伝説のアパート“トキワ荘”を忠実に再現 「豊島区立トキワ荘マンガミュージアム」の文化的価値について

大森 裕子

はじめに

マンガは、現代では日本を代表する“文化”“芸術”として多くの人に認識されるようになった。マンガ関連の文化施設は全国で現在60館以上も存在し、海外からの関心も高まっている。
そうした状況の中、2020年7月に東京都豊島区南長崎にオープンしたのが「豊島区立トキワ荘マンガミュージアム」である。漫画家・手塚治虫をはじめとする現代マンガの巨匠たちが住み集い、青春の日々を過ごした伝説のアパート“トキワ荘”を再現したもので、マンガ・アニメ文化を次世代に継承し、発信する拠点として誕生した。
国内外からますます注目を集めるマンガミュージアムにどのような文化資産があるのか考察する。

1.基本データと歴史的背景

〈基本データ〉
名称:豊島区立トキワ荘マンガミュージアム
所在地:東京都豊島区南長崎3-9-22南長崎花咲公園内
トキワ荘とは:1952年12月6日、東京都豊島区椎名町5丁目2253番地に造られた2階建て木造アパートである。ひと部屋は4畳半で、1階と2階に10部屋ずつあった。風呂はなく、炊事場とトイレは共同。このアパートの2階に漫画家たちが続々と入居した。1982年12月に解体される。
トキワ荘ゆかりのマンガ家たち:赤塚不二夫、石ノ森章太郎、鈴木伸一、手塚治虫、寺田ヒロオ、藤子・F・不二雄、藤子不二雄Ⓐ、水野英子、森安なおや、山内ジョージ、よこたとくお
ミュージアムの構成について:当時のトキワ荘を忠実に再現した建物で、2階が当時のトキワ荘をリアルに体験できるフロア(漫画家たちの部屋や炊事場・便所が再現されており、当時の椎名町の歴史を紹介する部屋[展示室]やトキワ荘の歴史や漫画家の暮らしを紹介する部屋、マンガの描き方を紹介する部屋などもある)となっている。1階は企画展示室とマンガラウンジで構成され、さまざまな角度からマンガを楽しめるフロアとなっている。
入館料:特別企画展期間は有料

〈トキワ荘再現までのあゆみ〉
ミュージアムの建設は1999年に、かつてのトキワ荘を知る地域住民からの要望を受けてスタートした。2009年に当ミュージアムがある公園内に記念碑「トキワ荘のヒーローたち」が設置され(写真7)、豊島区立郷土資料館でトキワ荘に関する企画展が開催。としま南長崎トキワ荘協働プロジェクト協議会が発足して各所にモニュメントが設置されたり、お休み処が開かれるなど地域での活動を経て、2020年7月7日にオープンした(表「トキワ荘再現までの活動をまとめた年表」を参照)。

2.当事例について積極的に評価できる点

a.民俗資料としての価値(昭和30年代の建物“トキワ荘”のリアルな再現)
当時の建物の図面が現存しない中、断片的に残っている資料や写真、豊島区立郷土資料館に所蔵されているトキワ荘の天井板などを元に調査・設計が行われ、建物が忠実に再現されている。建物内の階段を上がると軋む音がするが、古い感じが出るようにあえてそのように造られている。間取りはもちろん、漫画家たちの仕事部屋や共同炊事場などにおける家具や日用品についても、細部にわたってリアルに再現されている。こうした展示資料は漫画家たちの生活ぶりだけでなく、民俗資料として昭和30年代当時の暮らしぶりについても知ることができる。
また、ミュージアム内では実際の家と同様に、入り口(玄関)で履物を脱いで入館することになっている。当時のトキワ荘にタイムスリップしたような特別な体験ができることも特筆できる点である。

b.独自性のある魅力的な展示資料(“トキワ荘”という物語性)
入居した漫画家たちの作品や人物像について、漫画の原画やパネル、映像資料などを使って紹介されている。それだけでなく、漫画家たちが協力して仕事をこなしていたことや、部屋を行き来して情報交換や議論をしていたこと、「新漫画党」なるグループを結成して創作活動を行っていたことなど住人たちのコミュニティについて解説されている。
こうした展示資料から、トキワ荘は一種の“サロン”のような場だったということがわかり、コミュニティに焦点を当てた資料には独自性があると言える。

c.トキワ荘(マンガ)文化の一般市民の理解
前述したように、トキワ荘の復元は地域住民からの要望を受けて始まった。また、ミュージアムのオープンに先立ち、トキワ荘や地域の歴史などを研究して地域振興に役立つ体験・イベントを生み出すことを目的としたプロジェクト「トキワ莊大學」が行われたり、約6,000冊の漫画関連書が読める「トキワ荘マンガステーション」がミュージアムの近くに開設されるなど、町全体でトキワ荘を盛り上げる活動を行っている。
マンガ関連施設は娯楽性や商業性が強く、公的な施設として地域住民に受け入れられないケースもある中、“トキワ荘”を貴重な文化遺産として後世に残そうとする地域住民の姿勢が伝わってくる。

3.国内外の他の同様の事例と比較して特筆される点

国内にはさまざまな特性を持つマンガミュージアムが存在するが、ここではトキワ荘の住人だった漫画家、藤子・F・不二雄の関連資料が展示・収蔵されている「川崎市 藤子・F・不二雄ミュージアム」と比較した。
同ミュージアムは、『ドラえもん』などで知られる藤子・F・不二雄の遺した原稿などから作品の世界を知ることができるエリアと、作者の生き様を知ることができるエリアとで構成されている。前者では、豊富な漫画の原画が展示されている展示室があり、実際に描かれた線を間近で見ることができる。また施設内には屋外スペースがあり、実物大の「ドラえもん」や「どこでもドア」などが設置されており、まるで作品の世界に入ったかのように感じさせる演出がなされている。一方の後者には、作者が集めたカメラや本などが展示され、作品の源泉をうかがい知ることができる。さらに、作者の優しい人柄がわかる展示室もあり、そうした趣味や人柄が作品に反映されていると読み取ることができる。
同ミュージアムと比較して、トキワ荘マンガミュージアムが特筆されるのは資料のオリジナリティだと挙げられる。ある漫画家の人となりや作品世界だけでなく、トキワ荘という漫画家らによるコミュニティについて紹介されている。展示を見れば、創造性の背景に他者・仲間との協働、つまりコミュニティの存在があることがわかる。デジタル技術や新型ウイルスの流行により生身の人との距離が広がる現代社会において、コミュニティのあり方を考えさせられる内容でもある。
また、こうしたトキワ荘の歴史を知ることで、漫画家を志す若い人たちのモチベーションアップにもつながるのではないかと考えられる。当時のトキワ荘には、特に新人(駆け出し)の漫画家らが集まって切磋琢磨していた。そうした姿が紹介されており、漫画家として成功するという“夢”が語られている場所だということが特筆される点ではないかと考える。

4.今後の展望について

独自性のある展示資料ではあるが、その資料の魅力や価値をすべての人が享受できるようになるには、展示方法に改善の余地が見られる。具体的には、施設内の文字表記である。現状の展示室にあるパネルの文章は日本語のみで、読み方については難しい漢字にしかついていない。日本語を読めない外国籍の人や漢字がわからない子どもにとっては優しいミュージアムであると言えないだろう。
また、現状では基本的に展示室を「見る」だけであり、それ以外の体験をすることはほぼできない。オープン前にはマンガを描く体験イベントなどが予定されていたが、新型コロナウイルスの影響でいまだ開催の中止を余儀なくされている。例えば、モノを触ったり、動かしたりするなど「見る」行為以外のミュージアム体験ができるようになると、トキワ荘の持つ魅力や価値だと考えられる「共同体としての場」をより効果的に来館者へ発信することができるのではないかと考えられる。

5.まとめ

トキワ荘という、現代の日本のマンガ文化の礎を築いた“場”を資料とした「トキワ荘マンガミュージアム」は、単に作者や作品を知ることができるだけでなく、コミュニティのあり方について考えさせてくれるミュージアムである。その一方で、資料の持つ価値や魅力が十分に伝わるための展示方法や体験イベントなどはさらなる工夫が求められる。今後どのような活動が展開されるか楽しみだが、現代に復元した“トキワ荘”がまた新たなコミュニティの場になっていくことは間違いないだろう。

  • 1 写真1:豊島区立トキワ荘マンガミュージアムの外観。トキワ荘の玄関へと続く道の入り口にあった看板も再現されている(2020年12月4日、筆者撮影)
  • 2 写真2:漫画家たちが暮らしていた2階部分。漫画家たちの部屋を再現した部屋や、トキワ荘の歴史や漫画家の暮らしを紹介した部屋がある(2022年1月14日、筆者撮影)
  • 3 写真3:共同炊事場。空き瓶やどんぶりなども再現されており、当時の生活感が伝わってくる。石ノ森章太郎と赤塚不二夫がここで行水をしていたという有名な伝説もある(2022年1月14日、筆者撮影)
  • 4 写真4:山内ジョージの部屋。石ノ森章太郎のアシスタントとしてこの部屋で暮らしながら、原稿を仕上げる作業を行っていたという。当時のリアルな部屋の様子が細部にわたり再現されている(2022年1月14日、筆者撮影)
  • 5 写真5:漫画家の部屋についての解説パネル。日本語表記のみで、難しい漢字にしか読み方がついていない。トキワ荘マンガミュージアムは外国籍の人や子どもにも関心が高い施設だと考えられるため、パネルの表記の仕方は改善の余地がある(2022年1月14日、筆者撮影)
  • 6 写真6:赤塚不二夫の部屋だった場所は体験イベント用となっているが、新型コロナウイルスの影響でいまだ体験イベントは行われていないという。ひと部屋4畳半と狭いためイベントの開催は困難だが、もっと使い道を柔軟に考えてもいいのではないかと思われる(2022年1月14日、筆者撮影)
  • 7 写真7:公園内に設置されているもの。トキワ荘の看板の隣に立つ電話ボックス(左上)は昭和30年代の電話機を参考に作られている。公共トイレ(左下)の外壁や窓は、当時トキワ荘の近くに建っていた落合電話局に模して作られている。また、ミュージアム近くのエリアの散策マップ(右上)やトキワ荘が解体される前の当時の写真を紹介したパネル(右中央)、記念碑(右下)も設置されており、公園内もトキワ荘を楽しめるようになっている(2020年12月4日・2022年1月14日、筆者撮影)

参考文献

豊島区文化商工部文化観光課編『トキワ荘マンガ文化の活用に関する基礎的調査』、2011年3月31日発行
豊島区文化商工部文化観光課編『(仮称)マンガの聖地としまミュージアム整備基本計画』、2017年5月発行
特集「トキワ荘と日本マンガの夜明け」、雑誌『芸術新潮』第71巻第11号 通巻851号、2020年
小特集「豊島区立トキワ荘マンガミュージアムへ行こう」、雑誌『東京人』第35巻第11号 通巻430号、2020年
伊藤遊・谷川竜一・村田麻里子・山中千恵著『マンガミュージアムへ行こう』岩波書店、2014年
石田佐恵子・村田麻里子・山中千恵編著『ポピュラー文化ミュージアム -文化の収集・共有・消費-』ミネルヴァ書房、2013年
増淵敏之著『伝説の「サロン」はいかにして生まれたのか -コミュニティという「文化装置」』イースト・プレス、2020年
豊島区立トキワ荘マンガミュージアム公式ウェブサイト https://tokiwasomm.jp(2022年1月27日閲覧)
川崎市 藤子・F・不二雄ミュージアム公式ウェブサイト http://fujiko-museum.com(2022年1月4日閲覧)

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