「生きづらさを感じる人を支える」ココロまち診療所のつながりのデザイン
0.はじめに
古民家を改装した平屋の建物、周囲は畑や竹林。神奈川県藤沢市のココロまち診療所は、一般的な医療機関のイメージとは大きく異なっている(資料1)。「生きづらさを感じている人を支える」ことを掲げるこの場所は、地域の人々とのつながりが生まれやすいデザインになっており、診療以外にもさまざまな取り組みが行われている。片岡侑史院長への取材(1)やWebサイトで発信されている情報等に基づき、ココロまち診療所のつながりのデザインについて考察する。
1.基本データと歴史的背景
名称:ココロまち診療所
診療科:内科、在宅診療
所在地:神奈川県藤沢市用田2672
開業:2018年6月
スタッフ構成(2):医師1名、看護師4名、事務4名、管理栄養士1名、用務員1名、アロマセラピスト1名
背景(3):片岡院長の病院勤務医時代の経験が開業の背景にある。さまざまな困りごと=生きづらさ(4)を抱えた患者と接する中で、医療だけでは解決できない課題が多数あることを実感。在宅医に転身し、多職種と連携しながら医療を提供するとともに、医療以外の手段も用いて「生きづらさを感じている人を支える」診療所を開いた。
2.事例の評価
地域住民とのゆるやかなつながりが自然に生まれるような工夫がなされており、そのための手段も多様である。社会的なつながりは健康に対してプラスに作用するが、あまりに緊密なつながりは逆効果になりうるため、あくまで「ゆるやかな」つながりが生まれるようなデザインになっている(5)。
つながりを生み出すための主な手段を以下に3つ挙げる。
①農業
敷地内の畑で、協力農家の力も借りながら農業に取り組んでいる。片岡院長自身が開業前から農業を学んでおり、体力・筋力の増進や、世代間交流の場としての可能性など、さまざまなメリットを認識していた。現在の場所で開業したのも「農業が盛んな地域であること」が理由の一つである。農業が近隣住民との共通項となり、つながりが生まれやすいためである(6)。
②空間(建物、敷地)
診療所の建物は、築70年の古民家をリノベーションしたもので、くつろげる空間になっている(資料2、3、4)。受診時のストレスが軽減されるほか、自宅や職場以外の居場所としても機能する。また、敷地にはパーソナルスペースが十分確保できるだけの広さがある。人とつながるばかりでなく「一人になりたければ一人になれる」という選択肢も考慮されている(資料5)。
③イベントやその他の仕掛け
診療所に足を運ぶきっかけとなるような仕掛けが多数用意されている。いずれも、医療を必要としていない人であっても気軽に診療所を訪れる理由になり、診療所とのつながりが自然と生じる(7)。以下はその一部である。
・アロマセラピーのワークショップ(8)
・イベント開催:芋煮会(9)、流しそうめん(10)など
・畑でとれた野菜の販売(11)
・自由に持ち帰れる花の苗(12)
広井良典(13)は、コミュニティを「農村型コミュニティ」(同質性を前提とした強固な結束性を持つ一方、外部に対して排他的な側面を持っている)と「都市型コミュニティ」(独立した個人が、理念の共有や公共意識等をベースにゆるくつながる)の2つに分類し、両者は相互に補完関係にあると論じている(資料6)。また、高度成長期の会社組織や核家族といった集団は、都市の中の「農村型コミュニティ」として機能していたが、こうした集団が流動化・多様化していることから、今後は「都市型コミュニティ」に該当するような個人同士のつながりが重要になると指摘している。
ココロまち診療所の場合、農業という近隣との共通項を持つことによるつながりは「農村型コミュニティ」的だと捉えることができるが(14)、パーソナルスペースへの配慮や、強制されることなく自由に足を運べるような場づくりは、個人を尊重する「都市型コミュニティ」の要素といえるだろう。両方の要素がバランス良く共存し、「地域に根付きながらも閉鎖的になりにくく、個人が心地良い距離感でつながれる場」となっている。
3.他の事例との比較
地域におけるつながりや居場所づくりという点では、暮らしの保健室と近い部分がありそうだ。暮らしの保健室は、病院に行くほどではない健康上の悩みや、暮らしに関する困りごとを、予約不要・無料で気軽に相談できる場である。2011年に東京都新宿区に開設されたのを皮切りに、現在では全国各地に同様の取り組みが広がっている(15)。
暮らしの保健室が持つ6つの機能とココロまち診療所の比較を資料7に示す。暮らしの保健室の場合、基本となる機能は「相談窓口」「市民との学びの場」「安心な居場所」の3つである。ただ、安心できる場であることを前提としつつも、根幹には「相談窓口」としての機能がある(16)。相談事がなくても立ち寄れる場であり、食事会やアクティビティなどを通して敷居を下げる工夫もなされているが、どちらかというと既に困りごとを抱えた状態にある人の訪問が想定されているように思われる。
一方、ココロまち診療所の場合、ここまで論じてきたつながりのデザインは、特に暮らしの保健室の「安心な居場所」や「交流の場」といった機能と重なる。その他の機能も備えてはいるが、「健康」「相談」「学び」などは主役ではない。提供されているのはむしろ「生活」や「楽しみ」で、困りごとの有無にかかわらず誰でも立ち寄りやすい。
空間の力も大きい。ココロまち診療所の空間は「開いている」。診療所の建物にはもちろん扉があるが、敷地は門などで仕切られているわけではない。屋外空間が広く、イベントも外で実施されるし、花の苗も外に置かれている。「扉を開けて屋内に入る」というハードルがないことも、自然な交流を生みやすいのではないだろうか(17)。
そもそも診療所であり専門職が集まっているため、健康相談を受け付けることも可能だろう。しかし、それを前面に出すよりも、日常的に関わりを持つうちに「ちょっと相談してみようか」と自然に思ってもらえるようなデザインになっていることが、ココロまち診療所の大きな特徴である(18)。
4.今後の展望
まず、今以上に多世代が気軽に集う場に発展することが期待される。具体的には、取材時に片岡院長から「今は子供があまり来られていない」との発言があった。取材のために訪問した際も、来訪者の年齢層が比較的高かった印象があり、たしかに子供の姿は見かけなかった(19)。現在、多目的スペースを備えた建物を敷地内に建設中であり(20)、この場所を使って子供が集まりやすくなるような仕掛けを用意したいとのことであった。
もう1点、診療所で働くスタッフのストレス緩和や働きやすい環境づくりも開業当初から考慮されており、この点も継続・発展していくことを期待したい。例えば、先に述べたような農業や空間によるメリットは、スタッフも同様に享受できる。雇用形態も柔軟にしており、パートや時短で働くスタッフもいるという。これは「スタッフが忙殺されていたら良い医療は提供できない」との片岡院長の考えに基づくものだが、職場のストレスが原因で生きづらさを感じる人も少なくないはずで、これも生きづらさに対するアプローチの一つと捉えられるだろう。まだ開業4年目であり、今後スタッフの入れ替わりや増減が生じることは十分に考えられるため、そういったタイミングでも良い環境を維持することが課題になる可能性はあるが、それでも農業や空間から得られる恩恵は変わらず、スタッフを支え続けるのだろう。
5.まとめ
生きづらさなんて、どうしたら支えることができるのだろう?
ココロまち診療所を偶然Webで見つけたとき、「面白い」と興味を惹かれたのと同時に、このような疑問も浮かんだ。特定のテーマに絞って取り組むならまだしも、生きづらさとなると、支える対象としてあまりにも漠然としていて大きすぎる、と感じたからだ。しかし、そのあまりにも大きな生きづらさに対して、少しでも何かできることはないかと誠実に考え抜かれた結果が、デザインとして表れていた。
地域の人々とつながりを持ち、さまざまな手段を備えて、誰でも気軽に立ち寄れるような場を用意しておく。そして、診療所だからいざというときには医療がある。体調を崩して不安なときに、日頃から慣れ親しんだ場所に行けば診てもらえるとしたら、どんなに心強いことだろうか。元気なときも、そうでないときも、ココロまち診療所は生きることそのものを支えてくれるような頼もしい場所なのだ。
- 資料1:ココロまちMAP(診療所の全体図。片岡院長提供)
- 資料2:診療所の建物外観(2021年12月16日、筆者撮影)
- 資料3:診療所の玄関を開けるとすぐ、薪ストーブが設置されている。暖かいだけでなく、炎のゆらぎが見えるのも心地良い(2021年12月16日、筆者撮影)
- 資料4:こたつが置かれた待合室。こたつを囲むことで始まる会話もあるだろうし、何より医療機関だということを忘れてくつろげそうな空間である(2021年12月16日、筆者撮影)
- 資料5:診療所の建物の裏側にある「こころのにわ」。こちらにもベンチが複数見える。おそらくこちらのほうが人目に触れにくく、一人で過ごしやすそうである(2021年12月16日、筆者撮影)
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資料6:農村型コミュニティと都市型コミュニティ
広井良典『人口減少社会のデザイン』東洋経済新報社、2019年、p.97より引用、追記。 -
資料7:暮らしの保健室の「6つの機能」と、ココロまち診療所の比較
出典:
1) 秋山正子総編集『「暮らしの保健室」ガイドブック:「相談/学び/安心/交流/連携/育成」の場 』、日本看護協会出版会、2021年、p.19。
2) 院外勉強会 | ココロまち診療所(2022年1月21日閲覧)
https://cocoromatch-clinic.org/2021/03/19/%e9%99%a2%e5%a4%96%e5%8b%89%e5%bc%b7%e4%bc%9a/
3) 「終末期医療について」講演してきました | ココロまち診療所(2022年1月21日閲覧)
https://cocoromatch-clinic.org/2021/09/10/%e3%80%8c%e7%b5%82%e6%9c%ab%e6%9c%9f%e5%8c%bb%e7%99%82%e3%81%ab%e3%81%a4%e3%81%84%e3%81%a6%e3%80%8d%e8%ac%9b%e6%bc%94%e3%81%97%e3%81%a6%e3%81%8d%e3%81%be%e3%81%97%e3%81%9f/
4) 訪問診療 | ココロまち診療所(2022年1月21日閲覧)
https://cocoromatch-clinic.org/vsit-medical-treatment/
5) 学生実習 | ココロまち診療所(2022年1月21日閲覧)
https://cocoromatch-clinic.org/2021/06/15/%e5%ad%a6%e7%94%9f%e5%ae%9f%e7%bf%92-5/
6) 臨床研修 | ココロまち診療所(2022年1月21日閲覧)
https://cocoromatch-clinic.org/2021/04/30/%e8%87%a8%e5%ba%8a%e7%a0%94%e4%bf%ae/
参考文献
(1)2021年12月16日、ココロまち診療所にて実施。
(2)2021年12月時点。
(3)「生き辛さ」を感じている人を支えます | ココロまち診療所(2021年12月29日閲覧)
https://cocoromatch-clinic.org/doctor-philosophy/
(4)ココロまち診療所が掲げている「生きづらさ」とは、病院で提供される医療だけでは解決できないものも含めた多様な困りごとを一言で表したもの、とのこと。取材時にも、治療が困難な病気や障害、経済的な問題、人間関係や労働環境によるストレスなど、多様な生きづらさが話題に上った。
(5)社会的なつながりと健康の関連についてはさまざまなデータが出ている一方、「人間関係が緊密な地域よりも、ゆるやかな地域のほうが自殺が少ない」という調査もあるため、これらを根拠として、緊密すぎない適度なつながりを目指しているとのこと。
(6)実際、以下の記事のように、地域とつながる手段として農業が機能している。
農業によるグリーフケア | ココロまち診療所(2022年1月21日閲覧)
https://cocoromatch-clinic.org/2020/06/17/%e8%be%b2%e6%a5%ad%e3%81%ab%e3%82%88%e3%82%8b%e3%82%b0%e3%83%aa%e3%83%bc%e3%83%95%e3%82%b1%e3%82%a2/
(7)そもそも片岡院長が理想としているのは、行動や意識を変えなくとも、日常を楽しんでいるうちにいつの間にか健康になれるような場づくりとのことで、こうした仕掛けはその入口になりうるものと考えられる。
(8)アロマセラピストが在籍しており、定期的にワークショップが開催されている。アロマを楽しむことはもちろん、例えば以下のように、診療所とつながることで孤立せずに済むという面も見受けられる。
556ワークショップ | ココロまち診療所(2022年1月16日閲覧)
https://cocoromatch-clinic.org/2020/05/20/556%e3%83%af%e3%83%bc%e3%82%af%e3%82%b7%e3%83%a7%e3%83%83%e3%83%97-2/
(9)2021年の芋煮会の様子が掲載されたブログ記事を見ると、多世代が集まり、診療所と地域住民とのつながりが生まれただけでなく、診療所がソーシャルワーカーと地域住民をつなぐ「ハブ」的な役割も同時に果たしたことが見て取れる。また、協力農家から野菜を提供されたり、近所の住民が当日の準備に携わっていたりと、既存のつながりに支えられながら、さらに輪を広げていることもうかがえる。
芋煮会開催 | ココロまち診療所(2022年1月16日閲覧)
https://cocoromatch-clinic.org/2021/11/25/%e8%8a%8b%e7%85%ae%e4%bc%9a%e9%96%8b%e5%82%ac/
(10)流しそうめんは、ココロまち診療所で看取った患者の遺族を招待する形で、年に1回開催されており、遺族の悲しみに寄り添う「グリーフケア」の一部である。大切な家族を失うタイミングは、医療や介護などが終了してつながりが途絶えるタイミングでもあり、遺族が孤立してしまう可能性があることを以前から問題視していたという。そこで開院当初からグリーフケアに力を入れており、状況に応じて看護師が訪問や電話などを行っているとのこと。こうした取り組みの結果か、例えば以下のブログでは、遺族とのつながりが継続していることが見て取れる。
植木によるグリーフケア | ココロまち診療所(2022年1月16日閲覧)
https://cocoromatch-clinic.org/2021/02/26/%E6%A4%8D%E6%9C%A8%E3%81%AB%E3%82%88%E3%82%8B%E3%82%B0%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%95%E3%82%B1%E3%82%A2/
(11)以下のように、診療所の畑の収穫物や、敷地を所有する地主から提供された農産物が販売されている。
販売中 | ココロまち診療所(2022年1月16日閲覧)
https://cocoromatch-clinic.org/2021/10/22/%e8%b2%a9%e5%a3%b2%e4%b8%ad/
八百屋ココロまち | ココロまち診療所(2022年1月16日閲覧)
https://cocoromatch-clinic.org/2021/12/23/%e5%85%ab%e7%99%be%e5%b1%8b%e3%82%b3%e3%82%b3%e3%83%ad%e3%81%be%e3%81%a1-5/
(12)花の苗は近所の花屋から提供されていて、無料で持ち帰れる。花屋とのつながりは、協力農家を介して生まれたとのこと。花の苗を通して、居合わせた人同士の交流が自然と生まれている様子も見受けられる。
花の苗を戴きました | ココロまち診療所(2022年1月11日閲覧)
https://cocoromatch-clinic.org/2021/10/12/%E8%8A%B1%E3%81%AE%E8%8B%97%E3%82%92%E6%88%B4%E3%81%8D%E3%81%BE%E3%81%97%E3%81%9F-2/
繋がり | ココロまち診療所(2022年1月11日閲覧)
https://cocoromatch-clinic.org/2021/06/30/%e7%b9%8b%e3%81%8c%e3%82%8a-2/
(13)広井良典『人口減少社会のデザイン』東洋経済新報社、2019年。
(14)診療所周辺は「もともと地縁が強いほうだと思う」との話が取材時にあった。町内会に入って活動に参加するなど(診療所として班長を務めたこともあるとのこと)、つながりの強い地域の中に入っていくための取り組みは、農業以外にも行われている。
(15)秋山正子総編集『「暮らしの保健室」ガイドブック:「相談/学び/安心/交流/連携/育成」の場 』、日本看護協会出版会、2021年。
(16)以下の出典に「「暮らしの保健室」では、相談窓口として訪れた場所が”安心な居場所”になり、孤独でつながりが切れていた人にも”つながり”が生まれ…」(p.17)という記載があることを鑑みても、暮らしの保健室の第一義は「相談」であり、基本的には「相談から始まることが想定された場」と捉えて差し支えないように思われる。
秋山正子総編集『「暮らしの保健室」ガイドブック:「相談/学び/安心/交流/連携/育成」の場 』、日本看護協会出版会、2021年。
(17)取材で訪問した際も、来訪者の大部分が屋外で会話していたと記憶している。畑を含め、屋外に仕事があれば、スタッフが屋外にいる時間も自然と長くなり、来訪者との立ち話なども始まりやすいと想像する。なお、片岡院長の取材も屋外(診療所の建物の前にあるベンチ)で実施した。
(18)実際、以下のブログ記事のように、既に理想的な形で相談が発生している。
芋煮会開催 | ココロまち診療所(2022年1月16日閲覧)
https://cocoromatch-clinic.org/2021/11/25/%e8%8a%8b%e7%85%ae%e4%bc%9a%e9%96%8b%e5%82%ac/
緩い繋がり | ココロまち診療所(2022年1月15日閲覧)
https://cocoromatch-clinic.org/2021/09/10/%e7%b7%a9%e3%81%84%e7%b9%8b%e3%81%8c%e3%82%8a-2/
(19)ただし、筆者が訪問したのは平日の日中(13時過ぎ)であり、そもそも子供や若者が集まりにくい時間帯だったことも付記しておく。
(20)2021年12月時点。資料1の「Coming soon」と記載された場所に、2022年2月に完成予定とのこと。