くめがわ電車図書館における文庫活動の考察~電車という空間がもたらす付加価値のデザイン~

森田 佳恵

はじめに
東京都東村山市にあるくめがわ電車図書館(写真1)は、引退した西武鉄道の車両(1)を使用した地域文庫である。住宅街に置かれた黄色い電車は目を引く存在感があり、「図書館」という名称でありながらボランティアが運営する文庫という意外性をもつ。本稿では、くめがわ電車図書館の文庫活動において、電車という空間がもたらす効果に着目し、それが付加価値として与える影響について考察する。

1.基本データと歴史的背景
1-1.基本データ
くめがわ電車図書館(資料1、2)は、東京都東村山市美住町にある公団住宅グリーンタウン美住一番街の建物に囲まれた一画にある。電車はプラットホームに停車した姿が再現され、車内の椅子やつり革、路線図は現役当時の状態で残されている。中央には長い本棚が置かれ、児童書を中心に5000冊余りの本(2)が並ぶ。開館日は、水曜日と土曜日の週2回である。
その活動は、1967(昭和42)年8月15日、市内にまだ公共図書館がない中、子どもたちが本と出会いふれあえる場所として、地域の母親が中心となり始めたものだ。電車は公団により設置され、現在の車両は2001(平成13)年に導入された二代目である。
1-2.歴史的背景
文庫は、公共図書館が普及する以前に、地域において本の貸出しや読書の啓発活動を目的に、有志が始めたものである。1960年代から1980年代にかけて全国に拡がり、公共図書館が増加するとともに、文庫の数は減少していった。「東京・東村山市のくめがわ電車図書館の営みは,日常の文庫活動の中で,図書館づくり要求の学習と運動の相互の組み合わせから成長してきた。」(3)とあるように、文庫は、日本における公共図書館の普及に影響を与えるものであった(4)。

2.評価できる点
くめがわ電車図書館の館内は、読み聞かせをする未就園児の親子や、友達と絵本を手に取る幼稚園児、受付にいるボランティアに本を返却しながら学校での出来事を話す小学生など、まるで家にいるようなくつろいだ時間が流れている。
筆者がおこなった「図書館に関するアンケート」(資料3)では、図書館の利用者は、「静かにしなくてはいけない」ということに使いにくさを感じていることがわかる。しかし、くめがわ電車図書館では、親子や友達、ボランティアと気軽に会話をすることができる空間になっている。電車という、適度に狭く隔離された空間が、「秘密基地にいるようだ。」と話す利用者もいる(資料4)。特殊な空間がもたらす高揚感が、人と人との距離を近く感じさせ、会話が生まれる場になっていると考えられる。さらに、学年の違う子どもや様々な大人とコミュニケーションがとれることを魅力としてあげる子どもがみられた。特に毎週のように来館する子どもから同じ内容の回答があったことは興味深い。
本は個人で楽しむこともできるが、本を通じて人とコミュニケーションがとれるものでもある。これは、くめがわ電車図書館の活動の主軸となっている「地域の子どもたちの豊かな成長を願って、子どもたちが、自由に本と出会い、友達と楽しみ、大人とふれあうことのできる読書施設」(5)を体現するものになっている。
くめがわ電車図書館では、新しい本を購入する際はボランティアが選書会を開き、辛辣なやりとりを経て、本を選んでいる(資料5)。そのため、電車という空間ばかりがクローズアップされるのは本望ではない。しかし、利用者への取材では、電車という独特の空間を用いることで、文庫の魅力を引き出す効果が得られていることがわかる。オリジナルの空間は付加価値となる。くめがわ電車図書館の文庫活動では、付加価値をデザインすることにより、その文化を地域に普及させることにつながっている点が評価できる。

3.特筆すべき点
くめがわ電車図書館の空間について、松川村図書館分室である電車の図書室(以下電車の図書室)と比較する(資料6、7)。
電車の図書室は、安曇野ちひろ公園内にあり、『窓ぎわのトットちゃん』(6)の世界を体感できる施設になっている。本に登場するトモエ学園に置かれていた電車と同じ時代の車両を2両使い、1両は電車の図書室を、もう1両は電車の教室を再現している。電車を公園に設置する際は、近隣住民の協力のもと、本の内容と同じようにお泊まり会を開催し、「トットちゃん」が体験したことを追体験するというイベントが開かれた(7)。蔵書は、「乗り物」、「黒柳徹子」、「元気な女の子」、「多様性」をテーマにした本が並んでいる。利用者は観光客が多いため、本の貸出しはおこなっていない。電車の図書室は、松川村図書館分室でありながら、電車を用いることで『窓ぎわのトットちゃん』の世界をあらわす非日常の空間となっているのが特徴だ。利用者は、日常の時間から切り離され、非日常の世界にひたることができる。
これに対し、くめがわ電車図書館は、電車を使用した文庫という非日常の空間の中で、思い思いの時間を楽しむという日常の時間が流れている。利用者は、空間は共有しているが、時間の流れは個々に異なり、それぞれの楽しみ方や価値、目的をもっている。中西紹一は、「現代社会における時間のデザインに見られる特徴は、時間のもつ多元性をいかに魅力的に浮き上がらせるか、見える化するか、という点にある」(8)という。電車という空間が特別感を生むことで、各々の日常の時間を魅力あるものとしているのである。

4.今後の展望について
「文庫は個人の努力あってこそ続くという厳しいものである。」(9)といわれているが、くめがわ電車図書館の活動も同じく簡単なものではない。少子化による利用者の減少、共働き世帯の増加による担い手不足、電車という維持の難しい施設を使用していることなど、問題は多岐にわたる。さらに、くめがわ電車図書館の活動資金である市からの補助金は、貸出冊数と開館日数により補助金の額が決定されているため、文庫活動の実績が運営を大きく左右する。
これらの問題について、くめがわ電車図書館に関わる人々は、個々に様々な価値や目的を抱いているという特徴に着目したい。本、電車、子どもなど、各々がそれぞれのことに興味をもって関わっている。ボランティアは、本の新たな魅力に気付く仕掛けを考え、タイトルを伏せた3冊セットの「おたのしみ福袋」を用意して、自分では選ばない本に出会うワクワク感を味わうイベントを実施している(10)。また、読み聞かせやペープサート(11)は、低年齢の子どもでも楽しむことができる。その他に、東村山市の公共図書館は、くめがわ電車図書館をバックアップする活動(12)をおこなっている。これらの働きにより、利用者数の維持や増加を目指すことができる。電車の維持については、専門的な知識をもつ塗装会社(13)や電車応援団(14)が助言を与えている。活動に関わる人の層に厚みがあるという特長は、くめがわ電車図書館の底力となる。「個人の努力」ではなく、地域の中で様々な人が関わることにより、活動は発展していくであろう。
くめがわ電車図書館は、安曇野ちひろ公園内にある電車の図書室のように、地域の一大観光地という強みはない。今後は、これらの魅力を積極的に発信していくことが重要な課題となる。電車という付加価値を最大限に利用して、文庫活動をアピールするチャンスをつかみにいくしたたかさをもつことも必要であると考える。

5.まとめ
くめがわ電車図書館は、電車という空間が、利用者の日常の時間を豊かにする効果をもたらしている。取材をする中で、「初めて利用した」、「利用するようになって1、2年」と話す利用者の声が多く、常に新しい人が訪れる場であることを目の当たりにした。文庫に電車という付加価値を与えることで、その活動に興味をもつきっかけとなる。
「公共図書館も存在する中での子ども文庫は日本独特のものである。」(15)という。世界において、文庫は公共図書館の普及とともに減少している。その中で、くめがわ電車図書館の活動は、独自の空間をもつことで地域の文化となっているのである。

  • 81191_011_32283326_1_1_くめがわ電車図書館 (写真1)くめがわ電車図書館(2024年11月27日筆者撮影)
  • 81191_011_32283326_1_2_資料1 (資料1)くめがわ電車図書館の様子 筆者作成
    「全体図」は「くめがわ電車図書館ご案内」(リーフレット)をもとに筆者作成。
    写真は、外観の写真のみ2024年10月23日、その他の写真はすべて2024年11月27日に筆者撮影。
  • 81191_011_32283326_1_3_資料2 (資料2)くめがわ電車図書館活動のあゆみ 筆者作成
    年表は『くめがわ電車図書館活動のあゆみ』、くめがわ電車図書館、1997年、をもとに筆者作成。
    「当時の様子」は『10ねん 1977』、くめがわ電車図書館、1977年、より引用。
  • 81191_011_32283326_1_4_資料3 (資料3)図書館に関するアンケート 筆者作成
    アンケートは2024年10月27日~11月17日、Webにて筆者実施。
  • 81191_011_32283326_1_5_資料4 (資料4)くめがわ電車図書館利用者へのインタビュー 筆者作成
    インタビューは2024年11月27日~12月21日、くめがわ電車図書館にて筆者実施。
  • 81191_011_32283326_1_6_資料5 (資料5)くめがわ電車図書館ボランティアへのインタビュー 筆者作成
    インタビューは2024年11月27日~12月21日、くめがわ電車図書館にて筆者実施。
  • 81191_011_32283326_1_7_資料6 (資料6)くめがわ電車図書館と電車の図書室(松川村図書館分室)の比較 筆者作成
    写真は、2024年12月14日筆者撮影。
  • 81191_011_32283326_1_8_資料7 (資料7)利用者における空間と時間の流れ 筆者作成

参考文献

【註】
(1)使用車両は、旧101系クハ1150、1両編成、長さ20メートル、重さ29トン、座席66人分、2000年2月まで現役で走っていた。参考資料「くめがわ電車図書館ご案内」(リーフレット)。
(2)2023年度の蔵書数は5216冊。
(3)小河内芳子『図書館員選書・11 子どもの図書館の運営』、日本図書館協会、1986年、P245。
(4)東京都東村山市では、1974(昭和49)年5月6日、市内に初めての公共図書館として東村山市立中央図書館が開館した。
(5)「くめがわ電車図書館ご案内」(リーフレット)の「活動案内」より引用。
(6)黒柳徹子『窓ぎわのトットちゃん』、講談社、1981年。
(7)イベントの様子は、ちひろ美術館がユーチューブで公開している。ちひろ美術館ユーチューブ、「トットちゃん広場ができるまで 計画発表からオープンまでの793日」、https://www.youtube.com/watch?v=Psj2nu0hGAU、(最終閲覧2025年1月26日)、及び、ちひろ美術館ユーチューブ、「トットちゃん電車がやってきた」、
https://www.youtube.com/watch?v=8WeaOJyf_aI、(最終閲覧2025年1月26日)
(8)中西紹一、早川克美編『芸術教養シリーズ18私たちのデザイン2 時間のデザインー経験に埋め込まれた構造を読み解く』、京都造形芸術大学 東北芸術工科大学 出版局 藝術学舎、2014年、P58。
(9)坂内夏子「子どもから見た図書館活動の意義」、『日本学習社会学会年報 第12号』、2016年、P27、https://www.jstage.jst.go.jp/article/gakusyusyakai/12/0/12_23/_pdf/-char/ja(最終閲覧2025年1月26日)
(10)2024年12月に実施された「おたのしみ福袋」は、食べ物がテーマの本、ハッピーな気持ちになる本、冬がテーマの本の3つのジャンルの本をセットにして用意された。夏休み前や冬休み前に同じようなイベントが開かれている。
(11)ペープサートは、ペーパーパペットシアターを略した言葉である。うちわ型の紙人形を使った寸劇で、幼児教育や保育の場で使われている。
(12)東村山市立中央図書館は、くめがわ電車図書館のメディア対応の窓口となっており、共催イベントをおこなうこともある。その他に、ボランティアの募集など、くめがわ電車図書館の運営が円滑におこなわれるようサポートしている。
(13)車体の塗装については、ボランティア団体である塗魂ペインターズに相談している。
(14)資料5、「運営以外のボランティア」に詳細を記載。
(15)HOTTA,ANN MIYOKO著、「CHILDREN,BOOKS,AND CHILDREN’S BUNKO A STUDY OF AN ART WORLD IN THE JAPANESE CONTET」翻訳実行委員会訳『子ども:本:子どもの文庫 日本のアート・ワールドの研究』、東村山市文庫サークル連絡会、2001年、P1。

【参考文献】
・小河内芳子『図書館員選書・11 子どもの図書館の運営』、日本図書館協会、1986年。
・『10ねん 1977』、くめがわ電車図書館、1977年。
・東村山市立図書館編『文庫を生きる』、東村山市立図書館、1978年。
・東村山市立図書館編『東村山市立図書館開館40周年記念誌』、東村山市立図書館、2015年。
・『くめがわ電車図書館活動のあゆみ』、くめがわ電車図書館、1997年。
・中西紹一、早川克美編『芸術教養シリーズ18私たちのデザイン2 時間のデザインー経験に埋め込まれた構造を読み解く』、京都造形芸術大学 東北芸術工科大学 出版局 藝術学舎、2014年。
・HOTTA,ANN MIYOKO著、「CHILDREN,BOOKS,AND CHILDREN’S BUNKO A STUDY OF AN ART WORLD IN THE JAPANESE CONTET」翻訳実行委員会訳『子ども:本:子どもの文庫 日本のアート・ワールドの研究』、東村山市文庫サークル連絡会、2001年。
・坂内夏子「子どもから見た図書館活動の意義」、『日本学習社会学会年報 第12号』、2016年、https://www.jstage.jst.go.jp/article/gakusyusyakai/12/0/12_23/_pdf/-char/ja(最終閲覧2025年1月26日)
・「くめがわ電車図書館ご案内」(リーフレット)
・東村山市立図書館ホームページ、「東村山ものしりシート」、「東村山ものしりシート7くめがわ電車図書館」、
https://www.lib.city.higashimurayama.tokyo.jp/toshow/kids/k_higashimurayama.html、(最終閲覧2025年1月26日)
・松川村・安曇野ちひろ公園ホームページ、https://chihiro-park.org、(最終閲覧2025年1月26日)
・NPO法人塗魂ペインターズホームページ、https://www.to-kon-painters.com/about/、(最終閲覧2025年1月26日)

【聞き取り調査】
・くめがわ電車図書館代表 小椋裕子氏
2024年10月23日~2025年1月7日 文書、またはくめがわ電車図書館にて対面で実施。
・くめがわ電車図書館ボランティア、利用者
2024年11月27日~12月21日の水曜日と土曜日 くめがわ電車図書館にて対面で実施。
・松川村図書館館長 棟田聖子氏
2024年12月14日 松川村安曇野ちひろ公園電車の図書室にて対面、
2024年12月21日~2025年1月10日 メールにて実施。
・松川村役場経済課商工観光係 安曇野ちひろ公園
2024年12月14日 松川村安曇野ちひろ公園体験交流館にて対面で実施。

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