中之島図書館-民が作る図書館-

佐谷由希子

中之島図書館-民が作る図書館-

序論

大阪は江戸時代、「天下の台所」と呼ばれ商業を中心に発展し、文化や街の形成に民の力が大きく影響したまちである。そうした文化背景を象徴するように、大阪には民によって作られ、守られてきた府立図書館がある。その図書館が存続の危機を乗り越え、この度新たなコンセプトを立て、リニューアル工事を経て生まれ変わろうとしている。民によって作られた図書館がこれまでどのようにして作られ、維持されてきたのか、また今後のあり方について整理する。

中之島図書館の概要と歴史

大阪府立中之島図書館(以下、中之島図書館)は大阪市北区中之島というビジネス街にある、1904年に開館した府内初かつ日本最古の現役図書館である。その建物は1974年に重要文化財に指定されている(写真1)。より規模の大きい府立中央図書館(以下、中央図書館)との機能分担のため、中之島図書館はビジネス支援と大阪籍・古典籍の収集・提供に力を入れてきた。近年の利用実態を見ると、利用者数・冊数ともに中央図書館に比べるとその減少幅は小さいものの、ピーク時からは減っている(資料1)。また現在は2015年12月まで続くリニューアル工事中のため、予約貸出サービスのみの提供となっている。

この図書館について特筆すべきは、府立図書館でありながら民間の力によって作られたという点である。かつてあった大阪府書籍館が行政の財政難により閉館し、蔵書が大阪博物場に引き継がれた後、新たな図書館建設が当時の金額で予算約5万円で計画されていた。そこに住友吉左衛門友純が「大阪には人も物も多くあり学問も盛んなのに図書館だけがない」と図書館建設費15万円、図書購入基金5万円を寄付し、作られたのが中之島図書館である(註1)。また、この住友氏の行動は関西の書店員や文化人らにも波及し、貴重な書籍が多く寄贈された(註2)。中之島図書館が歴史的価値の高い蔵書を多く所蔵しているのは、このような民間人の自発的な協力によるところが大きい。公共施設でありながら、民間の大きな協力があった点は、現在全国に広まっているまちライブラリー(註3)の原型とも言える。まちライブラリーが生まれる遥か以前から、民が作る図書館は大阪に存在していたのだ。

図書館に限らずまちづくりについても、大阪は民の力が大いに影響してきた。江戸時代、大坂三郷に架かっていた200ほどの橋のうち9割以上が、有力商人や近隣の町による寄付や管理によって維持されていた。中之島図書館開館以降も、御堂筋整備の費用の一部は受益者負担で賄われ、大阪城天守閣の再建は全額市民から提供されたなどの事例もある。これは江戸時代、経済的な発展に伴い民が力を持ったことによって根付いた、自ら解決・整備していく文化によるものと言える。

加えて、中之島という土地の意味性についても言及したい。江戸時代、中之島には諸藩の蔵屋敷が立ち並び、各地から物資や情報が集まる「天下の台所」の中心地だった。そこに書籍という文化の媒体が集まる図書館があるということは、中之島そのものの特性を今に引き継いでいると言える。また中之島には文化施設の他、多くの企業が集まっており経済の中心地という特徴も失っていない。この特徴があるからこそ、中之島図書館は約10年間ビジネス支援事業に取り組んできたのだ。他府県の図書館に比べて「仕事上の調べもの」のために来館する割合が高く、ビジネス資料調査へのアクセス数も多い(註4)。しかしながら中之島図書館がビジネス支援を行っていることを認識している人は、筆者の周りでは見たことがないし、図書館有効活用についての報告書(以下、報告書)のなかでも「周知が不十分」と指摘されている。また開設していたビジネス支援講座の内容を見ても、「中小企業診断士による経営・起業相談会」など商工会議所でも実施可能な、図書館が持つ情報を活かした内容とは言い難いものであった。

図書館存続の危機

民の力によって作られ、中之島という地域の文化を受け継いできた中之島図書館であるが、これまでに2度、存続の危機があった。1度目は1971年6月、大阪市が発表した「中之島東部地区再開発構想」である。これは中之島東部にある大阪市庁舎・中之島図書館・中央公会堂(写真2)などが並ぶエリア(地図1)に人工地盤をかぶせ、その上に25階建ての市庁舎、5階建ての議事堂、6階建てのホールを新たに建設するというものだった。これに対し若手の建築家や技術者が協力し、市に保存要望書を提出。行政がなかなか取り合わないなか、ただ中之島の景観を守るだけではなく、活動の場として利用の必然性を生み出すために「中之島まつり」が誕生し、今も市民によって開催されている。このような市民の働きや中之島図書館が重要文化財に指定されたことが行政の姿勢を変容させ、市庁舎は周囲の景観に合わせて8階建て、中央公会堂も永久保存となり、この地区の景観は守られた。

こうして維持された中之島図書館だが、2012年に再び存続の危機に直面する。大阪府知事によって中之島図書館を博物館としてリニューアルする案が出されたのだ。しかし大阪都市遺産研究センターや「明日の中之島図書館を考える会」などによる反対や建物の適正の問題もあり、最終的には図書館として存続することが決定した。ここでも民の力が図書館を守ったのだ。だが、ただ存続させるだけでは何も変わらないと、教育委員会を中心に今後の方向性について議論を重ねた結果、「文化」をキーコンセプトとしてリニューアルすることとなり、文化の集積地にある図書館として原点に返ったと言える。その基本方針には「街の中の文化ステーションワンダーランド」として、蓄積してきた情報を魅せる図書館を目指すことが掲げられている。しかし維持する上で府民に利用されるかどうかは十分に検討されるべきであり、報告書の中でも「文化」だけでは十分な集客は出来ないということが指摘されている。では「文化」を軸にしてどのようにコンセプトを実現すれば良いのだろうか。

具体的な取り組み

これまでも、図書館では所蔵する歴史的価値の高い書籍の展示会を行ってきた。また2014年には行政からの委託を受けたサントリーパブリシティ株式会社が「中之島ルネサンス」という名称で中之島図書館を中心にした文化事業を担当(註5)し、図書館と中央公会堂の見学ツアーなどのイベントやグッズ販売を行ってきた。しかし委託期間は2015年3月までであり、それ以降やリニューアル工事終了後の情報については開示されていない。中之島全体に目を向けると、中之島まつりの他、冬期のイルミネーションイベントなど、中之島を盛り上げる動きはいくつも存在してきたが、図書館が注目されるような仕掛けはなかった。図書館自体も発信する意識に欠け、人を呼ぶ仕組みやアイデアが不足していたというのが筆者の実感である(註6)。

今後に向けて

コンセプトにおいて注目すべきは「文化ステーション」と「ワンダーランド」だ。実際の駅のように人や情報が行き交い、人がワクワクするコンテンツを提供できるか、が課題だ。人と情報の交流については、二つの視点が考えられる。一つは職員と利用者の交流だ。今までのようにカウンター内で利用者の来館を待っているだけでは交流は生まれない。またビジネス支援を継続するにあたって、ビジネスのプロは利用者側であるという点を忘れてはいけない。利用者のビジネスの経験と職員の図書に関する専門性を融合させるワークショップを行い、利用者にあった書籍・情報の整理や見せ方を検討・実施することも良い方法だろう。もう一つは利用者間の交流の創出である。まちライブラリー@大阪府立大学が行っているようにイベントの参加者に本を使った自己紹介をお願いするなど、図書館で本を介した新しい出会いを生み出すことも、コンテンツの一つとして有効だ。

またイベントについては千代田区立日比谷文化館のように、美術館的アプローチやワークショップを含むイベントや講座の開設など、様々な切り口で利用者が書籍や情報に接触できる機会を作ることが重要だ。利用者からイベントの企画を募るというのも一つの手だ。利用者のニーズが反映され、深く関わってもらうことこそが今後の民が作る図書館への布石となる。

まとめ

文化の集積地にあり、民が作り守ってきた図書館は今、「文化」を軸に生まれ変わろうとしている。文化は人が存在し交流することで生まれる。人が来館し、利用者にとって有益な図書館となるためには今一度、民が作るという原点に立ち返ることが必要だ。

  • 987383_22032120e894414d923847dbe1a59644 写真1:中之島図書館(2012年12月13日筆者撮影)
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  • 987383_6aaacb80b4da4b32a47fc81069f106d3 資料1
  • 987383_4ca0a14a50ed4cdc8362fb8241e0b63e 写真2:中央公会堂(2014年1月15日筆者撮影)
  • 987383_f53f2721a604478285b3d1e309a64da2 地図1

参考文献

【注釈】
註1 建設にあたり、住友本店に臨時建設部が設けられ、住友に勤務していた当時30歳の野口孫市が設計を担当した。また開館当初は現在の本館にあたる建物のみで、後に再び住友氏の寄付により左右両翼の建物が1922年に増築された。
註2 1364年に堺で出版された論語の解釈書『正平版論語』が鹿田静七という大阪の古本屋によって寄贈された。現代の価値に表すと一千万程度の価値があるとのこと。他にも島田伊兵衛という北堀江の早瀬書店の店員が富永仲基の『出定後語』を寄贈。「今回、図書館の開館につき寄贈したいが、こういったことが先例になれば、もっといろいろ、いい本が集まるだろう」との思いによるものだった。
註3 個人や民間で運営されている小規模な図書館。書籍は寄付や個人所有の図書の解放など、図書館によって異なる構成である。書籍を介してコミュニケーションを図るということを意識している図書館が多い。
註4 『中之島図書館の有効活用について』の報告書P.22より。
註5 サントリーパブリシティ株式会社に問い合わせたところ、リニューアル工事に伴い2015年から図書館の利用が制限されることもあり、2015年現在は中央公会堂を文化事業の中心としている。
註6 以前、中之島図書館の職員によるビジネス講座の紹介やホームページの刷新についての説明を聞いたが(http://artarea-b1.jp/archive/2014/0115380.php)、「コンテンツの整備」に注力するのみでその発信については言及されず、「利用されるための工夫」が感じられなかった。またネット検索が一般化している現代においてホームページの充実は、当たり前のこととなっており整備されていること自体が付加価値にはならない。しかし職員の言葉からはそこに対する認識を感じられなかった。また中之島図書館あり方検討の報告書でも、講座内容とニーズのズレ、情報発信力の弱さが指摘されている。

【参考文献】
1.明日の中之島図書館を考える会編集『明日の図書館 明日の大阪-「明日の中之島図書館を考える会」設立総会記念講演-藪田貫講演』 明日の中之島図書館を考える会 2013年3月3日発行
2.大阪市街地再開発促進協議会編集『都市再生・街づくり学 大阪発・民主導の実践』 創元社2008年6月10日第一版第一刷発行
3.長谷吉治著『大坂の史跡探方 vol.2〜淀屋橋 中之島 北新地 肥後橋〜』 大阪龍馬会発行 2013年5月26日第一版第一刷発行
4.『中之島百年-大阪府立図書館のあゆみ』編集委員会編集『中之島百年-大阪府立図書館のあゆみ』 大阪府立中之島図書館百周年記念事業実行委員会発行 2004年2月25日発行
5.大阪府立中之島図書館百周年記念事業実行委員会編集『この街と100年 大阪府立中之島図書館〜写真と資料で振り返る〜』大阪府立中之島図書館百周年記念事業実行委員会発行 2004年2月24日発行
6.礒井純充著『マイクロ・ライブラリー図鑑~全国に広がる個人図書館の活動と514のスポット一覧~』7.一般社団法人まちライブラリー 2014年5月31日初版第一刷
8.90周年記念事業委員会編集『大阪府立中之島図書館90年』 大阪府立中之島図書館発行 1994年2月25日発行
9.大阪府立図書館ホームページ https://www.library.pref.osaka.jp (最終閲覧日2015年1月30日)
9.中之島ルネサンス https://www.facebook.com/nakanoshima.renaissance (最終閲覧日2015年1月15日)
10.中之島図書館の有効活用について http://www.pref.osaka.lg.jp/attach/7576/00155475/tfhoukoku.pdf (最終閲覧日2015年1月15日)
11.中之島まつりホームページ http://www.nakanoshima.net (最終閲覧日2015年1月25日)
12.千代田区立日比谷図書文化館ホームページ http://hibiyal.jp/hibiya/index.html (最終閲覧日2015年1月29日)