と緑の融合によって建築空間の硬質な印象を和らげている。[写真6.7.8]特筆すべき点として、周辺に高層ビルが少ないため、広い空と圧迫感のない景観が特徴的である。[写真9]このような景観が形成できたのは、「渋谷区恵比寿3丁目」が「第一種低層住居専用地域」[3]に指定されていることが大きな要因だ。また、同じ敷地内に位置する高層階のホテルやマンションは、目黒区三田に属する。[写真10]こういった都市計画法などの法律を効果的に活用した景観デザインである。

(2-2) 再開発都市施設の緑地がもたらす心理的効果
恵比寿ガーデンプレイスの緑地は、多忙な都市生活の中で自然を感じられる空間として機能しており、訪れる人々に心理的な癒しを提供する点で高く評価される。心理学博士の芝田征司は次のように述べている。「自然の眺めは、美しく感じられ、好まれるというだけではない。たとえばUlrich (1984) は、胆嚢摘出手術を受けた入院患者の記録を用い、病室から自然の眺めが見える場合とそうでない場合とで術後回復に違いが見られるかどうか検討している。その結果、病室から自然を眺められる患者群の方が、そうでない思者群よりも退院までの日数が短く、使用された鎮痛剤の強度が弱いなどの違いが見られた」[4]このように、緑が人の心理的癒しに寄与する効果は、これまでの様々な研究によって実証されている。さらには、「注意回復理論では、— 自然環境が回復効果をもつことは多くの研究によって示されているが、これは自然環境に、日常を忘れられ(逃避)心奪われる(魅了)といった、注意回復に適した特徴が豊富に含まれているためであると説明される」[5]コンクリート建造物が多く密集する都心部において、緑は人間の心理に与える影響が極めて大きく、その役割は重要であると考えられる。

3. 東京ミッドタウン(六本木)との比較について
緑地活用した景観を特徴とする他の再開発エリアの概要とともに、東京ミッドタウン[写真11]との比較を検討する。東京ミッドタウンは2007年に開業し、敷地面積は約100,000㎡と、都心では珍しく大規模な敷地を有する。[図2]恵比寿ガーデンプレイスが、サッポロビールの歴史的遺産を背景に、文化と地域のつながりを重視した開発が特徴的であるのに対し、東京ミッドタウンは、防衛庁(現・防衛省)の施設跡地に位置し、開発前の名残を残さず、完全に刷新された都市空間といえる。その主要な印象は複合施設ビルによって形成されていると推測される。東京ミッドタウンの緑地では、『芝生公園』が大部分を占めており[写真12]、撮影日にはアイススケート場が設営されていた。[写真13]このようなイベントの開催が可能であるのは、その敷地規模の大きさによるものである。また、同施設はサントリー美術館や国立新美術館[写真14]、檜町公園などと連携しており、アートや文化を都市デザインに統合した公共スペースを提供している。
恵比寿ガーデンプレイスは「地域の歴史や生活基盤に深く関わる小規模な緑地空間」としての性格が強い一方で、東京ミッドタウンは「大規模な緑地と文化的価値を融合した国際的な都市空間」として位置付けられ、両者の都市デザイン方策には明確な対比が見られる。

4.今後の展望について
恵比寿ガーデンプレイスは、1994年の開業以来、東京における都市再開発計画の成功例として高く評価されている。工場跡地を再利用し、緑地デザインによる精神的な充足感に加え、都市計画法などの法律も活用し、開放感のある景観の形成に成功した。それにより地域のアイデンティティの創出と地域住民の生活質の向上に貢献している。しかしながら30年が経過した現在、その設計や機能が新たな社会的需要や環境課題に対応できているかについては見直しが求められる。将来像としては、地球温暖化の抑制を目的とした緑地の拡張計画が求められる。[6]そして拡張した緑地には、ガーデニング活動や、地域住民の野菜栽培を取り入れるなど、住民が主体的に維持管理できる仕組みを構築することが望ましい。こういった、持続可能な都市空間のさらなる実現を目指す上で、実効性のある取り組みも必要だろう。

5.まとめとして
近年、海外諸国からの日本の評価は、次のとおりである。「日本の都市景観は、先進国の中で最悪と言われます。OECD(Other Effective area based Conservation Measures)からは、『都市デザインの質は、都市の魅力、ひいては都市の競争力維持に必要不可欠だから、もっと適切な規制を設けて都市景観の乱雑さを解消せよ』という勧告まで受けたこともありました。ずいぶんと不名誉な勧告を受けたものです。」[7]こうした背景の中でも、恵比寿ガーデンプレイスは、「OECM」として国際データベースに登録され、[8]日本の都市景観に対する否定的な評価の緩和に功績を残した。
恵比寿ガーデンプレイスは、緑と建築物が調和する景観設計の顕著な成功事例の一つであり、その景観デザインが今後も再開発施設において、有益な指針であり続けると期待される。

  • 81191_011_32181172_1_1_図1.図2 恵比寿ガーデンプレイスMAP・東京ミッドタウン(六本木)MAP
  • 81191_011_32181172_1_2_写真1.2.3.4.5.6 写真1.2.3.4.5.6
  • 81191_011_32181172_1_3_写真7.8.9.10.11.12 写真7.8.9.10.11.12
  • 81191_011_32181172_1_4_写真13.14 写真13.14
  • IMG_7379 (写真5)「センター広場」※冬季により枯れ枝。
    2024年12月31日筆者撮影

参考文献

【添付資料】
[図1]恵比寿ガーデンプレイスMAP 
出展元 シービーアールイー株式会社公式WEBサイト 2025年1月17日最終閲覧

[図2]東京ミッドタウンMAP 
出展元 東京ミッドタウン公式WEBフロアガイド 2025年1月17日最終閲覧


【註釈一覧】

[1]総合設計制度 https://tsunagu-office.net/archives/11007 ツナグ行政書士事務所公式WEB
  2025年1月17日最終閲覧

[2]イタリアの小さな町「暮らしと風景」-地方が元気になるまちづくり 井口勝文著 水曜社 51ペーシ
「近年イタリアだけでなくヨーロッパの各都市は歩行者優先の都市計画を積極的に進めている」


[3]「内閣府 第一種低層住居専用地域」
https://www8.cao.go.jp/kisei-kaikaku/kaigi/meeting/2013/wg4/chiiki/160307/item1.pdf
  2025年1月17日最終閲覧 

[4]「自然環境の心理学-自然への選好と心理的つながり、自然による回復効果-芝田征司 相模女子大学
「自然による癒し」https://www.jstage.jst.go.jp/article/jenvpsy/1/1/1_38/_pdf 2025年1月17日最終閲覧

[5]「自然環境の心理学-自然への選好と心理的つながり、自然による回復効果-芝田征司 相模女子大学
「注意回復理論」https://www.jstage.jst.go.jp/article/jenvpsy/1/1/1_38/_pdf  2025年1月17日最終閲覧

[6]科学技術振興機構(JST)総合Webサイト Science Portal 
「深刻被害防ぐ「気温上昇1.5度抑制」へ「今すぐ行動を」 IPCCが8年ぶり報告書で強い危機感」
 https://scienceportal.jst.go.jp/explore/review/20220408_e01/
 2025年1月17日最終閲覧

[7]「空間から読み解く環境デザイン入門」彰国社 菅野博貢著 2021年5月 002ペーシ

[8]環境省公式WEB 「令和6年度前期 自然共生サイト認定結果 恵比寿ガーデンプレイス
「サッポロ広場」が OECMとして国際データベースに登録
https://policies.env.go.jp/nature/biodiversity/30by30alliance/documents/30by30kyouseiR6first-List.pdf
 2025年1月17日最終閲覧

【参考文献】  

公益財団法人ニッポンドットコム公式WEB
恵比寿(JY21): 「ビール」の商品名に由来する全国でも珍しい駅名 
https://www.nippon.com/ja/japan-topics/c13308/ 
2025年1月17日最終閲覧

アーバンストリート・デザインガイド 著:全米都市交通担当者協会/
松浦健治郎+千葉大学都市計画松浦研究室 訳 2021-09-10発行 156ページ

はじめての生態学-森を入り口に 下村泰史著 藝術学舎 89ページ

環境省公式WEB 自然共生サイト
https://policies.env.go.jp/nature/biodiversity/30by30alliance/kyousei/
2025年1月17日最終閲覧

「心理社会的ストレッサーに対するコルチゾール反応は心拍知覚を促進する」
https://www.jstage.jst.go.jp/article/pacjpa/82/0/82_1EV-026/_pdf?utm_source=chatgpt.com
2025年1月17日最終閲覧

ロジャー・S・ウルリッチ(Roger S. Ulrich) 1984年の有名な研究
「View through a Window May Influence Recovery from Surgery」医療環境デザイン、環境心理学。
https://www.scirp.org/reference/referencespapers?referenceid=2321332&utm_source=chatgpt.com 
2025年1月17日最終閲覧

名古屋大学法学部 都市計画法第9条
https://jahis.law.nagoya-u.ac.jp/lawdb/l/343a0100 
2025年1月17日最終閲覧

「都市計画(第4版)」 川上光彦 著  2021/11/12 

「空間から読み解く環境デザイン入門」菅野 博貢 (著)  

「平成都市計画史:転換期の30年間が残したもの・受け継ぐもの」 饗庭 伸 (著)  – 2021/2/9

空間にこめられた意思をたどる 川添善行/早川克美 著 藝術学舎 95ページ

デザインへのまなざし-豊かに生きるための思考術 早川克美 著 藝術学 185ページ

環境省 「OECM と自然共生サイトについて」
https://www.epo-chubu.jp/wp/wp-content/uploads/2023/01/02-siryo_KEIKAKUKA.pdf
2025年1月17日最終閲覧

【取材】
サッポロ不動産開発株式会社 担当/青海様 03-5423-7104 (2024年12月19日 電話取材)
「公式WEBサステナビリティを案内」※掲載許可承諾 2025年1月17日

サッポロ不動産開発株式会社 公式WEBサイト
https://www.sapporo-re.jp/
2025年1月17日最終閲覧

サッポロホールディングス株式会社 公式WEBサイト
https://www.sapporoholdings.jp/
2025年1月17日最終閲覧

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