豊橋市まちなか図書館の優れたデザインと、設備計画策定のプロセスに関する考察
1.はじめに
豊橋市まちなか図書館は愛知県豊橋市の駅前の、複合施設内にある図書館である。この図書館は地域の多目的施設として活用できるよう、地域住民の意見やニーズを積極的に取り入れてデザインされた図書館である。本稿では豊橋まちなか図書館の優れたデザインと、設備の計画策定におけるプロセスを考察する。
2.基本データ
豊橋市まちなか図書館は、JR・名鉄豊橋駅から徒歩5分の場所にある。豊橋市は愛知県の南東部にある三河地方に位置し、静岡県浜松市と隣接している。大正・昭和前期には製糸・紡績業がさかんであったが、現在もこの地方の人口の約半数を占めている中心都市である。JR豊橋駅を降りた大通り沿いに、ひときわ高くそびえ建つ建物の2階と3階のフロアが、豊橋市まちなか図書館である。
名称:豊橋市まちなか図書館
所在地:愛知県豊橋市駅前大通2丁目81番地
開館日:2021年11月27日
蔵書:6万冊以上
デザイン・設計:ゲンスラー・アンド・アソシエイツ・インターナショナル・リミテッド
3.開業における歴史的背景
かつて豊橋市の中心市街地は、豊橋駅を核として文化、商業施設などの多様な機能が集積し、にぎわいを見せていた。しかし近年相次ぐ大規模商業施設の撤退や、施設の老朽化に伴って中心市街地の求心力が低下し、商業活動の縮小や居住者の流出等が課題となっていた。そうした中、市は新たなにぎわいのある中心市街地を創出するための取り組みとして、豊橋市中心市街地活性化基本計画を策定し、その中核事業における市街地再開発事業として、豊橋駅前大通二丁目地区の新たに建設されるビル内に、まちなか図書館を整備することとなった。
豊橋市内には既に中央図書館を核として、地域図書館・校区市民館等に設置された分室が74ヶ所あった。しかし貸出者数は2010年度をピークに、貸出冊数は2011年度を、また有効登録者数は2012年度をそれぞれピークとして、近年は減少していた(1)。利用者は豊橋市全市民の約2割弱に留まる数値であるため、新しい図書館の整備にあたっては、より多くの人に利用される図書館となるような、魅力の創出が求められていた。そのような状況の中で豊橋まちなか図書館は、2021年11月に開業したのである。
4.事例のどんな点について積極的に評価しているのか
豊橋市まちなか図書館は、これまでの図書館とは趣きが異なっている。斬新な外観をもった複合施設エムキャンパス内の、2階と3階が図書館となっている。館内のフロアには壁や仕切りがなく、放射線状に低い書棚が置かれており、利用者の視界を遮らないよう工夫されいる。2階フロアの中央ステップエリアは、3階へ吹き抜けの構造となっており、上下のフロアを繋ぐ階段に腰掛けながら読書をしたり、イベントや大型スクリーンを使用した上映会を楽しむことも出来るなど、開放的な空間となっている。また2階にはカフェがあり、館内で飲み物を片手に読書をすることもできる。3階にはゆったりと読書をするためのリラクゼーションスペース、多目的な空間としてワークショップスペース、主に10代の若者が交流できる空間として、ティーンズスペースなど、多用なスペースが整えられている。館内では常にBGMが流れており、時折おしゃべりの声も聴こえるが、ラウンジといった静かな空間もあり、ここでは落ち着いた環境でゆっくりと読書を楽しむこともできる。
図書館では年間を通じた多くのトークイベントや交流会なども開催されており、従来の図書館のイメージとは一線を画した、多目的施設として活用されるようデザインされているのである。
豊橋市は図書館整備における基本計画の策定にあたっては、市民のニーズを把握するためのアンケート調査や市民意見交換会、及び市民ワークショップを何度も実施し、それらの調査報告を公表した。そうしたプロセスを積極的に展開する中で、市は課題を整理し、従来の単なる公的な情報インフラのみならず、出会いと交流・新しいコミュニティーを育むことを目指した、新しい図書館を開業するに至った。
開業後、豊橋市まちなか図書館の1日当たり来館者数は1800人を超えるという。また貸出券の新規登録者数も、10カ月で9000件に迫る。これは既設の市内3つの図書館を合わせた年約5000件を大幅に上回る数値である。また貸出点数39万冊も、市内の他館を大きく上回るという。これらの数値は開業してからまだ1年数か月であるが、まずは多くの人に利用される図書館としての魅力や、にぎわいの創出に成功しているといえよう。館長補佐の佐野真司氏は「高校生や大学生の新規登録が目立つ。制約の緩さなどで間口が広がった。声や音を気にする人もいるが最終的に理解は得られた。図書館を使わなかった人を掘り起こせたのではないか」(2)と分析している。
5.他の同様の事例と比較して何が特筆されるのか
同様に多目的施設として注目されている金沢海みらい図書館は、金沢市西部地区の教育文化の発信拠点となるよう、市の4番目の図書館として2011年5月21日開業した。大小数千個の丸窓が配置された特徴的な外観をもったこの施設は、地下1階・地上3階建で、一般の閲覧室は2階と3階である。建物北側の大部分は吹き抜け空間となっており、大型スクリーンや可動ステージも有している。他に交流ホール・集会室・グループ活動室などがある。多用な空間の機能に加えて、地域の交流施設としての機能も有するようにデザインされていることは、豊橋市まちなか図書館と共通している。
一方で金沢海みらい図書館の開業にあたっては、その整備計画は金沢市が主体となって策定している。地域住民を主体として、意見交換会や市民ワークショップ等を、積極的に何度も行ってきた豊橋市まちなか図書館の整備計画策定のプロセスとは、大きく異なっている。
世界で最も美しい公共図書館25選にも撰ばれた金沢海みらい図書館(3)は、確かに美しく優れた機能を有する施設といえる。しかし利用者となる地域住民のニーズや意見を、積極的に取り入れてデザインされた豊橋まちなか図書館は、利用者側の要望が色濃く取り入れられているといえる。例えば館内では、さまざまな講座やセミナーが頻繁に開催されていたり、小さなこどもが寝そべりながら絵本を読めるキッズスペースが整えられている。また学生が勉強を教えあったり、話しながら交流が出来る。これらは地域住民との意見交換を重ねる中で実現したことであるが、結果これまで図書館を利用しなかった多くの住民の来館にも繋がることとなり、地域のにぎわいを創出することに成功しているのである。
6.今後の展望について
豊橋市まちなか図書館は開業して1年数ヶ月が過ぎたが、創出された賑わいが一時的なものではなく、今後も多くの利用者の集う図書館として発展していくためには、他の施設での成功例も、積極的に取り入れていくことが大切だと考える。ひとつは蔵書数の補強だが、例えば金沢海みらい図書館の蔵書は、開業時の17万冊であったが2年後には6万冊が追加され、施設利用者の増加に繋げている。また積極的なSNSの活用で、広く存在をアピールしていくことも、施設の発展に有効であろう。そうした良化を重ねていく中で、豊橋市まちなか図書館は地域住民のみならず、市外・県外からも多くの人が集う多目的施設として、益々活用されていくものであると考える。
7.まとめ
豊橋市まちなか図書館の優れたデザインは、図書館の整備基本計画の策定段階から積極的に市民が参加するプロセスを経て実現したものである。
館長の種田澪氏は「平日の夜に通う市外の会社員、大人に混ざって行事に参加する高校生など個々の使い方を楽しんでいる。空き時間に立ち寄れる身近な存在になりたい」(2)と語り、図書館の将来に期待を膨らませている。
近年は図書館に求められるニーズも多様化し、従来の単なる公的な情報インフラのみならず、地域の情報拠点としての機能を担うことが求められている。そうした機能がデザインされた豊橋市まちなか図書館は、現代的な新たな図書館といえる。
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写真1 豊橋市まちなか図書館入口
複合施設の南側にはまちなか広場があり、図書館の入口は建物の1階と2階にある(2024年1月11日 筆者撮影)。 -
写真2
館内のフロアには壁や仕切りがなく、放射線状に低い書棚が置かれており、利用者の視界を遮らないよう工夫されいる(2024年1月11日 筆者撮影)。 -
写真3 中央ステップ
図書館の2階と3階を繋ぐ開放的な空間のステップは、通常は座席として利用できる。また大型のスクリーンもあり、トークイベントや上映会といった、多様な企画が開催されている(2024年1月11日 筆者撮影)。 -
写真4 キッズスペース。
こどもが自由な姿勢で過ごせるブースを中心に、こども向けの絵本や児童書、子育てに関する情報が充実している(2024年1月11日 筆者撮影)。 -
写真5 相談室
プライバシーが守られた室内で、打合せや相談のやり取りができる(2024年1月11日 筆者撮影)。 -
写真6 リラクゼーションスペース
静かで落ち着いた空間。リラックスしながら、ゆっくりと読書を楽しむことができる(2024年1月11日 筆者撮影)。 -
写真7 自動貸出機
資料の貸出は、自動貸出機で貸出手続きを行う。本・雑誌・紙芝居合わせて10点まで貸出できる(2024年1月11日 筆者撮影)。 -
写真8 テーマ配架
従来の図書館で使用されてきたNDC[日本十進分類法]にとらわれず、独自のテーマ配架が行われている。利用者は無意識に、これまで触れる機会のなかった本と出会えるよう、配架がデザインされている(2024年1月11日 筆者撮影)。
参考文献
註
(1)[豊橋市まちなか図書館(仮称)整備基本計画
https://www.city.toyohashi.lg.jp/secure/64710/kihonkeikaku.pdf(2022/11/26閲覧)]
(2)[東愛知新聞 (2022年9月21日)豊橋市「まちなか図書館」来館者50万人越
https://www.higashiaichi.co.jp/news/detail/10355(2024/1/26閲覧)]
(3)[金沢旅物語 金沢海みらい図書館
https://www.kanazawa-kankoukyoukai.or.jp/spot/detail_10049.html(2024年1月11日閲覧)]
参考文献一覧
[豊橋市まちなか図書館ホームページ
https://www.library.toyohashi.aichi.jp/facility/machinaka/(2022/11/26閲覧)]
[豊橋市まちなか図書館(仮称)整備基本計画
https://www.city.toyohashi.lg.jp/secure/64710/kihonkeikaku.pdf(2022/11/26閲覧)]
[まちなか図書館の利用案内
https://www.library.toyohashi.aichi.jp/facility/machinaka/uploads/2021/11/b0942263e1811b9727d0775dfcedaef0.pdf(2022/11/26閲覧)]
[東愛知新聞 (2022年9月21日)豊橋市「まちなか図書館」来館者50万人越
https://www.higashiaichi.co.jp/news/detail/10355(2024/1/26閲覧)]
[堀部篤史「これからの図書空間 2 宮崎・都城市立図書館」『アネモメトリ』「特集No.67」、2018年
https://magazine.air-u.kyoto-art.ac.jp/feature/6322/(2022年7月30日閲覧)]
[金沢海みらい図書館
https://www.lib.kanazawa.ishikawa.jp/(2024/1/26閲覧)]
[金沢海みらい図書館 アート de マナーアップ
https://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/detail/__icsFiles/afieldfile/2014/04/09/1346572_011.pdf(2024/1/26閲覧)]
[金沢旅物語 金沢海みらい図書館
https://www.kanazawa-kankoukyoukai.or.jp/spot/detail_10049.html(2024年1月11日閲覧)]
[Gensler | Creating a Better World Through the Power of Design
https://www.gensler.com/(2024/1/26閲覧)]
[ADFwebmagazin
https://www.adfwebmagazine.jp/architect/library-designed-by-gensler-receives-international-awards-for-its-interior-design/(2024/1/26閲覧)]
[コミュニティ環境 金沢西部地区
https://www.hrr.mlit.go.jp/kensei/machikou/kanryouishikawa/04_kanazawaseibu.pdf(2024/1/26閲覧)]
[金沢市生涯学習振興基本計画
https://digilib.city.kanazawa.ishikawa.jp/preview/pdf/BbAW4gAAA(2024/1/26閲覧)]
[金沢海みらい図書館
https://www4.city.kanazawa.lg.jp/material/files/group/6/JapaneseKanazawaUmimiraiLibrary.pdf(2024/1/26閲覧)]
[都市再生計画事後評価シート 金沢西部地区
https://www4.city.kanazawa.lg.jp/material/files/group/70/jigohyoukasi-to_seibu.pdf(2024/1/26閲覧)]
[文部科学省 これからの図書館像
https://www.mext.go.jp/a_menu/shougai/tosho/giron/05080301/001/002.htm(2024/1/26閲覧)]
[豊橋市まちなか図書館利用案内パンフレット 豊橋市まちなか図書館公式パンフレット]
[岡本真『未来の図書館、はじめませんか?』青弓社、2014年]
[谷一文子『これからの図書館』平凡社、2019年]