ホイアンの街並み~美しい街並みとその未来へ~

永田 麻美子

1.はじめに
ホイアンはベトナムダナンの南東約30㎞、かつては貿易港として栄え、陸地と水路が交差する形で発展した沿岸都市である。古代の商業都市としての名残を色濃く残す街並みは1999年にユネスコの世界遺産に登録された。本稿ではホイアンの街並みを景観および観光の視点から考察し評価する。

1-1.基本データ
ホイアンはベトナム南中部沿岸地方クアンナム省ホイアン市で、第三の産業都市ダナンから南東へ約30㎞(註1)、トゥボン川が海に流れ出る三角州に形成された沿岸都市である。人口は32,757人(註2)。観光客総数は約300万人(註3)。

1-2.歴史的背景
「ホイアンは2000年以上にわたって主要な港湾都市として繁栄し、2世紀の小さなサ・フイン貿易基地から16世紀には協力な国際貿易都市に成長した。また、ヒンドゥー・チャム王国の香辛料交易の中心地として、中国明大の商人と兵士の定住地として、アラブ、ヨーロッパ、アジアの国債交易の拠点として何世紀にも渡って繁栄した歴史を持っている。」(註4)当時のホイアンには、ポルトガル・オランダ商館、中国人町、日本人町があったとされ、日本の御朱印船が最も頻繁に訪れた港でもある。その後、貿易繁栄の中心はホイアンからダナンへと移った。ホイアンにはチャム族、ベトナム族、中国、日本、そしてヨーロッパのあらゆる影響が街に溢れ出ている。

2.評価
2-1.旧市街(註5)
チャンフー通りと川沿いのバクダン通りに挟まれた地域を旧市街(Ancient town)と呼ぶ。旧市街には木造の古い家屋や中国建築が並んでおり、往時の雰囲気がそのまま漂っている。中でも華僑の建てた中華会館や福建会館が有名で、今でも地元の人の心の拠り所となっている(註6)。旧市街の中心には街の歴史に深く関わっている「日本橋」がある(註7)。
旧市街はホイアンで一番重要な場所と言えるだろう。黄色く塗られた壁の家屋や、カラフルなフランス植民地時代の建物が並び、そこかしこにブーゲンビリアの花が咲き乱れている(註8)。様々な国の建物が垣間見れるこの旧市街は、かつての貿易都市を思い起こすことができ、歩いているだけでどこかノスタルジックな気分にさせてくれる美しいユニークな街並みである。
建造物の間の路地の景観においては、この土地の人でしか把握できないほど細分されており、観光客にとっては迷路に迷い込んだかのような体験となり面白い。路地で出会う商店やそこで暮らす地元の人々の風習や習慣、生活を垣間見ることができるのも個性的な体験であり、旧市街の観光において大きな魅力である。狭い通りで魅力は作り出されている(註9)。

2-2.木造建築(註10)
華麗な彫刻を施した木造町家群は、貿易がホイアンからダナンへ移ったことにより多く残ることになった。また旧市街はベトナム戦争の戦禍を免れることで街並みが残った。しかし、戦後の貧困で建替えができず伝統家屋が崩壊寸前となったのである。その後、ベトナム政府は木造文化保存に実績のある日本に協力を求め、1990年代に様々な援助のもと家屋修復工事を実施。修復工事は、基本原則が現地の技術・材料・方法等を採用することであったため、ベトナム側の意見を最優先にプロジェクトを進め、ベトナムと日本の協業作業により成果を挙げた。街並みの保存事業や、ベトナム政府や現地の人々の努力は非常に高く評価できる。

2-3.交通規制
旧市街では自動車・バイクの走行が禁止されている。観光をする上で安全なだけでなく、違法駐車など景観を損ねる要因を排除するためである。この規制が守られているのは、地元の人々が街並みを保存しようと理解している証拠であると言えよう(註11)。

2-4.ランタン
ホイアンの街は夜になるとランタンの灯で彩られる。毎月行われるランタン祭り(註12)では家々の電気を消し、色とりどりのランタンが街を照らす。街全体が幻想的な光で包まれ、川面にはランタンの灯が写りロマンチックな雰囲気となる。また、ナイトマーケットでは毎晩ランタンが飾られ、ホイアンの観光名物となっている。午後11時頃まで人足は途絶えず、観光地としての最大の強みであり、ランタンはホイアンの街の雰囲気を作り出す重要な要素なのである。

2-5.文化遺産保護の取り組み
ホイアンの街並みの変化は驚きを隠せない(註13)。先述した1990年代のホイアンの街並み保存の技術協力を日本が担ったわけだが、この保存工事のプロセスで評価できる点は、ホイアン市が伝統建造物の文化財価値を損なわないために、1996年9月から2年間、日本の技術指導を受けない文化財修復工事を禁止した事である。これにより短期間で街並み保存を進めることができ、1999年にユネスコ世界遺産登録が実現した。過疎化が進む街から観光の街へ急速に変化したのである。これには、家屋で暮らす地元住民たちが古き景観を維持し保存する価値を理解することが非常に重要だったと考察する。現在でも旧市街は景観保護のためエアコンを設置していない商店が多い。街全体が文化遺産保護に協力的であるといえよう。保護の取り組みがあったからこそ、いまこうして毎年観光客が増加し続けているのである。

3.ヴェネチアとの比較と特筆
ヴェネチアはイタリア北部に位置する都市で、海に浮かんだサンタ・ルチア地区の旧市街と陸とをつなぐメストレ地区に分かれている。水辺の街としてホイアンと類似している。また、交通手段が全て船であり、街中には車両・バイクは入れないという交通規制があることも共通項である。観光客を魅了させる路地があり、ホイアンが「ベトナムのヴェネチア」と呼ばれているほど、類似性は強い。しかしながら街の大きさによる観光のしやすさが違う。ホイアンは旧市街を出ると街の周りは長閑な田園風景が広がる。水牛が道路を歩き、家屋の周りには椰子やバナナの木が茂り、井戸水で暮らしている人々のいる田舎の景観である(註14)。主に観光客が散策するのは旧市街=歩いて古都の雰囲気を楽しめる街の規模なのである。対してヴェネチアは運河が本島を貫き、街全体が広いため歩く距離が長くなりがちである。主な観光は美術館や博物館巡りである。ヴェネチアは石造りの歴史的建築物が調和した西洋の景観であり、国際的なアートイベントの会場となることも多い。一方、ホイアンはフランスや日本、中国、ベトナムとバリエーションに富んだ建築様式であり、様々な時代と国や文化スタイルが融合した街並みで、小規模ながら地元の人々の温かさを感じられるのが特徴である。

4.今後の展望
「コロナ禍では観光客が激減し、閉店した店も数多く、地元の人々の暮らしが大変であったが、その後ここ数年でまた観光客が激増し急速に変化している」と旧市街で働くVyは述べている(註15)。筆者が6年ぶりにホイアンを再訪した際(2023年)、街全体のデジタル化が急速に進んでいたことに驚いた。例えば、以前はツーリストインフォメーションでもらえる街の地図は紙であったが、現在は紙の地図は置いておらず各自でQRコードをスキャンする方式に変わっていた。また、商店もショップカード等は減りSNSを活用した方法をとっていた。これにより予約や紹介がしやすくなっている。街全体のデジタル化が進むことにより、より多くの人々にリーチでき、観光のしやすさが増し、ホイアンの観光業は発展を遂げるだろう。しかし、この発展に伴い過度の観光客受入れによる景観劣化や、地域社会との調和が大きな課題となるだろう。文化遺産を守るためには地元住民の協力が不可欠である。特にホイアンの伝統工芸(ランタンやシルク)の職人や、伝統的な建築技術の保存が街並みの価値を保つ。後継者のための教育や、地元住民との持続可能なアプローチへの理解と文化遺産の保存が、今後のホイアンの発展の重要課題であると考察する。

5.おわりに
ホイアンの情緒ある美しい街並みを今後も維持していくには、大変な労力が要るであろう。それは生活する地域住民の協力と文化遺産の保存によって成り立つ。多文化が融合された歴史、建築物、ランタンの灯り、どこを見ても魅力的な街並みは、観光客にとって古き時代の雰囲気、ノスタルジーを感じさせ、ゆったりとした気持ちにさせてくれる特別な場所である。景観を作り出してる地域住民の想いを感じとってこそ観光の魅力も深まるのではないだろうか。次世代がこの素晴らしい文化と景観維持を継承しながら街を発展させていくことを深く願う。

  • 81191_011_32183442_1_1_ホイアンの街並み ホイアンの朝の景観(2023年12月7日、筆者撮影)
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  • E58D92E6A5ADE7A094E7A9B6E6B7BBE4BB98E8B387E69699+28129_page-0003 添付資料1~8
  • 81191_011_32183442_1_3_卒業研究添付資料2_page-0001
  • 81191_011_32183442_1_3_卒業研究添付資料2_page-0002 添付資料9~12
  • 81191_011_32183442_1_4_ホイアンの街並み(夜) ホイアン夜の景観(2023年12月6日、筆者撮影)

参考文献

<註>
(1)ホイアンの位置はダナンから南東へ約30KM。ダナンの中心地からタクシーで約45分。https://www.nippon.com/en/japan-topics/g02445/(2024年11月2日 国際・海外、国際交流記事)(2025年1月27日最終閲覧)(添付資料1)
(2)World Population Review 2024年データより抜粋。
 https://worldpopulationreview.com/(2025年1月20日最終閲覧)(添付資料2)
(3)外国情報局 - 情報通信省2023年の記事 https://www.vietnam.vn/ja/khach-du-lich-den-hoi-an-tang-35-so-voi-cung-ky-nam-2023/ 5段落目より引用。 (2025年1月19日最終閲覧)
(4)ベトナム観光総局オフィシャルサイト https://vietnam.travel/jp/things-to-do/historic-hoi-an-melting-pot-of-cultures 1段落目より引用。(2025年1月20日最終閲覧)
(5)旧市街地図。(添付資料3)
(6)中華寺院のひとつ。(添付資料4)地元の人々が次々にお参りに来たりフルーツを供えに来る。
(7)「日本橋」は世界で唯一の仏教寺院のある屋根付き橋である。(添付資料5)
2023年より約1年半に及ぶ修復工事を完了し、2024年8月3日から一般観光を再開している。「修復を担当したホイアン文化遺産保存管理センターのファム・フー・ゴック所長は、橋の修復は準備から施工技術まで細心の注意を払って行ったとした上で、色味についてはどうしても「新しく」なってしまうことは避けられないが、より重要なことはオリジナル性を維持することだと説明した。」(ベトナムニュース総合サイトVIETJO 2024年7月31日の記事 https://www.viet-jo.com/news/social/240730210817.htmlより抜粋、205年1月25日最終閲覧)
日本橋はベトナム紙幣2万ドン紙幣に描かれている。(添付資料6)
(8)ブーゲンビリアがとてもよく似合う街並み。(添付資料7)
(9)路地裏の風景。(添付資料8)
(10)木造建築の街並み。(添付資料9)
参照:『ベトナムで自律的な町並み保存を引き出した日本の協力とは:世界遺産の街・ホイアンからの報告』https://www.nippon.com/ja/japan-topics/g02445/(2025年1月27日最終閲覧)
(11)旧市街と川を挟んだ対岸のグエンフックチュー通りは、毎日9時~11時、15時~21時半の間は車とバイクの乗り入れが禁止されており、歩行者天国となる。
観光客はゆっくりと街歩きを楽しむことができ、狭い路地を歩くことで新しい体験をすることができる。
(12)毎月旧暦の14日の夜に満月祭(Full Moon Festival)が行われている。
ナイトマーケットのランタンの景観。(添付資料10)
(13)1997年の旧市街と、2024年の旧市街の比較。(添付資料11)
(14)旧市街の周りののどかな田舎風景(添付資料12)
(15)HOI AN ART GALLERYを営むVyVy Voさんから聴取。(2023年12月6日)
旧市街の地域住民が、コロナ禍に観光客が減り収入が無くなったため家賃が払えず手放さなくてはいけなくなった。そして外国人に渡った家屋建物が増えたのだそうである。旧市街は国営で管理している建物以外は民営のため、街の景観と文化遺産をどう捉えるかが鍵となる。外国人に渡り西洋的な店舗が増加すると、それはそれで景観を崩しかねないので問題となる。

<参考文献>
・ベトナム観光総局オフィシャルサイト https://vietnam.travel/jp (2025年1月20日最終閲覧)
・World Population Review https://worldpopulationreview.com/cities/vietnam (2025年1月20日最終閲覧)
・外国情報局 - 情報通信省 https://www.vietnam.vn/ja/khach-du-lich-den-hoi-an-tang-35-so-voi-cung-ky-nam-2023/ (2025年1月19日最終閲覧)
・ ベトナム総合情報サイトVIETJO https://www.viet-jo.com/(2025年1月25日最終閲覧)
・文化遺産国際協力コンソーシアム https://www.jcic-heritage.jp/japan-projects/projects/asia_hoian-2/ (2025年1月25日最終閲覧)
・ホイアン世界文化遺産 http://www.hoianworldheritage.org.vn/ja.hwh (2025年1月25日最終閲覧)
・nippon.com https://www.nippon.com/ja/japan-topics/g02445/ (2024年11月2日 国際・海外、国際交流記事)(2025年1月27日最終閲覧)
・文化遺産の世界 https://www.isan-no-sekai.jp/column/6289 (コラム、2018年のホイアンー世界文化遺産登録から20年ー)(2025年1月25日最終閲覧)
・隅野史郎『ダナン・ホイアン・フエ』講談社、2023年、p.86
・寺内真実『ダナン&ホイアンへー癒しのビーチと古都散歩』イカロス出版、2024年、p.103
・池田祐子『地球の歩き方ーベトナム』ダイヤモンド社、2019年、p.238
・井澤豊一郎『ヴェネチア「美の遺産」を旅する』世界文化社、2011年、p.114
・田島麻美『ミラノから行く北イタリアの街』双葉社、2005年、p.142

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