相模の大凧についての文化資産評価報告書

菅原 亮

1. 相模の大凧について 基本的データと歴史的背景
相模の大凧は天保年間から続く相模原市の伝統行事である。
元来は男子の誕生を祝った個人的な行事から始まり、地域の農作物の豊穣祈願やレクリエーションとしての地域的な行事へと変化していった。
毎年端午の節句に合わせ5月4,5日の両日開催される。右上に太陽を表す赤色、左下に大地を表す青色で2文字を題字として大きく字凧であることが特徴である。題字には年ごとの世情を反映したものや、めでたいものが選ばれる。戦時中は世相を反映し「国威」「神風」などの戦争色の強い題字が選ばれ、平成5年には当時の皇太子殿下のご成婚を祝い「慶祝」が題字ともなったが、殆どの場合は風や光のような自然を表現した題字が用いられることが多い。平成8年からは相模原市民からの公募により題字が決められている。相模原市長が決まった題字の原稿を筆書きし、凧より少しはみ出すように勢いのある字が凧面に描かれる。
相模の大凧は新戸、上磯部、下磯部、勝坂の4つの地区に分かれ、毎年それぞれの地区で大凧が作られ揚げられていたが、昭和44年に相模原4大観光行事一つに選定され、交代で主催となって大凧が揚げられるようになった結果、4年に一度しか大凧を揚げることができなくなり、技術の保持や継承が危惧されるようになった。4地域の保存会で構成される上部組織「相模の大凧文化保存会」が平成5年に発足し、翌年から「相模の大凧文化保存会」主催となって「相模の大凧まつり」が開催されることになり、毎年4地区で一斉に大凧を揚げるようになった。現在「相模の大凧文化保存会」の会員数は600名を超えているという。
大凧の大きさは、新戸 8間(14.5m)四方、上磯部 6間(11.2m)四方、下磯部 6間(10.9m)四方、勝坂 5間(9.1m)四方である。大凧は安全に保存する場所がない事や技術の伝承の観点から毎年作り替えている。滞空時間は数時間に及び、近年では平成14年に6時間7分55秒の滞空時間が記録されている。

平成15年には大凧の伝統文化の保存、継承を目的とし「相模の大凧センター」が開館し、相模の大凧についての資料や実物が展示されているだけでなく、凧作り等のワークショップ等の創作活動の場としても利用されている。

2. 大凧の揚げ方
新戸地区の8間凧を例に大凧の揚げ方を要約する。
大凧を揚げるためには、「1畳分につき1人必要」と言われており、8間凧は128畳に相当するため計算上128人の人員が必要である。
(1) 紙張り
大凧の正方形の骨組みと16枚の紙を紙に取り付けた紐で結びつける。
(2) 待機
強い風が吹かないと大凧が上がらないため、強い風が来るのを待つ。その際には凧を寝かし、2本の「トラ」(凧の頭の左右端についているロープ)を軽トラックに結び付け、凧の頭と尻、引綱を土嚢で固定し風に煽られないようにする。
(3) 風待ち
良い風が吹き凧の掲揚が可能となったら、軽トラックからトラを外し、土嚢をどかす。いつでも揚げられるようにトラと尾(85mの藁の3分縄を10本束に組み、凧の下に取り付けバランスを取る)を整える。風の強さにより、尾の本数を通常2本から3本にするなど長さの変更といった微調整を行う。
(4) 凧を立てる
人員は決められた役割の所定の位置につき、各々協力し合い揚げるための準備を行う。
引っ立て役、凧押さえ役(共に10名前後)は引っ立て指導係(2名)の指揮に従い凧の頭を起こし、トラ係、尾っぽ係(ロープ1本につき2名)が凧の動きを調整する。凧の43本の糸目を一本の引綱にまとめつなげてある部分を糸目口と呼ぶが、凧を揚げる際この部分を持ち上げて凧の揚がりを助ける係(4~6名)もある。
(5) 引き綱を引く
引っ立てと凧押さえの安全が確認された段階で、引き手指導員の号令で引き手(80名)が一斉に引き綱を引く。引き綱の最後尾を管理する元綱係(2名)は引き手が網に足を取られないよう管理をし、引いた分の綱をまとめる指示や管理も行う。
凧の揚がり具合に合わせて、糸目口から順に綱を放していく。綱を放した引き手は元糸方向に走って引き綱を握り、凧が上がったら引き綱を放すという作業を繰り返す。途中、引き手が引き綱を持ったままその場にとどまり、凧が風を受けて上がっていくのを待ち、さらに高い位置に凧が揚がるよう引き綱を伸ばすなどの動作を繰り返す。凧が下がってきたら引き綱を振ったり、引いたりして滞空時間を延ばすよう努める。

3.他の地域における大凧まつりとの比較
相模の大凧は「東近江大凧まつり(滋賀)」、「春日部の大凧揚げ祭り(埼玉)」と並び日本の三大大凧祭りの一つとされている。また相模原市と隣接する座間市でも同日に同じ川沿いで「座間市大凧まつり」が開催されている。
これらのまつりを比較したものが表1である。

・「日本一」という観点と凧の形状からの比較
それぞれの大凧まつりで「日本一」を謳っているが、その定義は異なっている。「相模の大凧」新戸の8間凧は正方形且つ紙の着脱可能な大凧で毎年揚げているものとして、日本一の大きさであるとされている。「座間市大凧」は平成13年に一度、市制施行30周年と21世紀になった記念として18.6m四方の大凧の掲揚に成功した点から日本一とされている。春日部の「大凧まつり」は上若組と下若組の二組に分かれ「百畳敷の大凧」と呼ばれる縦15m横11mの長方形の大凧をそれぞれ揚げるだけでなく、縦6m横4mの小町凧や企業のCM凧なども揚げられる。「東近江大凧」は100畳以上もの巨大な凧であるだけでなく、風が強くない内陸の気候を考慮し軽量化して風の抵抗を考え図案部分に透かしが施されている『切り抜き工法』や運搬や収納を可能にした『長巻き工法』、絵と漢字を組み合わせ図柄に意味を持たせる『判じもん』という特徴から日本一とされている。

・まつり後の大凧の保存方法
「相模の大凧」は解体後、骨組みは農作業や他の材料としてリサイクルされ、紙は翌年の予備として保管される。また各地区の保存会によりお焚き上げが行われる。「座間の大凧」は大凧まつりのイベントの一環として会場で感謝を込めてお焚き上げが行われる。「東近江の大凧」は3年に一度制作されるため、まつり後は保管される。

・端午の節句
端午の節句に男児誕生を祝って揚げられた凧が大凧の発祥となっており、現在もこどもの日に大凧まつりが行われているところが多い。相模の大凧文化保存会では3日の式典にその年の新生児に名前入りの凧を進呈している。座間市大凧保存会では子供の名前の一文字を入れたミニ凧を販売。一方春日部では大凧の前で「健康祈願のおはらい」を受け、名入りの手作り凧を受け取り大凧の前で記念写真を撮ることができる。大凧には初節句の子供たちの名前が貼られ、子供たちの「健康と幸福な成長を願って」大空に舞い上げられる。

4.今後の課題
大凧まつり全般において、安全性と後継者問題が課題である。2015年の東近江の大凧まつりでは安全対策の不備により上空140mから大凧が観客席に落下し、1人が死亡、6人が重軽傷を負った。2004年、座間の大凧まつりでも大凧の落下により観客8人が重軽傷を負ったが、事故以降、観客の立ち入り禁止区域をそれまでの倍に広げ対応している。2016年春日部の大凧まつりでは大凧が強風にあおられ近くの民家に当たり、屋根を破損。相模の大凧でも、軽傷ではあるが綱に当たって転倒事故や、凧に体を持ち上げられ地面に人が転落するなどの事故は絶えない。
安全な区域を多くとるならば、大凧の様子は見えにくくなる。また大凧をさらに軽い材料にし、安全性を高めることは可能だとしても、伝統的な作り方を継承することは困難となり、1トンもの重さの凧が揚がるからこその感動も味わえなくなる。
相模の大凧文化保存会では中心メンバーの大半は50代以上だという。若い世代を取り込み、継承させるために大学のチアリーディング部のデモンストレーションやイルミネーション、バンドのライブ等のイベントも行われている。またかつては男性のみで行われていた大凧揚げだが、女性も参加できるようになっている。
座間、春日部、東近江は引き手を募集しており、一般市民が大凧揚げの一員として参加できるが、相模の大凧は安全性を考慮し保存会の会員のみで揚げている。
従来の方法で、担い手が高齢化している現在、いかに安全に大凧を掲揚させることができるのか、そして、その熟練の技術を持続させていけるのかが大きな課題となっている。

5.まとめ
元来、子供の成長や健康への祈願に由来する凧揚げは、現代においても我が国の歴史観や民族における美意識、文化伝承の一端を担っている。それらは、日本各地で多く見られる祭りや伝統行事などと同じように、次代まで継承されていくべきものであるが、時代の変化や種々の要因により多くは困難になっていることが明らかとなった。その中にあって、相模の大凧は晴れがましい祝祭性を活かしながら、地域に根差した専門的姿勢を遵守することで、その存続法を模索している。多くの苦難の中で、基本的な現状維持を続けることこそが、凧の継承、ひいては地域由来の大切なコミュニティや固有の形のない文化財を守ることになるのである。

  • 81191_011_31983132_1_1_e5a4a7e587a7e6af94e8bc83e8a1a8_page-0001 表1 大凧まつりの比較(筆者作成)
  • 81191_011_31983132_1_2_img_9731 れんげの里あらいそ 相模の大凧センター(2022年12月28日、筆者撮影)
  • 81191_011_31983132_1_3_img_9722 相模の大凧センター内 歴代大凧の小型レプリカ 展示風景(2022年12月28日、筆者撮影)
  • 81191_011_31983132_1_4_img_9685 相模の大凧センター内 大凧展示風景(2022年12月28日、筆者撮影)

参考文献

相模の大凧 新戸大凧保存会 公式サイト,http://www.sagami-oodako.com/index.html(参照 2023-01-29)
46.相模の大凧揚げ(さがみのおおだこあげ),相模原市, https://www.city.sagamihara.kanagawa.jp/kurashi/kyouiku/bunkazai/list/1010142/1010189.html(参照 2023-01-29)
大凧が舞い上がる瞬間の感動と興奮を! 江戸時代から続く伝統行事を継承する牽引役相模の大凧文化保存会 会長 川崎勝重さん | 地元をもっと知る!地域の情報ポータルサイト・JIMOTTO(ジモット),https://www.jimotto.jp/interview/7553/(参照 2023-01-29)
【大凧落下】「近くで見てほしいが…」 事故を機に立ち入り規制強化のまつりも - 産経ニュース,https://www.sankei.com/article/20150606-HD5P5CTHUVNW7J2QVJ2DRWJI7M/(参照 2023-01-29)
相模の大凧, 相模の大凧 新戸大凧保存会 企画・広報部, 2009年3月,http://www.sagami-oodako.com/kakono/kakono-2009/leaflet_4_2009_0329.pdf(参照 2023-01-29)
巨大たこが民家に激突 写真特集, 時事ドットコム, 2016年, https://www.jiji.com/jc/d4?p=ktk605-jpp021339862&d=d4_ftcc(参照 2023-01-29)
日本一の大凧 東近江大凧 , 東近江市ホームページ, https://www.city.higashiomi.shiga.jp/0000000860.html(参照 2023-01-29)
世界凧博物館 東近江大凧会館, http://oodako.net/ (参照 2023-01-29)
東近江大凧会館ブログ, 東近江大凧会館, https://oodakomuseum.shiga-saku.net/(参照 2023-01-29)
東近江の大凧落下事故、市と遺族が和解 まつり今年も行わず , 産経ニュース, https://www.sankei.com/article/20180317-SHZX2ORCPBPL3CJAW4SYTLSXYQ/(参照 2023-01-29)
座間の大凧, 座間市ホームページ, https://www.city.zama.kanagawa.jp/www/genre/0000000000000/1000000000020/index.html(参照 2023-01-29)
春日部大凧あげ祭り, 春日部市公式ホームページ, https://www.city.kasukabe.lg.jp/soshikikarasagasu/kankoshinkoka/gyomuannai/1/1/3940.html(参照 2023-01-29)
毎年5月に開催される日本一の大凧あげ祭り, 春日部市「庄和大凧文化保存会」, https://showa-odako.com/(参照 2023-01-29)
大凧とは?, 道の駅庄和, https://www.michinoeki-showa.or.jp (参照 2023-01-29)
相模の大凧センター パンフレット, 公益社団法人相模原市まち・みどり公社
相模の大凧まつり パンフレット, 相模の大凧まつり実行委員会

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