喜多方の古代文字 〜共有する新たな資産〜

林絵里

喜多方の古代文字 〜共有する新たな資産〜

福島県喜多方市では、2011年より古代文字をツールとしたまちづくりを行っている。喜多方に由来しない古代文字を活用し、他県では見られないアプローチを行っている点について考察、報告する。

1.古代文字によるまちづくりの概要
1-1 背景
会津若松という著名な観光地に近い喜多方は、ラーメン、蔵の町並み、高山植物の観光資源があり年間約180万人の観光客が訪れる。しかしその8割(※1)はラーメン店には行くが町に滞在しない実情がある。そのためラーメン、蔵に続く観光資源作りに2009年から取り組んでいる。
一方、2004年にUターンした篆刻家・高橋政巳氏の「楽篆工房」では、氏の研究分野である古代文字の魅力を伝えるべく観光客の名前を無料で書き意味を伝える活動によって、知人を連れてリピートする客が増え、2008年頃には年間延べ1万人が訪れるようになっていた。観光協会がその活動に注目し、古代文字市民講座を実施したところ多くのファンが生まれ、商店街の量販店店長を代表とする『喜多方を漢字のまちにする会』が創設された。東日本大震災により町に元気がなくなったが、2014年観光庁が主催する『タビカレ学園祭』にエントリーし総合1位を獲得したことから喜多方市がこの活動に乗り出し、官民が協働する動きに発展している。

1-2 活動内容
この活動は大きく2軸で成り立っている。ひとつは高橋氏の「楽篆工房」や刻字ギャラリー「字游庵」での活動と、市民講座や小学校での課外授業で、もうひとつは喜多方ふれあい通り商店街を中心とする町の人々による活動である。2010年に完了した商店街の景観整備にあわせて、会津桐を加工した看板を希望店舗に設置した。看板には高橋氏によって店名のほか、業種や商品、店主の名前、好きな言葉から選ばれた古代文字が1文字書かれている。スタート時には60店が掲げ、2014年末には200店を越えた。現在、この看板を見て回る「ミステリーウォーク」が定期的に開催され、説明役として商店街の人々が関わっている。
古代文字自体は喜多方由来ではないが「漢字のまち」として文化を作っていくことはできる。そのDNAを育てオリジナリティ創出の策として、へんやつくりを自由に組み合わせる『感じる漢字あそび 創作漢字』コンテストを2011年より開催し2014年末で第27回を迎えている。優れた創作漢字は福島民報に掲載されるほか記念切手となり、主に喜多方の企業に利用してもらい全国に「漢字のまち喜多方」を知らせるツールとなっている。

1-3 古代文字の魅力
約3000〜4000年前の甲骨文字や金文、篆書などが古代文字とされる。漢字は古代の人々の英知の結晶と言われるが、古代文字には込められた意味が造形的に見て取れる面白さがある。名前に使われている漢字の意味と自分の姿が自然と重なり「名は体を表す」がリアルに実感できる点が興味深く、漢字を身近に感じることができる。喜多方で古代文字が受け入れられた要因はここにある。また、絵のようでもあり愛嬌を感じさせる造形は、和の趣が強い喜多方の町並みにマッチしており、町としても受け入れやすいアイコンである。

2.まちづくりと教育
観光資産を町の中から見いだし展開している例として、豊後高田の「昭和の町」がある。廃れた商店街の各店に古い道具が残っていたことから、眠っていた昭和の遺物を展示する「一店一宝」にて昭和30年代の雰囲気を再現し、ボンネットバスを運行させるなど昭和のレトロ感を町の個性とした。他にはない情緒が集客につながっているが、一度訪れると満足する観光客が多く、次なる展開に苦戦している。これは他地域でも聞かれる課題だ。一方、喜多方では集客中心とは異なるアプローチで古代文字を活用している。目指すのは新たな個性創出と文化形成であり、その手法はユニークかつ独自性がある。

2-1 町全体で取り組む
昭和の町も含め地域活性にありがちなのが「ハードは作ったがソフトが足りない」という問題だ。要因のひとつに「一部の人しか参加していない」ことが指摘されるが、喜多方はこの点を上手くカバーしている。
本来なら観光客が足を運ばない電気店や建材屋などにも看板が設置され、商店街全体で観光客に古代文字の説明を行っている。『うちの店に観光客が来るとは驚きだが看板をきっかけに会話ができる。売上にならないが人と話せるのは楽しい』と建材屋の店主は言う。取材すると多くの商店がこの活動に協力的だと感じた。ではなぜ観光収益に直結しない商店も参加しているのか。観光協会の栗城氏は、商店街を始め市民が古代文字に好意的であること、自分にちなんだ漢字を持てること、まちづくりと意識せず取り組んでいることを指摘する。「楽しみ」が誘因となり各商店が積極的に看板の文字を学んでかなり深い説明ができるようになっており、ソフトとして機能しているという。ここに古代文字が市民で共有する観光資産となっている様子が見えてくる。
また、取材した先々で「まちづくりはモノではなく、人」という姿勢が見られ、人との交流に価値を見いだしていることがわかる。一般住民も、商店街巡りを紹介したり、古代文字をプレゼントに選んだりしているという。楽しいから参加するというシンプルな原動力がこの活動の要であり、町全体で能動的に動くためのまちづくりデザインの核となっていると言えよう。

2-2 教育で未来につなげる
一般にまちづくりは大人中心であるが、この事例では子どもも関わっていることが興味深い。喜多方では現在漢字教育に力を入れており、市内中心部の公立小学校4校にて高橋氏が漢字授業を行っている。以前高橋氏が東京私立暁星小学校で漢字授業を担当していた際に、児童が強い興味を示して自主的に漢字学習に取り組み、国語力強化で他の科目も底上げされた経験から、喜多方市でも2011年よりスタートさせている。児童からは「古いのに新しい」「組み合わせ次第で意味が変化する面白さ」で人気の授業だ。ここから発展して関柴小学校では漢字クラブが誕生して創作漢字に応募したり、加納小学校では郷土研究クラブが喜多方の要素として古代文字を勉強している。栗城氏は『彼らが大人になったとき漢字を語れる知識は郷土愛と財産に繋がるだろう』と言う。通常まちづくりは早く成果を出すことを求められるが、喜多方ではもっと長いスパンで見つめており、これは他地域にはないスタンスだ。

3.新たな個性として
古代文字看板が100店を越えたあたりから変化が出始めた。市民が自主的に古代文字を使い始めたのだ。お茶屋は紙袋に、ラーメン店はどんぶりに、鮮魚店は配送のトラックに、工務店は足場を覆うシートに古代文字をあしらった。一般市民では年賀状にデザインしたり、婚礼の場に使用している。この背景には看板の数が増えるにつれ露出感が増したことでの、市民の意識の高まりがある。市民が古代文字を楽しむ様が自ずと町の風景にしみ出し循環し始めていることがうかがえる。地域活性のツールが市民の生活に入り込みカスタマイズされている点は、なかなか見られないケースである。
地域活性の場において、近年、共有資産としてゆるキャラが用いられることが多い。わかりやすく起爆剤となる人気の手法だが、栄枯盛衰が繰り返され泡沫キャラも多い。同じオリジナリティでも喜多方ではゆるキャラではなく、古代文字のデザイン性と個人オリジナルの文字が持てる汎用性に価値を見いだし、郷土を感じさせる新たなアイコンとして育てている。このような視点の変換は他地域の参考となるだろう。

4. これから
この活動は高橋氏を要として始まり、古代文字について語れるのは現在高橋氏のみであるが、弟子や高橋氏に学ぶ書道生徒、会津エリアで活動する書道家が研究分野を越えて取り組んでいる。しかし課外授業でも見られるように他の書体へも展開させるなど、古代文字に依存しない新たな漢字コンテンツを生み出すことが今後の課題であると考える。また、漢字文化づくりを長期的に継続させ「漢字のまち喜多方」を継続して広く周知させることも必要であろう。
困窮してからのまちづくりでは遅い。ゆとりがあるうちに取り組むほうが対策の選択肢も広い。そのためには日頃から町を意識し、自分事としてとらえられるかが鍵となる。喜多方は会津藩士の歴史が今も感じられ、人々の町への関心は高い。古代文字の活動はまだ発展途上であるが、即物的な選択をせず展開している点に期待したい。

  • 1-1.資料、1-2.資料、1-3.資料、2-1.資料、2-2.資料、3.資料
    <WEBでは掲出せず>

    ※1 喜多方観光物産協会による調査2010年より

参考文献

楽篆工房 高橋政巳氏へのインタビュー 2013年11月29日
地域活性コンサルタント中岡章紀子氏へのインタビュー 2014年4月10日
地域活性コンサルタント中岡章紀子氏へのインタビュー 2014年12月25日
喜多方観光物産協会着地型観光推進室 五十嵐氏へのインタビュー 2015年1月7日
喜多方観光物産協会着地型観光推進室 室長栗城氏へのインタビュー 2015年1月8日
喜多方観光物産協会着地型観光推進室 室長栗城氏へのインタビュー 2015年1月16日
楽篆工房 高橋政巳氏へのインタビュー 2015年1月17日
『喜多方の歴史〜まちづくり・みちづくりの歴史〜』福島県喜多方建設事務所 2007年
『喜多方市総合計画』喜多方市総合政策部企画政策課 2007年
株式会社JTB 喜多方市政策推進顧問 清水愼一氏講演「地域振興と行政の役割」レジュメ 2007年12月4日
ふくしまを楽しむ大人の情報誌『mon mo』2014年No.50 エス・シーシー モンモ編集部
須磨章『日本一の蔵巡り 会津喜多方の迷宮』三五館 2008年
高橋政巳『感じる漢字』扶桑社 2006年
高杯政巳、伊東ひとみ『漢字の気持ち』新潮社 2011年
楽篆工房 2015年1月アクセス
http://www.rakuten-kobo.jp/
漢字のまち喜多方(喜多方を漢字のまちにする会公式サイト)2015年1月アクセス
http://kanjinomachi.com/