チーズとバターから見る、ホエー有効利用からの地域活性化
1.はじめに
那須塩原市は生乳生産本州一のまちとして生乳生産額全国2位を誇る(1)。ランキングトップ10のうち、那須塩原市以外は北海道の自治体であることからも、極めて特異的に酪農が盛んな地域であることが窺える。
文化庁が進める「日本遺産」(2)。那須塩原市のストーリーは、酪農が中心となっている(3)。
那須塩原市の地域活性化推進事業の一環としてミルクタウン戦略と名づけられた取り組みが進められ、「那須塩原ブランド」のひとつチーズでは、国際コンクールでの出展・受賞よる那須のチーズへの認知の高まりから、家族以外の人が「雇用就職」という形で徐々にではあるが、酪農の世界に飛び込む若者が増えている。
2.歴史的背景
那須塩原市の酪農の歴史は開拓の歴史であり、華族の歴史である(4)。
欧州貴族を模範とする華族は、意識下に貴族の領主的な「土地を持つ」「領主となる」があり、本州最多となる那須野が原の開拓農場数のうち19農場が華族に列せられた人たちの農場であり、那須野が原は本州最大の華族農場群といえる。
牛乳は文明開化の新しい飲み物であった。1871年には明治天皇が牛乳を飲んだことが報じられ、明治政府や知識人がこぞって、国民に飲用を勧めた。徳川幕府から明治政府に政権が交代されると、各藩の大名は国許に帰り、各地の大名屋敷が空き家となった。広大な武家屋敷は牛を飼うのに好都合であったようで、多くの屋敷が牧場となっていった。
華族農場としては1881年の大山巌・西郷従道の共同経営農場(後に分割)から始まり、現在も残る千本松牧場(松方正義)、那須東原の青木農場(青木周蔵)、佐野農場(佐野常民)、1884年那須野が原南方の湯津上原に笠松農場(品川弥二郎)が発足した。初期から開拓に携わっていた大山巌の大山農場では、昭和期には農場でバターが生産され、東京の大山邸に送ったという記録が残っている。
3.基礎となる情報:ホエーとは
ホエー(Whey):牛乳から乳脂肪分や主要なたんぱく質であるカゼインなどを除いた液体のこと。「乳清」や「ホエイ」とも呼ばれる。 乳脂肪分は牛乳に5%しか含まれず、残りの95%がホエー(牛乳全体の80%が水分)であるため、チーズを作るときなどに牛乳に含まれる固形成分を固めると、副産物として大量のホエーができる。ホエーは有機物を多く含んでいることから、流し捨てることはできず、産業廃棄物として有料で処理することとなる。
このホエーをいかに有効に使うことができるかが、生乳を活かしたブランド戦略の成功のカギとなる。
4.ホエーのつかいみち(5)
4-1山川氏の事例
2014年、日本中がバター不足となった。酪農家の元へもバターの問い合わせが多くなった。牛乳の生産量本州一の那須塩原市でもバターは店頭からなくなっていた。一牧場がバターを作るには、まず、ホエーをスキムミルクとして使用する以外の使い道を探らなければ、引き取り手のないホエーを大量廃棄しなければならず、処理するために経済的な負担がかかってしまうため、簡単に手出しできる分野ではないのが現状だ。
それを、那須町で「森林ノ牧場」を営んでいる山川将弘氏は95%のホエーのつかいみち(スキムミルクの商品化)を地域の農業高校とともに取り組みから乳酸菌飲料「キスミル」を開発。ホエーのつかいみちをひとつ解決できたとして、バター作りに着手する。バターは小ロットで作るとムラのある製品ができる。放牧の牛乳から作られたバターは青草(カロテン)をたくさん食べているので黄色いことや、ホルスタインで舎飼いの牛乳からは白いバターができること、寒い時期の牛乳は脂肪分が多くなるので白みが増す、など一定品質を保つことは難しいが、逆手に取れば個性となり、それを消費者のかたが面白がってくれれば、商品としては成功したといえると考えた。個性のある商品は、大きな工場では難しい分野であり、むしろ一牧場が手がけるべき商品であるといえる。
4-2 宮本氏の事例
「株式会社バターのいとこ」は、那須(栃木県)の新銘菓「バターのいとこ」と関連商品を製造・販売する地元企業だ。地元のフラッグシップショップ兼カフェの裏手に工場を設置し、そこで全ての商品を製造している。
このお菓子が生まれたきっかけは、「地域の困りごと」を解決しようとした結果だった。那須で牛の放牧を行っている「森林ノ牧場」代表・山川氏からの、「バターを作る際の余剰品、ホエーが余りすぎて困る」という相談だった。「もったいない」扱いを受けているホエーを商品化し、価値をつけることができれば、地域の新しい名物になりうる。相談を受け、そんな可能性を感じた代表取締役の宮本吾一さんは、さらに友人のパティシエユニット「Tangentes」の後藤裕⼀⽒に相談を持ちかける。そして、スキムミルクのジャムをゴーフル生地で挟んだ、「バターのいとこ」のアイデアが生まれた。地域の課題が、おいしいお菓子に変わった瞬間だ。このバターを作る際の余剰物、ホエーからミルクジャムを作りお菓子に取り入れたお菓子「バターのいとこ」は、店舗拡大など順調に売り上げを伸ばし、2022年に新たに宮本氏が那須に設立した複合施設「GOOD NEWS」のメイン工房となっている。
4-3 安田氏の事例
山川氏と同じように放牧牛のいる風景に憧れ、酪農に携わることとなった安田翔吾氏は2008年に「チーズ工房那須の森」に携わるようになった。チーズを作る際にも副産物としてのホエーがチーズ業界を圧迫していた。そこで廃棄ホエーを長時間煮詰めることでできるブラウンチーズに注目した。ブラウンチーズの製造にはクラウドファンディングを通じて、チーズ製造の現状と課題を周知する目的もあり設備投資資金とメディア取材によって目的を達成した。
新たなチーズとして生まれ変わった“ブラウンチーズ”を主役にしたお菓子「BROWN CHEESE BROTHER」は「バターのいとこ」に続き、同じくパティシエユニット「Tangentes」がレシピを監修し、キャラメルと合わせた甘ずっぱいブラウンチーズを、フランスの郷土菓子でもあるバターベースのガレットブルトンヌで挟んだ、新感覚なクッキーサンドを作り上げた。個性豊かなブラウンチーズはガレットの甘みやバターの風味に負けない、ユニークなお菓子であり、前出の「GOOD NEWS」に出店している。
5.今後の展望性:ナチュラルチーズ研究会の発足
「ナチュラルチーズ研究会」(6)は那須地域のチーズ工房、チーズ販売店、ヨーグルトなど乳製品を製造販売している工房が集まり、2012年9月に発足、先日10周年の会合が開かれた。チーズ食文化の普及を目的とする。「World Cheese Award 2019」おいて、チーズ工房那須の森の「森のチーズ」が10位入賞、那須高原今牧場の「りんどう」がブロンズを受賞するなどをきっかけに那須のチーズが全国からも注目されることとなった。
那須に点在するチーズ工房の経営者は若い世代が多く、ライバルというより共同体に近い関係性を持つ。観光客の集客やホエーの利用は、ひとつの工房だけの問題ではないからだ。チーズは環境菌に影響されることや、牛の種類、季節(冬に乳脂肪分が高まる)などから、工房が変われば全く同じチーズをつくことはできないことも情報共有しやすい環境であるといえるかもしれない。
6.まとめ:ホエーで地域をデザインする
ホエーの有効活用例として挙げた、キスミル、バターのいとこ、ブラウンチーズの事例は県外からの移住者の発案であった。全国各地で地域活性化を推進しているが、地域の魅力というのはその地域以外の人の目に映るのかも知れない。また、「バターのいとこ」では、積極的な障害者雇用を行なっている。障害者が働くことのできる環境というのは誰もが働きやすい環境であるという宮本氏の考えに基づくものだ。
コロナ禍による学校給食への牛乳供給減や円安による飼料の高騰、脱脂粉乳の在庫量が過去最高を記録するなど、酪農には厳しい状況が続く中、チーズやバターが地域に根付いたり、デザインしていったりと長く続いていくためには、ホエーの活用が最重要となり、ホエーのサイクルから生まれるストーリーが地元愛となっていくことを切に願う(7)。
参考文献
(1)那須塩原市ミルクタウン戦略 https://www.city.nasushiobara.lg.jp/soshikikarasagasu/nomuchikusanka/chikusan/3/5638.html 2023年1月閲覧
(2)文化庁 日本遺産 https://japan-heritage.bunka.go.jp/ja/ 2023年1月閲覧
(4)「那須野が原に牧場をー華族がめざした西洋ー」那須塩原市那須野が原博物館 発行、2018年年9月15日
(5)-1 キスミル https://www.shinrinno.jp/kissmilk/ 2023年1月閲覧
(5)-2バターのいとこ https://butternoitoko.com/ 2023年1月閲覧
(5)-3 ブラウンチーズ https://browncheesebrother.com/ 2023年1月閲覧
(6) ナチュラルチーズ研究会 http://cruiseplanet.co.jp 2023年1月閲覧
<メンバー>
・あまたにチーズ工房 http://sumishiro.com
・那須りんどう湖レイクビュー http://rindo.co.jp
・那須高原今牧場 チーズ工房 http://ima-farm.com
・チーズ工房 那須の森 http://nasunomori.jp
・チーズケーキ工房 MANIWA FARM @cheesecake.maniwafarm (Instagram)
・フィンランドの森 チーズ工房 メッツァ・ネイト http://finlandnomori.net
・森林ノ牧場 http://shinrinno.jp
・so-boku @so_boku (Instagram)
・ジョセフィンファーム http://josephinefarm.web.fc2.com/index.html
(7)那須ナチュラルチーズ研究会 10周年記念誌 2023年1月29日発行
(8)那須塩原市図書館みるる https://www.nasushiobara-library.jp/ 2023年1月閲覧
・株式会社GOOD NEWS https://gooooodnews.com/ 2023年1月閲覧
・コトナル:yahoo japan 閲覧日:2021年4月30日
・芸術教養研究3 設問2の解答 バターのいとこについて 寺田貴代
・ことりっぷMagazine vol.20 お茶にしよう 昭文社 2019Spring