目白ヶ丘教会にみる遠藤新の建築について -師との共同設計作品を手がかりに-

綾瀨 真澄

・はじめに
東京の都心に近い目白の住宅地、その角地に尖塔アーチ型の鐘楼を頂く白い礼拝堂「目白ヶ丘教会」が建っている。設計者は遠藤新。日本の建築家であり、帝国ホテルを設計したことで日本でもその名を知られるアメリカの建築家 フランク・ロイド・ライトを師に持つ。素朴で静かな佇まいのその教会を新は「虎」と例えた。彼らの掲げる「有機的建築」とは何か。本レポートでは師の理念を引き継ぎつつ、独自の建築を追求した新の遺作について調査した結果を報告する。

1・基本データ
名称:     日本バプテストキリスト教目白ヶ丘教会礼拝堂
(にほんばぷてすときりすときょうめじろがおかきょうかいれいはいどう)
年代:     昭和25(1950)年9月
施主:     宗教法人日本バプテストキリスト教目白ヶ丘教会
施工:     遠藤新建築創作所、鹿島建設
設計:     遠藤 新
構造及び形式: 鉄筋コンクリート造平屋建て・一部2階建て、切妻造り、鉄板葺
面積:     299㎡
建築物:    国登録有形文化財
登録年月日:  平成23(2011) 年10月28日
所在地:    東京都新宿区下落合2-15-11
交通:     JR目白駅徒歩8分

2・評価
2-1 概要
十字架を冠した鐘楼付きの塔、ギリシャ十字を中央に配した丸窓、大谷石の玄関アプローチ、質素で静謐な礼拝堂の外観である。玄関を抜けた庭からは礼拝堂と続く教育館を含め全体的に高さが抑えられていることがわかる。出入り口の扉を開けるとすぐ壁があり、それを抜けると開放的な礼拝堂が広がる。天井には大きな「2つのアーチ型の梁」があり空間を縦に三部構成にしているのが特徴的だ。出入り口の真上は2階建てになっている。建築当初の天井はおが屑を石膏で固めたものであったが、雨漏り修理の際に鉄筋コンクリートに変えられている。また、スレート屋根だったものがステンレス鋼板になったり、窓枠が木製からアルミサッシに変更されたりしているが、デザインは踏襲されているため当時の面影を留めている。なお、長椅子は当初より使用されているもので現在はヒーターが入れられている[*1]。華美な装飾はないものの新が設計した教会の役割、祈りと集いと安らぎがいまなお感じられる建築である。

2-2 構造
教会のようなボリューミーな建物の欠点として新は次のことを挙げている。1、控え柱をつけなければならない 2、大きい図体のため周囲の建物と調和しない 3、高い窓から差す光が眩しい 4、高い天井の隅の残響が大きい 5、がらんとして落ち着きがない[*2]。これを一挙に解消したのが2つのアーチ型の梁である。中央を主要部、両外側を脇身として3つに分けた「三枚おろし」と呼ばれる構造は師・ライトの作品と決定的に異なる点である。新はこの梁を「骨格の内在」と表現し以後も活用した。動物はしっかりとした肩と腰の間に肋骨があり、やわらかな臓器を支えている。梁を肋骨に見立て礼拝堂を「虎」と称したのである。教会によく見られるバジリカ式建築のような柱の代わりに梁が全体のバランスを保っているため、屋根棟が繋がっていないにも関わらず外壁の柱には荷重がかからない。そのため脇身の柱は細く仕上げることができ低い窓を多く設置できた。また天井を中央より低くすることで外からは周囲の建物との調和の問題を、内からは残響と落ち着きの問題を解決。さらには梁に光が反射することでほどよい採光ができる上、コンパクトな造りのためコストも抑えることができたのだ。

3・歴史的背景
3-1 経緯
昭和24(1949)年6月、目白ヶ丘教会の熊野清樹牧師と奉仕者が新を訪ねてくる。戦禍を免れた建物があるが手狭になったため近くに新築したいという依頼だった。敗戦の翌年、満州にて心臓発作に倒れた新にとって再起後はじめての大きな仕事であった。

3-2 人物
東京帝国大学工科大学建築学科を首席で入学した新は富士見町教会で洗礼を受ける。その後、西洋の建築文化を学びライトの建築と思想に陶酔、授業で訪れた帝国ホテルにて熱心に質問をしたことがきっかけでホテルの支配人 林愛作との親交が生まれた。同大学卒業後の1917年1月、新は林によってライトに紹介され帝国ホテル新館建設のチーフアシスタントを担ったことから以後師事する。

4・比較
ライトは帝国ホテルおよび明日館建設中に帰国を余儀なくされ、その後の任は愛弟子である新が引き継いだ。教会を造る約30年前、再び日本の地を踏むことのなかった師とのコラボレーション作品を比較する。

4-1 建築 ≪自由学園 明日館≫
学生時代、富士見町教会で親しくなった羽仁もと子・吉一夫妻[*3]が「自由学園 明日館」を1921年に開くにあたって新はライトを推薦する。今も池袋に残る初代校舎は師弟共作の建築だ。目白ヶ丘教会との違いは、中央棟下からホール、給食室、食堂、ギャラリーまで「半階単位」で建てられている点だ。現在は学校としての役目は終えているが、当時、小柄な生徒たちにとって昇降が楽であり見通しもよかっただろう。自分たちで作った給食をバケツリレーのようにして運んでいたことからも、利便性だけでなく家庭的であたたかい自由な学び舎として使用されたことがうかがえる。緑が茂る中庭への視線も低くとっており、生徒の居心地のよさがいちばんに考えられた設計である。

4-2 意匠 ≪帝国ホテル オールドインペリアルバー≫
2020年に開店50周年を迎えるオールドインペリアルバーは、旧帝国ホテル「ライト館」の意匠が都内で唯一現存している場所である。テラコッタ製の壁画やカウンター背面は当時のままであり、幾つもの線が引かれた大谷石の彫刻や凝った装飾は目白ヶ丘教会には見られないものだ。独特な幾何学模様からはライトの特徴が強く感じられる。ライトそして新はクリスチャンであったことからリベラルアーツ的思考だったと考えられる。自らの作品は、自然=神と共生し融合できるものでなければならない。これらの意匠が自然と人を有機的につなげるツールであるのだろう。建築の機能と無関係な装飾を批判する機能主義建築とは対をなすことがよくわかるが、いかにこだわりだったとはいえ時間・費用かかりすぎる点はいただけない。結局それが原因でライトは解雇されているのである。とはいえ、新が教会にこれらの意匠を用いなかったのはコストだけでなく、シンプルな祈りの空間を演出したかったからだと推定する。

5・今後の展望
師を踏襲しつつも完全なオリジナル作品である目白ヶ丘教会は、新の遺作として知られる。今年で創設109年になった今も、礼拝や聖書の学習会など定例集会が行われ積極的に活用されている。新がそうであったように建築を学ぶ学生の姿も見られ、見学者は後を絶たない。また、国の重要文化財である明日館は「学園が社会に働きかける活動の場」をスローガンに、結婚式やコンサート、公開講座や撮影など様々な用途に貸出を行っている。このような使いながらの保存は床に靴跡がついてしまうといった劣化の苦慮もあるが「文化財であっても使うことが建物の使命」[*4]との考えから動態保存を続けていることに評価を置きたい。帝国ホテルではバーテンダーをはじめとするスタッフが豊富な知識を持ち、ライト館を紹介する展示スペースには当時の資料や調度品、書籍が置かれており情報にアクセスすることは容易い。作品にとって忘れられてしまうことが最もリスクであると筆者は考える。一連の文化財の保存に敬意を払うと同時に、風化させないためのサスティナブルな運動を今後の展望としたい。

・おわりに
人生の集大成である目白ヶ丘教会が完成した翌年の昭和26(1951)年6月29日、新は62歳でこの世を去る。闘病生活によってついに建物内に入れなかった新の葬送のミサが、この教会で行われたはじめての葬儀となった。現在、明日館において同じ敷地内に建つ「講堂」(昭和2年築)は新、また「主婦之友社」(昭和38年築)は次男 楽によるものである。そして、孫にあたる現は目白ヶ丘教会近くのオフィスにて建築家として活躍している[*5]。掲げるのは「有機的建築」だ。西洋の流行を追って文化を捨てていくのではなく、その土地に根付いている自然や文化を尊重することは、ライトや新の系譜にふさわしく、遠藤家に脈々と流れる建築の血が淀みなく受け継がれていることに感銘を受ける。勿論、作品そのものに繁殖能力など生物としての要素はない。しかし、発せられるエネルギーには「生物」のような力強さを感じる。彼らの掲げる有機的建築とは、自然に学びその土地の風土と文化を尊んだ、人と環境にやさしいエシカルな造形なのだ。

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  • 2_%e2%96%a0%e7%9b%ae%e7%99%bd%e3%83%b6%e4%b8%98%e6%95%99%e4%bc%9a ■目白ヶ丘教会(2019年12月29日 筆者撮影)
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  • 5_%e2%96%a0%e8%87%aa%e7%94%b1%e5%ad%a6%e5%9c%92%e6%98%8e%e6%97%a5%e9%a4%a8-%e8%ac%9b%e5%a0%82 ■自由学園明日館 講堂(2020年1月13日 筆者撮影)
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参考文献

■注
[*1] 改修については目白ヶ丘教会 奉仕者・勝呂さんより。勝呂さんは学生時代に建築を学ぶ過程でライトと新を知り目白ヶ丘教会を訪れたことがきっかけとなり以来奉仕している。教会の改修工事の際、次男・楽とともに教会および教育館の設計に携わった。
[*2] 遠藤陶『帝国ホテル ライト館の幻影ー孤高の建築家 遠藤 新の生涯』189頁より
[*3] 羽仁(はに)もと子は日本ではじめての女性ジャーナリスト。夫の吉一とともに1903年 雑誌『家庭之友』 (1908年『婦人之友』に改称) を創刊し、キリスト教に基づく生活主義と子女教育を推進。
[*4] ツアーガイドより
[*5] 新は5人の子供を授かった。長女 麗、長男 陽(幼少時に早世)、次男 楽、三男 陶、四男 萬里。皆、建築に関わりがあり、麗のご子息である東京理科大学教授の関澤愛さんは住宅火災について、萬里のご子息である遠藤現さんは建築家として、現在ご活躍中である。


■参考文献
谷川正己、宮本和義『フランク・ロイド・ライト 自由学園明日館 東京1921』バナナブックス、2016年
遠藤陶『帝国ホテル ライト館の幻影ー孤高の建築家 遠藤 新の生涯』廣済堂出版、1997年
明石信道、村井修『フランク・ロイド・ライトの帝国ホテル』都市建築編集研究所、2004年
水上優『建築ガイドブック フランク・ロイド・ライト』丸善株式会社、2008年

黒田智子『生活環境学研究5』「遠藤新の卒業論文 “Description on City Hotel Design”-1914 年に描いた理想のホテルの理念と背景-」2017年
黒田智子『武庫川女子大学生活美学研究所紀要』「甲子園ホテルのシンボルマーク・打出の小槌の意図と背景―開業当時のパンフレットに着目して―」2016年
井上祐一、初田亨、内田青蔵『日本建築学会計画系論文集 (571) 』「大正・昭和初期における,いわゆる「ライト式」の用語の使用について」2003年


■WEB
日本バプテストキリスト教 目白ヶ丘教会 http://mejirogaoka-church.com/ (2020年1月25日最終閲覧)
重要文化財 自由学園明日館 https://jiyu.jp/  (2020年1月25日最終閲覧)
オールドインペリアルバー 帝国ホテル https://www.imperialhotel.co.jp/j/tokyo/restaurant/old_imperialbar/  (2020年1月25日最終閲覧)

帝国ホテルライト館と遠藤新-花椿shiseido  (2020年1月18日閲覧)
http://hanatsubaki.shiseidogroup.jp/ginza/307/
http://hanatsubaki.shiseidogroup.jp/ginza/333/
http://hanatsubaki.shiseidogroup.jp/ginza/349/

帝国ホテルライト館VR再現プロジェクト https://vrstory.jp/project/  (2019年12月1日閲覧)
6月8日はフランク・ロイド・ライトの命日 https://www.christianpress.jp/june-8-frank-lloyd-wright-anniversary/  (2020年1月7日閲覧)
近代建築写真館「遠藤新」 http://modern-building.jp/endo_arata.html  (2020年1月7日閲覧)
文化遺産オンライン https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/174357  (2020年1月7日閲覧)
国指定文化財等データベース https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00008824  (2020年1月7日閲覧)
日本バプテスト連盟 https://www.bapren.jp/  (2020年1月13日閲覧)
Wright in Japan ライトと日本の窓 http://wrightinjapan.org/index_j.html  (2020年1月13日閲覧)
遠藤現建築創作所 http://www007.upp.so-net.ne.jp/genken/index.html  (2020年1月15日閲覧)
平良建設 http://taira-co.com/  (2020年1月15日閲覧)
日本の研究者データベース  https://research-er.jp/researchers/view/211200  (2020年1月15日閲覧)

■ヒアリング
ご協力いただきまして誠にありがとうございました。
【目白ヶ丘教会】勝呂祐康さん、奉仕者の方々
【オールドインペリアルバー】バーテンダー 水摩さん、ホテルスタッフの方々
【自由学園明日館】ツアーガイド、スタッフの方々

年月と地域
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